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異世界旅行1-1 驚天動地に咲くは薔薇 9

 波打つように連なる緑の生垣。

 茶色と白のレンガのタイル。

 風車小屋と連結した温かみのある3階建ての家屋。

 庭には子供用の小さなブランコ。背後には桟橋の伸びる睡蓮と蓮の池。

 印象派の絵画のような牧歌的な景色を思わせる。ここはセチアさんの住居兼工房。建築家に依頼した住居を除き、緑の生垣にブランコのある庭。蓮の池は自分の手で造り上げたという。なんというセンスの高さ。さぞや家の中もおしゃれな内装に違いない。


 期待に胸を膨らませながら庭を散策する異世界渡航一行。

 そう、まだ中には入れない。準備ができたら呼んでくれる手筈になっていた。

 しばし緑の庭園を眺めて歓談を楽しむことになる。

 お題目はもちろん、花々が作り出す景色について。


「グレンツェンは一年中、花が咲き乱れるように設計してあるから、こういった緑の多い景色って意外に新鮮かも」


 ベンチに座るヘラさんが、新緑の空気をめいいっぱい、体に取り込んだ。

 つられてあたしも深呼吸。


「ですね。大図書館前の庭園は常に四季折々の花々が楽しめるように努力されてますから。花をつけてない草木の生い茂る景観は新鮮です。でもこれはこれでなかなかおつですね。元気いっぱいな緑の景色と緑の香り。よく手入れされてるのがわかります」


 花の都ともいわれる学術都市グレンツェン。ポット栽培により、季節が変わるごとに鉢植えを入れ替え、常に色とりどりの花々が楽しめるように工夫されていた。裏を返せば、花が散りきったあとの緑一色の世界とは縁遠い。

 だからこそ、心落ち着かせる緑色の絨毯は目に優しく、とても新鮮に思える。

 寒さに耐えた緑は新緑となり、花を咲かせ、実を付け、大地に種を落とし、次の季節を待つ。そのサイクルこそが自然の営み。自然の美しさ。

 そう考えると、グレンツェンの観光資源は人の都合に振り回しすぎではないのか。そう思うところもないことはない。

 当然、時期の終わった草花たちは大図書館の地下で丁寧に管理される。無碍に扱われることは決してない。


 それでもなんというか、花の咲く季節にだけ外の世界に出られるというのも、なんだかもやもやするのです。


「ペーシェちゃんは本当に優しい子ね」

「あ、あたしがっすか? ヘラさんも冗談言うんですね」

「冗談じゃないわ。本当のこと」


 覗き込むように笑顔を向けられると無性に恥ずかしくなる。

 あたしってば本当にそんなんじゃないんだけどなぁ。

 よし、話題を変えよう。シルヴァさんに話しを振ろう。彼女は倭国に渡った際、倭国のフェアリー基金支部へ赴いて限定グッズを手に入れると意気込んでいた。

 フェアリー基金とは、シルフィード財団が設立した支援組織。

 貧困からの救済と援助を目的としたもので、世界中に支部がある。また、支部のある国の芸術振興にも力を入れており、フェアリー基金とコラボした商品を販売。売上の一部を貧困地区などに資金的・物的支援として充てている。


 シルヴァさんは大のフェアリー好き。子供の頃から妖精図鑑を読み込み、フェアリー基金の会員にまでなっている。

 自室にはフェアリー基金会員限定のグッズやフェアリーグッズが収められ、彼女の趣味は実家のお菓子屋さんの内装にまで及んだ。


「そうね。今、倭国で販売してるものは、陶磁器にフェアリーと夏野菜の絵柄を伝統技法で絵付けしたお皿で、デザインがすっごくかわいいから絶対欲しいって思ってたの。1人1枚の購入制限があるから、全員で10枚は買えると思ってたんだけど」

「あたしたちも巻き込まれる予定だったっての、初耳なんですけど」

「でも倭国には飛行機で行けるもの。異世界にはワープの魔法がないと渡航できないっていうし。また今度、倭国に行けばいいわ。家族と、それからヴィルヘルミナのほうの家族も合わせて」


 フェアリーのことになると容赦なく家族や友人を巻き込むな、この人。

 ちょっと意外な側面だった。温厚で母性的。思慮に富んでグループの和を整える人という印象。

 実際、キッチン・グレンツェッタではそうだった。が、フェアリーが話しに絡むと別人格が顔をのぞかせるようだ。気を付けなくては。

 ちょっとそこまで、と言って飛行機に乗せられるかもしれない。


 フェアリーの話題が挙がったとたん、ヘラさんとアルマがすごい形相であたしのほうに振り向いた気配を感じた。目視で確認しなくても分かる。なんかすごいオーラが飛んできた。なにかまずい話題だっただろうか。

 そろりと話題を変えようと試みる金髪碧眼の魔法少女の態度は、明らかにフェアリーの話しに触れないで欲しそうにしてる。


「そういえば、フィアナさんたちは妖精図鑑を参考に、花魔法を研究して人工的な妖精の発生に挑戦する実験をしてましたよね。その後の進捗を聞いてもいいですか?」

「そんな魔法があるんですかッ!?」


 前のめりになるシルヴァさん。当然だ。妖精が生まれるなんてことになったら天地が100回はひっくり返る。地表とマントルが逆転してもおかしくない衝撃が世界を駆け巡るだろう。

 しかし、そんなにうまい話しはない。

 たじたじのフィアナさんが申し訳なさそうな顔をした。


「それは、あくまで仮説です。小妖精(フェアリー)は2人以上の仲間と一緒に最も元気なお花を囲み、祈りを込めた歌でもって新たな生命を花に与え、フェアリーを増やすとあります。未知の魔法である花魔法を研究すれば、その糸口が掴めるのではないか、という憶測にもならない希望的観測によるものなのです」

「はぁ……そうですか。そうですよね。あくまで架空の存在ですものね」


 シルヴァさんのテンションがめちゃくちゃ下がる。

 そこにアルマが追い打ちをかけた。


「期待を裏切るようなことを申しますが、いくら元気に育った花とはいえ、生命を生み出すのに必要なマナや、それこそ耐久力を備えた草花なんて、樹齢1000年を超えた大木でも難しいと思います。まさに神の御業ですよ」

「あぁ~~~~っ! 現実を突きつけないでぇ~~~~っ!」


 シルヴァさんの元気が削がれていく。

 慰めようと、フィアナさんの言葉が藪蛇。


「気持ちはよくわかります。わたくしも、小さい頃はフェアリーの存在を信じて疑いませんでした」

「私は今でも信じていますっ!」

「あっ、はい、申し訳ございません!」


 今まで見てきたシルヴァさんの中で一番強い眼光を放ってきた。

 どんだけ本気なんだ。

 ここでまたあたしの悪い癖が出る。


「いやぁ~わかりませんよ。スケルトンがいるくらいですからね。フェアリーもいるかもしれませんよ。なんせここは異世界なんですから」

「い、異世界だからって、なんでもかんでもいるわけではないですよ……」


 露骨に視線を逸らすアルマ。まさか、まさかいるのか……?

 ヘラさんはアルマの言葉を肯定しつつも、声のトーンが低くなる。


「スケルトンだって、少なくともメリアローザでだって前代未聞っていう話しだもの。彼は異例中の異例でしょう。あんな生き生きしたスケルトン、ファンタジーにだって出てこないでしょう」


 ヘラさんも顔をこっちに向けて視線だけそらした。何かあるな、これは。

 ひとまず話題をスケルトンへ軌道修正しておこう。


「見たことないっすね。逆にコメディ」


 自然な会話で天国(フェアリー)から地獄(スケルトン)に話題を変えてきたので乗るとしましょう。無理に引き戻したら面倒なことになりそうだ。と、あたしの直感が告げる。


「どこがッ!」

「正直に申し上げますと、貧血で倒れそうでした……」


 シルヴァさんの喝とフィアナさんのため息がでた。スケルトンの話題も藪蛇だというのか。


 まぁでも、ですよねー。

 普通はそうですよねー。

 特に常識人でノーマルなガールのフィアナさんとシルヴァさんは恐怖で身を震わせた。

 さすがのライラさんとシェリーさんも後ずさりして慄いたのが印象的。

 アナスタシアさんも臨戦態勢に入った。エディネイはリィリィちゃんを抱きしめた。

 ローザはなんか事前に話しを聞いてたらしく、ここが異世界だという現実に確信をもった理由になった。ヘラさんは事情を知ってたのでテンション爆上がり。

 すみれは島育ちが功を奏したのか、ちゃんとご飯を食べてるのかどうかの心配をする始末。

 かくいうあたしも、うっわ~なんか出た~。ぐらいの感覚でしかなかった。不思議と身の危険は感じない。スケルトンが最弱モンスターの1匹と侮っていたからかもしれない。


 異世界と言われてもなお、現実味がない。信じられないというより、大きな違和感を感じないからだろうか。我々の世界でもてはやされる異世界ファンタジーとは、魔法も剣も存在しない世界線。

 あるいはドラゴンだとか巨人、アンデットだとかが跋扈し、日々戦争の繰り返し。だいたいこんな感じ。

 スケルトンもその1つに数えられる。だけど、あまりにフレンドリーすぎて拍子抜け。緊張感のかけらもない。しかも敵どころか味方。人類の救世主というのだから、もうなにがなにやらって感じですわ。

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