異世界旅行1-1 驚天動地に咲くは薔薇 12
フェアリーも時計の針もくるくる回り、時刻は2時45分。時計の針が真上を迎えると同時にローズマリーが叫び出した。
「わぁっ! あと15分で3時だ。3時のおやつだ。はいはいみんな、机の上を片付けて。大急ぎで片付けて。ティーパーティーの準備をしなきゃっ!」
「そうね。急いで準備を始めないと。こちらの作品は異次元書庫にしまわれますか? 荷物になるようでしたら、このあと旅館へ届けておきますが、いかがいたしましょう」
「私は大丈夫。みんなはどうかしら?」
ライブラ。自分専用の異次元、あるいは亜空間に物体を収納することのできる魔法の1つ。古くからある魔法で手荷物を減らすのにとても便利。容量は人それぞれであり、魔力量や魔力の練度の高さはあまり関係ない。
すみれ以外は全員それなりの許容量を持ってるので、手元にある程度の石鹸を収納するくらいわけない。すみれだけは魔法の訓練を始めたばかりということもあり、ライブラの魔法を使えない。なのであたしが代わりに収納する手筈になっていた。
さぁさぁ大事な大事な3時のおやつの準備をしなくては。
机の上を片付けて、フィアナさんがライブラから白い箱を取り出した。
「こちらはわたくしどもからの贈り物です。ベルンで有名なお菓子屋さんのケーキの1つです」
「わぁ~っ! 蜂蜜に浸けた輪切りのレモン。カチカチの薄いピンク色に、ふわっふわのスポンジ生地だ。とってもとってもいい香り♪」
果物が大好きな月下が飛びついた。
フィアナさんの持参したケーキは柑橘類を中心に、独創的な作品を展開するベルガモット・フレイの定番スイーツ。ふわふわのシフォンケーキにあまあまなメレンゲ。円筒状のそれに輪切りの蜂蜜レモンを乗せた甘酸っぱい魅惑のスイーツ。
蜂蜜レモンの優しい甘酸っぱさと、小麦香るあまぁ~いシフォンケーキが織り成す至福の時間はみんなを笑顔にしてくれる。
フェアリーたちも例外ではない。お皿に出されたそれを取り囲んでつっついたり香りを楽しんだり、つまみ食いをしようとするバーニアをやんわり窘めたり。かわいらしい表情を見せてくれた。
ヘラさんからは手作りのはちみつクッキー。グレンツェンで採取された高級蜂蜜を使った贅沢な逸品。シンプルゆえに美味。何個でも食べられてしまう郷愁の味。
これもまた彼女たちに大好評。袋の中に顔を埋めて恍惚のため息をついてるようだ。
シルヴァさんからは実家で作った12種類のケーキをカットして集めたアラカルトケーキ。チョコ、ナッツ、フルーツゼリーケーキなどなど、多種多様なスイーツがきらきらと輝く。まるで宝石箱のよう。
小さな輝きたちはケーキの周りをぐるぐると回ってカラフルな万華鏡を楽しんだ。どれもおいしそうだ。こんなにたくさん食べられない。喜びのあまり踊りだす。
「みんなみんなありがとうっ! こんなに素敵なお菓子に囲まれて、私たちとっても幸せっ!」
ローズマリーは頬を紅潮させた。
「喜んでいただけてなによりです」
フィアナさんも嬉しさのあまり踊り出しそう。
「私もみんなに会えて嬉しいわ」
ヘラさんは少女のような声色になった。
「みんなのためになら、いくらでも作っちゃう♪」
シルヴァさんは涙を浮かべてローズマリーとハイタッチ。
「本当にありがとう! でもどうしよう。こんなにたくさん食べられないよぉ~♪」
バーニアは空中でぴょんぴょんと飛び跳ねながら喜びを表現する。小さな輝きたちのなんと幸せそうなことか。
子供が誕生日プレゼントに新しいおもちゃを買ってもらったような、はたまたコンクールに優勝して、大人たちから全力の喝采を浴びるかのような、幸福と喜びに満ちた笑みを向けてくれる。
これが妖精という存在なのか。
人間がその存在に憧れ、夢想した幻想の住人。
なんと心洗われる笑顔なのだろう。マジでずっとここに居たい。
「ふふふ。本当によかったですね。それじゃ、私は冷暗室から果物をとってきますので、エディネイさんとリィリィは紅茶のためのお湯を沸かせてもらっていいですか? ローズマリーたちはみなさんに【紅茶の種】を選んでいてもらってください」
セチアさんは大きな返事を受けたのち、踵を返して姿を消した。我々に疑問とわくわくを残したまま。
「【紅茶の種】ってなぁに?」
わくわくで胸ときめかせながら、ヘラさんは白雲に問いかける。
「紅茶の種とは、言葉の通り紅茶を楽しむための種なのです。見たほうが早いので、少々お待ちください」
納戸から籐籠を一生懸命に運ぶ姿がまた愛らしい。人間であれば子供でだって簡単に運べるサイズ。しかしフェアリーにはあまりにも大きすぎる。4人で両の取っ手を掴み、残る1人は籠の底を押し上げる形で支えた。
ふわふわと危なげに着地。籠の中にはこげ茶色だったり、淡い緑色をした大きな種が詰まってる。
これが【紅茶の種】。見た目はたしかに種っぽい。これが紅茶だというのか。焦らしてくれるじゃないですか。
「これが紅茶の種。あっ! これ、ダージリンの香りがする!」
見た目がなんかすごい地味なのにもかかわらず、すっごいいい香りを放っていた。
ほかには……ぶっちゃけ、ダージリン以外の紅茶があるのは分かる。だけどそれがなんなのかはわからないので他の人に譲るとしましょう。
「これはウバの香り。こっちはヌワラ・エリヤ。こっちはドアーズ? だけど少しバラのエッセンスがあるような気がする」
シルヴァさん、マジですか。よくそんな分かりますね。
背筋を伸ばした赤雷がシルヴァさんの前に駆け寄った。
「すごいですね。全部正解です。これらは各所から集まった紅茶を我々がブレンドして設計したものです。冬の寒い時期に作る冬仕事の1つです」
「ブレンドってことは、みんなで作ったオリジナルの紅茶?」
ヘラさんが問うと、バーニアが楽しそうに躍り出る。
「そうだよー! これなんかおすすめ。リゼのお茶っ葉にバニラのエッセンスをくわえたの。普通は砂糖を混ぜるらしいんだけど、バニラに取り換えて濃厚で芳醇な甘さをくわえた傑作なのだ!」
砂糖を入れて楽しむリゼに、あえてバニラを代用するという発想。ただ単にバニラが大好きだからその発想に行き着いたのかもしれない。にしても、香りは抜群にいい。紅茶は香りのよさ=味の良さと言ってもいいだろう。これはお湯を淹れるのが楽しみですな。
それにしてもなぜ【種】なのか。紅茶なら茶葉の状態でいい気がする。
その答えは月下が教えてくれた。
「工芸茶を飲む時は専用のコップを使ってください。これでないと楽しみが半減してしまうから」
そう言って指示されたコップは、まったりとした美しい白が特徴的な白磁器のティーカップ。の隣の円筒状のガラスコップ。ビーカーを連想させるそれはあまり優雅とは言えない。紅茶の種にはこれを使わなければならないのか。なんかちょっとイマイチ気分が乗らないな。
一緒に置かれているティーカップが美しいばかりに比較してしまう。
でも香りは本当にいいんだよなぁ。あたしは月下のすすめてくれたピーチティーの種を選んだ。
さてさて、お湯を注ぐとどんな花が咲くのかな。なんてね。
「えーっ! ペーシェって紅茶の種の仕組みを知ってたの?」
「えっ? なんのこと?」
ローズマリーに指摘されて、あたしはきょとんとしてしまう。
沈黙を破るように、お湯の入ったポットを持ったリィリィちゃんが現れた。
「お湯が沸けたよー! それじゃエディネイお姉ちゃん、お願いね」
「よっしゃ任せろ。どんどん注いでいくぜ」
やる気満々のエディネイに、セチアさんが待ったをかける。
「あ、でもゆっくりお願いしますね。静かに蒸らすようにお願いします」
「お、オッケーです。それでは、ゆっくりゆっくり」
ゆっくり淹れるうえに棒をコップに挿す。ガラス棒にお湯をまとわせるようにして注ぐように指示された。重そうだ。重厚な南部鉄器。特徴的な表面のぽつぽつがえも言われぬ味を醸し出す。
明らかに重そう。なにか手伝えないかと思うも、何もやることがないのでじっと待つしかない。謎の背徳感とか申し訳なさを感じる。がんばれエディネイ。リィリィちゃんがきらきらした目で見ているぞ。
1つ、また1つと種にお湯が注がれて、熱の作用で種が芽吹いた。扇状に広がったガクからカラフルな花が咲く。比喩ではない。本当に花が咲いた。いったいどんな仕組みになってんだ!?
「熱湯を受けると繊維が膨張して広がる仕組みになっているそうです。そうして花がふわりと咲くんです。茶葉や香りのエッセンスを一緒に入れておくことで、見た目も香りも味も素敵なものになるんです。私も一緒に作るのですが、こういった芸術センスはローズマリーたちには勝てません。本当にすごいんです」
セチアさんのインテリアセンスを上回るフェアリーの感性たるや!
「すごいすごいっ! 私のは黄色に青に赤に緑。とってもカラフルで素敵な水中花になった。香りもとっても素敵だわ!」
ヘラさん大興奮。
「私のは一輪の薔薇が咲いた! ほかにも小さな花がたっくさん。それに小さな花びらの欠片が花吹雪みたいに舞ってる。すごいすごい!」
ぐぬぬ。ローザのもなかなかどうして美しい。
「私のは綺麗な白い小菊がたくさん咲いた。さっきまで乾燥した種だったのに、お湯を淹れたら命を吹き込まれたみたいに生き生きしてるぞ。これはテンション上がる!」
ライラさんも楽しそうに小さなフラワーアクアリウムに見惚れた。
なるほどこれが【紅茶の種】の由縁。
見た目が種。味は紅茶。お湯を淹れると命が芽吹く。
すごいな。仕掛けもさることながら、紅茶としてもエンターテイメントとしても成立してる。
これはめちゃくちゃアガる!
アガらざるをえないっ!




