異世界旅行1-1 驚天動地に咲くは薔薇 20
お祭りを楽しんだ我々一行は素敵な1日を締めくくるため、最後の観光地へ赴いた。
日輪館の離れに建設された露天風呂。
星を見ながらの露天風呂。
月見酒と露天風呂。
なんという至福。
なんという解放感。
なんだけど、他人とお風呂に、しかも裸で湯舟に浸かるだなんて文化のない人がほとんど。すみれの家で露天風呂風のお風呂に入ったことはあるものの、あれはあくまで天井にマジックミラーの付いてる屋内露天風呂。
対してここは野外の露天風呂。解放感がすごい。それ以上に文化の違いに驚いた。見知らぬ人と一緒に裸で風呂に入るなんてどうかしてるぜ!
服を脱いだはいいものの、脱衣所から出られない情けない大人たちを尻目に、子供たちはおおはしゃぎで走り出す。当然、素っ裸で。
「シャングリラの子供たちって抵抗ないんですか?」
エリストリアさんに聞くと、驚きの返答が返ってきた。
「シャングリラのお風呂もここと同じで露天風呂なんです。なので特に抵抗はありません。みなさんは違うんですか?」
「シャワーかスチームバスだ。湯舟にお湯を張るなんてことは滅多にしない」
ライラさんの生活水準ですら体験しない光景。そうなると、すみれのシェアハウスってかなりレベル高いな。分かってはいたが。
異世界渡航組で誰か先陣を切るものはいないか。そうだ、アナスタシアさんは露天風呂に興味津々のはず。と思ったら、倭国文化大好きなアナスタシアさんもたじたじ。
「これが露天風呂。倭国の旅行雑誌で必ず見るおすすめポイントの1つ。だけど、やっぱり、裸で入らなきゃだめ? 水着は持ってきたんだけど」
ちまちましてる姿に業を煮やした番頭の怒声が響き渡る。
「馬鹿かあんたは。風呂で水着とか意味わからん。水着を着るなら海にい乳でけえええぇぇぇぇぇぇぇッ!」
「おいこら紫。アナスタシアさんは年上だぞ。敬語を使え。敬語を」
アルマの友達らしい。アルマの友達らしく、濃い色合いの性格してる。
「ふざっけんな。風呂の作法も知らんやつに敬語なんて使う気にならねぇな。いいからとっとと入りやがれ。あとがつかえてんだからよ。何を食ったらそんなにでかくなるんだよッ!」
巨乳に興味ありすぎるご様子。それはあたしも聞いてみてぇので、もっと問い詰めてくれ!
でかいメロンを見つめながら、なぜか彼女も服を脱ぐ。この子、たしか番頭にいなかったっけ?
すかさずアルマがつっこんだ。
「なんでお前も脱いでんだ。仕事中だろ」
「あたいはねぇ、風呂に入るのも仕事のうちなんでい!」
「それこそふざけんな」
やっぱり仕事中だったらしい。自由な社風のようだ。
「アルマがため口ってことは、お友達?」
「アルマが同い年の子としゃべってんのってなんか新鮮だよね。いっつも年上に囲まれてる印象あるからさ」
ローザもあたしと同意見。同い年かそれ以下ってなると、キキちゃんやライラックと一緒にいる時くらいしか見ない気がする。
「そうですか? そうかもしれませんね。それから桜。アルマの友人にいらんことしたら殺すから」
鼻血を出しながら右に左にわくわくする桜の姿があった。
危険を感じたアルマに注意されて、桜がまさかの逆ギレ。
「貧乳は黙ってろッ!」
「こいつ絞め殺していいっすよ!」
いや、すでにアルマが桜の首を手ぬぐいで絞めてるんだけど。あと、怖いから笑顔でそういうこと言うのやめて。マジで。
たしか桜って巨乳好きのレズっ子なんだったっけ。後夜祭の時も酔っぱらって暁さんの手刀で昏倒させられてたな。
アルカンレティアで合流した時も、ライラさんやハティさんの胸を眺めて鼻血を出したな。
根はいい子なんだろうけど、注意しなければ。
嗚呼、あたしは大丈夫か。胸、無いしねーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。
すみれに手を引かれて湯気の世界へ。
周囲は高い竹の柵で囲まれ、床は石畳。露天風呂は大理石でできている。
さすがギルド直営の露天風呂。趣のある素材のオンパレード。しかもこの大理石。よく見たら三葉虫とかアンモナイトの化石が埋まってる。これってめちゃくちゃレアなのでは?
レアと言えばアルマの髪。常にツインテールの彼女もお風呂となればストレート。この機にしっかりと目に焼き付けておきましょう。あとで写真も撮らせてもらおう。
やっぱりストレートもめっちゃ似合ってんなぁ。無性に三つ編みにしたい。
「なるほど。留学先でも相変わらずツインテールなのか。女子力低いなぁ」
「うるさいわい」
紫の物言いが恐ろしく歯に衣着せぬ。
こういうやりとりを見ると、アルマも子供なんだって感じるなぁ。ちょっとほっこりする。
よし、この気に乗じて髪をいじらせていただこう。
「あとでアルマの髪で遊ばせて。三つ編みにしてみたい。どうしても!」
「ぬぬぅ~~~…………ペーシェさんの魔法を見せていただけるなら」
くっ、そうきたか。
「私の魔法も見せてあげるから、ポニテ、シニヨン、ハーフアップとか色々いじくりまわさせてほしい!」
「ぐぬぬぅ~~~~…………まぁそのくらいなら」
ライラさんも全力投球。
「あたいはアルマのちょんまげが見たいなぁ~」
「アルマは紫の丸坊主が見たい」
どっちもひでぇ要求するなぁ。それだけ2人の仲が親密だという裏返しだろう。
くすりと笑い、アルマの髪を洗った紫は温泉卵部屋へと出かけていった。
暮れない太陽の露天風呂では温泉卵と熱燗が楽しめるサービスを用意している。
ちゅるりと楽しめる半熟卵に辛口の熱燗。この取り合わせが最高なのだとか。それも温泉に入り、星を見ながらの月見酒。なるほどこれはたまりませんな。
「シェアハウスの露天風呂もいいけど、やっぱり大人数で入れて、しかも夜空が見られる解放感のある天然露天風呂は最高だね。まるで夢みたい♪」
湯船に肩までつかって星を眺めるすみれのリラックスした表情マジフェアリー!
すみれの隣にルクスアキナさんがやってきた。お酒の魔女はほろ酔い気分で空を眺める。
「気に入ったみたいでよかった。温泉卵に月見酒。満点の星空の下で気の置けない仲間との乾杯は格別ね。それに、お風呂上りにも楽しみはあるわ。アルマちゃんのお友達の紫ちゃんは鍼灸マッサージに整骨マッサージもできるのよ。腕がいいって評判なんだから」
ルクスアキナさんもご満悦。ただ申し訳ないが、湯船に浮かぶでけぇ浮袋にしか目がいかねぇ。
「鍼灸って言うと、体に針を刺すやつですよね?」
アナスタシアさんは倭国っぽいことにはなんでも食いつく。
ここは倭国ではないが、似た食材や文化が多い。ただ申し訳ないが、湯船に浮かぶでけぇ浮袋にしか目がいかねぇ。
「体じゃなくて背中ね。ここ、大事なところだから気を付けて」
ルクスアキナさんの忠告通り、体中に針を刺されたらショックで死んでしまいそうだ。背中でもかなりショッキングですけど。
しかしすごい。紫はあたしと1つしか違わないのに手に職があるうえ、腕がいいというのだから食うに困らん。
健康系の技術職って習得難易度が高い。だけど身につけられれば一生もんだからなぁ。
1つ下といえばアルマもそう。魔法に関する知識と経験が半端ではない。ずっと疑問に思っていた回答がここにあった。冒険者として最前線でダンジョンに挑んでいたのだ。そりゃ実務経験豊富になるわな。
そんな彼女を見て負けず嫌いな紫は、自分の好きなことでアルマに追いつこうと努力している。
彼女の好きなものは温泉。仕事中に客に交じって温泉に肩を浸けるくらいの好き者。その延長線として、お風呂上りのマッサージを提供するために太郎という人物に弟子入りをしたそうな。
異世界でも同じく、好きが原動力になると計り知れないパワーとエネルギーを発揮する。彼女はメキメキと腕を上げて、大人顔負けの仕事をするようになった。
ちなみに、あくまで紫が提供するサービスなので、施術費用は全て彼女のポケットマネーに入るらしい。がっつり稼いでんなぁ。
桜もアルマと同期で超が7つはつく実力者。前衛・中衛・索敵・奇襲・諜報活動などなど、チーム戦で欲しい手札を一通り揃えるオールラウンダー。
基本的にソロプレイヤーらしいけど、最近はチームプレーを覚えてメリアローザに貢献しようと努力している。
それを聞いたシェリーさん。当然の質問と同時にベルン騎士団に引き抜けないかと策謀を巡らせた。
「それだけできることが多いのに、どうして今までソロだったんだ? チームのほうができることが多そうだが」
質問に答えながら、彼女は顔を真っ赤にして視線をきょろきょろとさせる。
アルカンレティアのバーでお酒を飲んだからか、それとものぼせたのか。
否、桜の理性はシェリーさんの顔を見ようと努力し、本能はふくよかな胸を覗き見ようと努力した。
桜はできれば大きな胸に顔を埋めたいと願う。それをしないのは彼女たちがアルマの親友であり、暁さんの友人だからだ。
断続的な深呼吸で心を落ち着かせ、なんとか声を絞り出す。
「私はせっかちな性格でして、なかなか他人と歩幅を合わせるのが難しいんです。それではいけないとわかってはいるのですが、獲物の隙を見つけると脊髄反射的に襲ってしまうんです」
「脊髄反射的に襲うのか。見た目によらず好戦的なんだな」
保守的なシェリーさんと違い、攻撃的なライラさんは大絶賛。
「私は好きだけどな。アルマがグレンツェンに留学したんだから、桜はベルンに留学に来ないか?」
誘われ、桜が答えるより先にアルマが割って入る。
「ダメですよー。桜がベルンに行ったらメリアローザの名前に泥がついて錆びついて取れなくなっちゃいますよー」
普通にひどいこと言うなぁ。
言われ、桜はいつものこととして涼しい顔でアルマの暴言をスルーした。
「お誘いはありがたいのですが、ここでやりたいことがありますので。しかし魔剣や戦闘系のマジックアイテムの扱いには自信があります。その際はぜひともご用命ください」
胸をガン見されて恥ずかしくなって気にするシェリーさん。
シェリーさんの意志を汲んでスカウトしようとする抜け目ないライラさん。
親しい仲に礼儀がないアルマ。
丁重に断りながらも仕事の伝手を取り付けるクレバーな桜。
なんだかんだ言われておきながら、否定すべきところを全然否定しない桜。
ベルンに行ったら欲望のままに暴れないか心配だ。この子、我が父には会わせられない。女の子好きな男が女の子好きな女の子を侍らせて、『ベルンを紹介してあげたいから一緒にお茶でもどうだろうか』なんて言って女の子に声を掛けまくりそうな未来が透けて見える。




