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異世界旅行1-2 恋も旅路も行方は知れず 11

 養殖場の視察を終え、次に向かうは採掘場――――の予定でしたが、現在は採掘作業を中止。労働力を漁港の建設に充てているということです。

 それじゃあ漁港の様子を見に行こう。となったのですが、エルドラドからはとても遠く、フライを付与した魔法の絨毯を時速20kmで移動しても5時間かかるらしい。到着した頃には夜。それはさすがに危険が伴うということで、近場の水晶鉱床へ赴く運びとなりました。

 現地で働く人から話しを聴ける絶好の機会でしたが、条件が合わず残念です。


 漁港よりも近いけど距離的には遠い水晶鉱床。なのでフライの魔法を付与した絨毯に乗って移動です。

 飛行制限がかけられているベルンではなかなか体験できない移動手段。排気ガスを出さないクリーンな移動方法として、近年では環境に配慮した移動手段のひとつである。

 しかしそうすると自動車業界が猛反発。世界レベルで論争を巻き起こした。

 だけれども、魔法技術が優先されて成長したメリアローザやエルドラドであれば、そのような喧騒とは無縁。風を切って飛ぶのは気持ちのいいものです。

 移動には数十分はかかるということなので、これを機にシェリーさんが華恋さんに質問タイムです。


「エルドラドは開拓されて間もないって話しだけど、どの程度まで進んでるのか聞いていいか?」

「はい。住民全員の衣食住は万全の体制に整えられています。ただし、それはメリアローザの支援があった去年まで。今年のエルドラドの目標は、メリアローザからの物資無しでも自給自足して、安全に冬を越すことなんです。なので採掘から離れて食料の宝庫である漁場の整備にリソースを割いてるんです。宝石はお金にはなりますが、人の出入りを制限しているエルドラドでは人を雇い入れるわけにもいかないので。あとですね、暁さんが借りてる金庫がぱんぱんで宝石が入らないんです」

「金庫の規模は不明だが、宝石で金庫がぱんぱんになるってとてつもない光景だな。売却すればギルドの利益にもなりそうだが」

「市場価格が崩壊します。それにギルドの運営は軌道に乗ってますからね。宝石の利益はただの爆薬でしかありません。悪い意味で」

「過ぎたるは及ばざるが如しを地でいってるな」


 宝石が金庫にぱんぱん。夢のような言葉にわたくしが関心を示す。


「暁さんはわたくしの宝石魔法に出資してくださるということですが、どれくらいの規模を予定されていますか?」

「暁さんからはフィアナさんの希望するだけ全部。とおっしゃられています。とりあえず、アルマの指示で種類、等級、大きさ、カットの有無などで仕分けしてます。インクルージョンやクラックの入り方ひとつで魔力の流れの向きが変わったりするらしいので、かなり細かく分別しました」

「そこまで徹底してくださったのですね。本当にありがとうございます。おっとっと」


 慣れない空飛ぶ絨毯の上で少しよろけてしまいました。

 絨毯の操作をシェリーさんにお願いしているとはいえ、彼女もフライの魔法を日常的に使用してはいない。

 緊急時のためのフライの使用の訓練はあれど、それは鎧や靴など、個人の体を支えるアイテムにのみ使用される。こういった複数人を運搬するような道具を使った訓練に割く時間は少ないのだ。

 よろけて、とっさにリンさんに掴まった。彼女も不安だったのか、わたくしの腕をしっかりと掴んで震えている。

 体力がない彼女はほとんどの時間を機織りに費やしていた。衣食住の衣を担う彼女の大切な仕事である。だから空飛ぶ絨毯に乗るのは今日が初めて。わくわくしながらも、落ちてしまわないかという不安におびえた。


 それはわたくしも同じ。

 本音を吐露すると、風に煽られて落っこちてしまわないか心配で心配で仕方がありません。


「リンさんも不安ですよね。実はわたくしもなんです。なので目的地に着くまでこうして支え合ってくださってもよろしいでしょうか?」


 彼女はあまりの恐怖のせいか目を瞑って無言で頷く。

 迷惑じゃないみたいでよかったです。身を寄せると安心したのか、表情が少し柔らかくなった気がします。

 それにしても、なんと言いますか、なんかいいですね、こういうの。人のぬくもりを感じるといいますか。隣にいるのが意中の相手であればもっと素敵なんですけれど。それはまぁ今はおいておきましょう。目の前にいる人にきちんと向き合わなくては失礼というものです。

 しっかりと体を支え合っていると、不意にアルマさんの言葉を思い出した。

 人という字はお互いが支え合ってできている。

 本当によくできた言葉です。今まさに支え合った。期せずして我々は人の字を作っている。そしてお互いに感謝しあっている。心が通じ合っているようでわくわくします。それにこうしていると、とっても安心します。


 おしゃべりをしていると時間はあっという間に過ぎ去って、眼前には巨大な一枚岩。全高50mはあろうかというような絶壁。横幅は広すぎて目視で測れない。

 今立っているところから左は黒色の光沢。右側は淡い緑色の壁。地盤沈下や地殻の隆起でそうなったのか。大陸と大陸の境目が衝突してできたものなのか。全容は分からねど、この世のものとは思えない自然美に圧倒されるばかりです。

 人工的に整備された階段を登る前に黒色の壁に張り付いた2人。

 ヘラさんとわたくしです。

 人目もはばかることなく凝視したそれは大理石。つまり黒色の壁は全部大理石。


「なんて見事な大理石の岩壁。人工的に階段を造ったってことは、どこかに化石も混じってて観察できる?」

「大理石の階段にちらほら点在してるので見つけてみてください。それと、暁さんからは私の裁量で、ヘラさんたちが欲しいものがあったら譲って構わないと言われてます。ヘラさんは化石とかそういったものがお好きだと聞いてますので、金庫に化石入りの大理石の置物も用意してます」

「欲しいっ!」


 ヘラさんも華恋さんも興奮気味。

 現実を見るローザさんはため息がでた。


「そんなもんどこに置くの?」

「……………………」


 置き場はないらしい。

 ヘラさんの沈黙した空気が肌に刺さる。わたくしから別の話題を切り出しましょう。


「雨による腐食した痕跡がないということは、近隣、あるいは風上に活火山がないということですね。火山による被害がないということはとても素晴らしいことです。空に火山灰が滞留すると日光を遮って作物を枯らしてしまいますからね。こちらは建材や彫刻に利用されるのですか?」

「階段を造る際に採取された大理石は、加工してエルドラドの露天風呂に使用しました。余ったものは水回りの建材として利用予定です。水も通さないし撥水もするし、見た目も美しいですからね。白色大理石なら彫刻や調度品にも使えたんですが、黒だと形が分かりにくいので」

「新たに採掘する予定は?」

「ありません。極力、自然は自然のまま残す方針です。自然と共存でき、且つ、生活水準の向上以外の目的には利用しないことになってます」


 それは少し残念。

 仕方ない、と、アルマさんが肩を叩いた。


「まずは衣食住の万全な体制の強化ですね。暁さんも芸術への関心は高いので、感性を豊かにしてくれるような作品の制作は意識してるみたいです。現状ではどうしても優先順位が低いので手つかずですが」

「石は食えにゃいからね」

「それはまぁ、そうなんですけど……」


 自然とは時に奇跡のような景色を見せてくれるもの。この大理石の壁もそう。輝くような黒色が見上げるほどにそびえ立つ。圧巻。圧倒。まさに自然の力強さを感じます。

 階段は蛇行していて、途中、緑色の壁に出る。気になるのは境目。いったいどんな様相を呈しているのか。

 これはなんと言いますか、はっきりと黒と緑で分かれています。ものすごい圧力で押し付けあって結着しているみたいです。半分だけ色素が沈着した様子でもない。

 どんなことになればこうなるのか。実に興味深いです。だけど、ここで足を止めていては前へ進めそうにありません。事実、ヘラさんは嘗め回すように大理石の壁と階段を観察。化石を見つけては撫でまわして楽しんでいる。

 これでは前へ進めません。

 自然の雄大さと奇跡のような情景に抱かれて前へ進めない。


 前を進んでいたライラさんも立ち止まって緑色の壁を凝視。ここにも足止めをしようとするトラップが?


「なぁ華恋。以前にハティとオリーブの木の取引をしたんだ。その時にろうかん翡翠の板を提示されたんだが、もしかしてここから採取されたものか?」

「ですね。ハティさんから緑色のいいものを譲って欲しいと言われたので、でしたらぜひともと、ろうかん翡翠を提供しました。ハティさんはこのエルドラドを拓いた1人ですから」


 翡翠と聞いて、シェリーさんが興味を示す。


「翡翠というと貴重な宝石だよね。その様子だと、ろうかん翡翠って翡翠の中でも特別なものなの?」

「まず翡翠には硬玉と軟玉の2種類があります。厳密にいうと翡翠は輝石である硬玉のことを言います。ここは硬玉の翡翠の岩山です。場所によって鮮やかな淡い緑。新緑のような深い緑の翡翠が見られます。階段部分のここは透明感のある鮮やかな緑色の翡翠が産出されます。ハティさんにお渡ししたろうかん翡翠もここで産出されました。ろうかん翡翠は翡翠の最高級品の名称です。独特のとろりとしたテリと透明感が特徴的な緑色の翡翠です。翡翠は内包物の関係で10種以上の色があります。ここで産出されるのは2種類の緑色の翡翠ですね。ほかにラベンダーような青みがかったものや白、赤橙、黒などがあります」


 一カ所に2種類の翡翠!?


「えっ!? ということは、一カ所にコスモクロア輝石とオンファンス輝石が混在しているのですか!?」

「調査したところ、混在ではなく隣同士と言ったほうが正解です。どういう生成過程を踏んだのかは謎ですが、半分はクロムが、もう半分に二価鉄があったようなんです。この岩山は特に龍脈の流れが複雑に絡み合っていて、しかしお互いがお互いを支え合ってるので非常に安定してるんです。その影響かもしれません」

「お互いがお互いを支え合う。人の文字と似たような構造なのでしょうか?」


 空想を育てると、アルマさんが想像の塊を切って入った。


「ちょうど神社の鳥居の構造と似てます。お互いが引っ張り合うことでがっちりと動かないように引き締め合ってます」


 なるほど。合わさる系ではなく、引っ張り合う系なのですね。実に面白い。龍脈を研究対象にするユノさんが聞いたら飛び跳ねそうな案件です。


「翡翠が産出されるってことは、やっぱりプレートが隆起して別の岩盤とぶつかった可能性があるね。めっちゃ楽しくなってきたーっ!」

「楽しいの概念が分からなくなってきた」


 テンションに差のある母娘のコントラストが際立つ。


「淡々と説明してるけどさ、あたしたちってその宝石の上にいるんだよね。岩盤全体が翡翠の階段だから仕方ないんだけど」

「なんか罰当たりなことをしてる気がしてならないね」


 ペーシェさんとアナスタシアさんがそう感じるのも無理はない。


「そこはとりあえずスルーしてください。じゃないとここから先も進めなくなるから」


 華恋さんの言葉の裏を読み取るに、ここから先にももっとすごい景色が待っているのでしょうか。

 わくわくが胸をときめかせてくれます。

 だけど焦りは禁物です。体力の低いリンさんの足取りに合わせてあげないといけません。全力疾走のヘラさんは止められそうにないので先に進んでもらいましょう。

 みんなに歩調を合わせるようにと打診するも、リンさんは遠慮せずに先に進んでくれてよいという。

 せっかく一緒にいるのですから、手を繋いで歩きましょう。時間はたっぷりあるのです。焦る必要はありません。


 そう言って手を取ると、彼女は嬉しそうに感謝の言葉を贈ってくれた。

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