異世界旅行1-1 驚天動地に咲くは薔薇 11
バーニアのあとを追うと、天井まである棚のひとつの小窓に案内された。
「バーニアラボへようこそっ! ここにはバーニアが研究したソープキューブの保管庫だよ。まずはサンプルを渡すから、これを参考にしてね」
バーニアラボ。バーニア専用の研究室。小さな戸棚の一角が改装され、人間が使う研究室のような設備が整えられていた。
見た感じ、かなりガチなやつだ。ミニチュアの研究室。中身は本物。アルコールランプには火も点くし、水もちゃんと流れる。資材の全ても鉄で出来ていた。すげぇ。これ、マジなやつじゃん。
壁に掛けられた白衣を着て準備万端のバーニア。
背伸びしてるように見えるが、中身は相当にガチみたい。
「こっちがバニラキューブで~。こっちがバニラといちごが1対1で~。これはバニラと緑茶が1対1のやつ。ほかにも色々あるから試してみてね」
まず最初に手を伸ばしたのはシルヴァさん。
「すぅ~ん。バニラキューブは濃厚なバニラの香り。さすがセチアさんのバニラビーンズ」
次にすみれもすんすん鼻を鳴らす。
「こっちのバニラといちごのキューブもとってもいい香りだね。バニラといちごのあま~い香りが夢見心地にさせてくれますっ!」
最後にあたしも鼻をすんすん。
「バニラと緑茶もすっげぇいい香り! 甘いバニラとふんわりと柔らかい緑茶の香りが混ざって、まったりとした甘さになってる。これはハマる」
テンション上がるわぁー!
三人官女の前に、月下が気になるひと言を爆撃。
「バニラもいいけど、こっちの桃とバラと、ちょっぴりバニラを混ぜたオリジナルフレーバーはいかがでしょう。果物とお花は兄弟ですから、とっても相性がいいですよ♪」
なんと、桃とバラとバニラですとな。いいところ取りしかないじゃないか。
甘く力強い華やかな香り。エッセンスとして配合しているバニラの微かな香りが心地いい。なんという香りの三重奏。
こんなものが他にもたくさんあるというのか。
よく見ると月下のラボもある。赤雷も、白雲も、ローズマリーのラボもある。全員、研究職。フェアリー全員努力家とは。これは人間も負けてらんないぜ。
バニラと緑茶にするか。桃とアラカルトな香りにするか。これは迷う迷う。よし、ここはフェアリーの言葉のままに流されよう。全部作ろう。時間の許す限り、限界まで突っ走ろう。
彼女たちの研究成果を全肯定しまくろう。だって全部すっごいクオリティーが高いんだもん。
また被せるようになんかすごいもん出してきたよ。
宝石みたいな岩石。宝石みたいな石鹸が出てきた。
「ヘラが教えてくれた石鹸の作り方で作ったら、すんんんんんごい綺麗なのができたんだよ! これをみんなで作ろう。きらきらの宝石石鹸を作ろうっ!」
「まぁすごい! さすがローズマリー。すっごいわ~っ!」
アメジストの中にローズクォーツが入ってるような見た目。いったいどんな香りがするというのか!
「え、これ、宝石の原石じゃなくて? ラベンダーの香りがするな」
ライラさんが先陣を切る。
すかさず白雲が解説を入れた。
「外側の紫色はラベンダー。内側の白色の卵は鈴蘭です。香りの二段構えですっ!」
「綺麗だからそのままとっておきたい。だけど使わないと鈴蘭の香りを楽しめない。なんてにくい演出!」
わくわくが止まらないとはこのことよ。
宝石石鹸に負けじと、月下が自慢の品をお披露目してくれる。
「こっちはセチアが作った石鹸。マスカットと桃の香りを混ぜたもので、菊の形にカッティングした特別製です。見た目も香りも芸術的」
「すごいっ! とっても綺麗。使うのがもったいないくらいです!」
フェアリーもセチアさんのことも大好きなシルヴァさんが飛びついた。乳白色の柔らかな白。ほんのり香るマスカットと桃の香りが幸せを呼びこむ。
褒められて、セチアさんは満面の笑みを咲かせた。
「お褒めに預かり光栄です。好きな香りが決まったら教えてくださいね。たくさん作っていきましょう」
フェアリーたちが作った1cm四方のキューブに加え、セチアさんが作った人間サイズの石鹸は見るだけで時間を忘れてしまいそうだ。
でも時間を忘れてはいけない。今日のメインは七夕祭り。夕方にはディナーをとって星空を仰ぐのだ。
フェアリーのバーニアにバニラを激推しされるがまま、バニラをたくさん使った芳醇な香りの石鹸を大量生産。マジで油断するとかぶりつきそうになってしまうほどにいい香り。いっそケーキに使いたい。
新しい香りをお好みでミックスできる機材も用意されていた。木製のバッグ。広げると飛び出す絵本のように、何本もの連なった試験管が顔を出す。
赤、青、黒、黄。色とりどりの液体がたっぷりと蓄えられ、試験管の底にある蛇口のような栓を捻ると、わずかな量が1滴ずつ滴り落ちる仕掛けになっていた。
この雫こそ、まさに香りの源泉。フレーバーオイルである。専用の麻布に染みわたらせることで、どんな香りなのかを確認できる。1つ、2つ3つと香りを重ねることで、交わった香りを楽しむことができる優れもの。
「なるほど。この麻布を使えば簡単に香りを混ぜられるわけか。水の入ったビーカーとかだと、前に使った匂いが移ってるかもしれないしな (シェリー)」
「1枚1枚別個で使えるのは利点だ。実に合理的だな。フェアリーのイメージが変わったよ(ライラ)」
「わたくしは片っ端から作っていきたいと思っています。少なくとも、家族と親戚と、友人と使用人の人たちから、それからそれから (フィアナ)」
「それ、何百個って数になるだろ? (シェリー)」
「大丈夫ですよ。基本的に工房には誰かがいますから。私が不在でも、彼女たちに手伝ってもらえれば石鹸を作って下さって構いません。3時のティータイムも毎日開催していますので、よろしければぜひ、ご参加ください。きっと彼女たちも喜びます (セチア)」
「「「「「ぜひともっ! (一同)」」」」」
「あ、その時はぜひとも私も呼んでください。スイーツを用意しておきますので (華恋)」
「3時のおやつタイムを確約するとなると、魔法技術に割く時間を考えなくては (アルマ)」
「丸1日かけて説明してくれる予定だった? (ライラ)」
「アルマとしては丸々5日ぶっ続けでも足りないくらいですっ! でも、ローズマリーたちとのすぅいぃ~とな時間も大切なので、圧縮して説明しようと思います (アルマ)」
満場一致の大合唱。毎日の3時の予定が確定した瞬間だった。
フェアリーとティーパーティーなんて想像しただけでも昇天できる。
超胸熱じゃないですか。ここはこの世の楽園ですか。
正気に戻った時には、机の上にはたくさんの宝石が居並んでいた。
緑から白のグラデーション。明るい夜空にきらきらのお星さまを描いたような景色。本物の岩盤のような層を持った石鹸。色とりどりの芸術作品が生まれてしまった。
なんて楽しい時間なのだ。ワークショップ自体、あたしは結構好きなほう。だというのに、そこにフェアリーがいるってんだからもう頬も緩みっぱなしになるってもんですわ。
「いぇ~いっ! みんなみんないい香り。色も艶も最高だね。宝石石鹸はきらきらしてて綺麗だよね。さすがヘラ。褒めてつかわす!」
「はは~っ! ありがたきしあわせ!」
ローズマリーが胸を逸らして大満足。ヘラさんも楽しそうに笑顔を作る。
「これ、ヘラさんが教えたの? さすがっすね」
「少し前にワークショップがあったの。ローズマリーたちに教えたら絶対に喜んでくれると思って」
ヘラさんは手に取った宝石をころころと転がしてうっとりする。幸福に身を包まれる彼女の周りをぐるぐると回って喜びのダンスを踊るローズマリー。
彼女たちフェアリーは幸福を糧に生きる。人間が生きるために食事をするように、フェアリーは他者の幸福を感じることでエネルギーに変換する。
だから妖精は幸福のあるところに集まる。と、妖精図鑑に記されていた。どうやらそれは事実だったようだ。幸せで胸がいっぱいなのか、みんなすっごく楽しそう。
かわいいフェアリーと触れ合えて幸せな人間。
幸せを感じてもっと幸せになるフェアリー。
これは夢の無限機構なのではないでしょうかっ!




