異世界旅行1-3 出会いの数だけ喜び増して 2
華やかなシフォンケーキの続きは春色プリン。
桜シロップ、ダマスクローズオイル、バニラプリン。3つを全部使った春色のよくばりプリンの4種類。
桜シロップの独特の風味はもちろん、カラメルは桜のチップで燻製にされ、濃厚なビターな味わいは丸みを帯びる。プリン本体のみならず、カラメルにまで桜のフレーバーを加えるとは恐れ入る。
ダマスクローズオイルを使ったプリンはあえて砂糖を使わず、ダマスクローズの持つ甘味を活かした傑作。
カラメル部分は代用としてローズオイルを使ったムース。ほろ苦のカラメルではダマスクローズの甘さを殺してしまうため、ムースを採用。
柔らかいプリンにふわふわのムースの二重奏がたまらない逸品。
バニラプリンは黄身と白身に分けて作った黄色と白のプリン。卵黄のみのプリンは卵の濃厚な風味とバニラの甘さが強調され、白身は淡泊で滑らかな食感が癖になる。
それらを層状に重ねた春色のよくばりプリン。桜。バラ、白バニラの3つにくわえ、たっぷりの桜チップのカラメルとローズオイルのムースが小皿にこんもりと盛られて出てきた。
プリンに対して明らかに供給過多。カラメルもムースも余ってしまう。なんという欲張り仕様。
はみ出るほどに注げということか。幸福供給過多症候群で幸せ死にしてしまう恐れがある。心してかからねば。
「バニラバニラ! いつなんどきもバニラが至上最上!」
バーニアが食卓の中心でバニラを叫ぶ。バニラ激推しの彼女は自分の好きをみんなに知ってほしくてたまらない性格。
そこがまたきゃわいいっ!
華恋さんが俺の思ったことを口に出す。
「相変わらずのバニラ激推し。だがそこがいい!」
ですよねっ!
すみれさんはスプーンを握りしめて微笑む。
「なんという至極のプリン攻め! どれも匠の技が輝いてます。特にプリンの滑らかな舌触りを実現するためには多すぎず少なすぎず、空気を含ませた生地を熟練の技で均一に混ぜ合わせなくてはなりません。これがなかなか難しいんですよ。シフォンケーキもそうですけど、見事なかき混ぜ技術です。感服いたしました!」
感服したすみれさんは味わうようにひと口ひと口を噛み締める。いつか自分でも作れるように、舌に味を覚えさせるのだ。
「わかりますか! めちゃくちゃ練習しましたからね!」
努力が認められたメルティさん。同胞に褒められて意気揚々。
「技術もさることながら、素材のよさが光ってます。小麦も、卵も、砂糖も、バニラビーンズも最高です! バラのエッセンスを加えたプリンなんて贅沢!」
バラ好きローザさんも大満足。ローズオイルを買い足して、自分でも作ってみせると意気軒昂。
「セチアさんのバニラビーンズは、我々の世界で見るバニラと比べても最高品質ですからね!」
「褒めてくれるのは嬉しいけれど、バニラの世話をしてくれるのは私だけじゃないから。みんなが丹精込めてお世話をしてくれてるんです。だからこそ、バーニアが生まれたのでしょうね」
「「「その話しについて詳しくっ!」」」
それは俺たちも詳しく知りたい。
フェアリーが花から生まれるというのは妖精図鑑にも記載されていた。
図鑑によると、フェアリーの発生条件は花が最も元気であること。
愛をもって育てられていること。
フェアリーのテンションが爆上がりしてること。『爆上がり』と表現したのは俺の語彙力が低いせいではない。図鑑に書かれてたのだ。
妖精図鑑には時々、こういったふわっとした表現が使われる。作者の性格が滲み出ていた。
残念なことにバーニアが生まれた瞬間をセチアさんも誰も目撃していない。
生み出した彼女たちもその時のことを具体的に覚えてなかった。
「あんまり覚えてなーい」
「衝動的にテンションが爆上がりすると仲間が欲しくなって、目についた子を中心にみんなで踊って歌うと仲間ができるよ。バニラのお花がきらきらしてて最高にいい日和だった、気がするー」
「ということなんです」
なんという細かいことは気にしない性格。
こういう単純な性格が、幸せに生きるための最大の武器なのかもしれない。
「でもお花からフェアリーが生まれるというのは本当なのね。それだけでも朗報だわ!」
「そうなんですか?」
あざみさんは『朗報』という言葉に疑問を打つ。
彼女からしたら周知の事実も、我々からすれば驚天動地の真実なのだ。
ヘラさんは春色プリンを堪能しながら理想の未来を教えてくれる。
「異世界間交流を始めるにあたって、起爆剤として彼女たちにはフラワーフェスティバルに来て欲しいと思ってるの。グレンツェンでフェアリーが発生すれば、今よりもずっと多くの人々を幸福にできると思うっ! 異世界間交流も円滑に進むと思うっ!」
なんていうか、フェアリーを盾にとられたらどうしようもないな。
結果がよければ全てよしと聞くけれど、この人ってけっこうやり方がエグいって聞く。
エグい中身は怖いので聞かないでおこう。
これを聞いて、フィアナが肩を落とす。
「相変わらずというか、やり方がずるい。フェアリーを矢面に出されたら世界中が平服しますわ」
シェリーさんも肩を落とした。
「ない話しじゃないから怖いな」
少なくとも、妖精好きは崇め奉るかもしれない。
アルマもヘラさんに同調して、素敵な未来を描き出す。
「グレンツェンの花々は愛をもって育てられてるので、たくさんのフェアリーが生まれそうですね!」
それ、最高ですやん!
アルマの話しを聞いた赤雷と白雲は頬を染めた。
「まぁ! ヘラ様方の住む街にもたくさんのお花が咲いていらっしゃるのですね。それはぜひとも訪れてみたいです」
「わたくしたちにできることならなんでもいたします。かそけきフェアリーではありますが、なにとぞごひいきに」
赤雷も白雲もけなげでかわいい。
お人形さんのように、ぺこりとお辞儀をする2人とヘラさんの間に割って入る雷が一閃。
「グレンツェンもいいけどベルンも綺麗な街だよ。ぜひとも訪れてくれ!」
前のめりに約束をとりつけるライラさんが珍しく必死の形相で迫った。
当然だ。フェアリーが街へ遊びに来る可能性が生まれる。それは人々の幸福を意味した。ならばここでがっついてしまうのは仕方ない。むしろかぶりつくほどにがっつきたい。
そうだ。今年の秋にもベルンの学際が開かれる。その時にリィリィちゃんを招待しよう。ホームステイ先は俺とアナスタシアのシェアルームということで。
「2人部屋で人を入れると狭くなるだろう。うちだったら一軒家だから安心して過ごせるよ。セチアも一緒に来るといい」
「ライラさんはちょっと黙っててください」
火花バチバチ。ライラさんだからって遠慮はしませんよ?
「ありがとうございます。でも秋は冬支度で忙しいので。リィリィだけで遠出できるなら」
「がんばるっ!」
1人で冒険する勇者が如き元気に満ち溢れるリィリィちゃん。大丈夫。俺が君を守ってあげる。
それにナイトは俺だけじゃない。
「お任せください。アルマが責任をもって送り届けます。アルマもベルンのお祭りに興味があります。というか、現在進行中のアトラクションの公開をベルンの学際に狙いを定めてるのでお世話になると思います」
「もう次にとりかかってるのか。しゃぼん玉の次はなんだ?」
シェリーさんの合いの手に、待ってましたと魔法を得たアルマ。
目をきらきらと輝かせて彼女は夢を語った。
サンジェルマン氏から教わったクリスタルパレスの魔法を応用。ミステリー要素のあるギミックを魔法で構成することで、今までになかった複雑怪奇な世界を創造する。
と、それはいいのだが――――誰しもが思い浮かぶ懸念点が1つ残っていた。
「それは……国際魔術協会が黙ってないだろうな。正直、空中散歩も危ういと思うんだが」
ライラさんの言葉は俺にも想像できた。
国際魔術協会。魔法の一切を支配しようとする巨大組織。
ところ変わってここは異世界。なにがダメなのかわからない華恋さんが首をかしげた。
「魔法のことはよくわかりませんが、今の話しを聞く限りでは、禁術に触れるような内容ではなかったと思いますが」
当然の疑問だ。ただのミステリーハウスだからな。
シェリーさんが異世界の事情を語る。
「禁術は当然だが、我々の世界では国際魔術協会が魔法を管理している。魔法は魔獣を征伐するためにあり、それ以外の使用や開発を禁止してる。最近では時代に逆行してるとして、簡単な魔法や普遍的に利用される魔法は黙認されてるんだ」
シェリーさんも怪訝な顔。信頼を置く、一緒に仕事がしてみたいと評価する少女の夢を阻まれたくない。そんな表情を浮かべた。
「まぁ、魔法がギルドで管理されてるのですか。それはあまりにも不自由では?」
驚きを隠せないあざみさんの前に、アルマが天高く拳を掲げた。
言い直そう、拳のように丸めた裾を掲げた。
「魔法はもっと自由であるべきです。柔軟であるべきです。この部分はメリアローザとグレンツェンのある世界とで全く違う価値観なので、異世界間交流の妨げになるかもです。ちなみに空中散歩も国際魔術協会からめっちゃ反発があったらしいですが、空中散歩の評判の高さと浸透力の速さのおかげで、国際魔術協会からの圧力を完封している形です。さすがセンダメッセ総合商社。本当にもう頭が上がりません!」
「なんか思ってた以上に魔法に厳しそうな世界」
華恋さんも宝石に願いを閉じ込める魔法を使う。
それは彼女の真心の形。否定されたなら、思いを拒絶されたみたくなって悲しくなるだろう。
「それについては個人的にも残念に思ってる。アルマの魔法を見て痛感させられた。魔法の可能性は無限大だ。魔獣を倒すだけじゃない。もっともっと魔法に自由を与えるべきだ」
シェリーさんの考えに全員がうなずき、ヘラさんの熱弁が始まった。
「ならばなおさらフェアリーたちにはグレンツェンに来てもらわなくちゃ。なんたって彼女たちは超高密度のエーテル生命体。魔法の究極の姿と言っても過言ではないわ。その彼女たちが魔法の真価を拡げてくれるなら、世界はフェアリーの味方をする。絶対!」
「フェアリーの敵になるような人類が存在してるとは思えませんね。フェアリーが白と言えば白。黒と言えば黒になりそうです」
「シェリーさんたちの住む世界って…………?」
過激な大人の発言に戸惑う華恋さん。正直、俺もそれはちょっとどうかと思います。
多分、フェアリーは白いものを黒いとは言わないでしょう。人を騙したりおちょくったりしないのは、連日のティーパーティーで証明済み。
それにしても、うぅむ、スケルトンのいる異世界に比べたら、俺たちの住む世界って普通だなって思った。
しかしよくよく比べてみると、不自由な点やメリアローザにはない存在もいるらしい。
天使の存在もそう。機械文明と魔法文明の違い然り。どちらも違って素晴らしい。
素晴らしいのは違いだけではない。同じところもある。スイーツが大好きであること。それは世界を平和にする要素の1つに違いない。
どらやきまりとっつぉ。
米粉を使った生地に粉砕したドライストロベリーを混ぜ、餡にはたっぷりのバタークリーム。生地にはこれでもかというくらいの蒸した小豆が敷き詰められていた。
これもリィリィちゃんと半分こ。
幸せを半分こ。
幸せは半分にしても2つになる。減ることはなくて増えるだけ。
悲しみを半分にすると2分の1になる。半分に真っ二つになるから減っていく。
それを教えてくれたのはローズマリー。金言ならぬ妖精言である。
俺は見た目を気にせずぱくぱく。
うまいっ!
と叫ぶと、続いてリィリィちゃんもうまいっ!
かわいい妹みたいでかわいいなぁ。
見た目と中身と製造工程が気になるスイーツ大好き衆は、プロの食レポ顔負けの賛辞で褒めちぎった。
「むむむっ! もっちもちのふわっふわ生地にあまあまなドライストロベリーの粉末のアクセントがたまらない。特筆すべきは2つの餡。小倉餡と聞いてたのでめっちゃ甘いのかと思いました。けれど甘さが喧嘩しないように、小豆の餡は蒸しただけで砂糖が入ってませんね。小豆の風味とバタークリームの甘さが最高に絶品です!」
すみれさん、大絶賛。
「これがメリアローザに渡った水玉ラスクのマリトッツォの姿なのね。カリカリのラスク生地がふわもち生地になってしまうとは驚きです。中身の生地も、バタークリームに甘くない小豆を使うとは。小豆の風味とバターの相性が抜群です。脱帽とはこのことです」
シルヴァさんも超絶賛。
「月下が抱きしめたいって言ってたけど、こんなふわもち生地のクッションがあるなら抱きしめたくなるわ。吸い込まれるような吸着力とフィット感」
ペーシェさんのおっしゃる通り。これほどまでのふわもち触感のクッションがあったら敷き詰めてベッドにしたい。
「ふっわふわのもっちもち~♪ やっぱりどらやきまりとっつぉはおいしいな。エディネイお姉ちゃんもそう思うでしょ?」
「うん! 最高においしい~♪」
あぁーーーーしーあーわーせーーーーっ!
「もはやリィリィちゃんがおいしいと言えばなんだろうとおいしくなるのでは?」
「微笑ましい光景ですね」
「どらやきまりとっつぉには~アップルハーブティ~♪」
「どらやきまりとっつぉには~アップルハーブティ~♪」
「本当に姉妹のようです。エディネイさんさえよければ、ずっとリィリィと一緒にいてくださると嬉しいのですが」
「本当ですかっ!」
天啓ッッッ!
即答でYesを放ちたい。
しかし俺にはまだやらなきゃならないことがある。
俺が世界で活躍して、変異種として生まれてきた人々の希望の星になるという夢があった。
心の中では、片隅に全てを捨てて目の前の幸福を掴んでしまいたい気持ちがある。手の届くところにそれはあるのだ。チャンスが2度訪れる保証はない。
占いで言われた言葉を思い出す。俺の幸福は向こうからやってくる。きっとそれはリィリィちゃんに違いない。ならばその幸福を受け止めるべきだ。
理性はそう叫ぶ。
それもいいかもしれない、と。




