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カルチャーショック 1

色んなところに潜む毒。

ピーマンが苦く感じるのも、ピーマンに含まれる少量の毒に反応しているからなんですね。

ピーマンが苦くて苦手という人がいますが、そもそも当然なんですね。

苦いのが嫌いな人に、食べず嫌いをするなって言っても無理な話しです。

ペットボトルを口飲みした時も、接触した部分に細菌が付着して増殖して、またそれを摂取するのでお腹がいたくなったり、胃腸炎になったりするらしいです。

でもこんなことばっかり考えていたら生きていけないので、気を付ける程度で考えようと思います。




以下、主観【小鳥遊すみれ】

 昨日は楽しい宴会を満喫ののち、慣れないお酒にチャレンジしてからいまいち記憶がありません。

 朝起きるとテーブルにマーリンさんのメモが置いてあり、『朝食は冷蔵庫にあるのと、今日の昼前にケビンさんと講義に出席する約束をしてたよ』と書き添えられていた。


 そういえばそんなことを話したような気がする。スマホを確認するとケビンさんからのメールが1件。酒に酔って潰れた私の身を心配する内容だった。

 講義は11時開始。今は10時過ぎ。


 まずい、寝過ごしたっ!

 一気に目が覚めて飛び上がると、すぐさまお出かけの支度をし、朝食を手に取って駅へ向かいながら走り出す。幸いにも酔いだけはすっきりとれていてふらつくこともなく直進ダッシュができる。


 あと100m。今ちょうど電車が来た。

 待って待って。ちょっと待ってっ!


 路面電車が停止装置(ブレーキ)を外して動き出す。

 蒸気機関のピストンの圧力が抜けるような大きな音を立てながら、今日も鉄の橋の上を走りだした。

 お花のアーチを抜けて、朝の木漏れ日を感じながら、安堵のため息と共に腰を落ち着かせることができたのは、マーリンさんの置手紙のおかげに他ならない。

 今度会ったらちゃんとお礼を言わなきゃ。

 マーリンさんの笑顔を空に描き、バッグに入れた朝食を膝の上に出してひと口ぱくり。


 鯨のお肉にイカ墨ポテトのサンドイッチ。

 おいしい肉汁に濃厚なイカ墨のコクが癖になる♪


 講義開始時間まであと15分。路面電車に乗り遅れたら遅刻したに違いない。呼吸を整えて、へとへとといった様子でケビンさんの隣の席までたどりついた時には、服も髪もボロボロのくたくた。

 挨拶を交わして簡単に身なりを整えて、もう一度きちんと挨拶をすると、どこか驚いた様子で私の顔をじっと見つめるケビンさんがいる。


「すみれちゃん。もしかしてこの講義に合わせて、朝食は毒か何かを食べてきたのかい?」

「毒っ!? そんなものは食べてません。どうしてですか?」

「ほら、歯が真っ黒だよ」


 いやそんなはずは。そうか、朝食のイカ墨が歯にこびりついてるんだ。鏡で自分の歯を映すと、それはそれは見事なお歯黒になってしまっている。

 とはいえ歯を磨く時間はない。急いで出て来たから飲み物も持ってない。

 どうしよう。このままでは口を開けた瞬間、恥ずかしさで赤面しちゃうよ。


「よかったらお水をどうぞ。完璧には取れないだろうけど、いくらかマシになるんじゃないかな」

「わぁ、ありがとうございま――――お水にしては色が、なんというか変わった色をしてますね」

「おっとごめんよ。そっちは携帯用の毒だった。水はこっちだね。ごめんよ」


 取り変えてもらったほうのペットボトルは確かに透明。間違いなく真水であろう。

 だけど、先に毒と称する何かを見せられてしまってはとても飲めないではないか。ケビンさんのことは信用してる。してるけど、毒を差し出されたあとに水と言われても、それを口に入れるかと言われればNOである。


 というかなんでそんな物を持ってるの?

 携帯用の毒って何?

 もしかしてグレンツェンではこれが常識?

 自分の常識と世間の常識にズレがあるというのは承知の上。だとして、これはどうなんだろう。

 あとでペーシェさんに聞いてみよう。


 目を白黒させているうちに時間が過ぎて講師が教壇に立っていた。彼は白い顎ヒゲを蓄えた老齢の男性。ケビンさんが手慣れた様子で挨拶をすると、『また君かね』とひと言放って黒板へ向かい合う。

 どうやら何度かこの講義をとってるらしい。話しによると、目の前のおじいさまは毎年1度、10回でワンセットの講義を開催し、残りの日々は世界中を旅して毒の採取や研究に勤しんでいる。その筋では有名な博士なのだそうだ。


 ほへぇ~、と感心しながら含蓄の滲み出る背中を眺めていると、講義開始3分前になって入ってくる軍団の影が迫りくる。

 それはどこかで見た激ダサ服。私とは感性の合わないシルエット。

 整然として一糸乱れぬ行軍をする迷彩柄の服の集団は席の前までくると、人間ウェーブを披露してるのではないかというような動きで座っていく。

 軍人のようだ。

 軍服を着た軍人。

 というか軍人だ。

 本職の軍人じゃないか。


 ベルン王国の西にハイラックスと呼ばれる国がある。ハイラックスは永世中立国でありながら、国際友軍と名乗る軍事組織を保有する。

 万一の時、自国を守る手段として用いられるだけでなく、紛争地域に出向いてこれを鎮圧したり、傷病者の手当、専門的な手術を行うことさえある。

 戦闘力や医術の高さもさることながら、建築や水道の整備、当該地域での簡易的な裁判まで、その国が委託したいと思うことの殆どを請け負う国際的な組織なのだ。

 そんな凄腕のスーパーマンズがなぜここに現れるかと言えば、当然、講義を受けに来たのである。


 講義のお題目は【世界の毒】。


 山、陸、海、排水、建築物の材料、食べ物、化学薬品、人間の体内。いたるところ、多様な種類、様々な効能の毒は世界中に、そして身近に溢れてる。

 それこそ、そのへんの雑草から浅瀬まで、手の届くところに、ありとあらゆる毒は存在してるのだ。

 だからこそ、見知らぬ土地でサバイバルを行う彼らにとって欠かせない知識の1つだった。


 そんなことよりっ!

 今はそんなことよりもっ!

 こんな威圧的な色彩に囲まれて講義に集中するなんてできないっ!

 気が散るっ!

 目つきもなんだか怖いっ!

 もう帰りたいっ!


 毒を摂取するよりも真っ青になって、緊張のあまり窒息してしまいそうな勢いで体が固まっていく。

 人生最大のピンチかもしれない。

 こんなにも画一的かつかわいくない洋服に囲まれて過ごすのが辛いことだなんて知らなかった。

 私にはゆるふわでガーリーな世界でしか生きられない。

 それが分かっただけでも、今日は大きな収穫だったのかも。


 鋼鉄のような時間が過ぎていく。せっかく参加したのに中身が全然頭に入ってこなかった。

 講師の書きなぐる文章をノートに写してたはずなのに、見返してみると心の声が呻き声を上げて飛び出てしまいそうな、ダークネスでポイズンな言葉が浮かび上がってるではないか。


 バッシンと音を立てて閉じ込める。

 そのまま鞄の中へ押し込むが、ページの隙間から黒いオーラがにじみ出てくるようで怖い。

 もうダメだ。このノートは焼き捨てよう。


「どうしたんだい? まだ昨夜のお酒が抜けていないのかな?」

「あ、いいえっ。そういう訳ではなくて。さっきの緑色の服がいっぱいで、なんというか生理的に受け付けないというか、全然かわいくないというか」

「そうなのかい? 知らなかったとはいえごめんね」

「いえそんな。それより予定では、お昼にハティさんが鯨肉を搬入し終わってるはずですので、さっそく向かいましょう」


 お昼には冷蔵庫を鯨肉でいっぱいにしておくと意気込んでいたハティさん。

 きっと満面の笑みを浮かべてキッチンに立ってるに違いない。

 食堂の扉を開けると、かぐわしいお肉の匂いが押し寄せて来た。

 でもさっき朝食を食べたばかりでお腹がすいてない。なんということかっ!

 先に集まった面々で提供予定に考えたメニューを作っては食べ、作っては食べを繰り返している。

 おいしそうなのに、お腹がすいてないとはこれいかに。

 なんということかっ!


「いらっしゃい2人とも。お腹すいてるでしょ。沢山作ったから食べてみて」


 ペーシェさんが出迎えてくれた。なんて素敵な笑顔なんだ。でもお腹いっぱいで胸が苦しい。


「おぉ、どれもおいしそうだね」


 ケビンさんが見渡して、宝石箱の中身を吟味するように前屈み。


「でしょお。なんてったって、マーリンさんと食通のシルヴァさんが監修してますからね。でも戦場(本番)で出す分にはおいしいだけじゃダメなんですよ。オープンキッチンスタイルで出すにしても、あらかじめ準備してるものを出すにしても、調理方法は簡単なのにしておかないと、当日に無理が出てしまいますから」


 ペーシェさんたちはどうしようかと相談して悩んでるところだ。


「なるほど。色々と両立させないといけない課題が山積みだね。ある程度、候補は絞ったと思うけど、手ごたえはどうだい?」


 ケビンさんがペーシェさんの手元に視線を落とすと、角切りになったお肉、スライスされたお肉、ローストされたお肉などなど、すぐに試験ができるように加工されたお肉の数々が並んでる。

 どれもおいしそう。

 素敵な魅惑を放ってる。じゅるり。


「やっぱり食材をひと口サイズに切っておいて、鍋に放り込んで調理する鉄板焼きが一番簡単だし、豪快に見えるってんでそれにしようか考え中です。他にはステーキ、串焼き、唐揚げなんかの予定だったんですけど、ステーキだとお客さんの滞在時間が長くなる可能性がある。串焼きは予め刺しておけばいい反面、下準備に手間がかかりすぎる。唐揚げは油を大量に使うんですが、グレンツェンでは飲食店から出す廃油の扱いに、かなり厳しい基準が設けられてるので現実的に難しいとのことです」

「なるほど。想像していた以上に課題が多いようだね」

「不可能ではないんですけど、優先順位的に言って鉄板焼きが最も簡単で理に適ってるって感じです」


 串焼きだと形を揃えて切っておかないといけないし、串に刺しておくのも時間がかかる。

 一定量を超える油を棄てる際には、環境基準に基づいた廃棄方法をとる必要があり、万が一にも逸脱してしまうと大きなペナルティを被ってしまう。

 チームの中に環境関係に精通した人がいればよかったのだが、残念ながら環境系に強い人はいなかった。

 ヘイター・ハーゼでアルバイトをする3人も、料理の手伝いやウェイターとして働いてるだけで詳しいことは知らないらしい。


 グレンツェンにおいてステーキは一枚板で提供されるのが一般的。キッチン・グレンツェンで提供するには、フォークにナイフ。付け合わせの野菜やソースもとなると、コストパフォーマンスがいいとは言えない。

 お肉だけにして、鯨肉とコカトリス肉の2種類の食べ比べもいいのだが、だったら鉄板焼きの方が筋が通っている。ステーキと銘打つならば、それ相応の装いが必要となるのだ。

 他にはドネルケバブとかピラフも候補にあった。でも例年の来場者の嵐と、それを捌く人々を知る彼らの感覚に却下された。


 お肉をひと口ずついただいて、次は調理を担当するシルヴァさんの元へ向かおう。


「シルヴァさん、こんにちは」

「あら、すみれちゃん、いらっしゃい。試作品を作ったんだけど食べてくれた?」

「えっと、さっきご飯を食べたばっかりなので、ひと口ずつだけいただきました。どれもすっごくおいしいです。チキンの唐揚げなんて、外はカリカリで中身がぷりぷりしていてとってもおいしかったです」


 ほんとは全部食べたかった。


「それは良かったわ。まだまだたくさんあるから食べていってね。余ったら持って帰ってちょうだい。なんせ…………いっぱいあるから」


 なんせ、のあとに少しの間があった。何かあったのだろうか。

 シルヴァさんは振り返ってマーリンさんの背中を見る。マーリンさんは業務用冷蔵庫の外から中を眺めて何かを見ていた。

 今朝のお礼も伝えたい。彼女が何を見てるのかも気になる。声をかけようと近づくと、次第に冷蔵庫の中身が目に飛び込んできた。棚の中はいつも霜が降りて真っ白な世界なのに、今日は随分と血気盛んな色をしていた。

 血気盛んと言うか、お肉の赤色で埋め尽くされてる。

 壁一面にお肉。

 お肉の壁。


「あぁ、すみれちゃん、こんにちは。昨日はよく眠れた? 講義には間に合った?」


 私の声に気付いたマーリンさんが腰を捻らせて挨拶をしてくれた。足が固まって半身しか翻せないほど、彼女も面食らってる。


「はい、おかげさまで遅刻せずに間に合いました。あ、でも…………いえ、なんでもないです」


 一瞬、脳裏に緑色の世界が広がったのを消し去って、赤色の世界に目をむける。

 呆れた様子で事情を話すマーリンさんによると、ハティさんが冷蔵庫に入るだけの鯨肉を持って帰ったそうだ。それこそ足の踏み場もないほどに。

 足の踏み場も無いというと、散らかってる風景を想像する。この場合は本当に足の踏み場もなかった。足どころかため息すら入り込む余地がない。

 冷蔵庫の扉を開いて、赤い壁が出てきたものだから、扉を開けたら扉、だなんて誰かがつまらない悪戯をしたのかと思った。しかしそれはギチギチに詰め込まれたお肉のブロックだった。

 犯人はもちろんハティさん。悪気はないのだけれど、相変わらずの天然っぷりにもう笑うしかないと、シルヴァさんとマーリンさんは肩を落としたのだった。


 とはいえ、これでは作業ができないと奮起して、片っ端からお肉を消費している最中。

 試作品の料理をしながら持ち帰り用のロースト肉を深鍋で湯煎する。

 表面を少しだけ焼き付けて香ばしく仕上げたミディアムレアは、お肉独特の臭みをおいしいものに仕上げてくれた。

 これはなんというか、大根おろしが欲しくなる。醤油もすだちもなし。何もつけずにさっぱりといただきたいものです。


「よくできてるでしょ。やっぱり新鮮なお肉は違うわぁ。でもこれだけあると壮観というか、ちょっと困ったものね」


 マーリンさんもミディアムレアステーキを自画自賛。


「これは、凄いですね。1年分はありそうです」


 業務用冷蔵保管庫がお肉で埋め尽くされるという、夢のような地獄の景色。

 シルヴァさんも見たことがない。またもため息をついて、私に解決策のひとつを伝授する。


「ほんとに、これからロースト肉を大量生産して、みんなに持って帰ってもらおうと思うんだけど、もしよかったら帰り際にアーディさんのところに寄って渡しに行ってもらえないかしら。工房にいるって言うから、誰かと一緒に、ね」


 なんとかしてくれ。シルヴァさんの背後霊が叫んでるように見えた。

 そういえばアーディさんとユノさんが一時離脱してからまだ直接顔を会わせてない。

 鯨漁にも一緒に行けなかった。宴会にも参加してない。今日だってお昼の試食会に姿がない。

 2人は手に職をもって過ごしてるから、不参加気味になってしまうのは仕方がないのだけれど、チームであるのだから是非この味を知ってもらいたい。食べてもらいたい。


 幾ばくは消費してお肉の量を一緒に減らしていただきたい!


 2つ返事で了承したのち、ペーシェさんとルーィヒさん、それからマッチョなダーインさんと私の4人で出向くこととなりました。

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