異世界旅行1-1 驚天動地に咲くは薔薇 6
華恋の話しはこれで終わり。次は金髪碧眼の美少女の番。難しい話しは分からないお年頃。だから暁さんは簡潔に、『リィリィはみんながいる間は何がしたい?』と問うと、眩いほどの満面の笑みで、
「リィリィはね、エディネイお姉ちゃんと一緒にいっぱい遊びたいっ!」
と言い放つ。
隣で頬を緩ませるドラゴノイドは、
「俺もリィリィと一緒に遊ぶっ!」
その背後で背筋をピンと伸ばしていたアナスタシアさんが背を丸くする。
「ちょっと待って。剣術訓練の介添えとか補助とかしてくれるって言ってなかった!? そのために来たって聞いてるんだけど!?」
と、声を大きくして彼女の肩を掴んで振り向かせる。
振り向いたエディネイは無言で頷き、リィリィちゃんを抱きしめて、なにして遊ぼうかと相談を始めた。
ダメだこれは。梃子でも動く気がないな。
ライラさんの呟きによると、エディネイは研修という名目で随伴してるらしい。
なるほど、ちゃんと仕事しろよ。
無碍にした態度にアナスタシアさんもご立腹。
「こ、こいつ…………っ! おほんっ。私は暁さんに刀を打っていただけるということで、刀打ちの見学。それから剣術の修行をつけていただけるということなので、ぜひともよろしくお願いします」
「ああ、手筈は整えてある。刀打ちの工房見学は華恋が引率してくれる。あたしは刃を造るわけだが、鞘や鍔なんかは職人がやる。その辺りの紹介や補助は小牧辰巳さんに頼んである。剣術指南には道場の秋紅もみじに依頼してある。みんないいやつらだから、存分に頼ってくれ」
「なにからなにまで、本当にありがとうございます」
「辰巳さんには刀打ちを見学する時に会えるだろうから、華恋と彼に任せておけば大丈夫だ。さて、次はフィアナの番だな」
促され、背筋を伸ばす彼女の手元にはサーモンを串刺しにしたフォークが握られていた。上品に折りたたまれた身は6層にもなる。3切れを2つ折りで6層。めっちゃ欲張っていた。
油断していたフィアナさん。お嬢様でも好きな食べ物になるとがっついちゃうものなんだな。ちょっとかわいいかも。
恥ずかしそうに手元を隠そうと、フォークの上にナイフを置いて隠そうと努力した。丸見えなんですが。そんなところもキュートですよ。天然のお嬢様なんですか。天然記念物ですやん。
「あぁ、えっと、わたくしはエルドラドの視察と、宝石の受け取りや今後の宝石魔法と精霊学の研究予定をプレゼンテーションするために参りました。なにとぞ、よろしくお願いいたします」
「こちらこそよろしく頼むよ。あたしとしても、第三者に『エルドラドの住人は奴隷ではない』と証明してもらえると助かる。そうすれば、彼らの心の重荷を少しでも外すことができるだろうから」
「と、言いますと?」
「当事者の我々がいくら『人として対等でありたい』と言っても、そう思わない人もいるかもしれないという話しだ。態度と行動で示してはいる。対等の関係を築こうとしている。しかしそれはこちら側の意識だ。受け手がどう思うかは分からない。だから第三者に、エルドラドは素晴らしいところだと証明してほしい。まぁ、みなさんはあたしの友人なので、八百長感が否めませんが」
肩を落とす暁さんを安心させるために、ライラさんが言葉を添える。
「安心するといい。そこは公平に判断する。あんまり心配はしてないけどね (ライラ)」
「ありがとうございます。厳しく判断していただけると助かります。我々としても、奴隷解放なんてことは過去に例がないので、手探りなんです (暁)」
「普通は抱えないような課題だからな。さて、次は私とライラさんか。フィアナと一緒にエルドラドの視察。魔鉱石の買取。魔剣の買取。魔鉱石の錬成技術の見学。魔剣工房の視察。魔法技術の視察。主目的はこれらです (シェリー)」
「あと観光 (ライラ)」
「うぅん……仕事の合間に観光もする予定です。できれば都市レベルでの友好関係を築ければと、思っているのですが (シェリー)」
「じゃあグレンツェンとベルンとメリアローザで三都市同盟を結成しましょう (ヘラ)」
「そんな簡単に、いいんですか? そもそも異世界ですけど (シェリー)」
「異世界間同盟か。面白いな。大事なのは距離じゃない。価値観だ (ライラ)」
その通り、とヘラさんの相槌が飛んだ。
異世界だろうがなんだろうが関係ない。距離が近くても価値観が違えば手を取り合うことはできない。
距離が遠くても想いが1つなら分かり合える。ヘラさんとライラさんの言うとおりだ。
文化も国も違っても、根っこのところが同じなら笑い合える。それはすみれやハイジたちと関わるあたしにもよく理解できた。
距離など、世界がどうのこうのなんて関係ない。
大事なのは暁さんたちが信頼できる人で、良き隣人だってことだけだ。
メリアローザを知りたいという話しになって、アルマが案内役に立候補した。
「魔法関係はアルマにお任せください。魔術師組合にもマジックアイテムの卸売り業者にも顔がきくので、なんでもおっしゃってくださいね (アルマ)」
「それは頼もしいな。疑問なんだが、メリアローザの子供たちはアルマみたいにスペックが高いの? ヤヤちゃんもさ、とても10歳とは思えない知識量で驚かされてばっかりなんだけど (ライラ)」
「アルマとヤヤは突出してスペックが高いですよ。『好き』が強いからかもしれませんね。固有魔法のせいもあるかもですが。あ、そうそう、アルマの友達の紫もアルマに負けじと努力してるぞ。太郎に弟子入りして鍼灸と整骨をマスターした。今は薬学も勉強中だ。薬湯の研究もしたいって言ってたな (暁)」
「むぅ~、やつめ、なかなかどうして努力しておる (アルマ)」
「どこへ嫁に行っても手に職があると働けるからな。紫はいい嫁さんになるぞ (暁)」
「腕のいいマッサージ師は引く手あまただものね。グレンツェンに講師として招きたいわ(ヘラ)」
「ヨガ講義はありますけど、東洋のマッサージ系の講義は講師の方がいらっしゃらないので開講されてないんですよね。専門的な道具も必要ですし。文化的な理由的にも、体に直接針を刺すのは抵抗があるみたいですし (すみれ)」
「あれか。熱した針を背中に刺すっていう。超怖いんですけど (ペーシェ)」
「じゃあ今晩、お風呂に入ったあとに針を刺してもらえるように頼んでおくよ (暁)」
「なぜこんな話しの流れに? (ペーシェ)」
まさかの超展開。針を刺されるのが確定してしまった。刺される前に逃げ出すようにしよう。
ライラさんの次はもぐもぐ口のすみれ。おいしそうにブルーラプトルのすね肉を頬張って幸せそうにする彼女のなんとかわいらしいことか。
口を塞ぎ、咀嚼音とともに言葉を発した内容は認識できないものであった。にもかかわらず、暁さんは完璧に理解した。
顔色や雰囲気で相手の気持ちを察する力。できない人からすれば超能力とすら思えるそれをやってのける。どうやったらそんな技術が備わるのか。魔法であると言ってくれたほうが納得できるというもの。
おかげでハティさんは圧倒的な言葉足らずに成長してしまいました。なんとかしてください。
「すみれは観光と食べ歩き。できれば料理もしてみたいということだな。お菓子ならメルティさん。料理ならアイシャに頼むといい (暁)」
「ひゃひはほうほはははいひゃふっ! (すみれ)」
「食べてから喋りなよ。ええと、あたしもすみれと同じで観光です。食べ歩きも一緒に (ペーシェ)」
「私も観光と食べ歩きです。それからお菓子作りのヒントと、叶うならお菓子作りも体験したいです (シルヴァ)」
「観光と食べ歩き。それから異世界の医療技術を見学したいと思ってます。なので医療関係の研究所か、病院に赴いて治療風景を見てみたいと――――――ん、なんだか空気が変わったような? (ローザ)」
周囲から音が消えた。代わりに変人を見るような鋭い視線がそそがれる。
暁さんは大きなため息をついてローザを睨みつけた。
「なるほど、前者の2つは肯定しよう。しかし後者は却下だ (暁)」
「やっぱり、守秘義務とかありますよね (ローザ)」
「違う。病院は危険だからだ。献血を強要されたりベッドに縛られたり、簀巻きにされて屋上からバンジージャンプさせられたりな。もしも病院に行くなら、看護師側として行かなきゃダメだ (暁)」
「そうですよ。わざわざ自分から死地に飛び込む必要なんてありません。だから絶対に行かないでッ! (アルマ)」
病院なのに死地とはこれいかに。
なんでも、病院勤めの看護師たちは変態揃いらしい。思い返せばキキちゃんたちも病院は怖いところだと言ってたな。
歯医者が使うドリルがトラウマだとか、注射が怖いとか、そんなところだとばっかり思ってた。
恐怖の原因が看護師の性格だと誰が思おう。
周囲からもひそひそ話しが聞こえる。曰く、『暁が看護師候補を連れてきたみたいだ』『看護師って見てくれはいいのに、中身が魔物ばっかりだよね』『腕はいいんだろうが、モルモットにされるのだけは御免だ』などなど、畏怖と恐怖が入り混じった会話が聞こえた。
人を助ける医師が変態とは困ったものである。
暁さんからさらに、『絶対に怪我をしたり病気になったりしてはいけませんよ。せっかくの旅行が台無しになりますからね』と続けた。病気はともかくとして、怪我をしただけでも旅行が台無しになるんですか。針よりずっと怖いんですけど。
最後にヘラさん。
さぁどんな爆弾が投下されるのでしょうか。
待ってましたと上機嫌なグレンツェン市長。満面の笑みで大手を振った。
「私はね~、異世界間交流をするにあたって、互いの技術のどれが共有できるかどうかを確認するの。まずは回復薬の生成と科学的解析結果の情報共有。実際の効果の確認を私とシェリーちゃん、ライラさんにしてもらおうと思って、ますっ!」
「初耳なんですけど」
「今初めて言ったから」
シェリーさんの耳に水が差された。
「ブルーポーション? っていうのは具体的になんなんですか? エーテル水とは違うんですか?」
ライラさんの質問に、ヘラさんはふふんっ、と鼻を鳴らして異次元書庫から論文も真っ青な書類を取り出した。厚さにして2cm。百科事典並みのボリュームである。
お題目は『ブルーハーブに関する成分調査』。家の地下で栽培したブルーハーブの生育状況を観察。成分を解析することで、どんな植物なのかを科学的に調べたのだ。
近所で得体の知れない植物が栽培されてるとは思わなかった。
手渡されて、暁さんから感謝の言葉が贈られる。
「わぁ~、すっごい詳しく書いてありますね。図解付きで分かりやすい。さすがヘラさんです」
「いやぁ~もう楽しくって楽しくって。あ、そうそう。ブルーハーブなんだけど、子葉から先の節と普通葉から先も成長して花も咲いたよ。青くてちっちゃくてかわいらしい花だった」
「ブルーハーブって花が咲くんですか。群青鍾乳洞にあるブルーハーブは子葉から先は虫に食われてるみたいで、花は見たことないんですよね」
「花は特になんともなかったんだけど、特筆すべきは子葉と側芽。これらからは成分不明のアンノウンが検出されたわ。暁ちゃんの話しが本当だとすれば、子葉には人体の傷を治癒するか、回復能力を高める効果があるもの。側芽のほうには、昆虫や動物を巨大化させる成分が含まれてると推察できるわ」
「子葉についてはブルーポーションとして利用してるのでそうだと分かってました。側芽については、やはりというか、やっぱり虫が巨大化するきっかけになってたんですね」
暁さんとヘラさんの会話にシェリーさんが割って入る。
「回復薬に虫が巨大化って、どういうことだ? そもそもブルーポーションにブルーハーブとは?」




