異世界旅行1-2 恋も旅路も行方は知れず 6
気を取り直して本題の占い。ウララさんの占いによると、とりあえず全員、エルドラドに行って問題ないとのこと。
次に個人的な占い。ヘラさんの願いはグレンツェンに住む人々の幸福。結果は不明。あまりに大きすぎて大雑把なので詳しく見えないとのこと。
とても意外な願いだった。ヘラさんなら占いに頼ることなく、無条件にグレンツェンの繁栄を信じているものだと思っていた。
驚きを隠せないでいるのはわたくしだけではない。娘のローザさんも、修道院時代にヘラさんにお世話になったことのあるシェリーさんも目を見開いて呆気にとられる。
「驚きました。何か心配ごとがあるなら相談に乗りますよ。私でよければ、ですが」
シェリーさんだって故郷を想う1人。憂いがあるなら、心配事があるなら共有して欲しいと願っている。
ヘラさんはひとつ微笑み、大丈夫と呟いた表情は少し不安に曇った。
「心配するようなことじゃないの。でもやっぱり、自分の愛してるものが幸福であり続けて欲しいって思うと、ついつい不安が先に立っちゃって。いつかは次代に繋いでいかなくちゃいけないから」
「それだけグレンツェンを愛していらっしゃるということですね。さすがヘラさんです。私もグレンツェンがきらきらでいられるよう、微力ながらお手伝いいたします」
「そういってくれると嬉しいわ。すみれちゃん大好き♪」
ぎゅっとハグして大好きを表現。本当に自分たちの住む街のことが大好きで、心から愛しているということがわかります。
わたくしも同じです。生まれは違えど、育った場所でないにしろ、一度グレンツェンを訪れた者ならば、そこがどれほど輝いているかを知るはずです。
フラワーフェスティバルを体感して、微力ながらキッチン・グレンツェッタに関わって、本当に楽しい思い出を作らせていただきました。
今度はわたくしの研究する宝石魔法と精霊学でグレンツェンに、ベルンに、いずれは世界に幸福をもたらしたいと思います。
ヘラさんに次ぐ年長者はライラさん。
と、ここでまたウララさんから驚嘆の叫び声が上がった。
20代半ばとしか思えない容姿をしていながら、実年齢38歳。二児の母だというのだから信じられない。
異世界人は老化しないのか。そんな誤解を抱かれても仕方ありません。
すかさず、シェリーさんが事実の訂正に入る。
「この2人は特異体質だから。見た目と実年齢についてはスルーしてくれ」
それでもやはり、ウララさんは信じられないご様子。
「そ、そうですか。努力します。えっと、それで、ライラさんの占ってほしい事柄はお子さんたちの将来ですね」
「ああ、健やかに育ってくれるかどうかだけで十分だ」
「かしこまりました。では詳しく占いますので、少し準備いたしますね」
そういった彼女は木製のケースから使い古されたタロットカードと、大きな水晶球を取り出して並べて見せた。
すっごく占い師っぽいアイテム!
様々な占いグッズの中でも最もポピュラーなタロット。そして水晶。ダブルで登場です。
他人の運命を占っているのにドキドキとワクワクが止まりません。ついぞ理由は分かりません。だけどなんだかとっても緊張します。
水晶を中心に、カードの束から好きな12枚のカードを表向きにして開示。その際、正位置か逆位置かは自分で決めるとのこと。こういうのってランダムにシャッフルしてランダムに配置するものではないのでしょうか。
自分で決めて配置するとなると、自分で運命を選択しているようでドギマギします。不確定な運命を受け身で捉えるからこそ、占いは気楽なものだと思うのですけれど……。
そんなことを口走ると、ウララさんが笑いながら心胆に槍を投げてくる。
「あははは。運命というのは人生です。それが気楽なもののはずがないじゃないですか」
ど正論で論破されてしまいました。
どうしましょう。いっきにやる気が失せてきました。
他の方々も肩を落として暗い表情。わたくしと同じ気持ちであるようです。
微妙な空気を変えるべく、ライラさんが占いに集中する。
「これ、裏側にしてシャッフルして適当に並べる、ってのでもいいんだよな?」
「もちろん大丈夫です。現れたタロットで運命が決まるわけではありません。気軽に並べていってください」
そんなこと言われても…………。
『気楽なもののはずがない』という前置きを敷かれて『気軽に並べて』なんて言われて誰が納得するのでしょう。それはさすがに無理というものです。
さしもの雷霆の姫巫女も口を真一文字に結んで眉間にしわを寄せてらっしゃる。
無理もない。自分の運命ならともかく、占って欲しいと願ったのは我が子の未来。慎重にならざるをえないというもの。
結局、【正義】のカードを正位置に。自分に最も近い6時の方角へ配置。それ以外はシャッフルをして適当に並べるに至りました。
結果はいかに!?
「なるほど。長男さんは旦那様に似て落ち着いていて実直な性格になりそうですね。次男さんは母親に似てやんちゃさんになりそうです」
「なんか、それは、そんな気がしてた」
心当たりがあるらしい。さすが母親です。
ここでペーシェさんが重要な事実を指摘した。
「ん? てか、ライラさんは2児の母ってのは説明したけど、長男と次男ってのは言ってないよね?」
「うん? ライラさんを見た時点で男の子が2人見えたから」
「ま・じ・か・っ!」
本物ってそういうことなんですかッ!?
我々の驚きに華恋さんが解答を与えてくれる。
「ウララはね、本物なのよ。世間一般で言う占い師が偽物って言ってるんじゃないの。でも彼女はね、視える子だから」
続けてウララさんから衝撃の告白が!
「それから娘さん…………長女さんなんですけど、未熟児で生まれてくるので、体調が安定する半年間は1秒たりとも目を離さないようにしてあげてください」
「え、未熟児で長女が生まれる?」
え、未熟児で長女が生まれる?
ついついわたくしたちも反芻してしまいました。
生まれる。
生まれる。
生まれる、って言いましたか、今?
ウララさんは息をするように続ける。
「えっとですね~、特に大きな転機がない限り、女の赤ちゃんを出産されますね。あぁでも、運命はまだ誰にもわからないし、変えることだってできます。占いの通りになるとは限りませんので、ご安心ください」
「いやいやいやいや、長女が生まれる運命は変わらなくていい」
ライラさんは女の子が欲しいみたい。男の子が2人いるなら、次は女の子が欲しいと思うのが人情というものです。
すみれさんが自分のことのように、嬉しそうにライラさんに微笑んだ。
「次に産むなら女の子がいいっておっしゃってましたもんね。私もライラさんのお子さんを抱っこしたいです♪」
「「「「「それには激しく同意」」」」」
呆気にとられる将来の三児の母。
正気に戻ると、頬を紅潮させて両腕でガッツのポーズを天に掲げた。
未来は誰にも分らない。だけど、念願の女の子を授かると言われて喜ばずにはいられない。喜びの嵐が吹きすさぶ中、しかしウララさんは困ったような顔を浮かべて、ライラさんの背中に言葉を投げる。
その声色は切実で、何かを希うような低い声で。
「決して、目を離さないように気を付けてください」
不穏すぎる言葉の裏になにがあるのか。
未熟児ということから察するに、もしや絶命してしまう未来があるのだろうか。
だから彼女はしきりに『運命はまだわからない』と木霊するのでしょうか。
上昇を続けていた温度は急激に冷え、冷静さを取り戻したライラさんは彼女の言葉を汲み、約束するとだけ言葉を紡いで彼女の手を握りしめた。
ライラさんの次はシェリーさん。
ウララさんの目の前に出るなり、占い師はほっとした表情で面と向かった。ようやく実年齢と見た目年齢が合致する人が現れた。そんな安堵のため息である。
「歳は今年で28だ」
「はふー。いや~本当に綺麗なお姉さんであらせられる。それじゃ次はデューセーレさんに代わってもらおうかな。準備はいい?」
促され、魔族の少女は緊張した様子を隠さない。
「は、はい。大丈夫です。よろしくお願いします」
ウララさんの横にちょこんと座り、彼女の占いをきらきらした目で眺める女性が動き出した。師匠の輝かしい姿に憧れを抱く魔族の女性は占い師の卵。
師匠に才能を認められ、いつかは自分も世のため人のためになりたいと願うオッドアイの魔女。
まだ自信がないのか、おどおどとした様子でシェリーさんに相対する姿は愛くるしい小動物のよう。
だけど、先ほどの発言と言い、ウララさんの性格からして半端な人間に占いをさせたりはしないはず。ということは、彼女も相当な実力者。本物の占い師が2人もいるだなんて、メリアローザは本当にすごいところです。
彼女も師匠と同じく、タロットカードと水晶を使って占うらしい。
つまり、タロットカードは自分で選び出すということ。そこは師匠と違って欲しかった。
生真面目で慎重なシェリーさんはカードの絵柄を見比べて悩む。悩んだところでカードに説明が書いてあるはずもなく、絵柄が何を意味してるのかも理解不能。
とりあえず、最も恐ろしい【塔】のカードを除き、あとはランダムにシャッフルして時計回りに配置した。
どうしようもないならあとは天命に身を委ねるのみである。
さぁ、シェリーさんの運命やいかに。
シェリーさんの手元からデューセーレさんの瞳に視線を移す。と、彼女は申し訳なさそうな顔をして口ごもった。
「えっと、故意に塔のカードを外したのですが、これは問題を先送りにすると積み重なって、いつか大きな厄災に繋がることを暗示しています。ですので、何かトラブルや問題が起こった時は、その場ですぐに解決することをおすすめします」
「結果的に地雷!」
シェリーさんが珍しく大きな声を出した。
わたくしたちも同じことを心の中で叫びました。
災厄を暗示するカードは、外そうがどうしようがどうしようもなかった。
続けて、ペーシェさんがデューセーレさんの言葉に異を唱える。
「でもそれって誰にでも当てはまることなのでは?」
「一般的な人であれば、多少の問題の先送りは取返しがつくのですが、貴女の場合は、その、立場? がそれを許さないようです」
「な、なるほど。騎士団長ゆえのやつだったんですね」
ペーシェさんが肩を落とすと同時に、シェリーさんの声のトーンが落ちる。
「ちょーこぇーんだけど……」
タロットの中で唯一、正位置でも逆位置でも災いを呼ぶ塔のカード。
選ばれないように外したのに、それが逆に災いを暗示することになろうとは。
いえいえ、ここで注意すべき点を知れたことは吉兆の証なのではないでしょうか。ものごとは考えようです。そう捉えましょう。そう思うべきです。
息を整えて、デューセーレさんが占いを続ける。
「えっと、それでですね、シェリーさんは子猫を飼ってらっしゃいますよね?」
「本当に見えてるのか? 占い師ってすごいな」
またも伝えていない情報をずばりと言い当てた。
仮に動物を飼っているとしても、ジャンルだけで数種類にのぼるもの。それを猫、しかも子猫と断定してのけた。とても信じがたい。しかし本当に見えていなければ自信をもって断言なんてできるはずがない。
驚く我々を置いて、オッドアイの魔女は畳みかける。
「左手の甲にかわいらしい子猫ちゃんが見えます。甘えん坊で、貴女のことを心から慕っているようです。主人の帰りを心待ちにしているようですね」
「それを聞くといたたまれない気持ちになるな」
「帰ったらたくさん遊んであげてくださいね。それから、しばらくは子猫ちゃんのしたいようにさせてあげてください。でないと、子猫ちゃんの心が貴女から離れてしまうかもしれません」
「そんなことになったら精神が死ぬ自信がある」
シェリーさんにそんなことを真顔で言われると困ります。
ライラさんが我々の本音を汲んで一喝。
「しっかりしてくれ、騎士団長様」
溺愛しているとは聞いていましたが、まさかそこまでとは。
精神が死んでしまわないか心配です。
「あ、それからですね、その子猫ちゃんが恋のキューピッドになってくれるみたいですよ」
「まさかの超展開!」
「キーマンは、えぇと、貴女です。貴女の情熱がシェリーさんのお相手を引き寄せるようです」
貴女、と指示された先にいるのは――――わたくし。の後ろの、って、誰もいない。
ということは、わたくしの情熱がシェリーさんの伴侶を引き寄せるということですか!?
「責任重大ッ!」
振り向きざまにシェリーさんに両肩を掴まれてひと言、『私も宝石魔法の研究を手伝うから、よろしくな!』。
シェリー騎士団長様が見たこともないほどに真剣な表情で迫っています。演習で教練を施す時よりも、講義において熱弁する時よりも、恐怖を覚えるほどに真剣――――というよりは、切羽詰まった顔でいらっしゃる。
彼女だって結婚したいお年頃。プリマちゃんが恋のキューピッドになるなら、伴侶は当然、猫好きに違いない。シェリーさんの希望は猫好きで優しい男性。一生に一度あるかないかの大チャンス。これを逃すことなどできようはずもない。
わたくしとしてもシェリーさんの幸福を祈る者の1人。しかし一応、努力はしますが、責任はとれませんよっ!
正直に申しますと、荷が重すぎますっ!
そりゃ宝石魔法と精霊学の確立はわたくしの夢ではあります。夢を叶えるための努力を惜しむつもりはありません。しかし、まさかその道程でシェリー騎士団長様の恋路の行方がかかっているだなんて誰が思うでしょう。
こんなことなら知らないほうがよかった。
知るも占い。知らないも占い。これが占いというものの醍醐味。綺麗な花には棘があります。




