異世界旅行1-1 驚天動地に咲くは薔薇 5
一角白鯨。
恐竜王。
魔力保存器。
どれもあたしたちの知りえない常識だった。
彼女たちと出会うまでは。
なぜ気付かなかったのか。答えの分かっている質問をするなんてナンセンス。これは反復でしかない。信じられないモノゴトを目の前にして、現実を認識するための作業。
アイザンロックも、ダイナグラフ王国も、メリアローザも、全てが異世界に在る存在。
アルマも、キキちゃんヤヤちゃんも、暁さんも、異世界に居る存在。
まじか~。
でもなんていうかな~、全然現実味ないっていうか、異世界に来た~っていう感覚がないんだよな~。
獣人と人間、ごく少数とはいえ魔族もいる様子。とはいえ建築物だとか衣服だとか、文化の違いこそあれ特筆して違和感のあるものではない。
強いて言えば食事中にスマホをいじる人がいないということ。いや、食事中のスマホは行儀が悪いからしちゃいけないんだよ?
それでも、誰1人として機械類を持ってない。
食券機もない。
厨房にプロパンガスもない。
部屋の灯りは窓から差し込む日光だけ。夜になると灯るであろう光源はLED電球ではないようだ。セントラルステーションにあるガス灯に似ていた。少なくとも電気で点くものではない。
挙句の果てにはスケルトン。
生スケルトン。
死んでるから『生』って表現に違和感があるけど、とにかくスケルトン。
認めよう、異世界であると。
受け入れるしかない現実を前に、納得してくれたと確信した暁さんは上機嫌でいらっしゃる。
「驚くのも無理はない。が、これから、少なくともメリアローザとグレンツェンは異世界間で同盟を組もうと考えてますので、よろしくね♪」
異世界と呼んで地雷原と書くのだろうか。
暁さんから核爆弾が落とされた。
つっこみたい。でもつっこんだらご飯が遠のく。ここはぐっと我慢だ。あたしを含めて全員、我慢だ。全てを飲みこまないと先へ進めない。
沈黙ののち、七夕祭りの準備に赴くたかピコさんを見送って話しを続ける。
「では最後の3つ目。の前に、まずは前菜をどうぞ。耳だけ傾けながら食べていて下さいね」
暁さんの言葉と同じくして、ウェイターが大皿を机に並べた。サーモンのマリネ。ブルーラプトルのすね肉の蒸し焼き。ブルーラプトルってなんだ。直訳すると青い中型恐竜なんですけど。いるんですか、食用にできる恐竜。
恐竜と言えばダイナグラフ王国と恐竜王。天を裂く咆哮が耳に聞こえてきそうだ。
ダイナグラフもメリアローザも同じ世界にあるなら、恐竜がいてもおかしくない。しかしまさか食卓に並ぼうとは思わなった。あたしの人生に、恐竜を食べる日がこようとは。
個人的にはキッチン・グレンツェッタとして恐竜王にはお世話になった身。食べるのは少し気が引け――――すみれ、あんた普通に食べるんかいっ!
暁さんの3つ目の話しとは、我々の世界でいうところのキャッシュカードのこと。
専用の金属板を決済時に提示することで、暁さんの預金口座から金銭の支払いができるという超便利アイテム。
目の前にあるのは支払い専用のカード。利用者の魔力を登録することで、本人以外の利用を不可能にできる。セキュリティ万全じゃん。すげぇ。
人間の持つ魔力は指紋と同じで他人と同じものはない。理論上、暗証番号よりもずっとセキュリティの高いものとして研究されていた。
グレンツェン側の世界でも、実は理論は完成してるらしい。それに耐えうるマジックアイテム、ひいてはマジックアイテムを作るための魔鉱石が足りてないがゆえに実現できてない技術の1つ。
それがここでは一般的に使用される。異世界すげぇ。あたしたちの世界よりもずっとハイテクなのでは?
すげぇと言えばグレートキングサーモンとシロミウオのマリネ。なんとマリネに使っているサーモンのサイズが5cm四方以上もあるではないか。サーモンは人気の食材。みんな大好きだから値段も高い。
食卓にのぼろうものなら戦争になる。取り分けておいても取り合いになった。少なくともあたしの家庭はそうだった。
そんな高級食材が皿の中で泳いでる。我々がサーモン大好きな人種だということをヘラさんから聞いた暁さん。喜んでもらおうとたくさん用意してくれた。
おかわりの用意もあるという。マジですか。マジでいいんですか。遠慮なく食べますよ?
あ、いかん。サーモンに夢中で暁さんの説明が頭に入ってなかった。あとで誰かに使い方を聞こう。
「――――と、キャッシュプレートの説明は以上です。そんなに難しい操作はないので大丈夫だと思います。しかし、本当にみんな好きなんですね。それじゃ、サーモンとシロミウオを追加してもらいましょう。でも、あくまでメインは鮎定食なので気を付けて下さい。それから工房で石鹸を作ったあとは3時のおやつタイムがありますので、食べすぎには注意してください」
「サーモンもすね肉もちょ~おいしい。ブルーラプトルのすね肉って言ってたけど、本当に恐竜のすね肉なの?」
ヘラさん、ナイスクエスチョン!
「ですです。狂暴なんですけど、基本的に草食みたいなんですよ。ちゃんと食肉にできるんで助かりますね。狂暴なんで極力戦わないようにしてますけど」
人を襲う恐竜もおるんかいっ!
痛った! 吹き出しそうになって酢が鼻の穴に逆流した。
「さて、とりあえず最初に説明しておかないといけないトップ3の話しは終えたので、次はみなさんの旅行の目的を共有させてください。何かあった時に対処できるようにしたいんです」
落ち着いたところで暁さんも箸を取る。
それはいいけど、『最初に説明しておかないといけないトップ3』ってことは、4つ目も5つ目もあるんですか。
きっと全員思ったであろう疑問は沈黙に押し殺されて咀嚼音に搔き消される。
だってつっこんだら、寄り道ばっかりで前に進めないだろうから。
暁さんの予定はアナスタシアさんの刀を打つこと。3日打って1日寝る。その間、暁さんとの交流はできない。くわえて、今日のこの昼食後も仕事が入っていて会話を重ねることができない。
ひじょうに残念だ。
暁さんとはもっと話しがしたかった。
暁さんからメリアローザやアルマの話しを聞きたかった。
仕方がない。寝たあとにいっぱい相手をしてもらおう。
暁さんの予定を把握して、次は隣の大和撫子の番。
艶やかな黒髪ロング。蝶貝のピアスがおくゆかしい気品さを醸し出す。
「次は私ですね。改めまして、鬼ノ城華恋です。私はギルドで事務仕事をしています。趣味で装飾品のデザインやアクセサリー作りをしています。みなさまが御滞在の期間はあちらの事務所に詰めていますので、何かありましたらお呼びください」
それから、と息を入れてフィアナさんを見る。
「私は暁さんの所有する宝石や貴金属の管理も任されています。フィアナ様にお渡しする予定の品々も既に準備済みです。それから、エルドラドの案内も任されているので、立ち入る際には必ずお声がけください。エルドラドは元奴隷の獣人たちの住む黄金郷。立ち入りには制限がかけられていますので (華恋)」
「アルマも許可をもらいました~。なので、アルマもエルドラドを案内できます。華恋さんが多忙の際にはアルマにお声掛けください (アルマ)」
「初めまして、フィアナ・エヴェリックです。ベルン寄宿生として宝石魔法を研究している者です。このたびはどうぞ、よろしくお願いいたします (フィアナ)」
「エルドラドには既に宝石魔法を使った結界を施してあります。なので、宝石魔法に協力してくれると思いますよ。エルドラドに住む方々にとって、特に重宝するものを作りましたからね (アルマ)」
「さすがアルマだ。みんなも雨に濡れる心配がなくなったって大喜びだったぞ (暁)」
どや顔を炸裂するアルマの両隣で難しい顔をするシェリーさんとライラさん。
それもそのはず。いくら異世界で宝石魔法を行使しても、現時点ではフィアナさんにメリットはあまりない。それはエルドラドへの視察の目的にある。
『奴隷扱いされている者が生産した物品の利用禁止』
我々の世界では、奴隷という存在と概念を強力に否定する。
過去を振り返ってみれば、奴隷という存在はいくらでもいる。だからこそ、歴史を振り返り、人権を尊重するからこそ、あってはならなかった歴史だった。
エルドラドは元奴隷の獣人たちの住まう場所。と、暁さんは言う。
それが本当なのか。口だけなのか。暁さんを信用してないわけではない。
それでも、真実を確かめる必要がある。彼女たちはそのために渡航した。彼女の言葉が本当なのかどうか。実際に訪れ、自分の目で確認しなければならない。
彼女たちだって、奴隷を扱って採掘作業をさせてないと願った。
宝石魔法はその性質上、研究の進んでない分野。これを先んじることができれば、世界レベルでイニシアチブを握ることができる。
ベルンの、世界の発展に寄与できるかもしれない。宝石魔法の延長線上にある精霊召喚にも影響を与えることができるだろう。
それはとっても胸の熱くなることだ。ぜひとも叶えたい願いである。
だが、もしも、奴隷に宝石の採掘をさせているというのなら、良き未来を願う1人として、忸怩たる思いの籠った品を受け取ることはできない。
希望と不安の入り混じった感情がフィアナさんを含め、3人の胸の内に渦巻いた。
そんな彼女たちの不安を取り除こうとしてヘラさんが動く。
シェリーさんたちの不安な気持ちを拭い去る言葉を投げかける。
いや、彼女の言葉は『拭い去る』というより『吹き飛ばす』と形容したほうが正しかった。
「実はエルドラドで魚の養殖を試験してもらってるの。高純度の魔鉱石を利用したマジックアイテムによる魚の養殖技術の確立。成功すれば、機械や環境に依らない新しい技術として提供できるわ。エネルギーは魔力だけに絞ってるから、とってもクリーンなエネルギーで安全な魚を供給できる。とっても素敵な試みだと思わない?」
一瞬沈黙して、シェリーさんが肩を落とす。
「あの、ヘラさん、我々はエルドラドに『奴隷が搾取されているかどうか』の視察に来てるんですよ? それを、先んじて既に技術供与してるとか、暁の言葉が嘘か、あるいはこちら側の世界において見解の相違があったりしたらどうするんですか。もしかして、ヘラさんはエルドラドに赴いたことがあるんですか?」
「ううん、まだないよ。でも私は暁ちゃんのことを信じてるから」
満面の笑みで返すヘラさん。心の底から暁さんを信頼する。
それを見た騎士団長はすっかり肩を落とし、力なく返事をするにとどまった。ここで何を言っても現実は変わらない。諦めの境地とはこのことよ。




