異世界旅行1-2 恋も旅路も行方は知れず 7
シェリーさんと入れ替わりで椅子に座り対峙するフィアナ・エヴェリック。
いったい何を占ってもらいましょう。
やっぱり宝石魔法のことにしましょうか。
いやいや、わたくしの夢は精霊世界に赴くこと。であれば投げかける問いは1つ。
「わたくしは将来、精霊世界に赴くことができるでしょうか」
「あ、ええと、そういうのは自分の努力でなんとかしてください」
ど正論の弾丸が脳天を直撃。
そ、そうですよね。それは自分の努力でどうにかするべき案件。占ってもらうようなことではありませんでした。
ではほかに何か問いかけることがあるでしょうか。
自分の努力ではどうしようもないことを聞くのが基本?
ではなにを?
将来の旦那様――――はマルコさんで間違いないはず (希望的観測)。
家族周りのこととかでしょうか?
両親は健在。弟も健やかに育っていて特に問題はない。
あれ、特に不安や問題といったものが見つかりません。
告げると、ウララさんから小言がぽろり。
「不安のない人生なんて、一番幸せだと思うんだなぁ」
「ほんとそれな」
「羨ましい限りで」
エディネイとアナスタシアから冷たい視線が送られた。
空気が澱むことを気にして、華恋さんが一石を投じる。
「いいことじゃないですか。悩みがないということは、ストレスがないということですから」
でもせっかく、一流の占い師に何かを占ってもらえるというのなら、何か聞いておかなくては損な気がします。なにか、なにかわたくしに悩みがないか。
悶々と苦悩した挙句、今の自分を振り返って『悩みがないのが悩みです!』と言うと白い目で見られてしまいました。
次に続くはずのアナスタシアとローザさん、シルヴァさんは意外にもパス。
スピリチュアル系の事柄を信じていないわけではないけれど、占いに頼るほどのことはないという。ウララさんたちもパスをした3人に特に大きな影が見えるということもないので助言もありませんでした。
なので次はペーシェさんの番。
「となると次はあたしか。あたしも特に占ってもらうようなことは
「だが断る!」
「死相が見えます」
絶句。2人の占い師に謎の宣告を受けた。
ペーシェさんの天頂に死兆星が輝いていた。
実はちょっと思い当たる節があるらしい。
あるんだったら視てもらいましょう!
それは視てもらうべきものでしょう!
さっそく、デューセーレさんから不穏な言葉が飛んできた。
「今年中に人生の、世界が滅ぶかどうかの節目があります」
「世界が滅ぶレベル!?」
再びの絶句。
本物の占い師に言われるのだから洒落にならない。
どうすればいいのか。大好きな世界のために何をしなければならないのか。机から乗り出して必死の形相を浮かべた。
2人の占い師も真剣な表情で頬を引きつらせ、冷や汗をかいてことの重大さを示す。ペーシェさんにそのような運命が待ち受けていようだなんて誰が思うでしょう。彼女はどこにでもいる普通の女の子なのだから。
しびれを切らしたウララさんがデューセーレさんの肩を叩く。
「これは本当にマジで洒落にならんやつだから私と交代して。まずね、時間がないから、聖アルスノートにいるお姫様に助言を請うて。桜ちゃんと太郎さんとゴードンに鍛えてもらって。桜ちゃんからは魔法を、太郎さんとゴードンからは体術を習うといいよ。それから修行場所は、えぇと、これは、真っ白で綺麗なお城が見える。たくさんの船と、ふんどし姿の漁師」
「アイザンロックのことか。――――っく! ふんどし姿の漁師でピンときてしまった」
謎の敗北感に襲われるペーシェさん。
これはなにかフォローしたほうがよろしいのでしょうか。
「いやそれは仕方ない。印象が強すぎるから」
ローザさんに止められる。
「そうだな。素手でマグロを捕獲するふんどし漁師なんて、異世界を見渡しても唯一無二だろう」
シェリーさんの脳裏にも焼きつくビジュアルらしい。
「アイザンロックの漁師飯は絶品でしたね~♪」
すみれさんは楽しい思い出に舌鼓。
肩を落とす2人の隣で思い出に心を馳せる少女が1人。恍惚な表情を浮かべてうっとりとした。
いったいどんな料理が出されたのでしょう。不肖フィアナ・エヴェリック。言葉には出しませんが上流階級の貴族のお嬢様。ゆえに一般民衆が食する食べ物に触れる機会が少なかった。
だからこそ、漁師飯なる簡素でありながら豪快。簡潔にして質素な食べ物に興味津々。
今朝だって、ルクスアキナさんの食べる一般的な朝食に胸をときめかせていたのです。
アイザンロック。秘境の地。ぜひとも足を運んでみたい。
ウララさんの言葉によると、帰郷してすぐに姉弟喧嘩が勃発。2人は血で血を洗う泥沼の闘いとなり、世界は滅亡する。とのこと。
姉弟喧嘩ってことは、マルコさんと喧嘩になるということですか!?
え、ちょっ、そんなことで世界が滅亡してしまうのですか!?
「滅亡します。珍しくはっきり見えてしまいました。でも未来は変えられます。変えてください。是が非でもッ! とりあえずそれまではアルマちゃんがペーシェに魔法の基礎と応用を指導しておいてね」
「責任超重大ッ!」
アルマさんだけには任せられません。
わたくしもなにかしなくては。ポイント稼ぎのチャンス!
ここぞとばかりにエディネイとアナスタシアも前に出る。
「わたくしも、できる限りお手伝いいたします!」
「剣の修行に付き合うくらいなら、まぁ、援けになれるかな」
「俺は……えっと、炎属性系の魔法と内燃系の魔法なら得意だから。そっち方面で手助けできるっす!」
「あ、ありがとう。気持ちだけ受け取っとくよ」
ショック!
つまり我々の手助けは不要ということ。
あわよくばマルコさんの姉であるペーシェさんの点数稼ぎをと思っていたのに。
打算的な行動は失敗を招きやすいということの証明でしょうか。
冷めた空気の中、ペーシェさんと交代で躍り出たのは、お湯も沸騰しそうな笑顔で目を輝かせるすみれさん。
難しいことはよくわかっていない。そんなことよりも、占いという初体験にわくわくする少女は世界の滅亡なんて後回し。
ちょこんと椅子に座ってこの場の空気を温めてくれる。
彼女のトレンドは恋の行方。文通相手への想いは成就するのか。
恋の行方!
占いが始まって初めてのときめきワードが現れました!
これですよこれ。やっぱり占いと言えば恋占い。こうでなくっちゃいけません!
自分のことを棚に上げてはしゃぎまくる女子数名。わたくしも含めて前のめり。
恋の行方はどうなってしまうのでしょうか!?
慎重にタロットカードをシャッフル。
1枚1枚をめくって配置。よさそうな印象のカードは正位置。悪そうなものは逆位置。特に悪そうなものはデッキの下へ戻した。死神とか、吊られた男とか。
それにしても、タロットを使った占いであれば、ランダムにシャッフルしたカードをランダムに並べるものではないのでしょうか。
任意に配列することによって統計学を用いた性格診断的な側面があるのでしょうか。
我々には想像もつかないような心理学を用いているのでしょうか。
うぅむ。気になります。
「わくわく♪」
わくわくを言葉にしてしまうほど、すみれさんはわっくわく。
デューセーレさんの占いの結果は!?
「なるほど。貴女は自らの判断基準を持ち、自らの意志で決断する強さをお持ちのようです。自分の芯をしっかり持ち続けることで、後悔のない人生を歩めるでしょう」
「「「「「おぉ~っ!」」」」」
と、脊髄反射的に感嘆のため息をもらすも、よく考えたらそれって誰にでもあてまることなのでは?
正気に戻り、占いに疑念を持ち始めた。メリアローザの人々は彼女たちの占いに絶対の信頼を置いている。本物の占い師と聞いてわくわくしてしまった。だけど、誰にも分らない未来を予見するだなんてやはり無理なのか。
眉唾だったら残念です。
でもでも、ライラさんとシェリーさんの知られざる事実を言い当てた。少なくともペテンではないはず。
自己完結して肩を落とし、ため息が漏れる。
しかし占いの魔女の表情は真剣そのもの。
未来がどうなるかはわからない。でも彼女が占いを通して人々を幸福にしたいと願っていることは本当なのです。それを否定するような態度はいけません。
はっと気づいたように胸を張って顔を上げる。すると同時に不穏な言葉が耳を打った。
「ただし、自分よりも強い力を持つ者からの圧力に注意が必要です。極めて独善的で悪辣な悪意にさらされる未来が見えます」
悪意にさらされる未来!?
すみれさんのことが大好きなペーシェさんがデューセーレさんの占いに食らいついた。
「えっ? すみれってそういうのを近づけさせない印象があるけど、引き寄せるとかじゃなくて、理不尽に襲ってくるやつですか?」
「理不尽にふりかかるものです。それと、既に渦中にあるようです。気をつけください」
全員驚愕!
特にすみれさんの声が大きく出た!
「既に渦中にある!?」
彼女を案じるヘラさんから待ったがかかる。
「それって……具体的な解決策とかは見える?」
「申し訳ございません。これ以上先に踏み込むと余計に事態が悪化しそうです。ご容赦を。ですが」
言葉を続けようとしてヘラさんに視線を向ける。懇願するように、何かを訴えるような表情から察するに、ヘラさんがキーマンなのだろうか。
彼女の意図を汲んだヘラさんはすみれさんを抱きしめて、『何かあったら頼ってね。なんでも力になるからね』と不安になった少女の心を優しく温めた。
続くようにシェリーさんもライラさんも、もちろんわたくしも。みんなすみれさんの味方です。困った時はお互い様です。
「みなさん、ありがとうございますっ!」
すみれさんの感謝が炸裂。
これを見て、華恋さんが頬を染める。
「愛されるって素敵なことだね。話しは戻るんだけど、すみれの恋の行方は見えたの?」
そうそうそれです。
一番大事なことじゃないですか。
世界の破滅よりも、将来の不安よりも、なによりも大事な事柄です。
すみれさんの恋は成就するのか。今はそれが気になります!
「えっとですね、すみれさんの片思いの相手は少し特殊な事情を抱えているようです。今のままでは確率が低いかと思います」
「がーんっ!」
「ええと、でもでも、ゼロじゃないんです。ただ、その男性の心を開くには条件が必要みたいです。ただ、その、条件というのが、分からなくて。すみません」
申し訳なさそうに頭を下げるデューセーレさんを慰めるように、ウララさんが優しく声をかける。
「私が言うのもなんですけど、謝る必要はありませんよ。占いってそんなもんですから。特に遠い未来のことは。人の心なんて特にそう。でもね、こういう時のための華恋なのだよ」
「私の出番ってわけね」
「そう。あ、それと、一番いいやつが入ってる箱を出して。赤いペンダントで星が輝いてるやつ」
「よく覚えてるな」
感心半分、呆れ半分でライブラから取り出したそれは黒塗りの箱。
角には金細工が施された金具が取り付けられており、特別な荘厳さを演出している。
ロックは魔力認証システム。7枚の板へ撫でるように魔力を流すことで開閉する特別製。重厚な音を奏でて上下に持ち上がり扉が開く。
中も黒塗りの漆で装丁され、外側と同じように金細工の金具のみで装飾されていた。
シンプル・イズ・ザ・ベストを地で行くような美しさ。
美しいのは箱だけではない。大切に保管されているアクセサリーはどれも超希少な一級品ばかり。素人目でもわかるような渾身のデザインと輝きを放つ。
宝飾デザイナーとして活動するわたくしであればなおさら興味が湧き立ちます!
目も眩みそうな大粒のダイヤモンドが輝くバラのブローチ。
見事な太さを持ち、一方向に並ばないと見られないキャッツアイ効果を持ったゴールドタイチンルチルのルース。
マニアの間でも滅多にお目にかかれないろうかん翡翠のイヤリング。
加工処理を施さず、そのままの風合いを大事にしたエメラルドの指輪
化石の中で唯一宝石指定を受けているアンモライトのネックレス。
どれをとっても超一級の宝石たち。特に気になるのがパーフェクトセイクリッドセブン。
華恋さんとしても最もお気に入りなのか、箱を開けて最も目立つ場所に配置されたそれは奇跡の宝石。
1つの水晶の中にアメジスト、カコクセナイト、ゲーサイト、スモーキークォーツ、ルチル、レビドクロサイトと呼ばれる6つの鉱石を内包した超希少な宝石。
現在、我々の世界で出回っているほとんどのセイクリッドセブンは、水晶の中にこれらの内包物が1つないし2つか3つ入ったものであり、パーフェクトとは程遠い存在。
しかし、だけど、目の前にあるこれは、あろうことか、本物のセイクリッドセブン。
まさかこんなところで出会えるなんて思いもしませんでした!
円盤状に加工されたそれは横から見ると山の頂のように起伏している。立体感を出すためにわざと残しており、それらを覆うように被せてあるシルバーの鋼線は花の模様になるよう細工されていた。
立体的な花々の咲くパーフェクトセイクリッドセブン。
石の希少性に臆することなく、豊かな感性と想像力で独創的な世界を演出する。
なんて見事な作品なのでしょう。
このフィアナ・エヴェリック。感服いたしました!
「話しの腰を折って申し訳ございません。これはいくらで販売されているのですか!?」
「え! ご、ごめんなさい。この箱に入ってる子たちは売り物じゃないんです。ウララたちの占いの結果によって、必要な人にお譲りする特別な宝石なんです」
「お譲りする!? ですが、少なくとも我々の世界の価値に換算すると1800万ピノはくだらない代物。それを、無償で譲られるのですか?」
そう問うと、華恋さんは怪訝な様子を見せることなく、胸を張って堂々と言い切った。
「はい。これらは必要な人のための宝石です。私はメリアローザに訪れて、たくさんの人に助けられました。だからこれは恩返しなんです。私のできることで誰かを幸せにしたい。そのお手伝いになれば、と。まぁ、宝石の出どころは暁さんからの提供なんですけどね。でも、暁さんも誰かのためになるならそれが最上と言ってくれました。石のままでは無価値でしかない。私の手に委ねることで、形を得て価値が生まれるなら、それがどこかにいる誰かの人生にとって最良になるなら、喜んで手渡そう。私は暁さんの心に寄り添うだけです」
「そ、そうだったのですね。わたくしとしたことが、己の欲のためになんて浅ましいことを。誠に申し訳ございません!」
「いえいえ、素敵な宝石に巡り合えば誰だって手元に置いて楽しみたいと思うのは当然です。むしろそこまで欲しいと言ってくださって嬉しいです。職人冥利に尽きます」
なんて素敵な方々なのでしょう!
華恋さんも暁さんも我が家に招待したい!
「涙なくしては聞けない話しだな (シェリー)」
「本当にできた子だわー。よかったらみんなもベルンに遊びにおいでよ。うちでよかったらホームステイ先として招待するよ (ライラ)」
「やった~♪ (ウララ)」
「その時はぜひに (華恋)」
「わ、私もいいんですか? (デューセーレ)」
「グレンツェンにも来て下さい。いっぱいおもてなししますのでっ! (すみれ)」
「やったった~♪ (ウララ)」
「いっこうに話しが進む気がしねぇっ! (ペーシェ)」
「はっ! そうでした! (すみれ)」
当の本人が忘れていた!
いやいや、話しの腰を折るどころかたたき割ってしまったわたくしの責任です。
でも本当のことを言うと、箱の中身を端から端まで堪能したい。
それは華恋さんの想いの詰まった宝箱。彼女の心を感じられると思うと胸が高鳴ってしまいます。今度じっくり、お話しを伺うといたしましょう。




