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異世界旅行1-2 恋も旅路も行方は知れず 1

前半は刀大好きアナスタシア。後半はアクセ大好きフィアナ主観で進みます。

待ちに待った刀打ち見学。神事と呼ばれるほど尊敬される暁の仕事をひと目見ようと多くの人が集まってくる。竈門の神様と相対する暁の前に思いもしなかった存在が現れるのだった。

後半はエルドラドへの視察見学。宝石魔法を研究するにあたって、提供される物資の採掘に奴隷扱いされた獣人が関与していないかの視察です。黄金に輝くエルドラドとはいったいどんなところなのか。




以下、主観【アナスタシア・スレスキナ】

 朝は苦手だ。お日様が顔を出してもなかなか温かくなってくれない。

 ぬくぬくの布団の中にくるまって、惰眠をむさぼっていたい気分にさせられる。

 曾祖父が建てた木造建築のイズバ。孫とその嫁さんも受け入れられるようにと、村でも類を見ないほどの大きさを誇った。それが我が家の誇りの1つ。


 2つ、3つとほかに自慢できることがあるのかと聞かれると思いつかない。強いて言えば、父も母も妹も弟も、とても素晴らしい人柄だということくらいかな。

 父は朝夕を問わず一生懸命に畑仕事をする。

 たまの休みにはチェーンソーを使って丸太を彫刻し、観光客相手やネットオークションで販売する。

 母はコーヒーが好きで、都市部のカフェでアルバイトをしながら生計を助けた。母が家に戻るとかぐわしいコーヒーの香りがする。だから、『おかえり』を言いながら母に抱き着き、コーヒーの香りを楽しむのが好きだった。

 妹は姉の私と対照的で朝に強く、いつも私を起こしてくれる。無理やり布団をひっぺがすのだけはやめてほしい。

 弟は父の跡を継いで農家になりたいと言っていた。なぜか氷を割るのが好き。冬、氷の張った湖や川に行ってはひたすら叩きまくるのだ。

 きっと具体的な理由はないのだろう。あるとすれば楽しいから。多分そんなところ。


 惰性で生きてきた私は倭国刀に憧れ、いつか自分のものにしたいという欲求からベルン寄宿生に入寮。

 強い思いが天に届いたのか、今日、夢にまで見た刀を手に入れることができるのだ。

 期待に胸が膨らむ。こんなにわくわくする朝はいつ以来だろう。


 すっかり見慣れてしまった食堂で朝食をとる異世界旅行一行。トーストに好きなジャムを塗って健やかな朝の訪れを感じよう。

 私が塗ったのはジャムじゃなくてマヨネーズだけど。


 隣にいる金髪ツインテールのふりふりフリル少女は、トーストの上に蒸し焼きにした納豆と味噌を和えたオリジナルジャム。

 こんがりと焼いたマヨネーズに負けず劣らずいい香りがする。


 ひとつ咀嚼して、アルマが今日の関心事を言葉にした。


「今日は刀打ち初日なので、手に入るのは早くても5日後です。刀打ちに3日。暁さんの休息に1日。その後、アナスタシアさんの手元に行きます。が!」


 が、のあとにザクッと小気味よい音を鳴らしてトーストにかぶりついた。相当おいしいのか、満面の笑みでいる。

 分かってる。私は私でやることがある。


「その前にやらないといけないことがいっぱいあるんだよね。暁さんが造るのは刀身。鞘や柄なんかも必要だからね」

「おっしゃる通りです。全て揃ってこその刀ですから」


 肯定され、身の引き締まる思いになる。刀にとって刀身の美しさはもとより、拵の芸術性も見逃せない。どんな姿にしよう。どんな意匠にしよう。愛娘に晴れ着を選んであげるような気分だ。


「しっかし、アナスタシアは本当に運がいい。武器のオーダーメイドなんて一流の剣闘士だって簡単にできないことだぞ。感謝するように」


 私はライラさんの言葉を肯定して、しかしアルマが割って入って否定する。


「感謝の念を抱くことは大事ですが、暁さんは感謝されたくて刀を打つような人ではありません。アナスタシアさんのために刀を打ちたいから打つ。そういう人なんです」

「その言葉を思い出しただけで高揚してしまうな」


 嬉しくてたまらなくて、ぞくぞくするというやつだ。

 反面、理解できないこともある。


「それにしても、職人気質というか、難しい感性というかなんというか、嬉しいけど理解が及ばないというか」


 私の言葉が濁る理由は1つ。一般人と職人の感覚の違いを理解できてないから。

 暁さんは、『お前のために打ちたいから打つんだ』と言った。これって感謝の言葉を述べたら逆ギレされるやつなのでは?

 心配を吐露すると、アルマは満面の笑みで答えてくれた。


「そうは言っても暁さんだって人間です。素直な気持ちを伝えてくれると嬉しいと思います。感謝されたくて刀を打つわけではありませんが、感謝してもらえると、やっぱり嬉しいと思います」

「それってどう違うの?」


 私より先にエディネイが疑問符を打つ。アルマの代わりにシェリーさんが問いに答えた。


「目的が違うということだ。感謝されることが目的ではなく、アナスタシアの夢を応援する手助けが目的なんだ。感謝はその副産物のひとつにすぎない。とても大事なことではあるがな」

「なるへそー」


 エディネイが間抜け顔で適当に相槌を打つ。あんまりよくわかってないやつだ。

 アルマも分かってないと思ったようだ。簡単な例えをエディネイに与える。


「フェアリーとお菓子を食べる、が目的じゃなくて、フェアリーと一緒の時間を過ごすためにお菓子を食べる、って言ったら分かりやすいかな?」

「なるほど!」


 エディネイがはっきり理解した時の語気がこれ。


「解像度の違いたるや」

「ちゃんと理解してるのか怪しいぞ?」


 エディネイは論理的には理解してないだろう。しかし、なんとなく理解はできている。

 はっきりしない物言いに、私にはどう表現していいか分からず困ることもあった。

 本当に大丈夫だろうかと心配になることもあるが、彼女は分からないことに自信を持つような人ではない。だから大丈夫だろう。多分。


     ♪     ♪     ♪


 食堂を出てすぐ目の前に設置してあるテレポートサークルに臨む。

 我々の世界ではごく一部にしか公開されていない魔法陣の1つ。それがここでは日常的に使われる。

 飛行(フライ)の魔法にしてもそう。プライバシーの保護とテロ対策の観点から、許可された場所と私有地以外での使用は禁止されている。空は青く、雲に陰りはない。

 だがどうだろう。メリアローザの空は忙しくする人たちで賑わっていた。

 主に荷物を運ぶ人たちの姿が多い。運搬業者のみに使用を制限してるのだろうか。

 疑問をアルマにぶつけてみた。


「そんなことはないですよ。空は誰のものでもないので自由です。空を飛ぶのは便利ですが、そればかりだと筋肉が衰えてしまうので極力徒歩を心がけてますね。土地が広くないので運搬には空を使う場合が多いです。緊急時の移動経路にも使いますし、自然災害が起きた時に空へ逃げたりしますね」

「空から人んちの中を覗こうとかするやつっていないの?」


 アルマの解説にペーシェさんが疑問を呈する。気のせいか、この人って心配ごととかネガティブなクエスチョンが多いような……。

 いや、マルコのお姉さまは他人思いだから、我々のプライバシーを気にしてくれてるのだ。宿泊してる旅館はメリアローザでも王城に次いで高い。逆に言えば、フライの魔法を使われれば覗き見し放題だからな。

 アルマの返答やいかに。


「そういう人はいるかもですが、社会的に死にます。コミュニティが狭いので、すぐにバレますよ。そんなことをしたらメリアローザで生活できなくなりますからね」

「こんなに居心地のいい場所を捨てる覚悟でふしだらなことをする人はそうそういないでしょうね」


 フェアリーとの生活を渇望するシルヴァからすればその通り。


「じゃあ昨日の露天風呂なんかでも女湯を覗こうとかするやつっていないんだ。アナスタシアが持ってる漫画には、そういうのって定番ってあった気がするけど」


 おいエディネイ、余計なことを言うな。アルマがドン引きしてるじゃないか。


「どういう漫画をお持ちで……? 安心しろ。そんなことをしたらDeath or Dieだから」

「選択肢が実質1つか」


 シェリーさんは腕組みしてため息。


「メリアローザの法律は1つ。『みんなで仲良く楽しく暮らしましょう』ですからね」


 アルマは笑顔で恐ろしいことを発した。


「道徳の行き届いた素敵な標語だね」


 悪戯っぽい笑顔で恐怖を受け入れるライラさん。

 その意味に気付いたペーシェさんの顔が引きつった。


「標語? 今、【法律】って言わなかった? ってことは…………」


 ということは、仲良くできない人間であればリンチもやむなしということである。

 実際、過去そういった事件が何回か起こったことがあるらしい。当然、ギルドマスターを筆頭に仲良くするための努力を惜しむことはしない。しかし、それでも無理、変われない人間というのは存在した。

 それらを野放しにするわけにもいかず、やむなく追放したり、それこそ口外できないような結末を迎えた人間もいる。

 つい先日も、暁さんの計らいがなければ解剖されて闇へ葬られようとした少女がいた。今はダンジョンの中で引きこもってるらしい。

 どこの世界にも闇はあるのだ。


 テレポートサークルを通るとテレビのチャンネルが切り替わるように景色が変わった。

 これが転移魔法というものか。実際に体験したのは初めてだ。

 静まり返っていた朝の景観から一変。眼前には人だかり。昨日の七夕祭りより人口密度が高い。

 お目当ては我々と同じ、暁さんの刀打ち。滅多に見ることのできない職人芸を拝もうと、国中から人が集まっている。地上にも、屋根の上にも、望遠鏡を使って空から眺める人もいた。

 それだけ注目度の高いイベントなのか。やっぱり刀打ちっていうのは特別なのだろう。個人的に憧れの対象なので同志がいるようですごく嬉しい。


「刀打ちっていつもこうなの?」

「暁さんの刀打ちだから特別なんですよ。その理由はすぐにわかります。さぁさ、前へ行きましょう。暁さんが特別席を用意してくれてるということなので」


 ツインテールをぴょんぴょんと揺らしてはしゃぐアルマはお祭り最中の子供のよう。

 アルマに手を引かれて人の波をかき分ける。

 特別席。なんと一番最前列。観客の中で暁さんに最も近い場所。と、隣には三脚に乗ったカメラが1つ。なぜここでカメラ。場違い感が半端ではない。


「説明しましょう。暁ちゃんの雄姿を余すことなく記録するため、定点カメラを用意しました。しかもデュアルバッテリー搭載。バッテリーとメモリースティックを交換することで容量の許す限り、延々と撮影することができる優れものなのです」


 さすがヘラさん。抜かりない。


「この日のために用意したのよね。そんな超長時間撮影のためだけに」


 最初はなんでそんなものをと思ったローザ。目的を知ってから文句を言わなくなったらしい。


「それはまた、気合い入れてますね」

「あらやだ。シェリーちゃんにだって無関係じゃないのよ? 魔剣の製造過程を録画できるんだから」

「た、たしかに。資料としてはこれ以上ない価値があります」


 録画した映像を鑑賞用、保存用、布教用として記録しておかねばなるまい。帰郷したらすぐに!


「360°カメラに定点カメラとは。めちゃくちゃ気合い入ってるじゃないですか。アルカンレティアの突端にも取り付けて星空を撮影してましたよね。どっちも映像が欲しいので帰ったらデータをください」

「私にもお願いします」


 ペーシェさんも私も地に頭がつくほど腰を折った。


「もちろん。何テラバイトになるか分からないけど」


 テラですか。ギガですらなく。3日ぶっ続けで撮影したらそのくらいになるのかな。

 だがそんなことは些事である。


 カメラの周囲には人が入らないように囲いがしてあり、その周りに珍しいものを見る人の姿があった。彼らにとっては非常識な機械。異世界にしか存在しない未知の道具を興味津々に眺める。

 面白い反応だ、と思った瞬間、私たちもきっと昨日はこんな顔をしてたんだろうな、と振り返った。旅の恥はかきすて。あまり気にしないでおこう。


 物珍しい異世界の道具を見物する人の中に見知った顔がある。

 こちらに気付くと子供っぽい笑顔を向けて挨拶をしてくれる彼は小牧辰巳(こまきたつみ)さん。暁さんが刀周りの世話役として依頼した人物。


 彼と出会ったのは昨日。フェアリーとのティーパーティーを終え、ラ・ミストルティンに向かう途中。キキちゃんとヤヤちゃんを迎えに行ったおり、お土産屋さんがあるということで立ち寄った店の職人さんとして紹介してもらった。

 彫刻、彫金、螺鈿細工を手掛ける彼は若くして名の知れた職人の1人。その仕事ぶりは丁寧で親切。堅い手肌に裏打ちされた大人の余裕を持ち合わせる。


 今日は暁さんの刀打ちを見学したあと、鞘や鍔などの下見に行くのです。

 今からすっごくわくわくします。世界で自分だけの刀を作れるというのですから、わくわくしない道理がありません。


 刀を鑑賞するにあたり、最も重要なのは刀身。

 実は世界的に見ても、刀身が評価される剣というのは極めて珍しい。世に称賛される剣のほとんどは鞘や柄の装飾に注目される。刀身を含め、全体で1つの芸術とみなされる刀はまさに刃物の王にふさわしい。

 なにより切れ味の鋭さは天下無双。極限まで研ぎ澄まされた切っ先は卵の殻ですらひび割れなく切り裂くのだ。


「今日はどうぞよろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしくお願いします」


 辰巳さんへの簡単な挨拶ののち、アルマが私を見てひとつ唱える。


「どんな刀身になるのか楽しみですね」

「うん、本当に。どんな姿になるのか楽しみ。暁さんが打つ刀となればなおさら」


 わくわくする私の言葉を弾ませるように、辰巳さんは期待させるための言葉と、これからの予定をさらりと確認する。


「刀身には職人の魂が宿りますからね。それも暁さんレベルの人物となればなおさらです。一応確認ですが、あくまで今日は下見。刀の主役は刀身ですので、それが出来上がってから(こしらえ)を決めていきましょう。刀身に合わない拵を作ってしまっては、恥を腰に提げることと同じですから」

「はい。なにとぞよろしくお願いします」

「たしか、理想の刀を書き留めたノートを持ってたよな。それを参考にしてもらったら?」


 おい、エディネイ。他人事だと思って余計なことを言うんじゃない。


「いや、それはとても見せられない。プロの人になんてなおさら」


 思い出しただけで冷や汗が出る黒歴史。

 誰だって思い描く理想をノートに書き出したりするでしょう。だけど、度が過ぎると痛いを通り越して無礼千万。それを本職の職人に見せるなんてとてもできない。

 できないって言ってんのに、エディネイは他人事だと思っていじってくる。そういうの本当にやめてほしい。


 畳みかけるように双子と辰巳さんにせがまれた。

 特に双子の圧がすごい。目をきらきらさせてのしかかってくる。

 子供たちにはいいお姉さんでいたい。そんな姉心に背中を押されて秘密のノートを手渡した。


「せめて笑うのだけは勘弁してください」

「おお~。絵が上手」

「笑うだなんてとんでもない。アナスタシアさんの情熱を感じます。でもこれって、アナスタシアさんが使う刀は実践用ですよね?」

「え? そうだけど」


 双子の姉の言葉で背筋に悪寒が走った。

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