しゃぼんのように世は儚くも 2
青天の霹靂とはこのことか。仁王立ちする羅刹を前に、先ほどまで暴れていた小鬼は小さくなる。
さて、説教タイムのはじまりはじまり。
「まず魔術師試験を受験したネーデイア・アーザン。知識だけは申し分ないが魔力量も練度も並み。それは三千里譲っていいとして、チームでの演習は始終見せてもらったぞ。ディスカッションの際は必ず否定から入っていたな。あれでは話しが進まないし不満しか残らないだろうが。色々と言ってやりたいことはあるがまずはそこだ。自分のロジックを認めさせようとするがあまり、相手の言葉を蔑ろにしている。あまりにも自分本位だ。それでは誰もついては来ない。お前は誰も助けない。誰もお前を助けない。まずは相手の心を尊重しろ。他者の感情を尊重せよ。いいか、肝に銘じておけ。お前もだイッシュ・ヴェラン。体力と魔力の扱いには少しばかり目を見張るものがあるようだが、それだけだ。筆記も演習も論外。特に演習は酷かったな。オレオレが過ぎて突っ走るばかり。仲間の提案も聞くだけ聞いて最初から受け入れるつもりなんてない態度。音は耳に入っているが言葉は脳に入っていないじゃないか。自分だけしか見えてない。仲間を見ようとしていない。そんな調子じゃ、敵に殺されるよりも先に、後ろに続く仲間に踏み殺されるのがオチだ。もっと視野を広げろ。きちんと仲間を思いやれ。いいか分かったなッ!」
さすがの高飛車クソ野郎のネーディアもぐったりと頭を垂れて肩を落とす。
オラオラ系蛮勇野郎も涙を浮かべて地に伏した。
シェリー・グランデ・フルール。愛らしい花の意を持つ名前とは似ても似つかぬ檄が腹に響く。ガス抜きをするように大きな勢いのあるため息をついて、最後に2人の頭をぽんと叩いた。
今言った部分を正し、謙虚に成長すれば、将来、素晴らしい騎士団員、そして宮廷魔導士になれるだろうと言葉を添える。
ボコボコにへこましたあとのフォローを忘れないあたり、さすが騎士団長というべきか。
あっけにとられる我々を置き去りにして、何事もなかったかのように自己紹介を行った。その物腰は優雅であり自信に満ちた声色をしている。
初めから堂々としてくれればいいのに。そのことばかりが気になって仕方がない。
「これが例のしゃぼん玉か。受け皿の底に強度強化の魔法陣。そっちの小物は飛行の起動と、しゃぼん玉を操作をするための魔法道具?」
不可視の魔法を使ってたことなど忘れてナチュラルに参加し始めた。
「あ、はい、そうです。とりあえずで作ってるだけなので、これはそこらへんの石に魔術回路を刻んでます。本番ではもっとしっかりしたものを用意する予定です。ところで、いくつか質問をしてもいいですか?」
「ん、なんでもどうぞ」
なんでも。
本当になんでも質問していいのだろうか。
アルマの質問の内容によっては、赤面必至ではないだろうか。
「えーっと、あぁ、質問の前に謝っておきたいことがありまして。はじめは不審者かと思って警戒してました。申し訳ございません」
言葉を理解するために沈黙。からの赤面。
「……………………ッ!? え、はっ、うそ!? バレてたの? もしかして会話も丸聞こえだったんじゃ」
「…………はい」
小さく肯定すると怒りとは違う理由で赤面し、悶絶する乙女の姿が現れる。
感情の起伏が激しいなぁ。切り替えが早いようだけど、周囲の人は苦労してそうだなぁ。
今後に告白するタイミングがやってこないだろうことを見越してヤヤちゃんも見えていたと伝えると、崩れ落ちるように地に落ちて、またも大きなため息をついたのちに懺悔が始まった。
「あんまり目立ちたくなくて、こっそりやってきました」
懺悔するのはいいんですけど、年下に敬語を使われると困惑するのでタメ口でお願いしたい。
ヤヤちゃんは教誨師さながらの落ち着きようでシェリーさんの懺悔を聞き入れる。
「なるほど。立場上、街を歩けば黄色い声が絶えない。だから隠れてグレンツェンにやってきたと言うわけですね。くわえて、1人では不安だからご友人も一緒に来られたと。でもそれだったら、むしろ堂々と来られるべきだったと思います。騎士団長様がご参加されるという貴重な機会に巡り会うよりもびっくりしてしまいますし、あちらの木に隠れて、こちらの様子を伺ってる人たちにも迷惑をかけてしまうでしょうから」
「あっちの木に隠れて…………ッ!」
「あら~、お久しぶりです~」
現れ出でたるはグレンツェン市長、ヘラ・グレンツェン・ヴォーヴェライト。
街中に張り巡らされている警備システムに引っかかった不審者の2人を感知し、様子がおかしいと通知を受けたヘラさんが直々に確認しに来たのだ。
本来であれば警備室に常駐している担当者が対応するのだが、感知した人物が人物だけにそれ相応の戦力の確保が必要と判断されたからだ。
これはあまり知られてないことのひとつ。ヘラさんは魔法・近接戦闘において極めて高い戦闘能力を保持している。治癒魔法も扱え、直接龍脈から高密度の魔力を汲み上げることのできる術も持ってるのだ。
嘘か誠か、20年ほど前の魔王軍との戦争にも参加していて、指先から放出するビームで敵の軍勢を薙ぎ払ったとか、枝分かれするビームで敵の脳天を正確に撃ち抜いただとか言われている。
情報の出所は分からないがそんな噂を耳にした。
「も~ぅ。だから堂々として入ったほうがいいって言ったのに」
でも最終的にハンヤさんも折れたんですよね?
「まさか不可視化の魔法をこんなにあっさり破られるとは」
魔法って性格が出るんですよね。そっち系の魔法が苦手ということは、隠し事とか得意じゃないタイプ。それはそれで好感が持てる。
だけど、ヘラさんは看過できない。
「いや、もうそんなのどうでもいいんだけど。とりあえず隠れて街に入ってくるのはやめてよね。びっくりしちゃうから。たまたま貴女が捨て垢を使ってアルマちゃんの企画に参加したのを知ってたからいいものの。でなかったら警棒を持った人たちが取調室に連れて行ってたところなんだから」
「すみません。以後気をつけま…………なぜ捨て垢って分かったんですか?」
「登録してる電話番号が同じなんだもん。あぁちなみになんだけど、フラワーフェスティバルの運営者の一部は、本人が非公開にしているアカウントの情報も閲覧できます。もちろんセキュリティの観点からね」
やんわりとお説教を受けてしょんぼりするシェリーさん。
ぱん、と手を叩いてヘラさんは仕事に戻るのかと思ったら、息抜きと称してアルマの頑張るところを眺めると言ってとどまった。
そうだよねぇ。
息抜きは必要ですよねぇ。
ヘラさんみたいな言動をする人が頭によぎる。暁さんだ。
あの人も事務仕事で肩が疲れたと言っては子供たちと遊んでたなぁ。肩が疲れてるはずなのに。高い高いなんてしちゃって。
まぁ、いいアイデアっていうのはリラックスしてる時に浮かぶって言うし、根の詰めすぎもよくないし、経験豊富な人から知見を得られるのはアルマたちにとっても僥倖である。
シューティングスターレース元世界チャンピオンにグレンツェン市長。ベルン王国騎士団長の3人が顔を合わせるだなんて奇跡的としか考えられない。この調子で空中散歩を完成させることができれば万々歳だ。早く終わらせて魔法についてご教授願いたいところ。
おっといけない、目標が変わってしまってるじゃないか。
まずは進捗報告だ。
「とまぁこんな感じで、しゃぼん玉に強度強化の魔法をかけて、中に入った人に飛行を使ってもらうことになります」
「なるほど。それなら確かにしゃぼん玉で浮かんでいるような感覚を味わえるわね。でもそうね、否定するわけじゃないんだけど、それだとガラス玉や、それこそ箒で乗ってるのと同じじゃない?」
「う…………さすがハンヤさんです。そうなんです。これではただの乗り物。しゃぼん玉のふわふわ感というか、ふよふよ感がいまいち出せないんです。一応、乗ってるとしゃぼん玉のふにふに感は直に味わえます。しかしいくら強度強化の魔法をかけても強く爪を立てると壊れます。なんというか、浮遊感はあまり感じられませんし、安全対策の部分もまだまだ考える余地があります」
とりあえず、まずは実演して実物を見てみようということで、さっそくというかさっきからキキちゃんがスタンバイ済み。
容器の中に入ってじっとこちらを見つめている。
なんてキラキラした眼差しなのか。焼け焦げてしまいそうだ。
魔術回路を刻んだ小石を持たせてふり輪を振り抜くと、彼女を包んだしゃぼん玉は上空に押し出す推進力が働いて空中に浮きあがる。そこからは操縦者の思うままに動かしてもらうことになった。
何かに当たって壊れて落ちてしまってはいけないので、あまり高いところにはいかないようにして浮遊している。
大人たちは感嘆の声を上げてアルマのことを褒めてくれてはいる。くれてはいるが、自分の中ではまだまだ納得のいかない領域。
ほらさっそくキキちゃんがぐるんぐるん回り始めた。本人の意志でやってるならともかく、滑って転ぶ人もでるだろう。そうなると目を回して気分を悪くする人が出るかもしれない。尖った持ち物が刺さって壊れるかもしれない。
それではいけないのだ。
ぐぬぅ…………。
歯ぎしりをこさえてがっくりと首を垂れると、大人たちはできる子供と思って褒めてくれる。アルマの胸にできた大人の言葉が刺さる。
子供ながらに素直に受け取っておく。心の内では、これじゃダメなんだよと自分に悪態をついた。
たしかによくできてるかもしれない。
空気感は出ている。しゃぼん玉に乗って空中散歩はできる。
しかし、なんというか、しゃぼん玉感が出てないのだ。ハンヤさんの言う通り、これだったらしゃぼん玉じゃなくてもいい。乗ってるだけなんだから。
ため息を振り切って踵をかえすと、童心に帰りたい大人の2人が子供よりも先にたらいの前に並んで待っていた。
めっちゃわくわくしてこっちを見てる。
予想はしていた。童心を取り戻したい大人にも刺さるんだろうなぁと思ってた。しかし露骨にぶっ刺さると、これはこれでひく。
ハンヤさんに諭されて大きな子供の前に小さな子供を並ばせた。でもしっかり自分も並んでる。大きな大人にもちゃんとぶっ刺さったようだ。
1人、また1人、体を空中に放り出してみると、みな楽しそうに低空飛行の散歩を楽しんだ。
その笑顔を見ると大人たちが褒めてくれたように、これでいいのかなと錯覚してしまう自分がいた。まだ納得いかない部分があるけれど、これはこれで1つの着地点かもしれない。
妥協。
いや、まだ日にちはある。
妥協点ではあるがまだ先にいけるはず。
改善の余地があるのなら突き進むのがアルマ道。
妥協を許容するのは必要なこと。だけど、時間の許す限り努力しないでなんとするか。
子供たちの影が遠のき、次は大の大人の番。大きければ大きいほど魔力を使う。とはいえ、そこはしゃぼん玉。見積もりでは殆ど魔力の使用量に差異はないはず。
しかしさすがに塵も積もればなんとやら。3日間をアルマ1人で乗り切るのは難しい。本番で誰かアルバイトを雇わなければヤバいかもしれない。
考え事をしながら3人の大人たちを空に持ち上げた。体重によっては持ち上げたあと、一瞬だけ落下はするが、術者の意志で地上との距離を維持できる。
地面からの距離はおよそ1mといった高さを浮きながら進み、時折吹く風に押されて自由に浮かんでは沈み、進んでは右に左に揺れた。
これはこれで完成してるのは間違いない。
しかしなんというか、残念ながら理想とは遠い。もっと高く、それこそ陽の落ちる地平線が見えるほど上空に行けるレベルを想像してたのだ。
簡単に実現できれば苦労はないのは分かってるけど、少し悔しい。
いやめっちゃ悔しい!




