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異世界旅行1-1 驚天動地に咲くは薔薇 22

 冷たい水をひと含み。信じられないことに、メリアローザの井戸水はそのまま汲んでそのまま口に入れて大丈夫。あたしたちの国や土地であればそんなことは絶対にできない。腹痛を起こして入院するのが目に見えてるからだ。

 グレンツェンでは水は買って飲むもの。

 メリアローザでは汲んで飲むもの。しかも金銭が発生しない。いくら飲んでも汲んでも、川から水を畑に引いてもタダ。人の営みに水は必要不可欠。それがここまで豊富にあると、飲み水すら息をするように手に入るとは。驚きを禁じ得ないとはこのことである。

 ただ1つあるとすれば、柔らかい軟水ということだけか。

 我々の土地では硬水が一般的。だから水を飲んだって気がしない。のどごしが物足りない。

 口に入れた途端、すーっと体に沁み込んでいくようだ。


 温泉に関連した綺麗な水の話題に、ルクスアキナさんは少し自慢げになる。


「水が違うだけでお酒の味も変わってきますからね。その土地の水で育った作物で作ったワインに合う水は、やっぱりその土地の水が一番です」

「なるほど。お酒に限らず料理もですね。例えばみんなが飲んでるフルーツ牛乳のように。じゅるり」


 おいしいものに目がないすみれは飲みたそうに彼らの姿を眺めた。

 お酒が飲めない子供たちの心を高揚させるために提案したフルーツ牛乳。彼らはきゃっきゃとはしゃぎまくって冷たくて甘い飲み物に興じる。

 大人が飲めない子供だけの飲み物。思いっきり飲み干してはうまいうまいと笑顔が咲いた。

 卵を使った甘い飲み物も飲んでうまいうまいの大合唱。

 当然、素晴らしいジュースを体験したなら、大好きな人に共感してもらいたいと思うのが子供心というもの。

 だからこそ、子供たちはこぞって月下に輝く金獅子の膝元へ駆け寄ってこう言うのだ。


「ハティお姉ちゃん! これすっごくおいしいんだよ! 飲んで飲んで! (クレア)」

「うん、ありがとう。冷たくて甘くてすっごくおいしい。メリアローザは素敵なところだね (ハティ)」

「うん! ご飯もおいしいし、お花もいっぱい咲いてた。シャングリラもお花でいっぱいにしたいね! (クレア)」

「おはないっぱい! しゃんぐりらのおかをきらきらでいっぱいにしたい! (ラクシュミー)」

「まぁ素敵! ラクシュミーちゃんの好きな色は何色かな? (ヘラ)」

「ぜーんぶすき! でも、みどりいろがいちばんきれい! (ラクシュミー)」

「黄色のお花も植えようよ! (リーナ)」

「花もいいけど食える作物を植えようぜ (ライアン)」

「ライアンはちょっと黙ってて。それより (シシリア)」


 続けて、シシリアは心配そうな眼差しを金獅子に向ける。

 紫の言葉を反芻して、大きく息を吸って言葉を繋いだ。


「紫お姉ちゃんが『大人が飲んだらたいへんなことになる』って言ってたけど、体は大丈夫? なんともない?」

「「「「「ッ!?」」」」」

「?」


 やっべ、そうだった。

 大人はお酒を飲んだから、子供は甘いジュースを占有する、的な流れを作る方便があったんだった。

 クレアの差し出すままに飲み干したフルーツ牛乳。これ自体には全く問題ない。毒でもなんでもないからな。

 問題は紫の方便を信じてしまった子供たち。もちろん、子供たちに落ち度はない。大好きなお姉ちゃんに自分の味わった感動を知ってもらいたいと思うのは自然な流れ。これを予想できなかった大人たちの落ち度なのだ。


 なんとかして誤魔化さなくては、彼らの心に刺さった棘が抜けない。

 愛してるからこそ、本気で心配する。

 嘘を言わない尊敬できる大人の言葉だからこそ、本気で信じた。


 子供たちの不安をほぐそうと、声をかけたのはアラクネートさん。


「大丈夫です。心配には及びません。なんたってハティ様は」


 大人の余裕で子供たちの前に歩み出たアラクネートさん。さすができる女は動じない。機転の利いた理由で子供たちを納得させてしまうだろう。

 ごくりと息を飲んでアラクネートさんの言葉を待つ子供たち。あたしの期待を裏切りつつ、子供たちの期待に応える言葉が飛び出した。


「ハティ様だから大丈夫ですっ!」


 なんじゃそりゃっ!


「「「「「そっか! そうだよね~!」」」」」


 納得した!

 いいのかそれで。それでいいのか?

 納得したならそれでいいのだろう。

 彼女たちの中ではハティさんは最強にして最高の存在。どんな状況だとしても、問答無用で切り抜ける。なにがあっても大丈夫。悉く安心を守る守護神なのだ。


 が!


 ここで蛇足とばかりにほろ酔い気分のチーズ大好き巻き角の女性が千鳥足。

 子供たちの視線に合わせ、肩を叩いて安心させようと言葉をつなげた。

 それがハティさんの精神を揺るがすことになるとも知らず。


「そうですよ~。ハティさんは年齢的には大人ですけど、中身はすっごい子供っぽいんですかりゃ~。ね~♪」

「うぐぅっ!」


 ハティさんの顔がこわばる。


「あ、うん、そ、そうだね」


 眉間にしわを寄せてのけ反る金獅子。

 横目で小さなうめき声のほうを見て肩を落とすシシリア。

 なぜか得意げに語り始める魔族の女。彼女としては褒め言葉なのかもしれない。しかし確実にダメージを与えてることに気づいてなかった。


 酔っ払いの狂言は続く。


「この前だって~、畑仕事の最中にちょうちょを追いかけて夢中になって丘の上でお昼寝してたもんね~」

「はぁーーーうっ!」


 ハティさんの口から聞いたことのない絶叫が飛び出した。


「ちょ、それはまぁ、ハティ姉ちゃんだから」


 必死に庇おうとするライアンくんの努力が心に刺さる。

 どんな戦場でも膝を屈することのなかった最強のお姉ちゃんが顔を真っ青にした。お風呂から上がったばっかりなのに、顔が青いとはこれいかに。

 そろそろやめようという表情の子供たち。しかし酔いの回ったとんちんかんには伝わらない。


「子供たちにご本を読んであげたいって留学して、でもなんだかんだで寂しくって逐一帰ってきちゃうところもきゃわいいよね~♪」

「ううううぅぅぅぅぅぅぅぅっっっ!」


 ハティさんの断末魔が凄まじい。


「「「「「それは言っちゃダメッ!」」」」」


 子供たちが全力で止めに入る。

 これは洒落にならねぇ……。


 お姉さんらしいところを見せ、子供たちに褒めてもらいたいという思いが原動力のハティさん。そこを批難されれば当然、膝は折れ、肩を落とし、金色のオーラも真っ白になる。

 コップを投げ出して心配する子供たちの真心たるや眩しすぎて目がくらむ。

 いいことをしたと勘違いする地雷女の手から、メアリさんはお酒を奪う。

 アラクネートさんは背後からエリストリアさんの巻角を掴み、睡眠魔法をかけて力づくで黙らせる。

 エリストリアさんは子供たちがいるからお酒は飲まないと言った。これは永遠に禁酒生活の予感。


「あらあら、酔いが回って眠ってしまったみたいですね。夜も更けてしまったことですし、そろそろお暇いたしましょうか」


 アラクネートさん、大人の対応である。


「なんと素早い睡眠魔法。ぜひアルマにもおし

「アルマ、気持ちは分かるが引き留めるのはダメだ。後日にしてくれ」


 シェリーさんも大人の対応を見せる。アルマは空気を読んでくれ。


「お、お見苦しいところを! 申し訳ございません!」


 愚鈍な同僚に代わってメアリさんが頭を下げた。


「いや、気にしないでくれ。それよりハティは大丈夫か?」


 ライラさんの視線の先には沈黙した金獅子が1人。

 見るからに大丈夫ではない。

 こんな時こそ子供たちの出番。

 明日は一緒にトマトを収穫しよう。

 オリーブに囲まれてお昼寝したい。

 ハティお姉ちゃんの演奏が聴きたい。

 港街が随分と出来上がったから、みんなで遊びに行こう。

 おさかなさんのおいしいすーぷをつくるから、げんきだして?

 みるみるうちに色が戻って復活を報せる満面の笑顔。金色に輝く笑顔を見せて蘇った。


 元気と機嫌を取り戻した月下の金獅子はみんなにお礼を述べ、愛する故郷へと舞い戻る。

 セクシーな見た目に反して中身は子供っぽい。ギャップ萌えですな。とても本人の前では言えないけど。


     ♪     ♪     ♪


 場所を移して宿泊場。日輪館の最上階。

 貴族や王族も泊まるという超VIPルーム。

 大広間には、やはり畳が敷き詰められ、掛け軸に引き戸、1階から貫通しているという巨大な大黒柱が威厳と気品を感じさせた。西側を除き、3方の扉を開けると開放的なデッキにる。ここからメリアローザを、空を海を山を、人々の営みを一望できた。なんて素晴らしい景色か。さすが王城の次に高い建物とだけあって見晴らしがいい。

 東側のデッキには椅子とテーブルが用意されていた。

 ここでくつろぎながら夜空の星々の詩を聴く。なんという贅沢か。


 それはさておきとして、あたしはあるものに夢中になった。

 星空を背景に浮かぶ浮遊要塞アルカンレティア。

 神秘的であり、荘厳で、幻想的な世界の風景。これをカメラに収めなくてどうするか。


「わたしたち、さっきまでアルカンレティアの上にいたのかって思うと、みんなで同じ夢でも見てたんじゃないかって思うよ」


 ローザは恍惚としたため息とともに、思い出を懐かしむような笑みを浮かべる黒薔薇。

 まだ旅行1日目だっていうのに、なに浸ってんの?


「きもっ!」

「なにが!?」


 いかん。つい本音が。


「大きな声を出してどうした? (シェリー)」

「ローザがきもいこと言うんですよ (ペーシェ)」

「きもくないし意味わかんないし。ペーシェはいいとして、明日は刀打ちの見学をしてエルドラドに行くんですよね。楽しみですね♪ (ローザ)」

「ああ、そうだな。しかし、エルドラドの視察に関しては我々の仕事の一環だ。ローザたちは別行動でもいいんだぞ? それこそ、きっと3時を超えてしまうだろう。セチアの家でフェアリーたちとティーパーティーという選択もあるが (シェリー)」

「ティーパーティーは毎日開催されるので、あっ、毎週月曜はフラウウィードでの開催なので注意ですね。明日はセチアさんの家で、ですが。でもでも、エルドラドもとっても素敵なところなんですよ。エルドラドは入場制限を設けてるので、許可がないと出入りできません。なので明日はぜひとも、エルドラドに行きましょう。華恋さん曰く、見どころのある場所がたっくさんあるそうです (アルマ)」

「例えば? (ペーシェ)」

「住人が住んでる地域も素敵な景色の1つです。それから、ヘラさんが教えてくれた技術で作られた養殖場。巨大な一枚岩には水晶の鉱床。大理石の階段。翡翠の壁。奥地には美しい自然と泥炭地と、巨大な隕石とが融合した世界。海辺もすっごい綺麗で、透明度の高い珊瑚の海があるんです。そこへ行く道の敷設計画も進んでいて、石切場から運び出したタイルで道を作ってるんですよ。平行して街路樹も植樹してるところです (アルマ)」

「本当に見どころ満載だった。個人的には泥炭地が気になる。こっちの世界じゃ、環境保護と温暖化対策のために重要な自然の宝箱って言われるからね。ちなみに、その泥炭地の周囲に草木って生えてる? (ペーシェ)」

「泥炭地が温暖化? えっと、はい、草木は生えてますし、多様な野鳥も見られます。ただ、水棲生物は見られませんね (アルマ)」

「そりゃまぁ炭素の塊みたいなもんだからな。しかし富栄養の泥炭地か。これは明日の楽しみが増えたな (シェリー)」


 頭の上にはてなマークを浮かべてきょとんとするアルマとローザに説明しよう。

 泥炭地とは、植物の草木が半分程度腐り、長年溜まってできた泥上の炭の塊。

 泥炭地の炭は非常に優秀な炭素吸着力を誇り、通常の土壌の約10倍の吸着力がある。乾燥と液状を繰り返す性質も見逃せない。大雨の際には水を受け止めるスポンジとなり、乾季には濾過した水を地下水へと送り込む役割を果たす。

 生物の保全という観点からも重大な意味を持つ泥炭地は、そこにあるだけで世界に貢献する自然の宝箱なのである。


 ここまで説明して、アルマからとんでもない言葉が飛び出した。


「うわぁ、どうしよう。華恋さんが、『エルドラドの環境整備が落ち着いたら、泥炭地に刺さってる隕石を引っこ抜いてアクセサリーにしたい』って言ってたんですけど。ヤバいですかね?」


 ヘラさんが大きな声を出して即反応。前のめりになって両腕でバツ印を作った。


「絶対にダメッ! 掘り起こしたら大気中の二酸化炭素濃度が上がっちゃう。そうなると、その地域だけじゃなくて世界中の環境が変異しちゃうわ。引っこ抜く時は世界的な寒冷化現象の予兆があった時にしましょう」

「まさかの世界レベルの問題」


 そう、内包されていたC(炭素)が大気中のO(酸素)と結びついてCO2(二酸化炭素)になってしまう。簡単に表現すると温暖化につながるわけです。泥炭地の存在は温暖化対策にも直結した。

 環境を破壊するとは、つまりそういうことなのです。


「自然も魔法も、物理法則も、安定を目指して必然的にそこにあるんですね。全にして個。個にして全。なるほど、世界とはよくできてらっしゃる」


 少し賢くなったアルマの声色が弾む。

 学びを得た少女を見て、学術都市の長が微笑んだ。


「全てのものには役割があり、相互に循環することで、お互いがお互いを支え合って生きていけるというわけね。窮極に研ぎ澄まされた自然美の姿だね。明日はそんな世界の一端に触れられる。楽しみね~♪」


 ヘラさんは明日が楽しみで仕方ない。あたしも楽しみです!


「ぐぬぬ。それを聞くと私も見てみたくなってきました。でも、フェアリーと3時のおやつ……」


 シルヴァさんはフェアリーとティーパーティーの兼ね合いで板挟み。なんとも贅沢な悩みですな。


「エルドラドは特殊な場所だから、おいそれと行けるものじゃない。それを考えると、フェアリーとの3時のティーパーティーは毎日開催されるみたいだから、明日はエルドラドに行くのがいいんじゃない?」


 ヘラさんに提案されるも、毎日フェアリーと触れ合っていたいシルヴァさんは難しい顔のまま。

 エルドラドの名前が脳に届いたフィアナさんの眠気が覚めて大きな声が出た。


「エルドラド。黄金郷の名を持つ土地。明日はわたくしの決戦の日です。頑張らなくてはっ!」


 宝石が採掘される土地、エルドラド。宝石魔法を研究するフィアナさんからしてみれば、明日こそ人生の天王山。

 肩に力の入るフィアナさんに、ライラさんが体を抱き寄せて頭を撫でた。


「って言っても、チェック項目に沿って確認していくだけだがな。華恋とアルマが引率してくれるって言ってるし、気負う必要はないだろう」

「アルマと華恋さんにお任せください。明日も最高の1日にしてみせます。それで、今日1日を振り返ってみて、いかがだったでしょうか?」


 全員が顔を見渡して素敵な思い出を反芻した。

 暁さんとの再会。

 異世界旅行をしている事実。

 スケルトンとの対話。

 フェアリーとの出会い。

 アルカンレティアで七夕祭り。

 露天風呂では月見酒。

 文句無しの旅行初日。


「「「「「最高だ!」」」」」


 みな、『最高』以外の言葉が見つからない。

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