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異世界旅行1-3 出会いの数だけ喜び増して 3

 最後に届けられたのはラベンダーのヨーグルトケーキ。

 あまなつとフサスグリを使った寒天。

 涼やかでしっとりとした青白いラベンダーのヨーグルトケーキは、登りゆく太陽の光で温められた体を心地よく冷やしてくれるかのように冷たく甘く、それでいてラベンダーの香りが鼻を抜ける夏に嬉しいスイーツ。

 酸味が少なく甘い果実のオレンジのあまなつと、酸味のあるフサスグリにくわえ、輪切りになった八朔がタイルのように並べられた工芸品のようなスイーツ。

 透明なオレンジに真っ赤に熟れたフサスグリのコントラスト。輪切りにした八朔の花びら模様はまさに芸術的。食べていいのか戸惑ってしまうほどに美しい。


 ここで再び、スイーツ好きの賛美歌が轟く。


「むむむむっ! 基本的には酸味が強くて加工品にして食されるアカスグリの実が丸々と入ってる。しかしあまなつの寒天と一緒に食べると甘酸っぱい味で癖になる。おいしい苦みが特徴的な八朔とも相性抜群です。見た目もさることながら、味も最高です。称賛の言葉が大洪水です!」

「シンプルに見えるラベンダーのヨーグルトケーキもとても手が込んでる。このラベンダー、はちみつに漬けてますよね?」

「大正解です♪ しかも使ってるはちみつは26層【幻想神殿】で採取される特別なはちみつなんです。その名も【とろんとろんはちみちゅ】」

「なんかそれ、ヤヤちゃんの影が見えるんですけど」

「ヤヤちゃん命名のはちみつです」


 俺もなんかそんな気がしました。


「ダンジョンを塔破した人に命名権が与えられるんだけど、塔破したインヴィディアさんは特にいいアイデアが思いつかなかったらしくて。ヤヤちゃんに頼んだらそんな名前をつけたらしいよ。ちなみに26層にいる固有種の蜂の名前は【ぶんぶんびー】」


 おもしろネームに吹き出してしまいそうになった。

 ライラさんよりはネーミングセンスあるな。


「はちみちゅダイヤモンドもそうだけど、ヤヤちゃんって名づけセンスが絶妙に神がかってるよね」


 ペーシェさんもツボ(絶賛)


「ヤヤちゃんって大人びてるところがあるのかと思うと、ふと子供っぽくなるところがあってかわいらしいですよね。彼女が命名したはちみつはコピアの花の蜜のみを採取して生成されていて、とろんとろんはちみちゅは水のような流体なんです」

「粘性はないの?」


 メルティさんの解説にヘラさんから当然の疑問。蜂と共に生きる街の市長としては気になって仕方ないところ。


「不思議なことに全然ないんです。だから生地に混ぜる時もダマにならないし、アイスティーにも使いやすいんです。そんなとろんとろんはちみちゅで漬けた乾燥ラベンダーは、はちみつの甘味をいっぱいにまとってるので、ヨーグルトケーキと相性抜群なんです!」

「コピアの花っていうのは聞いたことがないんだけど、それは26層の固有種の花?」

「少なくともメリアローザには自生してない種類です。小さな白い花をたくさんつけて、とってもかわいくて綺麗なんですよ。四季もあって春と秋の2回咲きます。なのではちみつの収穫は2回ですね。養蜂場を整備したので、最近になってまとまった量が流通し始めています」

「1年のうちに2度咲く花とは珍しい!」


 ここで元剣闘士の血が騒いだライラさんからフラグになるような発言が。


「なぬ! ダンジョンにはモンスターが出る階層が多いって聞いてたけど、養蜂場があるということはモンスターの出ない階層ってこと? 私たちも入れる?」

「26層ははちみつの盗難を防ぐため、許可のある養蜂家と冒険者のみが出入りできます。ただし、暁さんの許可があれば養蜂場までの立ち入りは許可してくれるかもしれません。ちなみに26層にはモンスターが出ます」


 モンスターが出ると聞いてわくわくするライラさんが怖い。

 モンスターが出ると聞き、入場できないと知ってがっかりしたのは隣に座るシェリーさん。


「個人的には異世界の養蜂場を見学してみたかったが、モンスターが出るのであれば仕方がない。諦めるほかないか」

「モンスターの脅威度によっては大丈夫かもしれない」


 ほらまたなんかライラさんがヤバいこと言い出した。こういう時のライラさんの笑顔が怖いんですよっ!


「大丈夫って、なにがですか?」


 シェリーさんの質問に答えるより早く、待ったをかけたのはセチアさん。


「それはやめておいたほうが賢明かと。聞くところによると、26層のモンスター討伐には魔剣持ちクラスの熟達した冒険者のみに許可が出されるそうです。なんでも、巨大な2足歩行する牛型のモンスターだとか。体長は小さい個体で5m前後」


 聞き間違いか?

 聞き直してみよう。


「ご、5m? 50cmじゃなくて?」

「50cmならたいした脅威ではないでしょうけど。アルマは聞いたことある?」


 セチアさんの白羽の矢を向けられたアルマはスイーツを食べながら首を縦に振る。

 3回ほどヘッドバッドしたところで咀嚼が止まり、目をぎゅっと瞑って凍りついた。

 よくある喉を詰まらせたやつか。否、嚙み潰したフサスグリの酸味にびっくりしただけ。

 たしかにこれは強烈だ。甘味のあるシロスグリならともかく、酸味の強いアカスグリを丸々入れてるのだ。美しい赤色とは裏腹に刺激的な果実である。


 動きの止まったアルマを見てあわてふためくセチアさん。

 彼女はアルマを実の妹のようにかわいがってるらしく、メリアローザにいた時にも本当によく世話をしたそうだ。

 留学すると決まると、応援したい気持ちと不安な気持ちの板挟みになって夜も眠れなかったそうな。それほど彼女のことを愛している。

 羨ましい限りである。俺もそんなにまで想われたい。俺にとってのトクベツが欲しいな。

 リィリィちゃんなら、そうなってくれるだろうか。


 喉の詰まりをハーブティーで押し流したアルマがセチアさんの質問に答える。


「幻想神殿に出現するモンスターは確認してるだけで2種類。温厚な性格で敵性が低いデイダラボッチ種と、縄張り意識が高く攻撃的なミノタウロスです」

「名前がクソ物騒じゃん」

「あえて神話に出てくる幻獣の名を当ててるのはそれだけの理由があります。前者はゲートから離れた山の中で生活していて、滅多に平地には現れません。森の恵みが不作だった時にだけ、川魚や平地に自生している穀物を採取しに降りてくるくらいです。間接的にですが、はちみつを置いておくと、山に成るクルミや栗を置いていって物々交換してくれます」

「おおっ! なんか異世界ファンタジー感があっていい!」

「言葉や種族を超えて意思疎通してるのね。素敵!」

「なんかそういう、言葉は分からなくても気持ちが通じ合うやりとりっていいな」


 なんかちょっと楽しいな、そういうの。心で通じ合ってる感じがして。

 続いて問題のミノタウロスの説明が始まる。


「後者のミノタウロスは個体差はありますが、5~15mの巨体を持つ筋肉ムキムキの2足歩行する牛型のモンスターです。内燃系魔法のパワードを使うため、絶大な攻撃力を誇ります。大木を棍棒のようにぶんぶん振り回してきます」


 なにそれ、普通に怖いな。


「最恐最悪だね。異世界ファンタジーって感じではあるが」

「ダンジョンにはそんな環境のところもあるのですね。そう思うとエルドラドがどれだけ平和なことか」

「そんな怖い、モンスター、絶対に嫌、です…………っ!」

「ですです。でも定期的に牽制しておかないと、養蜂場のあるところにまで沼地を拡げて生息域を拡大しようとしてくるんです。だからミノタウロスの討伐に行かざるをえません。はちみつは貴重な嗜好品ですから。それに一応、勝てる相手なんで」


 勝てるんかい!


「なるほど。たしかに個性的なはちみつは魅力的だからな。それで、その、文化的なものもあるんだろうが、ひとつ、どうしても聞きたいことがあるんだ。変に思われるかもしれないけど」


 ライラさんは言葉を濁しながら言おうか言うまいか迷う。

 おそらく我々も同じことを考えている。

 異世界ファンタジー小説をかじってるなら必ずぶち当たるであろう問題。

 冒険者の醍醐味である、モンスター討伐の次にすることとは、つまり。


「そのミノタウロスって、討伐したあとに、その、食べる、のか?」

「食べますね。2足歩行するだけで、ようは牛です。牛肉ですから」


 牛肉!

 言い切った!

 2足歩行するってだけで、なんていうか、人間と重ねてしまいそうなもんだが。

 そうなると食べることに躊躇しそうな気がする。人語を介さないにしても、似たような姿の生き物を解体して食べるというのはどうも気が引けた。

 もしかするとアルマが異常なだけかも。ほかの人たちはどんな反応なんだろう。

 黒髪ポニテも、艶髪の大和撫子も、スイーツ大好きゆるふわレディも気にしない様子。

 慣れか。慣れてるから違和感を感じないのか。セチアさんも特に気にしてないどころか、たまにはビーフシチューが食べたいと夢想する始末。


 ここでメリアローザ側とグレンツェン・ベルン側の温度差を感じ取ったアルマが、『しまった』という顔をして補足した。


「そうそう、メリアローザでは基本的にお肉、とりわけ牛肉は高価なんです。なのでミノタウロスのお肉は御馳走なんですよ。でもミノタウロスは大きくて、転移符で解体場に運べる量が限られるんです。数体を倒しても全部は運びきれないし、小さく切断している最中にも、血の匂いを嗅ぎつけて野犬や別のミノタウロスがやってきたりで、なかなかまとまった量を供給できないんです。そのへんはやはり課題ですよね」


 そんなことは気にしてないよ!

 2足歩行するモンスターを食べるってことに躊躇してるだけだから。

 ただの異世界間ギャップだから。

 ここはスルーして別の話題に変えるところだから。

 空気が読めないふりふりフリルはミノタウロスの話しを続ける。


「ちなみに、ミノタウロスの変異種でベヒーモスってのがいて、これは体長15mを超える紫色の肌の超巨大なミノタウロスです。現在確認されている中で一番大きかったのは推定34mです」


 なにそれ、もう意味がわからん。


「10階建ての高層ビルよりでかいのかよ。それも討伐対象なの? ってか倒せるの?」

「過去に討伐例はありますが、倒しても運搬できないので撤退します。お肉がゲットできないなら徒労でしかありませんからね。でも今のアルマのテレポートの魔法であればそれも可能です。どやぁっ!」

「ほほう。それは興味深い」

「元剣闘士の血が疼いてませんか?」

「今はベルン第二騎士団長ですよ。自覚してください」


 できる限りで止めに入らねば、この人、ほんとなにするかわからんからな。

 我々の心配をよそに、ライラさんは否定してみせる。


「違う。決してモンスター討伐に興味が湧いてるとかそんなんじゃない。今回はエルドラドの視察と魔剣関連のあれこれで来てるんだ。であれば、実際に魔剣を振っている場面を見ておく必要があるだろう?」

「正論ですが、詭弁にも聞こえますわ」

「なぬをっ!」


 冷静に鋭いつっこみを入れるフィアナの顔が死んでる。

 いやもうこの人、絶対殺る気でいるじゃん。

 だって目がきらきらしてるんだもん。新しいおもちゃを買ってもらった子供が如く。


 暁さんの性格からして、客人を危険にさらすようなことはしないだろう。

 仮に客人がそれを覚悟して臨んでも、軽蔑され信頼を失うことは必至。彼女は忖度とか姑息なゴマすりなどはしないタイプの人間。むしろ嫌悪する人。

 社会を回すために必要と考えつつも、自分はそういうことをしないと心に決めている。そんな人の信頼を失うようなことはできないし、したくない。

 そんなことをすれば一生、メリアローザへの立ち入りを禁止される恐れすらある。それは絶対にあってはならない。

 リィリィちゃんに会えなくなる。

 フェアリーとともに3時のティーパーティーを楽しめなくなる。

 つまり暁さんの心を裏切るということは死と同義なのだ。


 だから絶対にやんちゃしないでくださいよ。

 この人、肉体年齢に引っ張られる時があるのか子供っぽいところがあるからなぁ。

 だからこそ精力的で彼女の行動力に惹かれるという魅力がある。けれど、今回はそれが裏目に出そう。ライラさんの手綱を握れるのはシェリー騎士団長だけです。相手が年上だからって気にしないでください。

 中身は子供なんですから。

 職務的には上司なんですから。


 暴走しそうなので止めたほうがよいのでは。

 寄宿生一同がシェリーさんに懇願の眼差しを送り、受け取った本人はため息まじりにライラさんに釘をさした。が、あまり深く刺さってないようだ。生返事が返ってくるだけ。

 本当に大丈夫だろうか。

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