異世界旅行1-3 出会いの数だけ喜び増して 12
焦ることもなく、冒険者たちは手慣れた様子で武器を手に取り臨戦態勢。超巨大な怪物が迫ってきてるというのに、彼らの背中はどうしようもなく頼もしい。
初めてのダンジョン。
初めてのパーティ。
だというのに、彼らの自信に疑う余地を感じない。
「まぁなんとでもなるでしょう。アルマ、ゼィーダさん、陽介さん、おいしいお肉をよろしくね。こっちはこっちで秒で終わらせて、追加のお肉をおかわりだぜっ!」
アリアンのやる気が迸ってる。一抹の不安もない口ぶりには感銘を受ける。
「では予定通りに。真ん中の1」
桜は一歩進んで影へ沈む。影を伝って移動してるのだ。
見たことのない魔法。これが噂の闇魔法か。
リズムを刻むように、八兵衛さんが先頭に出る。
「爆発を合図に風上から全員を毒で足止め」
毒職人が吹き矢を片手に沼地を進む。
「右2」
アリアンが風に舞って空高く飛翔。1人で2体を倒す。いま、彼女はたしかにそう言った。
「左から2番目、1」
「1番左を1」
虎丞さんとネロが並んで突撃。自慢の武器を構え、足場の悪い沼地をものともせずに加速した。
己の仕事を再確認。短く情報共有を行い、歩幅を揃えて会敵。
桜が切り込み隊長。闇潜伏を使って7m級ミノタウロスの首元に魔剣を当てる。
頸動脈からヘソまでをばっさりと切り裂かれ、傷口から血が噴き出すより先に爆発。肉と血と臓物と骨が皮膚と裏返しになったかのような惨状。
魔剣【直刀・五月雨石榴】。
傷口に特殊な魔法を滑り込ませて爆発させる、極めて殺傷能力の高い必殺の刀。
冒険者として成果を出すとか、高値で取引するために高品質な状態を意識するとか、そんなこととは無縁の武器。
とにかく敵を確実に葬ることだけを考えて打たれたひと振り。熟練冒険者も真っ青な惨劇を見せてくれると有名である。
これは見ている味方も真っ青だ。だからみんなして、桜の魔剣の話しは聞かないほうがいいと釘を刺したのか。
たしかに酷い。っていうか惨い。モンスターとはいえ、しっかり供養してあげたい。
八兵衛さんの紫色の毒霧を受けた途端、赤色の巨大な体が動きを止めた。
時間にして5秒。そのたった数秒が生死を分ける瞬間の価値は黄金にも等しい。
恐ろしいのは彼の使う毒が経皮毒ということ。
経皮毒とは、皮膚に触れただけで毒が体に回る超強力な毒物。冒険者とはいえ一般人がこんなものを取り扱ってるのか。異世界間交流をする時には常識に囚われてはいけないようだ。
動きの止まった怪物に向かって風と共に踊る妖精は、瞬きをするうちに巨木のようなミノタウロスの首を2つ、飛ばしていた。
速さ。鋭さ。身のこなしの軽やかさ。どれをとっても一流の戦士のそれ。
味方には風に舞う剣神。
敵には死を運ぶ死神。
羽のようにふわりと地に降り立つ姿は天女のよう。
ぶっ倒されたミノタウロスの死体さえなければ。
棍棒と刺突剣の息の合ったコンビプレーは、たちまちのうちに怪物を地に叩き落とし、うつ伏せになった首を死刑でも執行するかのように斬首。
まるで作業。ステーキをナイフで刺し、ステーキナイフで切り分けて口へ運ぶ。優雅に、丁寧に、それが当たり前であるかのように。
「魔剣っていうか、冒険者の技量が飛びぬけてて魔剣の観察にならんな」
目を細めて観察するライラさんの隣で、私も同じことを思った。
「凄まじい手早さです。魔剣持ちは玄人ばかりという話しでしたが、これでは参考になりませんね。もう少し、魔剣を用いたウェポンスキルを見られると思ってました」
魔剣っていうから、てっきり斬撃が飛んだり、剣先から魔法をぶっぱなしたり、それこそライラさんの必殺技のような派手な演出があるもんだとばかり思ってた。
よくよく考えてみれば、命懸けの戦場に無用の長物。
効率的に、素早く倒せる武器こそ至高の逸品。
そもそも、時間なんかかけてられないらしい。
「今回のミノタウロスは巨大なだけで動きはノロいですからね。それにちんたらやってたら仲間が集まってじり貧です。会敵次第即判断。一撃で終わらせて速攻帰還。これがモンスター退治の鉄則です。他の階層ではもっとシビアですよ。血の匂いに誘われて、モンスターがうようよ寄ってきますから」
アルマのおっしゃる通りですな。
しかしてしかし、魔剣でしかできない事柄が見たかったもんだ。
「マジか……。しかしどうしたものか。我々は一応、魔剣の見学ということで来てるんだが」
「頼んだら演武とか試合をさせてくれるかもしれませんよ。まぁ今日は大捕り物でしたから、お風呂に入って晩飯食って終わりです。さて、ベヒーモスも転送し終わりましたので、ミノタウロスを回収次第、我々も帰るとしましょう。今日の晩御飯はモツ味噌煮込みうどんだぜっ!」
相変わらずのモツ推し。好きだなあ、モツ。
「おっ! いいねぇ~。じゃああたしも晩御飯、それにしよっと」
アリアンもモツ。モツ、人気なんだな。
「こっちの転送は全部終わったぞ。おしゃべりより先に足を動かすでござる。さっさと離れないと、次のミノタウロスの一団と会敵してしまうでござるよ」
現実的な判断だ。手間取って全滅したでは本末転倒。そんな不安をよそに、アルマは自信満々の満面の笑み。
「集団転移でゲートまで戻りましょう。魔力は十分残ってるので余裕でいけます」
すげえな、マジで。テレポートだって難度超級なのに。
「冒険者連中が、『後衛にアルマがいると安心して仕事ができる』って言った理由が分かったよ。あんた本当に人間なのかい?」
魔法適正の高い魔族すら、アルマの実力にドン引きとは。
魔族は種族的に人間と比べて魔法適正も身体能力も高い傾向にある。
そんな彼女に人間なのかと問われるとは、さすがアルマ。元の世界でも傑物扱いか。
しかも多くの冒険者からの信頼を得ている様子。なるほど、暁がグレンツェンへ留学を推挙するわけだ。彼女と関わることのできた私からすれば感謝の言葉しかない。
無論なこと、褒められたなら褒め返す器量もあるのだから頭が上がらない。
「そういうゼィーダさんも凄いです。主導権がアルマにあったとはいえ、慣れない転移魔法をいともたやすく構築してしまうなんて。さすが魔法適正の高い魔族というべきでしょうか」
「っていうか、早くしないと帰還できない状況だろ。魔族も人間も死ぬ気になればなんだって出来るっとことだよ。マジで責任重大だったし」
たしかに。
「ミノタウロスが倒せても、ベヒーモスの転送ができないと離れられない状態でしたからねえ。途中で破棄も選択肢ですが、せっかくならたくさんお肉を持ち帰りたいものですねえ。いやぁわたくしも久々に急ぎましたよ」
そんな素振りは微塵も感じませんでしたが?
陽介さんを見たゼィーダはがっくりと肩を落としてため息ひとつ。
「あんたも十分化け物だろ。この国の人間はみんな人間離れしてるとしか思えないよ。おしゃべりしながらもマス・テレポートなんて高等魔法を息をするようにやってのけるんだから。ちなみに異世界ってのは、アルマみたいな人間がごろごろいるもんなのかい? シェリーもライラもその筋じゃあ世界屈指だそうだけど」
「ごろごろはいないな。こっちの世界の技術じゃ、転移の魔法を行使するのに複数人の熟達した魔術師が魔法陣を描くのが一般的。それをまさか、3人でやるなんて。しかもそのあとに複数人を1人で転移させるなんて。いくら転移系の魔法に適正があるって言っても、普通じゃないとしか形容できない」
「アルマにはブレス・オブ・マジックがありますからね。魔力も練度も日々向上に努めてます。どやっ!」
自信たっぷりのどや顔を褒めていいのか呆れるべきなのか。
なにはともあれ、モンスター退治を終えて無事の帰還。これがなにより大切である。
ゲートに戻り、出迎えてくれたのはコピアの白い花と赤毛の少女。
アルカンレティアで出会ったエレニツィカだ。彼女は人生経験ということで、ギルドの食堂で給仕をしたり、漁師飯屋で厨房に立ったり、ダンジョンの採取活動の補助をしたりと様々な経験を積んでいた。
ここでは養蜂の手伝いをしており、今日ははちみつの収穫と次に使うための巣の準備を行っている。
はちみつの収穫!
仕事終わりに甘いものが食べたいというのはどこの世界だって同じ真理。
ありがたいことに、暁の客人ということで搾りたてのはちみつを譲ってくれる運びとなった。やったね!
「ちょちょちょ! ミノタウロスを倒したあとですよね? 申し訳ないっすけど、その手で物に触らんようにお願いします!」
「はちみつくれるっていったのにっ!」
絶望ッ!
「はちみつはギルドに届けに行きますから。そうじゃなくて、目には見えなくても血が付いてるってことじゃないっすか。その手で触れたら洗浄が大変なんで、先にお風呂に入ってきて下さい!」
――――――――あ、そういうことね。完全に理解した。
大丈夫。上げて落とされたと思って泣きそうになんかなってないから。
断じてっ!
「そういうことにしておくよ」
「シェリーさん…………はちみつ、多めにお譲りいたします。メリアローザでも養蜂をしてますので、そっちで採れたはちみつもお譲りします」
「あぁ……えっと……期待させておいてすみません。あ、そうだ。よかったらこれ食べてください。はい、口開けて」
彼女の傍らに積まれたそれは蜂の巣。
ベルンでもなかなか市場に出回らない珍味。はちみつを絞り集める際、蜂の巣ごとマッシュして蜜を集めるため、原型を留めたまま食べられるのは養蜂家か、販売用に生産してるルートから手に入れるしかない。
私が修道院時代に食べていた蜂の巣は、採取した花の蜜の種類によってさまざまな食感と味わいを演出した。
すみれの花の蜂の巣はさくさくこってりな水あめのような味。
バラの花の蜂の巣は超濃厚なキャラメルのような味わい。
ユリの花の蜂の巣は最もあっさりしていて繊細な甘さだった。
かくして、コピアの花の蜂の巣はどんな味なのでしょう。
いざ、実食!
「もぐもぐもぐ。こ、これは! ほどけるような軽やかなサクサク食感。はちみつでありながらスッキリとしたキレのはちみつと相まって。なんという味と食感のハーモニー。これはうまいっ!」
「でしょ~。ここで働いてないとこれは食べられないんですよ。だから養蜂の仕事はやめられないんっすよね~♪」
「素晴らしい仕事だな!」
本当に素晴らしい仕事だ。引退したあとは養蜂に手を出すのもアリだな。
「そんな理由で働いてたんですか?」
なぬ。アルマめ、その様子だと養蜂をしたことがないな?
エレニツィカもぷんぷんじゃないか。
「そんな理由とは何事か。アルマも食べてみれば分かるって。はい、あ~ん」
「もぐもぐ。ぬぬっ、これはおいしい。みんなにも食べさせてあげたい! 特にすみれさんとシルヴァさん。これに似たスイーツを作ってくれるかも」
「それはアリだな!」
「そんなに気に入ったなら少しだけ、蜂の巣のまま送り届けるよ。とはいえ、数に限りがあるのはご愛嬌な」
やっぱりはちみつは最高だ。人と人の心を繋げてくれる。
陽は傾いて茜空。金色に輝く太陽ははちみつと同じ色を放っていた。




