異世界旅行1-1 驚天動地に咲くは薔薇 18
お祭りの喧騒を抜けて静寂を楽しむ東側エリアへ移動中。話題は星空とネイサン親子に分かれる。医療術者のローザとヘラさんがアルマに食いついた。
当然だ。見ただけで癌の有無を目視できる人間など貴重すぎる。早期発見が望ましいとされるものの、症状が出てからやっと発見されるだなんて珍しくない。
自分は大丈夫だと思いたい人間の心理。専用の道具でないと見つけられないというハードルの高さ。それにかかる費用と時間。それらをまとめて圧縮できる。あまりにも優秀すぎる能力だ。
きっと異世界間交流が始まったなら、彼女たちによる癌狩りが行われるだろう。
自分で言っといて思うが、『癌狩り』ってなんだ。響きが怖い。
ネイサン氏の職業は癌専門の外科医。というのも、彼女は悪性腫瘍の黒くてぷるぷるした姿に興奮を覚える超ど変態。それを見るためだけに外科医になったという。恐るべき変態。
「噂によると、悪者をやっつけた感にも似た興奮を覚えるらしいですよ。それからぷにぷにするものも好きらしくて、秋になったら紅葉狩りに出かけて、手作りのお饅頭を作るのも趣味だそうです。旦那さん曰く、ぷにぷにつつくばっかりで全然食べようとしないから困るそうです (アルマ)」
「ぷにぷにするものって触ってて気持ちいいもんね。ちょっとかわいいかも (ローザ)」
「秋の味覚も堪能したいです。ことあるごとにメリアローザに連れてきてもらっていい?(シルヴァ)」
「その時はぜひ、わたしも一緒にっ! (ローザ)」
「それもいいけど、自分でワープできるように努力しないとね (ヘラ)」
「正論ですが、なかなか現実は厳しいかと (アルマ)」
「死ぬ気で頑張るわ。ところで、ペーシェはなにをしてるの? 空き巣? (ローザ)」
「人聞きの悪いことを言うなっ! そもそも建物の中に入ってないだろうが (ペーシェ)」
「いや、空き巣ってターゲットの家を下見するっていうし (ローザ)」
このクソアマめ。あたしをなんだと思ってやがる。
そう叫ぶと『腹黒女』と答えが返ってきた。だからあたしは『ただ腹が黒いだけの女は空き巣なんかしねぇよ』と叫んでやった。それで納得してくれたのでよしとしよう。
あたしは単に廃墟の中を覗いてただけだよ。これはアレだよ。アルマが考案したクリスタルパレスを使ったアトラクションのネタ探し。なんかいいアイデアが落っこちてないか見つけて回ってんの。
言い訳すると、アルマが嬉しいような困ったような顔をした。ひとつ短いため息をついて注意事項を教えてくれる。
「腹黒なのは認めるんですね。そろそろ東側エリアです。こっちは静かにお星さまを楽しむ場所なので」
つまりここからお口チャックというわけですな。
すると大声に反応した腕章持ちの少女が現れた。
「なんか大きな声が、って、アルマじゃん。こっちに戻ってきてたんだ」
肩に青色の腕章。たしかあれはお祭りの見回り役の人。
やっべ。大声を出したから目を付けられるかも。さいあく、エリア内への進入を拒否されたりとか。それは困る。みんなに迷惑はかけられない。ここはなんとかして、アルマにごまかしてもらわなくては。
近づいてきた声の主の輪郭がはっきりするにつれて、彼女のファッションセンスを疑わざるをえなかった。
猫耳フードはともかくとして、悩殺セーターに水着とサンダル。ここは上空1km地点ですよ。海水浴なら海に行ったほうがいいのでは?
「紹介します。彼女はヘレナ・ヴァイツェンさん。その隣の赤毛の人はエレニツィカ・カルメンさん。ヘレナさんはお祭りの主催者なんです。浮遊要塞を催し物として使おうと提案したのも彼女なんですよ」
「いや、たしかに提案したけどさ、その主催者ってのはやめて。恥ずかしいから」
「えっ、でも事実ですよね。今回の総責任者はヘレナさんって聞いてますけど」
お祭りの総責任者?
マジで?
あたしたちと大して歳も変わらないのに?
ことの発端は今年、ひょんなことから冬に行われる雪祭りを担当してみないかという話しになった。であるならば、今からお祭りの運営のあれこれを勉強していて損はない。ということで、諸々の先輩方にフォローをしてもらいながら、鋭意努力中というわけだそう。
この年でそんな大役を買って出ようというのも凄い。それ以上に、そんな大役を任せられるような信頼があることも特筆すべきだ。ギルドでもかわいがられてるに違いない。
すごい真面目そうな性格をしてそうだしな。
なんか雰囲気がエマっぽいな。髪型もちょっと似てるかも。ファッションセンスは正反対だけど。そもそも普段着で悩殺セーターって。これがメリアローザでは一般的なのか。悔しいことに胸もけっこうある。ボディラインも綺麗だ。
星空のおかげで明るい夜とはいえ、この時間でそんな露出の高い服を着てたら危ないのでは?
疑問に思ったのですぐ言葉にしてみた。
「わ、私は体質的に、露出の高い服じゃないと息苦しくて、選択肢が少ないっていうか、好きでこういう服を選んでるわけじゃないんだからね」
赤面して視線をそらす。そういうピュアなところも男心をくすぐるんですよ。天然でやってんの?
どんだけかわいいんだよ。ちくしょうめが!
補足するように、親友のエレニツィカが猫耳フードに指をさす。
「こいつは体内に魔力を溜めておけない体質なんだよ。珍しいだろ?」
「体内に魔力を溜めておけない体質? そんな人は初めて聞いたわ」
ヘラさんも初耳の体質。よっぽど珍しいのか。異世界特有の体質なのか。どっちにしても苦労しそうな体質っぽいな。
さらに補足と、アルマがヘレナのファッション事情を説明する。
「通常、生物は体内に魔力を保有しているものです。でもヘレナさんは魔力を体内に留めておくことができないので、常に肌を空気に、つまり大気中のマナに体を触れさせておかないと、魔力的な窒息に陥るんです」
「なるほど。それでそんなセクシーな服装なのね」
セクシーな服装に抵抗のないローザは興味津々。
対してヘレナは赤面必死。
「セクシーっていうのはやめてほしいな。私もみんなみたいにおしゃれしたいし」
しかし、とアルマが言葉を返す。
「そんな体質だから魔法は使えません。魔力を留めておけないということは、魔力を扱うことができないということですからね。でもでも、ヘレナさんには超能力があります。そしてそのエネルギーは環境に依存します。大気中のマナの量と質によって出力が変わってくるのですが、それらが高水準だった場合、並みの魔術師なんかよりもよっぽど強いです。しかもエネルギー源を大気中のマナに依存できるので、ほぼ無尽蔵のエネルギーと言っても過言ではありません」
「大気中のマナに依存できる? それはすごいな。場所次第で無類の強さを発揮できるということか」
優秀な人材をスカウトしたくて仕方ないシェリーさんが前のめり。
素直なヘレナは褒められて少し誇らしげになる。
「解説ありがとう。でもそろそろ見回りに戻らないと」
真面目なヘレナの仕事ぶりに、エレニツィカが彼女の肩を叩いた。
「なに言ってんの。本当に真面目なんだから。ミーケさんからは、見回りはもういいからお祭りを楽しんでこいって言われてんじゃん。自分も体感しないと、いいものができないってメッセージだろ。あたしはそう思いたい。ルクスさんのバーでお酒が飲みたい」
「あんたは本当に、あぁもういいよ。分かった。悪いんだけど、みなさんと合流させてもらっていいですか?」
お願いされて、アルマが笑顔で返す。
「もっちろん♪ 暁さんの話しによると、新作の氷菓子を用意してくれてるって話しですよ。さっそく食べにいきましょう!」
「うん、行こう。ところで、その暁さんは?」
残念ながら暁さんは明日が早いのでお別れとなってしまった。
アナスタシアさんの刀を打つため、彼女は早朝から身を清め、心を静め、竈門の神様と対峙する。そこから睡眠時間を含めて丸4日は言葉を交わすこともままならない。
だからこそ、ヘレナは世話になった暁さんに改めてお礼が言いたかったそうだ。
あたしたちももっと暁さんとお話しがしたかった。
実に残念である。




