異世界旅行1-3 出会いの数だけ喜び増して 5
よし。俺も難しいことは考えないようにしよう。
今はこのかけがえのない時間をめいいっぱい楽しんじゃおう。
そう思うと、いつも考えてしまうことが脳裏をよぎる。
変異種の自分がみんなと同じ場所にいてもいいのだろうか。
いいに決まってる。そう思い込んで考えないようにしてきた。難しいとかそんな問題じゃない。彼女たちにとって俺は不愉快な存在ではないだろうか。
ついついネガティブスイッチが入って俯いてしまう。聞かないで、見ないふりをするのはいつものこと。生きるために逃げることは悪いことではない。
だけど、きっといつかはぶち当たる。
その時のため、もしも心が折れたとして、逃げる場所を用意しておきたい。
ここは俺の逃げ場所になるだろうか。
「ところで、話しが変わるんだけど、ドラゴノイドってどう思いますか?」
俺はきょとんとした顔を向けられ、みんなは沈黙のまま次の言葉を待ち受けた。
その疑問の続きは?
それがないと答えられない。
だから俺は続けて言葉を振り絞る。
「その、人間とは違うわけで、やっぱり変じゃないかな、って」
再びのきょとん顔。
どう反応するべきか、熟考した大人たちが言葉を向ける――――より早く、隣に座るアルマが俺の顔面をヨーグルトケーキで殴打。
衝撃のベクトルそのままに倒れ、何が起こったのか分からないドラゴノイドは呆然と空を見上げて意識が停止した。
聞こえた音は3つ。突然の出来事に驚く叫び声。
心配そうに俺の名前を呼ぶリィリィちゃんの声。
そしてアルマが大声で爆笑する笑い声。
「なっにすんだお前ッ!」
「あっひゃっひゃっひゃっひゃ! ごめんごめん。でもエディネイが悪いんだよ? あんまりくだらないことを言うもんだから、ついうっかりヨーグルトケーキを口に突っ込んじゃったよ♪」
「これは口に突っ込むって言わねぇよッ!」
「えぇ~? メリアローザではヨーグルトケーキの顔面殴打は口に突っ込むことと同じなんだよ?」
「うん。100%嘘」
メルティさんの中にそんな常識はない。
「アルマって結構さ、拳で語る癖があるよね……」
「それはなんか分かる」
華恋さんとローザさんは意気投合。アルマの暴力性は常識らしい。
「留学先でも相変わらずなのね。ちょっと心配です。殴られる人が」
セチアさんはアルマ贔屓って聞いてたけど、一般常識がきちんと備わってるみたいでよかった。
「だけどアルマの感情は理解できる。やり方は――――かなり暴力的だけどね」
「一瞬で怒りのボルテージが振り切れたね」
どこかからアルマの行動を肯定する声が聞こえた。
理解できない俺は聞き返す。
「怒りのボルテージ? いったいなんのこと?」
「よし、もう1発いっとこうか!」
のりのりのアルマ。
「食べ物を粗末にするならともかく、お口に突っ込むなら問題ないよね!」
「ですねっ!」
「あ、私の分のケーキも顔面殴打してもらっていいかな」
「よろしければわたくしのシフォンケーキも顔面殴打してくださいますか?」
「アルマにお任せ♪」
メルティさんも、シルヴァさんも、アナスタシアもフィアナものりのり。いったいどういうことなのか!?
「え……えぇ……っ!?」
困惑するリンさん。彼女が普通。
「あっはっはっは! おんもしろいなぁ~!」
ライラさん大爆笑。
「青春してるわ~」
ヘラさんは微笑ましく見てるだけ。
「これが異世界流の心の語り方か。なかなか赴きがあるじゃないか」
「絶対違うでしょ」
分かってて笑うもみじさんに呆れるあざみさん。
そろそろいいかと、シェリーさんが止めに入る。
「悪ノリはそのへんにしてあげましょう。エディネイはともかく、リィリィちゃんが泣きそうです」
はっ!
そうだ。リィリィちゃんが庇ってくれるはず。
この訳の分からない状況に楔を打ち、終止符を打ってくれるはず。
期待通り、彼女は俺のことをめいいっぱい抱きしめて心配してくれた。
俺の味方はリィリィちゃんだけだ。俺は一生、彼女の笑顔を守っていこう。
「やめてーっ! エディネイお姉ちゃんを責めないであげてっ! アルマお姉ちゃんの気持ちも分かるよ。見た目なんて関係ない。種族なんて関係ない。大事なのは心だって。そんなことで友情が壊れたりしない。上っ面の関係なんてするはずがない、って。でもエディネイお姉ちゃんはずっと悩んできたの。ほかの人たちと違う見た目で生まれてきちゃって、嫌な目で見られてずっと苦しかったの。リィリィも一緒だから。パパやママたちと違って、同じ時間を過ごせなくて、すっごくすっごく辛かった。でもまおーさまとかあいちゃんとか、ウィルおじちゃん、セチアお姉ちゃんがいてくれて、すっごくすっごく楽しかった。だからリィリィがエディネイお姉ちゃんにいっぱいいっぱいぎゅ~ってしてあげるの。だからみんなもうやめてっ! 仲良くケーキを食べようっ!」
「「「「「ぐふうっ! ごめんなさいっ!」」」」」
この中で最も大人なのはリィリィちゃんだった。
その後、アルマはみながドン引きするほど号泣して土下座した。
♪ ♪ ♪
初夏の日差しが照り付ける緑の庭園の中、俺はリィリィちゃんと一緒にトマトの収穫を手伝う。めっちゃ楽しい。
ここは太陽の領内で生活する人々が共同で管理する農園のひとつ。空いた土地を利用して日々の糧を生み出している。
その日の食卓のために収穫する場合もあれば、市場へ卸して金銭を得る場合もあった。
伍の制度があるメリアローザでは、傷病のせいで動けない人を補助する決まりがある。農園はその延長線にあり、ここで採れた作物を分配することもあった。足腰の弱ったお年寄りも、作物の手入れにせいを出して心身の衰えを遅らせる。
農園ひとつとってもその役割は様々である。
今日はリィリィちゃんたちが野菜の収穫をするということで、手伝わせてもらえることになったのだ。
「本当によろしいのですか? みなさんは暁の客人なのに」
セチアさんは申し訳なさそうにする。いいんですよ、恩返しさせてくださいな。
「むしろお手伝いさせてください。というか何か貢献しないと罪悪感に押し潰されそうです。金銭も暁さんに持ってもらって、寝食もいただいて。そりゃ、異世界間交流が始まった時のための布石だということは理解してます。でも、だからこそ、メリアローザのことをもっと知りたいんです。それにフェアリーのみんなと一緒にいる時間がなによりかけがえのない時なんです。我々の世界にフェアリーはいませんから」
シルヴァさんも俺と同じ気持ち、だと思ったのは半分だった。
「フェアリーが絡むと本音を隠さなくなりますね。でもあたしたちも同じです。いただいてばっかりでは申し訳ないので」
「ですです。いっぱい収穫しちゃいますよ♪」
ペーシェさんもすみれさんもやる気まんまん。
セチアさんから感謝の言葉が贈られる。
「本当に助かります。この時期は夏野菜の収穫時期と海での漁も山狩りも重なるので、人手がいくらあっても足りなくて。野菜が熟れてくれても、収穫時期を逃すと実割れしてもったいないことになってしまいますからね」
なるほど、たしかにそれはもったいない。人間が食べごろと思って収穫したい時期というのは短いものだ。
会話がひと段落したのを見計らい、小さく可愛らしい友人が元気いっぱいに飛び跳ねる。
「よぉ~し! それじゃあ私たちが収穫する野菜を見極めるから、みんなは籠に入れて集めてね。私はローザと一緒に行くね」
「じゃあねー、バーニアはシルヴァと一緒に行く。この愛我爆発剣MarkVでしゅぱっと斬っちゃうからね!」
フェアリーに刀とは、まったく異世界とは奇々怪界。
「マークファイブってことはツーもスリーもあるのか」
「私のがMarkⅡです。ペーシェは私が案内してあげます」
月下はペーシェさんと一緒に野菜の収穫に向かう。
フェアリーは植物と対話する能力を持つ。そのため、収穫時の野菜を見極めて最良の時期を選べるのだ。おかげで一番おいしい時分を逃すことなく、最も質の良い作物を食卓へ運んでくれる。
それだけではない。植物の病気も早期発見できるし、害虫と相談して草木から離れてもらうようにお願いしたりもできるという。植物に関して無敵の存在である。
みなフェアリーに連れられて散り散りに散開。俺はリィリィちゃんに手を引かれてデート、ではなく、収穫の手伝いをすることになっていた。
少女は植物と会話できなくとも、普段から農園のお手伝いをしてることもあって、見ただけでしっかりと熟れてるかどうかを見極めることができる。
これはもう大丈夫。これはあと1日したら収穫。こっちは実割れしてしまってるから、今日のお昼ご飯にしてしまおう。
ひとつ。またひとつ。大事に育てられた野菜を籠に入れて収穫する。
赤のトマト。黒紫色のナス。緑のきゅうり。緑のオクラ。緑のシソ。
やっぱり野菜なだけあって緑が多いな。だけどひと口に緑と言ってもそれぞれ濃淡が違って赴きがある。
なんといっても香り。力強い大地の香りが心躍らせる野菜たちは、大事に育てられた証拠。
これだけ新鮮な野菜ならサラダかな。
輪切りにしてチーズを乗せてピッツァにするのもアリだな。
シンプルに焼くだけというのもいい。
付け合わせに唐辛子があるとなおよし!
頑張り屋さんのリィリィちゃんは額の汗をぬぐい、たいへんながらも楽しい時間を過ごした笑顔を見せてくれる。
「エディネイお姉ちゃんと一緒だからいっぱい収穫できたね。お天道様が真上に来たから、そろそろお昼ごはんの時間だ。今日のお昼ごはんは冷や汁だって!」
「冷や汁……冷やしたスープ……?」
名前から連想するに冷たいスープ料理だろうか。
収穫した野菜をそのまま利用する冷製スープをイメージした。
トマトがあるからトマトの冷製スープか。しかしそれではあまりにも量が心もとない。
いくら朝食にスイーツを過剰摂取したとはいえ、さすがにお腹が減った。スープだけでは物足りない。野菜を丸かじりするのかな。
だが郷に入りては郷に従え。材料だって畑で採れたものを使うのだ。文句のひとつでも言おうものならバチが当たる。当たるのがバチだけならまだマシである。
農園には休憩所兼簡易的な調理場が設置されていた。
ここでお昼ごはんを済ませ、すぐに仕事に復帰できるという配慮である。
一度家に戻ってランチをするのも億劫。フレナグランに出向くにも距離がある。かと言って昼飯抜きで働けるほど畑仕事は甘くない。なるほどこれはなかなか便利な施設。
屋外で調理をして青空の下のランチというのもオツですな。キャンプ場に来たみたい。
収穫した野菜を荷台に乗せ終えて調理場に行くと、既にお昼ごはんが用意されていた。どうやら出遅れたようだ。申し訳ない。
「すみません。遅れてしまったみたいで」
「ううん、いいのいいの。時間を忘れるくらい真剣に仕事をしたってことだから。それに具体的な集合時間は決めてなかったし。そもそもメリアローザには時計ってないみたい」
ランチの準備に取り掛かってるシルヴァさんは楽しそうに答える。夢にまで見たフェアリーとのランチ。楽しくて楽しくて仕方なかろう。
先に到着したペーシェさんは時間がわからなくて早めに切り上げてたみたい。
「そういや、華恋が言ってましたね。メリアローザは陽時計でだいたいの時間を把握するから、結構時間にアバウトだって。それでいて、なんだかんだいって分単位の時間管理をしてるから苦労するって。グレンツェンで作られてる時計が欲しいとも言ってたな」
ペーシェさんが華恋さんの言葉を思い出して、シルヴァさんが小声でつっこみを入れる。
「陽時計って、どんだけ原始的なのよ。野菜を持ってきた時に昼食の準備に入ってて焦ったわ」
ないものはしょうがないので愚痴は小声に留めた。
すみれさんも時間が分からなくて、というより野菜の収穫に夢中で時間を忘れたみたい。
「ぐぬぬっ! 出遅れた!」
両腕に野菜いっぱいの籠を携えたすみれさんがご登場。
多分、すみれさんは収穫に夢中になったんだろうな。籠を両手に持って走り回ってたのを見た。白雲と赤雷に連れられて、西へ東へ大立ち回り。
それはいいんだけど、すみれさんってかなり力持ちだな。たんまりと収穫した野菜を両手の籠に乗せて持ち運んでる。かなりの腕力と胆力がいると思うんだけど。小柄な女性とは思えないパワーの持ち主。
さて、出遅れたので何かしらで遅れを取り戻さなくては。
思うも時すでに遅し。食器も料理もテーブルに並べられて、あとは手を合わせて食べるだけ。せめて片付けはさせていただきます。




