表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
35/1082

しゃぼんのように世は儚くも 3

 うんうん唸りながら、どうすれば上空まで行けるのかを考える。

 上まで行けないのは落下の危険があるから。ならば強度をさらに強化するか。しかしそれでは硬くなりすぎてしゃぼん玉感が失われるだろう。さらに言えばしゃぼん玉に乗ってるだけで浮遊感が感じられないという点もある。


 うぅむ。この致命的ともいえる問題を一挙に解決できる妙案はないだろうか。

 思考を三次元的にしなければならない。残念なことにアルマでは知識も経験も足りない。全く閃かない。あぁー。モツ煮込みが食べたい。

 そういえばお腹がすいたなぁ。そろそろお昼か。ご飯を食べに行こうかなぁ。

 ぐーぺこのお腹がゴロゴロと鳴き始める。あぁ~もうダメだ。お腹すいた。


 ランチはなににしよう。そう思って天を仰ぐ。と、驚愕の世界が広がってた。


「わぁ~。シェリーさんがしゃぼん玉の中で浮いてるっ! それどうやってるの?」

「キキちゃんみたいにしゃぼんの中でぐるぐる回りそうになったから、反射的にしてるだけで。具体的に言うと、飛行(フライ)の魔術回路を刻んだ小石をジャイロ回転させて重力場を発生させ、自分の体に同期させてるんだ。それからしゃぼんの内側に斥力場を発生させる魔術回路を通して体を安定させてるだけなんだ。って、言っても分からないか」

「…………ぽか~ん」

「分からないよな」


 キキちゃんもマーガレットも小難しい話しの内容についていけず、きょとんとした顔をした。ジャイロ回転とか斥力なんて言葉を日常で使わないから当然の反応だ。

 だけどアルマには分かる。図書館で借りたスペースシャトルという、重力を振り切って宇宙に飛び立つ乗り物に関する書物に、彼女が口にした単語が記載されていた。

 ジャイロ回転とは、高速で回転することで重心が中心にやってくる物理効果のこと。

 斥力とは、重力のように引き付けるのではなく、物体を押し付ける力のこと。


 シェリーさんは体の重心を安定させるためにジャイロ回転を利用している。自分の体を高速で回転させることはできないから、代替品として小石を回し、現象だけを同期させて重心を安定させた小石と同様の効果を得ているのだ。

 同時にしゃぼん玉の膜の内側に斥力を発生させる力場を形成することで、態勢が一定になるように制御した。しゃぼん玉が球体であり、力場の影響を均一に受けることができるからこその芸当である。


 彼女は咄嗟の判断で発動させたという。2つの魔法の発動は実に正確であり、この場に最適な魔法であり、これほど正しい判断が行える背景には、豊富な経験と知識があってこそだと理解できた。


 これはもしや、天啓なのでは?

 欲張りなアルマはシェリーさんに願い出る。


「シェリーさん。そのまま、そのまま20m上空まで上昇できますか。あなたなら万一にもしゃぼん玉が割れても大丈夫だと思います。アルマも地上で待機してます。どうかやってみてはいただけませんか?」

「あぁ、大丈夫だよ。やってみよう」


 2つ返事で首を縦に振り、ゆっくりと上昇していく様はまさに空中散歩。

 風に揺られながらもふわふわと浮いていく姿は、アルマの想像していた理想の姿。

 光に反射して七色に輝くまぁるいしゃぼん玉のなんと美しいことか。


 戻ってきたシェリーさんは満面の笑みで地に降り立ち、恍惚にも似た表情を天に向ける。

 それほどまでに楽しかったのだろうか。幸福の余韻に浸りながら、アルマたちに賛辞を贈ってくれるところを見ると、アルマが思うよりも素晴らしい体験だったようだ。


「いやぁ、とても楽しい時間を過ごさせてもらったよ」

「それはよかったです。それであの、さっきシェリーさんが使った魔法をアルマにも教えてもらってもいいですか?」

「え? うん、いいけど」


 手を繋いで感覚を共有。アルマも彼女が行ったのと同様にしゃぼん玉の中に入って展開。

 するとどうだろう。

 浮遊感がある。

 しゃぼん玉の中で、しゃぼん玉と同じようにふわふわとした感覚が確かにあった。

 飛行(フライ)でしゃぼん玉を浮かせると同時に自分の体も浮き、上昇していく。

 風に煽られてふよふよと流される感覚も斥力による力場を伝って感じられた。


 しゃぼん玉感っ!


 体の重心は安定しながらも、浮遊する感覚を味わえる。

 球体による斥力場を利用した力場はしゃぼん玉でしか再現できない付加価値がある。斥力により内側へ押し付けられるゆえ、しゃぼん玉に直接触れることもない。内側からの衝撃によって破損する問題も解決してるではないか。


 これはいける。これがあれば強風や落下による事故も解決できるはず。

 斥力場を結界として限定した範囲に展開することができれば、強風に押し出されてあらぬ所に飛ばされる心配もない。

 地面にも敷けるのなら、万一しゃぼんが割れて落下しても斥力で受け止めることができるはず。


 なんだかゴールが見えてきた気がする。立ちはだかる難題の壁が崩れていく音が聞こえた。

 空腹も忘れて頭の中のアイデアと理論を表現。論より証拠と、アルマは1人1人の手を繋いでしゃぼん玉に搭乗。

 その場にいる全員に重力と斥力の力を体験してもらうと、みんなは笑顔になって地上に降りた。

 即席ではあるが個人でしゃぼんの空中浮遊を体験できるように整理しなおし、体を宙に打ち上げる。

 ふわりと浮いて風にそよぐ。

 ふわりと浮かんで空を目指す。


「やだなにこれっ! すっごく楽しい!」

「さっきのは乗ってる感じだったけど、これは確かに浮いてる感覚だわ。これなら絶対いける!」

「すごいです。自分の意志で動きながらも風になびく感覚やふわふわと浮いてる感じなんて想像通り。いや、それ以上です」

「ヤヤーっ! からのどーん!」

「わぁ、ヤヤちゃんとキキちゃんのしゃぼん玉がくっついて1個になっちゃった」


 心の赴くままにキキちゃんがヤヤちゃんのしゃぼん玉に突撃。割れる未来を想像して、一瞬血の気が引いたものの、予想に反して普通のしゃぼん玉と同じようにくっつき、2つが1つに繋がった。

 さらにしゃぼん玉としゃぼん玉の面を割ると、大きな1個のしゃぼん玉に早変わり。そこはしゃぼん玉と同じ性質を持っていてくれている。恐れ知らずの少女が新しい発見をもたらした。


 さらにみんなを巻き込んで、どんどんおおきなしゃぼん玉へと変貌していく。ブドウのように連なって、接地面を壊して巨大なしゃぼん玉へと成長していった。しかしおおきくなればなるだけ重くなるのは変わらないらしく、しだいに地上へと近づいて、地面に触れて壊れてしまう。


 みんなは楽しさのあまり大きな口を開けて笑った。

 見てるこっちとしては心臓がはちきれそうだったけど。

 彼らはハンドルを握ってるから感覚的に大丈夫なのは分かってるのだろうけども、それが分からないアルマは気が気でない。


 その後、昼を迎えてご飯を食べてると、図書館の窓から空を飛ぶしゃぼん玉を見た人たちが押し寄せて来て質問責めにあってしまった。

 自分が想像してたよりも、アルマの企画は人々の心を打っていたようだ。

 こそばゆくもあり、ちょっぴり恥ずかしさもあるけれど、自分の存在が評価されてるようでとっても嬉しかった。


 終わってみれば今日は大きな収穫だった。浮遊感の問題も安全対策もできた。お昼過ぎからは多くの人たちにデモンストレーションもできた。大黒柱は出来上がったのだ。あとはブラッシュアップと細かい部分を詰めていくだけ。

 スキップをしそうな気分で我が家へ帰ると、キッチンにはマーリンさんがエプロンを着て立ってるではないか。


 春とはいえアイザンロックの夜は早い。夜7時には真っ暗になり、9時にみな就寝するのが一般的な生活リズム。だから宴会も夕方から始まり、夜にはお開きとなって今にいたる。

 ハティさんは鯨の運搬を行うということでアイザンロックに残り、マーリンさんは酔い潰れたすみれさんを送り届けたついでに今日の晩御飯を作ってくれていたのだ。

 それも新鮮な海産物のオンパレード。

 モツがないのが残念だけど、これはこれで素晴らしい。


「それで今日はどうだった? 何か掴めた?」


 楽しそうなマーリンさん。彼女からすると、かわいい娘の話しを聞くような気持ちだろう。


「それはもう大収穫です。諸問題が解決して晴れ晴れとした気分です。でももしかしたら抜けがあるかもしれないので聞いてもらっていいですか?」


 かくかくしかじかと今日あった出来事を話すと、感心した様子で頷いてくれる。まるで我が子の自慢話を楽しそうに聞く母親のように微笑んで、笑顔を向けてくれた。

 少しだけ、本当の親子のような錯覚を覚えて心地良くなる自分がいる。

 もしも普通の家庭で育って、普通に両親や兄弟がいたならば、今のアルマはなかっただろう。

 だからこれでいいのだ。

 日々是好日なんだ。


「どうしたのアルマちゃん。涙が出てるけど?」


 指摘されて初めて泣いてることに気づいた。拭って、自然と笑顔になる。


「え、あぁ、いいえ。なんでもないです。こうやって誰かとお話しをしている時間が楽しいなって思って、嬉しくなっちゃって」

「私もすっごく楽しいわ。アルマちゃんたちと出会えてよかった。さぁ、召し上がれ。海鮮丼にサーモンのマリネ。キキちゃんとヤヤちゃんにはアサリと大海老の魚介ピラフよ」


 目の前に出されたきらきらと輝く海の幸に手を合わせていただきます。

 おいしいなぁ。

 幸せだなぁ。


 マーリンさんはアルマの心を慮って、それ以上は踏み込まない。代わりにアルマに会えて嬉しいと花束を贈ってくれた。

 本当に素敵で、尊敬できて、愛に満ちている女性だ。アルマもこんな女性になりたい。

 シェリーさんにハンヤさん。暁さんやヘラさんみたいな素敵な女性になりたいな。あ、ハンヤさんは男性か。いや、性別なんて関係ないな。


 おいしいご飯を噛みしめながら、今日もまた幸せを感じるアルマでした。

モツって内臓な訳ですが、外国では食べられないところもあるそうです。

腸系は勿論、心臓や内臓も食べないところもあるそうです。

それを考えたら、日本人ってなんだかんだ言って、大概、何でも食ってるよなって思います。

虫もタコも食べるし、エビなんかも、外国では虫より気持ち悪いって言って獲れるけど食べない地域もあるそうです。かつてロブスターは囚人の食べ物って出されてたところもあるそうですよ。

あくなき食への探究を行ってきた先人たちに感謝です。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ