カルチャーショック 2
壁のように聳え立ち、落ち着きのある煉瓦造りの四角い住居兼工房が道を形作る。
ここには職人だけでなく、世界中の伝統的な焼き物や工芸、最先端の技術で作られた機械、魔導、魔法が街のあちこちで煌めき、競うように胸を張る。
大量生産から一品物。街に住む子供から世界中のセレブまで訪れるモノづくりの街。
それがここ、挑戦者の船着き場。
「すみれはベイに来るのは初めてか?」
ダーインさんはお肉の詰まった冷蔵ボックスを両肩に提げて余裕の笑み。
「はい。いつも路面電車から眺めるだけで、来るのは初めてです。アイザンロックの商店も素敵だったけど、街並みに沿っていろんなものが置いてある雰囲気はとっても、なんていうか、そう、整然としていて落ち着いた、マーリンさんみたいな大人の女性という感じがします」
街並みを見て、第一印象はそれだった。きらきらして整ってて、あったかくてどこかおちゃめな雰囲気。
私の例えに、ルーィヒさんが声を大にして答える。
「例えが斬新なんだなっ! でも確かに、煉瓦造りの壁は建物と建物を跨いでもきっちり繋がって見えるくらい正確に並んでるんだな。いろんな職人がいて、作ってる物は違うけど、1つの街として見た時、こんなにも緻密で一体感のある街並みは珍しいのかも。そのへんはやっぱり職人気質っていうのかな。根っこは似た者同士なのかもね」
根っこは似たもの同士。だから調和がとれてるのか。ルーィヒさんの言葉は真理かもしれない。
「ペーシェとルーィヒはベイでシェアハウスしてるって言ってたけど、この辺はあんまり来ないのか?」
面白いものはないかと視線をぐるぐると回すルーィヒさん。それを見たダーインさんは彼女が物珍しくしてるように見えて質問を投げた。
全体のエリアがとても広いチャレンジャーズ・ベイ。人は用事のない場所へは立ち寄らないもの。住むエリアが同じでも、行ったことのない場所というのは案外多いものなのだ。
と、思っていた。ペーシェさんは違うようだ。
「そんなことはないよ。あたしたちって創作系の職業を目指してるから、この街は見るだけでも刺激になるからよく来てるんだ。でも見慣れてると見逃すことってあるでしょ。だから改めてみると凄いなぁって思ってさ」
ペーシェさんは背筋を伸ばしてこつんこつん。石畳を踏みしめる。
「そうさ。この街は凄いんだよ。景観もそうだけど、いろんな人が世界中から集まってる。たくさんの伝統と技術を受け入れた場所なんだ」
見慣れない声に後ろ髪を引かれて振り返ってみると、そこにはボーイッシュな少女が1人、自慢気に腰に手を当てて私たちを見ていた。頬には煤をつけ、いかにも職人見習いといった出で立ち。
性格はさっぱりとしていて情に厚く、小柄ではあるが頼りがいのある姉御肌。そんな雰囲気。
「急に声をかけてゴメンね。オレの名前は縁・イレニア。倭国人とベルン人のハーフでイレニアの方が名前。こんなんだけど15歳だよ。よろしくね。もしかして、あなたたちはキッチン・グレンツェッタのメンバー?」
明るい笑顔とさばさばした物言いが好印象な少女。私たちの自己紹介を聞き終え、目的を知ると、よかったら一緒に同行してもよいかと頭を下げた。
畑違いではあるが、彼女も職人のはしくれ。これも何かの縁ということで、魔導工学の第一人者であるアーディさんに会ってみたいと両の手を合わせた次第だ。
断る理由もない我々は喜んで手を繋ぐ。代わりと言ってはと道案内をお願いすると、お安い御用と快く引き受けてくれた。
地図はアプリで見ているけれど、やっぱり初めての土地は難しい。迷路のように入り組んでるとなればなおさら分かりづらい。
「ユノ姉さんから聞いてるよ。お祭りで飲食店を開くんだって?」
「ユノ姉さん、ってことは妹さん?」
「そう。って言っても従姉妹なんだけどね。だから全然似てないでしょ。性格も全然違う」
イレニアさんは頼れるサバサバ系女子。
ユノさんは頼りになるおっとりマイペース女子。
そんな感じ。でもどことなく雰囲気は似てる。従姉妹だからかな。
「確かに。でも世話焼きが好きそうなのは似てるかも。案内してくれてありがとね。イレニアの言う通り、あたしたちはキッチンで料理を出すから、祭りの日には絶対来てね。イレニアは何か出すの?」
ペーシェさんが聞くと、困ったような顔をして頬をかいた。
「祭りの日は殆ど店番なんだ。オレはここで白磁陶器職人の見習いをしてるんだ。でも自由な時間はあるから絶対食べに行くよ。だからウチにもきっと来てくれ。オレが作った作品も店に並ぶからさ。まぁまだ胸を張ってオススメできるようなもんじゃないんだけどね」
イレニアさんは親元を離れ、グレンツェンの白磁陶器職人に弟子入りをしたチャレンジャー。
去年にやってきて独り暮らしをしていた。時々は従姉妹のユノさんが講義の為にやってきて、家に招いて寝泊まりをする仲。それもあってイレニアさんは、私たちがキッチン・グレンツェッタ・チームだと分かって声を掛けてくれたのだ。
人の輪というものは、どこで繋がってるか分かりませんなぁ。数奇な出会いに心がわくわくします。
屈託のない笑顔が素敵なイレニアさん。本当にこの街のことが大好きなようで、四季に訪れる街並みの変化。街灯の明かりの暖かさ。地上から見上げる景色と、屋上から見下ろす景色は雰囲気が違って、どれも素晴らしいとうっとりする。
本当に、好きなものがある人の笑顔って素敵だなぁ。
おしゃべりをしながら歩いていると、不思議と時間を忘れてしまうもので、あっという間にアーディさんのいる工房に辿りついてしまった。もう少しお話しをしたかったけど、それはまた今度ということで。
左の小さな漆喰の家はアーディさんの自宅兼事務所。暖かさを感じる柔らかな白色の壁は、職人さんがヘラで塗ったであろう跡が残ってる。それがまた手作りに宿る温もりを感じさせた。
隣にそびえるは翡翠の箱。魔導工学者が日夜研究に励むラボ。黄色や緑色の蔓植物で覆われた家屋は奥に伸び、ひと区画分の横幅をとらえる。
1人暮らしの男性の家。なんだかちょっぴりドキドキするなぁ。どんな生活をしてるんだろう。
魔導工学の第一人者って言うからには、やっぱりロボットが家政婦なのかな。
それとも、スイッチ1つでなんでもできちゃう夢の家なのかな。
ふわふわな夢を思い描きながら、呼び鈴の向こうから聞こえるアーディさんの声に促されてお家へおじゃまします。
扉をくぐるとすぐにダイニング。隅にはテレビと事務用のパソコンがいくつも置いてある。奥にはキッチンが備え付けられ、料理道具が壁画のように並べられていた。
パソコンとキッチンの間に備える椅子を引かれて、よく来てくれたと迎えてくれる。
「わざわざ来てくれてありがとう。進捗報告はエマから聞いてるよ。鯨漁も大変だったらしいな」
聞かれ、自然体で歩み寄るペーシェさん。手を引かれてイレニアさんも中へ入った。
「えぇまぁ。死んだと思いました。生きてるって素晴らしいですね」
たいへんだったけど、なんだかんだで楽しかったと苦笑いのルーィヒさんとダーインさんも彼女に続く。
「マジに何があったんだ…………。まぁ座ってくれ。喉が渇いたろう。コーヒーでいいか。ブラックにミルクと砂糖。チョコレート。あぁ、クッキーもあったんだ。今日は時間があるから是非、鯨漁の話しを聞かせてくれ」
「もちろんなんだな。お土産も買ってきたんだな。…………それで、すみれはそこで固まってどうしたの?」
フロアマットののち、フローリング。
く、靴を脱ぐ玄関がない、だとっ!?
「いえ、あの、下駄箱というか、靴は履いたままでいいんですか?」
恐る恐る聞いた質問の答えはイエス。
イエスッ!?
「あぁ~。倭国って、部屋に入る時には靴を脱ぐんだよね。すみれのシェアハウスはそうだもんね」
「なん……だと……ッ?」
「すみれが見たことない険しい顔してるっ!」
そうなのです。フローリングの上を靴で歩くという習慣がない私には、もうここから一歩も前に行けないのです。
逆に部屋の中も靴で歩く習慣しかないアーディさんには理解できない仁王立ち。
木の板の上に足を踏み出そうにも、培った常識が反射的にそれを拒む。
今立ってる泥よけのフロアマットの上にいるのですら罪悪感に襲われて引き下がってしまいそうなのに、こんなつるつるした聖域に土足で踏み込んでいいものだろうか。
他の人は抵抗なく歩いてる。アーディさんもそれが普通だからなんとも思ってない。
けど……うぅむ……。




