異世界旅行1-3 出会いの数だけ喜び増して 6
いただきますと手を叩き、向き合うは緑色のスープ料理、のようなもの。
緑色のスープというだけでなかなかのインパクト。少なくとも俺の記憶に緑色のスープ料理のレパートリーは思い出せないぐらい少ない。すぐに思いつくのはグリーンカリーくらい。
ペーシェさんも、ローザさんも、シルヴァさんもためらった。
すみれさんだけはおいしそうに頬張る。この人、食に関してまるでためらいがないな。
俺もためらってる場合ではない。おいしそうにもくもくと食べるリィリィちゃんの手前、手が止まってたら心配させてしまうかもしれない。
いざじっしょ、ん?
なんか底のほうに沈んでるんだけど。
すくってみると、それは炊き立てのご飯。
冷たい汁にかけられ、ぬるくなった玄米である。
え…………?
冷や汁っていうからには冷たいスープ料理じゃないんですか?
これじゃ冷たいっていうか、ぬるい汁なんですけど。
味というのは温度によって感じ方が違うことが知られている。
甘味は体温に近いと感じやすく、塩味は体温と比べて低いほど感じやすい。
だからだろうか。野菜の甘味と出し汁の塩味をほどよく感じられるギリギリの温度帯をせめてるのだろうか。
わからん。具体的なことは全然分からん。
しかしひとつ分かることは、この冷や汁なる料理がめっちゃうまいということ。
鮎からとった上品な味わいが下支えになり、大豆から作られた味噌とふんだんに使われた香ばしいすり胡麻の風味が食欲をそそる。
水分をたっぷりと含んだもちもちのお米。
しゃきしゃき食感が楽しいきゅうり。
心地よい酸味が食欲をそそるシソ。
ミネラルと旨味の塊であるトマト。
焼くと独特の甘味を表現するナス。
ねばねばぷちぷちのオクラ。
たくさんの畑の食材が織りなすハーモニー。
自然の恵みを全身に巡らせているかのようだ。
「「「「「うまいっ!」」」」」
異世界組も大満足。
料理が得意なすみれさんは大興奮。
「やっぱりとれたてのお野菜は格別ですね。おいしさが段違いです。特にすり胡麻の風味が強烈。職人の技を感じます」
え、すり胡麻に職人技とかあるんすか?
セチアさんがすみれさんの言葉を肯定する。
「すみれさんは本当に五感が鋭いのですね。すり胡麻は蝶の寺子屋にいる住職さんにすってもらったものです。強すぎず弱すぎず、絶妙な力加減ですられるので、香りの立ち方が素人のそれとは比べ物になりません。ギルドの食堂で使用されるすり胡麻は、全て住職さんにすってもらったものなんですよ」
「そんなに違うものなんですか?」
俺もペーシェさんと同意見。すり方ひとつで味が変わると思えないんですけど。
そう思う我々の前に、ど真剣なメルティさんが前のめり。
「これがなかなか難しいんです。強すぎると熱を加えすぎて香りが飛んでしまい、弱すぎると外殻が押し潰れるだけで香りも質も悪くなります。香りを損なうことなく、外殻だけを割るのは至難の業です」
「こんな小さな粒の外殻だけを割るとか、どんな方法をとればそんなことになるの?」
ローザさんは小さな粒々をすくいあげて目を細めた。
メルティさんは面白いものを見るように微笑む。
「すりこぎとすり鉢でこさえます。食べ比べたらすぐに分かるんですけど、今日は比較対象がないので、後日、アイシャちゃんに聞いてみてください」
胡麻豆腐が大好きなリィリィちゃんも玄人と素人のすり胡麻の違いを知ってるらしい。
「フレナグランの四色豆腐もそうだよね。前にセチアお姉ちゃんと作ったことがあったんだけど、味も香りも全然違った。すっごく難しいよね」
そんなに違うのか。ちょっと試してみたくなるな。
「そんなに分かりやすいほど差が出るのか。実に興味深いな。白雲たちは見たことあるのか?」
「それなら見たことがあります。住職様のものは殻だけが割れて実が潰れていませんでした。香りの弱いほうは実も殻も粉々になって見るも無惨な姿でした」
見るも無惨!
「胡麻団子っておいしいですよねっ!」
思い出した月下は満面の笑み。
月下の笑顔にペーシェさんが質問する。
「月下ってほかの子と違って食材をそのまま、っていうよりは加工して料理したものを好むのかな? 焼き芋が大好きって言ってたし」
どうなんだろう、と月下がローズマリーの顔を見合わせた。ローズマリーは考えて、もしかしたらと人差し指を立てる。
「私と出身が違うから文化的背景があるのかも」
月下がローズマリーを肯定した。
「そうなのかも。でも生野菜とか生の果物も大好きです。お花も大好きだし、スイーツも大好きですっ!」
まさかフェアリーの口から『文化的背景』だなんて小難しい言葉が出てくるとは思わなかった。
話によると、ローズマリーは記憶にないくらい転生を繰り返してるらしい。となると、実際に生きてる年齢は100歳を超えて――――いや、フェアリーの歳なんて考えてはダメだ。
彼女たちは夢幻の住人。
人間の価値観を当てはめてはいけない。
断じてっ!
♪ ♪ ♪
フレナグランに野菜を届け、ゆったりと露天風呂に入った我々は火照った体を冷やしながら、リィリィちゃんの住まう家へと歩いて帰る。
小さな少女を肩車して、一緒に星を眺めながら語らう時間のなんと尊いことか。
できることなら、このままずっと歩いていたい。銀河の果てまで共に行こう。
家に帰ると寝息が5つ。
フェアリーたちが仲良く並んで夢の中。
1枚のベッド。1枚の毛布にくるまって幸せそうな寝顔をする。
フェアリーは日の出とともに目覚め、日の入りとともに夢を見る。
だから先日の七夕祭りには参加できなかった。夜に起きるために長いお昼寝をしたものの、体が覚えた習慣というものに敵わず、目が覚めるとお日様が昇っていた。
今回はダメだったけど、来年に向けて夜に起きてられるように訓練するとのこと。どこまでも頑張り屋さんなフェアリーだ。
フェアリーを凝視して動かない女性がいる。
ケーキ店の跡取りで看板娘のシルヴァさん。1秒でも長くフェアリーと一緒にいたい彼女は、セチアさんの家にホームステイを希望した。
フェアリー基金の会員になるほどのフェアリー好き。自室にはフェアリーグッズが所狭しと並び、彼女のコレクションは実家の稼業をも浸食し始めている。
フェアリーと寝食をともにしたいのは彼女だけではない。
ヘラさんも、ローザさんも、シェリーさんだってそうだ。みんなこぞって手を挙げた。
セチアさんとしては嬉しい限り。しかし工房は広くても、そこは2人用住居。大勢が泊まれるようにはなってない。
くじ引きに運命を託した結果、愛は勝つと叫んだシルヴァさんがホームステイすることに。
もちろん、俺はリィリィちゃんのご指名があるのでホームステイさせてもらえた。もうこのまま一緒に住んでもいいとすら思ってる。
「かっ、かわいいっ! 寝顔ちょ~かわいいっ! (小声)」
「愛らしいですよね。いつまでも見ていられます! (小声)」
俺とシルヴァさんは彼女たちを起こさないようにひそひそ声。
きゃいきゃいする女子の後ろでセチアさんがくすりと笑う。
「声を殺さなくても大丈夫ですよ。フェアリーは一度寝ると太陽が昇るまで起きませんから」
それを聞いてシルヴァさんが満面の笑みになる。フェアリーの一挙手一投足。フェアリーの好きな物。フェアリーの生活。全てを愛おしく想う彼女はフェアリーの全てを肯定する。
「本当に自然とともに生きてるんですね。あ、コップ出しておきますね」
一度寝ると起きない、か。
仕方ないのだけれど、ちょっぴり残念という気持ちがある。
「ほっとみっるく。ほっとみっるく。シルヴァお姉ちゃん、メレンゲクッキーは?」
らんらん気分のリィリィちゃんがメレンゲクッキーを所望である。
残念ながら用意がない。
「えっ、ご、ごめんなさい。まだ作ってないから今はないの。明日の3時のおやつの前に、みんなで作りましょう♪」
「やった~♪ みんなが来てからわくわくてんこもり♪」
るんるん気分で鼻歌を歌う少女のなんとはつらつとした姿だろう。
つられて俺たちまで笑顔になってしまう。
テーブルにはホットミルクとシルヴァさんが持ってきたクッキーが並ぶ。
温かいミルク。焼き直して香ばしさを取り戻したシンプルなクッキーの相性は抜群。シンプルながらに王道の組み合わせ。実に見事なマリアージュ。
明日は朝食を終えて騎士団としての仕事を済ませて畑仕事。
昼食後からセチアさんは別件で仕事があるのでしばしのお別れ。
メルティさんと合流しておやつタイムに向けて準備を整える。
3時にはエルドラドにお泊りするフィアナとリンさん。剣術道場からもみじさんとアナスタシア。もみじさんの家に泊まっているキキちゃんたちも訪れるそうだ。
それからすみれさんやライラさんたちもティーパーティーに参加予定。
大所帯でのティーパーティー。工房に入りきらないので裏庭にテーブルを出してのティーパーティー。これは胸が高鳴ります。
お菓子作りに精通したシルヴァさんとメルティさん。
昼食を終えたらスイーツ作りに合流したいと息巻いたすみれさんとローザさん。
超絶レベルの高い女子力を有する4人が集まるのだから、それはもう素敵なスイーツタイムを満喫できるに違いない。
これを機に俺もスイーツの幅を広げたい。
できることは多いほうがいい。
リィリィちゃんに手作りのスイーツを食べてもらいたい!
ただそれだけのために頑張れる!
「リィリィちゃんはどんなスイーツが好きなの? (エディネイ)」
「んっとね~、前に暁お姉ちゃんに食べさせてもらった黒っぽいケーキがおいしかった! (リィリィ)」
「黒っぽいケーキ? ブラックベリーとかダークチョコレートのムースとかかな? (エディネイ)」
「ショコラのチョコレートケーキと言ってました。たしかシルヴァさんのご実家で作られているものだったかと (セチア)」
「それうちのだ! わぁ嬉しい! (シルヴァ)」
「えっ! シルヴァお姉ちゃんが作ってるの? すごいっ! チョコレートケーキが食べたい! (リィリィ)」
「それは俺も食べたい (エディネイ)」
「こんなこともあろうかと、チョコレートケーキの材料は持参しております。アルマの話しだと、メリアローザでチョコレートは希少品だって聞いたから。そっかー、このご時世に倭国でチョコレートが珍しいって聞いて変だなって思ってたけど、異世界だったからかー。持ってきておいてよかった (シルヴァ)」
「ナイスです! あ、でもショコラのチョコレートケーキのレシピは門外不出なのでは? (エディネイ)」
「大丈夫。ひと口にチョコレートケーキって言っても色々あるから。今回は生地にチョコじゃなくて、フェアリーたちに集めてもらったっていうアロマオイルを使いたいです。少し使わせていただいてもよろしいでしょうか? (シルヴァ)」
「ええもちろん。きっと彼女たちも喜びます (セチア)」
「え、なになに。なんの話し? (???)」
どこからともなく男性の声。声変わり前の少年のような、それでいて凛々しさを感じる透き通る声色。
突然聞こえた異性の質問に答えるより、いったいどこから聞こえたのかと不安に感じるほうが早く、あたりをきょろきょろと見渡して声の影を探す。
四方にはいない。まさか天井、にいるはずもないか。
慌てふためくのは俺とシルヴァさんだけ。リィリィちゃんとセチアさんは慣れた様子で落ち着いていた。ということは見知った相手。気構えるほどのことでもないのか。
それでも、女子だけのパジャマトークの中に男性が闖入してくるのは心象的に微妙になる。できれば空気を読んで退出願いたい。
「おかえりなさい、ダンス。故郷の星の様子はどうですか?」
故郷の星!?
「順調に水が循環し始めたところだよ。少し天気は荒れるだろうけど、星管システムが生きてるからしばらくすれば落ち着くと思うよ。いやー楽しみだなー。早く元の緑溢れる大地が見たいなー♪」
声の発生源はセチアさんの手元。ティーカップの後ろで小さな人形が踊ってる。
白いターバンを巻き、鮮やかな青色の民族衣装を着こなす小さな男の子。ぱっと見の印象ではアラジンに出てくる魔法のランプの精のようないで立ち。
まさかの男の子版フェアリーの登場である。
「「男の子のフェアリー!?」」
「ノンノン! 僕ちゃんはフェアリーじゃなくてランプの魔人だよ。超高密度のエーテル生命体っていう意味ではフェアリーと同じかな」
ランプの魔人!?
「まぁかわいいっ! 初めまして、シルヴァ・クイヴァライネンと申します。仲良くしてね♪」
「おぉっ! なんと麗しき女性でありましょうか。こちらこそ、お会いできて恐悦至極でございます!」
随分とまた仰々しい挨拶である。だけど嫌らしい雰囲気はない。さっぱりとしていて礼儀正しく感じるのは、彼が心から出会いに感謝してるからだろう。
なにせランプの魔人は誰かに呼び出されるまでランプの中でスリープモード。1000年の間、魔力を溜め込むことで願いをなんでも叶えるというチートアイテムなのだ。
そう、彼はアイテムとして生み出された人造魔人。
そこに意志を必要とされず、彼は孤独の中で生きてきた。
ところがどっこい。ある日ランプから呼び出されてみると、自分と等身の同じ可憐な美少女たちがいるではないか。
彼女たちを取り巻くメリアローザの人間たちはダンスを1人の人間として扱ってくれる。
彼にとって夢にまで見た理想郷。この幸せを続けるため、小さな体で一生懸命に尽くしているという。
なんてできた子なのだろう。
「今は故郷の星を再生するために色々頑張ってるんだ。ひと段落ついたから戻ってきたんだよね。ちなみにメリアローザでは猫の領内にあるキャバクラでホストやってます!」
「ランプの魔人がキャバクラでホストやってんの!? もうなんでもアリだな、異世界っていうのは」
「異世界というか、メリアローザが自由で特異なんだと思います。多分、他の国はグレンツェンと同じ様子だと思いますよ。スケルトンも、フェアリーも、ランプの魔人も、よその国にはいませんから」
それはよかった。アンデットの群れとかいなくてよかった。
セチアさんの言葉を返すように、シルヴァさんが希望的観測を打ち明ける。
「フェアリーはよその国にもいてくれていいと思います」
それは激しく同意。
シルヴァさんの願望に対してダンスがものすごく気になることを教えてくれる。
「月下たちの話しだと、外国にはフェアリーと共に生活するハーフエルフの女性がいるんだって。たしか名前は【ウィズ】って言ったかな。月下はそのウィズってハーフエルフの元を離れて旅に出て、メリアローザにたどり着いたって言ってたよ」
うろ覚えのダンスの情報をセチアさんが優しく訂正した。
「少し違いますね。知恵の魔女であるウィズという人の話しを聞いて、月下は空の高さを知りたくて上昇しているうち、ものすごく強い風の流れに乗ってしまって、たまたま別の場所からやってきたローズマリーと合流して、メリアローザにたどり着いたそうです」
「同じタイミングでジェット気流に乗って、数ある大地の中でメリアローザにたどり着くという天文学的確率を超越した奇跡! 運命の女神様、ありがとうございますっ!」
シルヴァさん、感涙。
無論、俺も感涙。
「さらにそこに異世界との交流を始めるきっかけになったヘラさんの紆余曲折が相まって、アルマたちと出会ってこうやって異世界に渡るという、もはや天文学とか確率とかあらゆる全てを超克した、奇跡なんて言葉では片付けられない数奇な運命たるや。ありがとうございますっ!」
「なんだかよくわからないけど、エディネイお姉ちゃんと一緒にいられる奇跡! 神様、ありがとうございますっ!」
感謝!
圧倒的感謝!!
出会いと運命を司る神がいるなら、信徒になる勢いです!




