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異世界旅行1-2 恋も旅路も行方は知れず 8

 それでは、すみれさんの占いの続きを聞きましょう。

 ウララさんが取り出したそれはスターガーネット。カボションカットされた力強く発色する赤色の宝石。一番星のように輝く六条の線がスターガーネットの由縁。内包物を擁することで星の煌めきのように光の筋が入る。

 赤色もお星さまも大好きなすみれさん。それを見るなりひと目惚れをして頬を真っ赤に染めた。


「赤色のお星さま。なんて素敵な色合いなのでしょう!」


 ここでペーシェさんの鋭い指摘が炸裂。


「スターガーネットって意外に産出量が多いって聞くけど、そんなに特別なの? (ペーシェ)」

「たしかにペーシェの言う通り。ガーネットのほとんどはスターガーネットで産出される。だけどここまで透明度が高くて大粒のスターガーネットってのは本当に希少なの。しかもこれは針状のインクルージョン以外にもたくさんの内包物が入ってるから、それこそ天の川のような煌めきを放ってる。宝石群の中では抜群に高価なわけじゃない。だけどここまで見事な景色はそうは見られないよ。フィアナさんたちの世界ではどうなんでしょう? (華恋)」

「我々の世界でもここまで見事なものは滅多にお目にかかれません。世界中で産出されるので安価で出回ってはいます。反面、力強く美しい赤色のガーネットは、古代より装飾品として世界中で愛されてきた歴史があります。魔除け、友愛、勝利、癒し。死別してもなお再会を願い、2つに割ったガーネットを夫婦で分かち合う風習のある地域もあります。聖書ではノアの箱舟の灯りとして船首に提げていたという記述もある、由緒正しき宝石ですわ (フィアナ)」

「そんなに謂れのある石だったとは知らなかった (ウララ)」

「知らなかったんだ (ペーシェ)」

「石自体には興味ないから。あるのは華恋が作った宝石が誰の手に渡るかどうか、かな。それで誰かに勇気を与えられるなら、占い師冥利に尽きる。私たちにできることは未来の可能性を指し示すだけだから。勇気や希望を与えられるわけじゃない (ウララ)」

「な、なるほど。でもそんな貴重な石を譲り受けるわけには (すみれ)」

「いいのいいの。この子は貴女に必要なんだから。それに暁さんからも言われてるし。誰かのためになるなら、遠慮なくエルドラドで採掘された石を使って欲しい、って。原石もそれはそれで面白みがあるけど、銀行の金庫にあるだけじゃ意味ないから (華恋)」

「いえ、しかし…… (すみれ)」

「そう。これは貴女が手にして初めて意味を持つの。で、これは今のところルースなわけだけど、ペンダントに加工しよう。お風呂に入ってる時とか寝る時以外は肌身離さず持ってるといいよ。この赤い石の星の輝きが、片思いの相手の心を開く一条の光になるって占いに出てるから (ウララ)」

「ありがとうございますっ! (すみれ)」


 手のひら返しがすごい!

 さっきまであんなに遠慮していたのに、片思いの相手と結ばれると知ると途端に手のひらを反すにとどまらず、台パンまでして周囲を驚かせた。

 それはそうです。ペンダントを持っているだけで意中の恋人が人生に寄り添ってくれるというのです。嬉しくないはずがありません。これで飛び上がらなかったら一生結婚なんてできません。


 最後にエディネイの番。彼女は大きな悩みを抱えている。

 ドラゴノイドとして生を受け、両親との不仲に始まり、それでもなお同じ境遇の人々に勇気を与えようと努力し、もがいていた。

 人とは違う見た目。

 人とは違う体質。

 魔族のような姿を怖れ、理不尽な世界に生きた幼少時代の心の傷はまだ癒えない。

 どうするべきなのか。

 どうしたらいいのか。

 虚勢と本音に挟まれて、すり減らした心は冷たく硬くなっていた。


 はたして、デューセーレさんの占いの結果やいかにっ!


「申し訳ございません。やはりそういった決断はご自身でなさるのがよろしいかと」

「そ、そっすよね。自分の人生なんですから」

「ただ、ひとつ言えることは」


 ひとつ微笑んで、占いの魔女はドラゴノイドの後ろを覗いて言葉を繋ぐ。


「貴女の幸運は、どうやら向こうからやってきてくれるようです」


 振り向くと、そこには満面の笑みを浮かべた少女が立っていた。

 黒いワンピースに乳白色の綾織のスカーフを肩に巻き、お気に入りのポシェットを提げている。

 つばのあるシンプルな丸帽子の似合う彼女はリィリィ・フォン・エルクークゥ。エディネイのことが大好きなヴァンパイア。今日は午後からエルドラドへ赴くと知り、大好きなお姉ちゃんの影を追ってやってきた。

 彼女がエディネイさんの幸運の星。

 流れ星のように走り出して、大好きな女性の胸へ飛び込んだ。受け止めたエディネイも満面の笑みを作って抱きしめる。なんて素敵な光景なのでしょう。見ているだけでほんわかしてしまいます。


「リィリィも一緒に行くか。エルドラドへ」

「エディネイお姉ちゃんと一緒ならどこでも行きたいっ!」


 快楽物質(セロトニン)の分泌が追い付かない。

 脳内がほわほわして思考が停止してしまいそうになるほどの幸せ空間。

 感情は他者に呼応する仕組みになっているという。これはそう、幸福の無差別爆撃。人類に逃げ場無し。


 とはいえ、エルドラドには入場規制が敷かれている。

 今回は暁さんの特別の計らいで入場を許可されるわけですが、リィリィちゃんは適用範囲外。許可が下りていないので手続き上は入場不可。

 このままでは彼女の笑顔がくすんでしまう。なんとかできないものでしょうか、華恋さんっ!


「リィリィちゃんなら大丈夫だと思います。子供だし、無害だから。エルドラドを拓いた当初ならいざしらず、今は徐々にですが、技術者の派遣を通してメリアローザの住人と交流を進めています。どうでしょうか、ミーケさん」

「リィリィちゃんなら大丈夫にゃ。せっかくだし、機会があれば歌を1曲歌ってあげてほしいにゃ。きっとみんにゃ喜ぶだろうから」

「語尾が『にゃ』の猫の獣人!」


 シェリーさんがなぜだかよくわからないところに素早いつっこみを入れた。そういえば、バストさんと相対した時も語尾がどうのこうのおっしゃられていたような?

 健康的な小麦色の肌。ホットパンツにワンショルダートップスという大胆ファッション。特徴的な大きな耳と長いしっぽはふさふさしていて心地よさそう。

 彼女がギルド【キャッツウォーク】のギルドマスター。ミーケ・タリスマン。

 暁さんと同列にいるギルドの頂点。彼女はメリアローザの催事関係を担っているという。

 第一印象では、申し訳ないけど、そんなに理知的には見えない。どちらかというと本能のまま直感で動くタイプのように見える。見た目と中身は違うとはいえ、人は見た目が9割。印象とは恐ろしいものです。


「みんにゃよろしくね~。それじゃあさっそく出発しよう。この時間だったらみんにゃご飯を終えて畑仕事に出かけてる頃だにゃ。まずはー、一服しながら話しを聞いてー、養殖場に行ってー、水晶鉱床と泥炭地に行ってー。あとはその時に考えよう」


 理知的なのか行き当たりばったりなのか分からない。

 とにかく、ミーケさんを先頭に、いざエルドラドへ!


     ♪     ♪     ♪


 ダンジョンのゲートは岩盤に覆われたドームの中。そこへ足を踏みいれると、掻き消えるように景色が変わった。暗闇から一瞬で光の中へ。

 小高い丘の上。人々の営みが見渡せる風の吹く場所。

 ストーンサークルのようないでたちの場所が入り口。いかにもダンジョンといった様相です。

 緑の風が向かった先は理路整然と並んだ木造家屋の路地裏。

 ある人は川で洗濯を。

 ある人は畑で野菜の収穫を。

 それぞれがやるべき仕事をこなす。


 ここに住む人々の多くは獣人。

 人に似て人ならざる者たち。

 獣の特徴を持った彼らは嗅覚も聴覚も人並み外れて鋭い。だからだろうか、我々が姿を現した途端、見渡せる人々の多くがこちらを向いて手を振ってくれた。歓迎されているのでしょうか。歓迎されたいので手を振っておきましょう。


 ライラさんも彼らに手を振って、高い視力で彼らの表情を読み取る。


「見た感じでは平和な景色だな。みんないい笑顔をしてる。それで、一服ってことだけど、最初はどこに向かうのかな?」


 ミーケさんが前に出て、指を差した先は小川のほとり。


「まずは大食堂の外に新設した囲炉裏に行くにゃ。エルドラド特産のお茶やコーヒーを飲んでもらうにゃ」

「囲炉裏!」


 倭国文化大好きなアナスタシアが吠える。

 ミーケさんに続いて、華恋さんが風に吹かれた。


「まず最初に伝えておきますね。ここで出されるお茶やコーヒー、紅茶なんかはエルドラドの特産品としてメリアローザとの交易品の役割があります。いずれは異世界間交流をする際の商品にと考えているようです。なので、暁さんはみなさんに飲んでいただいて、お口に合うかどうかを確かめてくれって言ってました」

「それって検品作業なのでは?」

「うん、まぁ、そういうこと」


 ペーシェさん、そこは試飲と言ってください。

 ヘラさんがペーシェさんの肩をぽむんと叩く。


「いいじゃない。おいしい飲み物を飲みながら楽しくお話ししましょ♪」

「おいしいのが前提」

「暁ちゃんなら変なものは出さないでしょう。ね?」

「それなんですけど……」


 変なものがあるんですか?

 言い淀む彼女の額に冷や汗が滴る。

 これはまさか、何かよからぬことが画策されているのでしょうか。いやいや暁さんに限ってそんなことがあるはずがありません。わたくしは信じていますもの。


 不穏な空気を引き連れながら、案内された場所は大きな川幅を持つ河川敷。水面はきらきらと輝いている。川魚の魚影もたくさん見て取れた。沢蟹や小さな貝もいる。命の息吹を感じます。自然に触れるという実感があっていいですね。


 自然の姿そのままの水の流れを眺めながら、我々はベンチに腰を落ち着かせて囲炉裏を囲んだ。

 屋外に設置された囲炉裏。レンガを積んで薪をくべて火を熾す。大きな南部鉄器の中では熱湯がふつふつと音を立てる。お湯を柄杓ですくってコップへ注ぐ。

 なんて風情があるのでしょう。近代ではケトルのボタンを押してお湯を注ぐことが一般的。それはそれで便利だけれど、なんと表現しましょうか、こういうアナログで昔ながらの作法のある工程は赴きがあっていいですね。

 現代人が忘れてしまった大切なものを思い出すような心地になります。


 お茶を淹れてくださるのは(バイ)(シィン)さん。犬のウェアフェイスの獣人の女性。エルドラドでは全体のまとめ役をこなす肝っ玉母ちゃん。

 芯が強く頼れる女性といった雰囲気。ぴんと伸ばした背筋も、自信に満ちた声色も、かっこいい女性の象徴である。

 バイさんのお手伝いをする女性は(リン)蘭空(ランコォン)さん。猫又のホモフェイスの獣人。暗い茶色の髪を長く伸ばした淑女。前髪は切りそろえられていて黒い瞳が輝いて見える。特徴的なベールは自分で機織りをした自慢の作品。おとなしくて可愛らしい少女のような印象です。


「遠いところからよくお越しくださいました。さぁさぁ、どうぞ一服していってくださいな。おかわりもたくさん用意していますので」


 バイさんは声を張ってお茶を出す。どうやら自慢の品のようです。

 ヘラさんは丁寧に受け取って、飲み口を鼻に近づけて深呼吸。


「ありがとうございます。これが暁ちゃんが言ってたエルドラドの特産品ですか。とってもいい香りのお茶ですね」


 情緒を感じるやりとりの隣で、すみれさんが珍しく勇み足をみせた。


「うまい! うまい! うまい! うまい! あまい! うまい! うまい!」

「もうちょっと味わって飲んだら!?」

「珍しく風情のないことをしてる」


 思わずペーシェさんとローザさんがつっこんだ。

 さらにその隣で華恋さんが困惑する。


「ちょ、すみれ。最後のやつは先に説明させて欲しかったんだけど……」


 華恋さんが言葉を濁すも、すみれさんはほろにがコーヒーに大満足。


「最後のやつですか。ほろにがコーヒーは甘いスイーツと一緒に飲むと、より一層おいしく感じると思う!」

「そうかもしれないけど。そうじゃなくて。かなり特殊な加工工程をしてるから説明してからって思ってたの。人によっては、その、生理的に受け付けないかもだから」

「華恋が不穏なことを言い始めた」


 ペーシェさんのつっこみが冴え渡る。

 華恋さんが取り出した一冊の本。それを見てバイさんとリンさん、ミーケさんが目をそらした。

 いったいなんでしょう。目をそらしたくなるような本とはいったい。


 タイトル【すごいぞ! ぼくらのうんちっち】。








 ッ!?

 驚きすぎて一瞬意識が飛んでしまった。

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