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異世界旅行1-1 驚天動地に咲くは薔薇 21

 とても女子トークとは思えない戦闘系の話題に踵を返し、もっとラブリーで癒しのありそうな場所へ移ろう。

 露天風呂の縁で足湯を楽しむチックタックさんたちのところへ行こう。彼女こそ、絶品チーズケーキのためのチーズを作る職人。濃厚なのにあっさりとして、それでいて口どけとろりとした思い出のスイーツ。

 彼女と繋がりができればシルヴァさんにチーズを融通してくれるかもしれない。

 人見知りの激しい性格の彼女を射止めるために、まずはエリストリアさんからチーズの話題を引き出そう。そうすれば、誘爆的にチックタックさんのチーズの話しにたどり着けるはず。


「チックタックさんはエリストリアさんと一緒にシャングリラでチーズを作ってるんですよね。どんなチーズを作ってるんですか?」


 チーズの話題を振るなり満面の笑みで食いつく巻き角の魔族。

 どうやら相変わらずのようで、なによりです。

 背後で遊ぶ子供たちはチーズの話題が出るなりげんなりと肩を落とした。

 こちらも相変わらずのようで、可哀そうに……。


「海岸の絶壁に穴を掘ってもらって、そこでウォッシュチーズを作ってます。それから、シャングリラの地下にチーズ工房を増設してホワイトチーズを作ってます。まだ製作途中ですが、今からとっても楽しみです♪」


 なんていい笑顔をするんだ。子供たちのため息が辛い。


「ウォッシュチーズにホワイトですか。いいですね。特にホワイトチーズはワインと合わせたり、少し焼いて食べてもおいしいですからね。軟質チーズ独特のとろりとした食感がたまりません」


 共感すると、チーズ大好き魔族は満点の星空が如き笑みで饒舌になった。


「そうなんですそうなんです。ナイフを入れてとろりと流れ出すチーズは食欲をそそりますよね。子供たちがいるのでお酒は飲まないんですけど、それでもシチューに入れたりお肉にかけたり。野菜やバゲットにも最高に合うんです。でも先日、すみれさんから教わった魚のスープにチーズを入れてみたんですけどイマイチでした。なぜなんでしょう?」


 なんてことしてんだこの人!

 ラクシュミーちゃんがじっとりとした目で見てるんですけど。

 すみれから教えてもらった、魚のアラからとった澄まし汁はラクシュミーちゃんのお気に入りの料理。手伝ってもらいながらも、初めて1人で作った思い出のレシピ。

 それをなんと、尊敬する義姉がチーズで穢してしまったのだからさぁたいへん。しばらく不機嫌に頬を膨らませてむっすりといじけたそうな。


 彼女の疑問が晴れないと、試行錯誤してチーズの暴力を振りかざしかねない。

 ここはすみれを召喚だ。彼女ならなんとかしてくれるに違いない。


「それはですねー、澄まし汁が液体に対して、チーズが個体だからかもしれません」

「でもシチューは液体ですよね?」

「シチュー自体は液体ですが、シチューにはお野菜やお肉がたくさん入っています。でも澄まし汁は基本的にスープと臭み抜きの香草のみです。チーズって、お肉とか野菜とか焼き魚とかには抜群に合いますよね。シチューはスープだけの料理ではありませんから」


 料理の話しと聞いて、涼みがてらルクスアキナさんもやってきた。


「それと食の文化圏があまりに違いすぎるからって理由もあるかもしれないね。味の成分が似通りすぎて味が喧嘩しちゃったりとか。でも色々とチャレンジするのは大切だと思う。思いがけない発見ってあるからね。あ、でも他人は巻き込んじゃダメ。まずは自分で試してみて、それからみんなにふるまってあげましょう」


 投げる言葉はこれくらいで十分かな。そう思って呼吸を出し切り、すぐに子供たちの懇願するような視線に気づいた居酒屋の女将は、無理やり息を吸って言葉をつなげた。


「そ、それから、客観的に味がわかるようでないと、それが本当においしいかどうかが判断できなくなる。だから、普段からバランスのよい食事を心がけることも大切だね。特に偏食はよくないよね。偏食は、ね?」


 同調してくれそうなメアリさんに視線を飛ばす。音速で!


「そうですね。お肉、お魚、お野菜に穀物や果物などなど、バランスのよい食生活こそ、よい日々を送るために必要なことですね」

「なるほど、バランスですね。お肉+チーズ、お魚+チーズ、お野菜+チーズ、穀物+チーズ、果物+チーズ。まさにバランスのよい食生活!」

「「「「「なにが?」」」」」


 ダメだこの人。

 もう何を言ってもダメだ。

 エリストリアさんにチーズの話題を振ったのは間違いだった。

 子供たちよ、そんな顔をしないでおくれ。今度なにかお詫びの品を持っていくから。


 話題をぶった切りたい。そんな願いが星に届いたのか、回転扉から現れた紫の号令のおかげでエリストリアさんが静かになった。ナイスファインプレー。


「温泉卵に熱燗の用意ができたぜ。今日は満月、天の川。さぁさ一献、ぐぃっといきましょうや!」


 祭囃子の裏で子供たちがぶーぶーとクラクションを鳴らす。子供たちはお酒が飲めないのに大人ばっかりずるい。

 子供たちにももっといい思いをさせるべきだ。文句を放ってすぐ、ルクスアキナさんへ駆け寄って魔法をかけておくれと恋焦がれる。

 さっきみたいにぽっぽっぽってやってみて。

 私もハティお姉ちゃんと同じものが飲んでみたい。

 期待に胸を膨らませ、お酒の魔女に抱き着いた。

 これは困ったとルクスアキナさん。温泉卵をフランベするわけにもいかない。


「う~ん……魔法は種切れなんだよね。フルーツ牛乳って残ってる?」


 紫に助け舟を出して、船頭はどんと胸を叩く。


「もちろんだとも。まぁそう騒ぎなさんなって。あとでお姉さんからおいし~~~~ぃジュースを飲ませてあげるよ。冷たくって甘くっておいしい飲み物さ (紫)」

「ふるーつ……くだもののぎゅうにゅう? (ラクシュミー)」

「冷たくて甘くておいしいのですか? (シシリア)」

「お酒は飲めないの? 甘くてとろとろのやつ (クレア)」

「あたしはそれよりお酒が飲んでみたいーっ! (ニノニン)」

「温泉卵。ぷるぷるしててかわいい。早く食べよう! (リーナ)」

「冷たくて甘い (孕子)」

「おいしい飲み物! (孕伽)」

「ミルクセーキもありますよね? (ヤヤ)」

「もちろんあるよ。みんなに1杯分くらいは残ってるはず (紫)」

「やったぁ~♪ 卵を使ったジュースだよ♪ (キキ)」

「卵を使ったジュース? 卵味の飲み……物……? (リーナ)」

「これも冷たくて甘くておいしいんだよ。あとでみんなで飲もうっ! (キキ)」

「「「「「ぃぃぃぃぃいえすっ!」」」」」


 息を吹き返した子供たちは、お酒よりおいしいジュースと聞いて大騒ぎ。

 ついでに大人たちが飲んだらたいへんなことになる、と方便を使って子供たちの自尊心を高めた。のちにこの発言が蛇足になるとも知らずに。


     ♪     ♪     ♪


 露天風呂2階・月灯乃間。

 ちょっとした体育館並みの広さの広間に畳が敷き詰められている。開き戸を全開にすると、初夏の空気と涼しげな風が全身を吹き抜けた。

 見上げれば満点の星空。

 東はテラス席。

 月明りを全身に浴びると、火照った体が少しずつ静かになっていく。油断するとこのまま夢の中へ向かってしまいそうだ。意識を保つために話しを切り出そう。

 そうだ、未来の話しをしよう。


「明日は暁さんの刀打ち見学ですね。楽しみですね~。刀打ちなんてあたしたちの世界じゃ見られるもんじゃないですよ。門外不出の技術ですからね。朝ごはんも楽しみですね」


 ルクスアキナさんが作る朝ごはんを想像して、隣に座るアルマがテンション上げ上げ。


「ルクスさんの料理は絶品ですからね。小料理もお好み焼きも最高です。今日の特製アイスも最高でした。期待に胸が膨らみます」

「って言っても、本当にいいの? せっかく旅行に来たのに、一般的な家庭料理の、それも朝食が食べたいだなんて」


 それは温泉卵を食べたおり、明日の朝ごはんの話しに飛躍した時の話し。

 暁さんの刀打ちは朝が早い。彼女は日の出よりも早く目覚め、早朝の静謐な空気の中で身を清め、竈門の神様に相対する。午前7時には神事に入る。それまでに我々は工房のあるドラゴンテイルの工房に行かなくてはならない。

 そうなると必然、朝食を食べる暇がない。

 ギルドの食堂もこの日の朝は戸が開かない。みな誰もが暁さんの刀打ちを見たいと、体感したいと考えるからだ。明日は千載一遇の機会。これを逃す手はない。つまり朝食を作る人間もギルドにいなくなる。


 ならば空腹はどう満たす?

 暁さんの刀打ちは神事でありお祭り。工房の周囲には屋台が出る。通常、だいたいの人々はそこで朝食を済ませることになる。

 大勢の人の波の中で摂る食事というのも祭りの醍醐味。しかし、あまりに人が多いのも困りもの。であれば、自分の店に来ないか。事前に予約をしてくれるなら、希望のものを揃えてくれるという。


 基本的になんでも作れるルクスアキナさん。異世界に転移できる彼女は当然、異世界の料理も習得済み。なんでもござれと意気込んで、ライラさんのひと言に驚いた。


『メリアローザの一般的な朝食が食べてみたい』


 なるほど、旅行になるとおしゃれな料理や伝統的な料理を食べる傾向にある。逆に言うと、そこに住む人が食べる一般的な料理というものとは程遠い。

 だからこそ、日常でも、非日常でも食べられない、そこに住む人々の日常を体験したいというわけだ。

 我々も大いに賛成。しかし料理人としてのルクスアキナさんは難しい顔をした。ので、ライラさんはルクスアキナさんに朝食を所望した理由を話す。


「いやぁ~、キキとヤヤがだな、友達の家で食べさせてくれる朝ごはんがちょ~おいしいって言うからさ。めっちゃ気になっちゃって。どんなもんなのかな、って」

「友達の家、ってことはしじまちゃんの家で食べるご飯?」


 ライラさんに抱かれて股の間に座るキキちゃんの眠気が覚める。


「きのこの炊き込みご飯とお味噌汁がちょ~おいしい。ギルドの食堂もいいんだけど、囲炉裏を囲ってのご飯もいいんだよねぇ~。あっ、豚汁も好き!」

「ぐぬぬ……うちは居酒屋だから囲炉裏はないんだけど。それに南側のドラゴンテイルと北方の胡蝶の夢では食性がちょっと違うんだよね。どうしよう」


 どうやらキキちゃんの友達のしじまちゃんは北部に住んでるらしい。

 環境が違うと食性が違うからな。

 キキちゃんが楽しそうにすると、すみれも楽しそうに朝食の話題に食いついた。


「ルクスアキナさんが普段食べる朝食を体験してみたいです。普通でいいんです。普通がいいんですっ!」

「普通ってなると、玄米に浅漬け、魚の塩焼きにお味噌汁。あっ、はまぐりを仕入れたから澄まし汁にしようと思ってたんだった」

「聞くだけでよだれが出ちゃいじゅるり」


 すみれの瞳の輝きがすさまじい!


「全然わからんかったんだが、すみれがそう言うんだったらそうなんだな」


 ライラさんは夜風にあたって星を眺めてぽつり呟く。


「それよりいいのか? あまりに突然な申し出なんだが」


 シェリーさんがルクスアキナさんに問う。


「それは全然かまいませんよ。多めに作ればいいだけですから。それよりも、みなさんには素敵な思い出を作って帰っていただきたいのです。そのお手伝いができるのであれば、望外の喜びです♪」


 本当にめっちゃいい人だなぁ。

 グリムさんにしてもソフィアさんにしても、なんて出来た女性たちなんだ。親の顔が見てみたい。

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