異世界旅行1-1 驚天動地に咲くは薔薇 15
アルマの魔法談義が終わると同時に本日のディナーが配られる。キリのいいところで違和感なく話しの腰が折れたのは実に僥倖。変に会話を断ち切るときらきらの眼差しが濁ってしまう。そうなると罪悪感に苛まれてしまうからね。
さぁさぁ素敵な異世界旅行1日目を締めくくる晩御飯はなんでしょう。
カニの茶碗蒸し。カニクリームコロッケ。カニグラタン。生のカニ脚。ボイルカニ脚。
名付けて【リィリィちゃんセット】。ラ・ミストルティンによるリィリィちゃんのためのカニコース料理。リィリィちゃんがどれだけ愛されてるかが見て取れる。
そして脳裏に蘇るリィリィちゃんの鼻歌。エンドレスカニソング。カニを見るとついつい流れてしまう中毒性のあるリズム。思い出し笑いが出て吹いてしまう。
「レッツイートザカニ~♪ おっいしっいぞカニ~♪ おっいしっいぞカニ~♪ あのねあのね。リィリィはカニさんが大好きなの。エディネイお姉ちゃんも好き?」
「俺も大好き!」
リィリィちゃんの大好きなものはエディネイも大好き。
リィリィちゃんの大好きなものはあたしたちも大好きである。
カニ尽くしのディナーとは極めて豪華。滅多に食べられない高級食材の1つ。
前夜祭で食べさせてもらったでっかいカニと同じもの。きっとめっちゃおいしいに違いない。てか、後出しは仕方ないとはいえ、あの頃から異世界産の食材を口にしてたのか。大丈夫だったとはいえ、超恐ろしいことをしたな。
そうこぼして、暁さんが謝罪をもらした。
「いやぁすまなかったな。食えない物じゃない限り大丈夫だと思って」
「いえ、責めるつもりはないんです。ただなんていうか、今日一日街を歩いてみて、あんまり想像していた異世界感はないなぁ~、と。そりゃ、フェアリーとかホノオガニとか恐竜の肉とか、グレンツェンにはないものもありますけど。根っこのところと言いますか、人となりはあんまりズレてない雰囲気です」
むしろ居心地がいい。フェアリーを除いても、暮らしやすそうな場所だと感じる。
「道徳観念がしっかりしてるからじゃないかしら。文化的な成長のベクトルは違えど、幸福を追求したいっていう気持ちは同じなのよ」
ヘラさんのおっしゃる通りかもしれない。大事なのは人間性。
「参考までに、ペーシェの思う異世界観ってどんなの?」
暁さんに聞かれ、まず思い起こす記憶は映画の世界。中世の世界背景。モンスターや悪霊が跳梁跋扈する日常。血で血を洗う毎日の中で必死に安らぎを求める。なんかだいたいそんな感じ。
「なにそれ、こっわ!」
普通にヒかれた。
「で、ですよね~。そんなに過酷であってたまるかって話しですよね~」
「少なくともメリアローザはそんなところではないので安心してください。ダンジョンの中はそうはいきませんが」
「ダンジョンの中はそうはいかないんですか?」
セチアさんの最後のひと言に、脊髄反射的に反応した。
ごくりと固唾を飲んで妄想が走る。冒険者が挑むダンジョン【薔薇の塔】。幾階層にも及び、異世界に転移する扉を持つ塔。場所によって存在するモンスター。環境。地形。気候。何もかもが未知の領域。よくもまぁそんなところに挑もうと思いますな。
あたしだったら日がな一日、フェアリーと一緒に遊んでいたい。
そう漏らすと、塔破をギルドの目的にする暁さんから解説が入る。
「モンスターを討伐して、装備や武具などの素材集め。薬草の採取やメリアローザの世界にはない鉱石。作物。果物。などなど、採取したりダンジョンの中で栽培したり。いろんなことを手掛けてるよ。居心地がいいってんで、ダンジョンの中に住んでるやつもいるくらいだ」
マジか。ダンジョンに住むとか信じられん。
「危険はないんですか? モンスターに襲われたりとか」
ローザは心配そうに暁さんに質問する。
「当然、危険はつきまとう。しかしそれはメリアローザにいても同じだ。あとはその人の気質や性格次第ってところかな」
「元剣闘士としてはモンスターを討伐して報酬を得るっていうのは興味があるな」
ライラさんがヤバそうなフラグを立てに走る。
「あくまで我々の興味の先は魔剣と魔鉱石ですからね。忘れないでくださいよ?」
シェリーさんの刺した釘に、ライラさんは中身のスカスカな返事をして、思い出したように話題を戻す。何かよからぬことを考えてそうだ。
「でもだからこそ、魔剣の威力を実体験として見学しておきたいものだな。実物がどう使われてるのかは見ておきたい。それに剣以外にも種類があるんだろ?」
「おっしゃる通り。【魔剣】は魔鉱石を多量に使用した武器の総称ですからね。棍棒とか大槌とか、変わり種では爪なんかもありますよ。今回は一応、扱いがシンプルなショートソードとロングソードの魔剣を用意しました。双剣や槍なども作れますので、そういったものは後日作ってお渡しする流れになりますね」
「双剣か。私専用の双剣も作れるの?」
答えは是。まだ確約もされてないのにガッツのポーズで喜ぶ雷霆の姫巫女。
気持ちを抑えるようにと肩をすくめる守護聖天の荷の重さたるや。心中お察しいたします。
会話の流れは途切れない。フェアリーのこと。ダンジョンのこと。メリアローザのこと。聞きたいことが山と積もって底が見えない。だけどどこかでキリをつけて席を離れなければ、肝心の七夕祭りに出遅れてしまう。
星を見るならロマンチックな場所がいい。
それはみんなも同じこと。いい場所はすぐに埋まってしまう。
料理も全部食べ切って、そろそろ七夕祭りに参じようという雰囲気。なのに、空気の読めない子が1人。すみれだ。どこに胃袋があるんですかって聞きたくなるくらいの量を注文してた。
リィリィちゃんセットは彼女の胃袋が満腹になるように調整されている。9歳の胃は小さい。だから我々としては物足りなく感じた。けど、これからお祭りがあって、つまり屋台があるわけで、だったらこのくらいの量は適正範囲。少し抑えて次に進むのがマスト。
しかし、すみれは違った。今ここに全力疾走。ひたすらにおいしい料理に食らいつく。
そろそろ陽が傾きつつある時刻。明るいうちに出歩きたい。こちらの世界には電気を使ったものがないのだ。街灯も、ネオンも、懐中電灯だって存在しない。魔力を使った提灯とかはあるらしいけど、そこまで光量が大きいわけではない。
なんとかこの子の手を止めなくては。
目配せして、アルマに催促して、手を合わせるようにしてもらおう。
「すみれさん……そろそろ移動したいのですけど、あとどれくらい注文されてましたっけ?」
「へっ? はほふはふふはいはっはほほほふ」
「あと2皿くらいくるらしいよ」
と、翻訳したら。
「お待たせしました。カニクリームコロッケと夏野菜のサラダ。トマトを使ったポタージュスープ。特製冷製スパゲティ。キノコと野菜たっぷりのピッツァです」
「ちょ……翻訳ミスってんじゃん」
ローザが睨みつけてくるんですけど。あたしのせいじゃなくね?
全力疾走がすぎるんですけど。
しかもこれ、みんなで食べる用に注文してくれたらしいですよ。
全員を担いで全力疾走したみたいだ。まさか我々まで巻き込まれてたとは。
仕方がない。ここは彼女の善意を汲んで頑張るとしよう。
と、思ったのもつかの間。横を通り過ぎた給仕の持つ皿の上の料理を背伸びして見る暴食の少女。目で追い、手を挙げた途端、アルマが叫んだ。
「沈黙ッ!」
「わっ! びっくりした。どうしたの、アルマ?」
突然のことにセチアさんの背筋が伸びる。
「どうしたもこうしたもないですよ。すみれさん、申し訳ないんですけど、アルカンレティアに着くまでそのままでいてもらいます」
「――――ッ! ――――――――ッ!?」
すみれは言葉を発しようにも声が出ない。異常な感覚に困惑気味と言った様子。
沈黙の意を持つサイレントの魔法。相手の言葉を奪い、発声を不能にする。身体に影響を与える系の魔法。
身体に影響を与える系の魔法には筋肉にダメージを与えたり、神経系を狂わせたりといった魔法があったはず。身体に直接影響を与える魔法は難易度が高く、しかも近距離でしか扱えない。高位の術者でも魔法抵抗力が備わっている相手には抵抗されて使い物にならない。
ぶっちゃけ、効果は大きいが成果を得るためのハードルが高い微妙な魔法。こんなものまで使いこなせるとは恐れいる。
今回はその微妙な魔法が効果的に作用したよい例と言えよう。暴走する暴食少女を止められたのだ。このままだと一生食べ続けるかもしれない。アルマのスパーファインプレーが光った。
暁さんは褒めるようにアルマの頭を撫で、すみれに視線を送る。
「ははは……おいしいものを食べたいという気持ちはよくわかるが、このあとはアルカンレティアの屋台に行く予定だからな。ほどほどにしておいてくれよ」
暁さんのひと言で目が覚めたように眼光をきらきらとさせる三色髪の少女。足早、ならぬ口早にもぐもぐと咀嚼して出口を目指した。
まるでフェアリーのような気持ちの変わり様と行動力。まるで計画性がない。だからこそ純粋で、自分に素直でいられる姿には憧れすら感じる。
あたしも彼女みたいに自分の好きを表に出せたら、あんなふうに笑えるのかな。まぁそんなことをしたら友人はおろか、敵だらけになってたいへんなことになるだろうけどね。
自虐的な感傷はともかくとして、先ほどから言葉にしてるアルカンレティアとはいったいどこなのだろう。
アルカンレティアとは【虹】を意味する。まさかメリアローザでは虹の上を歩くことができるのだろうか。
だとしたら超絶メルヘン。物理法則無視の奇跡である。




