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異世界旅行1-2 恋も旅路も行方は知れず 12

 長い長い階段を登った先は、大きく開けた広場。

 観光客のための休憩所を予定している場所では、岩盤から掘り出された翡翠の長椅子が用意されていた。これに座れとおっしゃるや。なかなかどうして座りづらい。宝石の価値を知っているからこそ、精神と価値観が拒絶してしまう。

 でも座らないとリンさんが遠慮してしまう。

 もはやわたくしに逃げ場はない。

 だって彼女は息を切らせてしんどそうにうつむいているのですもの。

 体力がないとは公言していたけれど、まさかここまでとは。


「これは想定外でした。仕方ないので移動は魔法の絨毯を使ってください。念のため、フィアナさんも一緒に乗っていただいてよろしいでしょうか」


 気を利かせて絨毯を出してくれるアルマさん、さすがです!


「それはもちろんですわ。お任せください」

「ご、ごめいわく、おか、け、して、す、みま、せん……」


 呼吸の荒さがすごい。そうですよね。仮にも我々はベルン寄宿生。一般人よりは体力がある。

 ライラさんも立ち止まって、リンさんの様子を伺った。


「ちょっと休憩しよう。呼吸を整えてから出発しよう」

「で、でも、ヘラさん、が」

「あの人はいつもあんな感じだから。実年齢と精神年齢が乖離してるから。それにここには見るものがたくさんあるからね。飽きるまで休憩していよう」


 一生青春を謳歌するヘラ・グレンツェン・ヴォーヴェライト氏。

 噂以上にバイタリティ溢れる人でいらっしゃる。

 三葉虫の化石を見つけてはおおはしゃぎ。

 アノマロカリスの化石を見つけてはおおはしゃぎ。

 3m級のアンモナイトを見つけてはおおはしゃぎ。

 まさに天然の歴史博物館。楽しまないほうが損である。


 飽きるまでと言ったけど、いっこうに飽きがこなさそうなのでこちらの調子に合わせていただくことにしましょう。

 幅20mほどの通路が延々と続く大理石と翡翠の道。

 地上から50mとなると、さすがに空を近くに感じた。

 手を伸ばせば届きそうな青空が広がる。

 澄み渡った青空。環境汚染なんて知りもしない。無垢な光が降り注ぐ。

 夏場というには涼しくて、日差しはとっても柔らかい。

 なんて素敵な日和だろう。こんな日は日向ぼっこをしながらお昼寝をしたくなりますね。


「寝ると落っこちるので気を付けてくださいね」

「はっ! 危うく寝落ちしてしまうところでした」


 アルマさんに注意されて、うとうとしていた自分に気づく。


「低空飛行とはいえ、頭を打ったら大けがだぞ。同乗者もいるんだから気を張ってくれ。そっちの彼女さんは夢の中みたいだから、しっかり支えておいてやれよ」

「にゃはは。それだけフィアナにゃんが信頼できるってことだにゃ」


 右腕には気持ちよさそうにうたた寝をするリンさんがいた。まるでかわいい妹ができたみたいです。

 同い年の彼女には悪いかもしれませんが、しばらく彼女のぬくもりを楽しませていただきましょう。


 大理石と翡翠の岩盤を終えると、誰でも見たことのある薄橙色の岩肌が現れた。この先を進み、末端部分にはタイガーアイの地層もあるという。

 いったいどのような過程を経て、このような奇妙奇天烈な姿になったというのでしょう。想像を絶するとはまさにこのことです。


 金水晶を見た時から謎は深まり続ける。透明度の高い水晶は低温型石英と呼ばれ、約570°以下の世界で生成される。

 対して金は中低温熱水鉱床であり、ここでも石英の結晶は見られるが高温型石英に分類され、透明度は乏しく、形も一般的に知られる六角水晶ではなく、概ね八面体の単体として発見される。

 金水晶と合体している金色の部分は黄鉄鉱なのではと疑うも、鑑定の魔法によるとまごうことなき(ゴールド)の判定。

 エルドラドは、異世界は、鉱石の常識を悉く破壊する。

 だからこそわくわくがとまりません。

 この洞窟の中にいったいどんな景色があるのでしょう!


 ぽっかりと開いた入り口は狭く、人一人が匍匐前進でスムーズに入れるほどの大きさ。

 これは先に入って行った人に手を引いてもらったほうがいいかもしれません。


 入り口を前にして、華恋さんがアルマさんを名指しした。


「まずはアルマが先に入って灯りを点けてもらってもいいかな。ライトの魔法を水晶の内側から発生させるようにしてもらえると嬉しい。そっちのほうが綺麗に見えるから。あと手も引いてもらえると助かる」

「魔法のことならアルマにお任せ! しかしこれはアレですね。途中で崩落しないかビクビクするやつです」

「「「「「それな!」」」」」


 それはすごく思います。怖いですよね、こういうの。


「心配する気持ちは分かるけど大丈夫。ここの入り口も含めて水晶鉱床の一部だから。故意に殴ったりしなければ崩落したりしないよ。あぁそれと、泥を入れないように靴は脱いでソックスで歩いてね。それから足元には注意して。足元から水晶が伸びてるし、床も水晶だから。入ってすぐに階段があるんだけど、最初は絨毯の上を歩いてね。遠近感がバグってるから。壁伝いに降りていくと安心だよ」

「聞いたこともない忠告をされたよ。遠近感がバグる階段って恐怖でしかねぇ」

「トリックアートでもそんなのしないよね」

「床も水晶だなんてエキセントリック!」


 わぁ~も~楽しみで仕方がありません。ペーシェさんとシルヴァさんがたじろぐ中、わたくしはどきどきで胸がいっぱいです。

 作業員よろしく入ったアルマさん。灯りを燈したのか洞窟の中から光が漏れる。と同時に、アルマさんの感嘆の叫び声も漏れ聞こえた。随分とまた大きな声で、すごいすごいと連呼する。早く見てみたいです。

 早く見てみたいので先に行ってもいいでしょうか!


 お言葉に甘えて先頭に立たせてもらいます。

 生まれて初めての匍匐前進。えっちらおっちらと腕を動かし、頭上に気を付け、進むこと1分。手を引いてもらってようやくたどり着いた先はウルトラアメイジングファンタスティックワンダーランド。

 わたくしの心は色とりどりに輝く水晶の光源に包まれた。上も下も、前も後ろも全部全部水晶でできている。見たことも聞いたこともない水晶宮。これほど幻想的な景色が他にあるでしょうか!


 現地人のリンさんもここに来たのは今日が初めて。

 まるで夢の続きを見ているかのような世界観に千鳥足でいる。


 階段に敷かれた絨毯をひとつずつ、おそるおそる降りていく。

 なるほど、水晶の床を裁断して階段にしたわけですね。透明な床だから遠近感が分からなくて足を踏み外してしまう。これはなかなかに神経を使う作業です。

 よし、ちょっぴり怖いので手を繋いで一緒に降りて行きましょう。

 階段を下りながらも、一段降りるたびにカラフルな水晶の壁に見とれてしまう。赤や金、青に緑に白色の花びらを閉じ込めたかのような見事なガーデンクォーツの水晶壁がお出迎え。

 グラデーションがかかったように舞う花びらは、地へ落ちて砕けてしまったかのようにファントムクォーツへと移り変わっていく。

 最後の階段を降り切ると、そこには水晶でできた庭園が広がった。水晶は花のように咲き誇り、世界から時間を奪ってしまったかのような美しさを表現している。息を飲むような景色。見惚れ、1秒が何分にも何時間にも感じた。

 天井は高く、壁一面にルチルクォーツの煌めきが瞬く。

 鍾乳洞のような静謐な空気の中、言葉を失った我々はただ茫然と立ち尽くすしかなかった。


「いかがですか。自然が作り出した宝石に抱かれる気分は」


 華恋さんは恋する乙女のように頬を染める。


「まるで夢のような光景です。こんな素敵な景色に出会わせてくれて、本当にありがとうございます」

「驚くのはまだ早いですよ。フィアナさんは探知魔法を使えますか?」

「ええ、基本的な探知魔法なら。でもどうして?」


 答えを聞くより知るほうが面白い。とのことなので、促されるまま探知魔法をかけてみることに。コツとしては、水晶鉱床の規模を把握するように探知域を拡げると良いとのこと。

 そう説明する華恋さんはサプライズを仕掛けようと楽しみにする人の顔と同じ表情。

 もぅ本当に、メリアローザに来てからわくわくしっぱなしでたいへんです♪


 サーチの魔法をかけるやいなや、一瞬で異変に気付く。

 水晶鉱床は多数の水晶が重なり集まって形成されたものだと思った。

 だけど、この手応えは予想していたものと全く違う。

 でもそんな、そんなことがあるのでしょうか?

 だとしたら奇跡という言葉が陳腐に聞こえてしまいます。


「信じられません。この水晶鉱床、一枚岩です (フィアナ)」

「一枚、岩? (リン)」

「一枚岩の水晶。ってことは、これ全部が塊。塊ッ!? (ペーシェ)」

「どういうこと? (すみれ)」

「それってつまり、この水晶は1個体で、超絶バカでかい水晶ってことか。じゃあここはその一画に過ぎないってことか!? (ライラ)」

「なんとその通りです。我々は超巨大な水晶の一部に潜り込んでるのです。本当に自然ってすごいですよね。人間の想像を遥かに超越します (華恋)」

「宝石や地質学には疎いんだが、それって一般的な水晶とは一線を画してるよな? (シェリー)」

「一線を画すなんてとんでもない。まったくもってありえないことです。全方位水晶ということすら奇跡なのに、人が入って探索できるほどの超巨大な水晶だなんて。あぁ……学会に発表したい (フィアナ)」

「気持ちは分かるけど、それはまたの機会ということで。ところでここにある水晶群はお願いしたら採掘させてもらえるのかしら。ここに咲いてる小さい子なんてかわいくない? (ヘラ)」

「恥ずかしいから堂々とねだらないでよ (ローザ)」

「さすがお目が高い。スモークが強く出るクォーツは女性的な淡い輝きを持つのでとても人気のある宝石です。それにこれはしきりにクラックが入っていて、光の当て方次第で七色に輝くアイリスクォーツでもあるんです。でもごめんなさい。ここにあるものは採掘禁止にしているんです。観光地として公開しようという話しになっているからです。採り始めるとまっさらになってしまいますからね。階段を整備する時も必要以上に削らないように細心の注意を払いました (華恋)」

「専門的に研究したいっ! (フィアナ)」

「がーんっ! 石の説明を始めるから、てっきり手に入るものだと思っちゃった (ヘラ)」

「す、すみません。期待させてしまって。でも水晶鉱床を整備する時に採掘した宝石が暁さんの金庫に保管されてますので、その中で気に入ったものがあればお譲りできます (華恋)」

「うーん。なんかそれはちょっと違うかも (ヘラ)」

「違うんですか? (華恋)」

「やっぱりこういうものはプレゼントされることに意味がある気がする (ヘラ)」

「いやでも、今持って帰ろうとしてましたよね (ライラ)」

「天然物を自分で選んで手に入れる分には問題ない。なんかね、一度人の所有物になったものを自分から選びに行くのは、なんかちょっと違う気がする (ヘラ)」

「そういうもんなんですか? (ライラ)」


 それはなんとなくわかります。

 きっとありがたみが違うのでしょう。

 古来より不思議な力が宿るとされているものこそ、手に入れる過程も大事だと思います。個人差はあるでしょうが、わたくしもヘラさんと同じ意見です。


 自分で思いを込めて手作りしたアクセサリーを自分のために身に着けること。

 ショップで出会ったアクセサリーを買って着飾ること。

 友人や大切な人にプレゼントとして贈られること。

 それぞれに違った意味があり、それぞれの良さがあると思います。


「2つ目のやつをヘラさんの気持ちに合わせようとしたみたいだけど、なんかちょっと違くないか? (ライラ)」

「なんていうか、暁ちゃんの好意に甘えて手に入れたものに価値を感じないの。ギブ、あるいはギブアンドテイクなら大丈夫。さっきのは一方的なテイクに感じた (ヘラ)」

「そうは言っても、暁さんの話しではヘラさんにはとても恩を感じているということでした。アルマたちの留学の援けをしてくれたり、エルドラドでだって、養殖技術の技術供与をしてくれたからこそ、安心して越冬する準備ができるんです。仮に養殖魚が食べごろでなくても、とりあえずの食料があるってだけで、どれだけの心の不安がぬぐえるか。暁さんやエルドラドの人たちだけではありません。私だってそうです。ヘラさんがいてくれるから、こうして楽しい時間を過ごせるんです。本当にありがとうございます。だから、我々がどれだけ感謝してるかを知って欲しいんです。ミーケさんからもお願いします (華恋)」

「にゃあ。異世界の知識は本当にすごいにゃ。特に実感してるのはやっぱり魚の養殖技術にゃ。資材と技術さえあればどこでも実現可能ってんだから驚きにゃ。最初はそんな都合のいいことあるのかにゃって思ってたけど、実際に成功してみるともぅ本当にいつでも旬のおいしい魚が食べられるってんだから最高のひと言だにゃ。よし。次はリンにゃんにゃ。畳みかけて褒め殺すにゃ (ミーケ)」

「えっ、えっと、おいしいお魚を、ほんとうに、ありがとう、ござい、ます! (リン)」

「うんんんんんんんんっ! そんなに真正面から褒められると顔真っ赤になっちゃう! (ヘラ)」


 でも、と踵を返して、ヘラさんは言葉を翻した。


「魔法技術による養殖技術の完成は試験運用の名目なのは聞いてるよね。あくまでこれは試験運転。我々の世界でも製造可能なのか。可能だったとして運用可能なのか。その試験をエルドラドでしてもらってるの。結果的に成功したからいいものの、もしも失敗していたらエルドラドに迷惑をかけてた。だからそこまで感謝されるようなことではないのよ?」


 水を差されたような気持ちになるのは仕方がない。

 100%の善意ではなかった。エルドラドへの技術供与には下心がある。リスクもあった。

 それらを可能にしたのはメリアローザの技術者と、計画を信じてくれたエルドラドのみんなのおかげ。だから感謝するのは私のほう。

 面と向かい、全身全霊の誠意をもって頭を下げ、ヘラさんは感謝を述べる。

 数秒の沈黙ののち、最初に声を掛けたのはリンさんだった。

 おとなしく、物静かな女性。あまり感情を表に出さず、心を閉ざして生きてきた。その彼女が、感情のままに大きな声を出し、涙を流しながらヘラさんを抱きしめる。


「それでもっ! だとしても、我々は暁さんに、ヘラさんに、多くの人々に助けられてここにいます。本当に、本当にありがとうございます!」


 感謝の言葉が極彩色の世界に木霊した。

 反響して広がる彼女の心が、わたくしたちの感情を強烈に揺さぶる。

 ヘラさんはああ言うけれど、心の奥底では多くの人たちに幸せになって欲しいと願っての行動に違いない。自分の手の届くところにいるならば、それが友人の大切な人ならば、どんなに大変でも努力を惜しむことはない。

 ヘラ・グレンツェン・ヴォーヴェライト。

 貴女はそういう人なのですから。

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