ぽんこつ慕情恋物語 8
以下、主観【ベレッタ・シルヴァ】
その頃、わたしと義兄は反省会を兼ねて彼の家に晩御飯を作りに赴いていた。
ため息を殺して食卓につく。こんなに陰鬱とした食事があるでしょうか。
切り替えていかないと生きていけない。今日の失敗はもうどうしようもない。なのでこれからのことを考えていきましょう。
真剣にくよくよ考えていても仕方がありません。
今日はお義兄ちゃんの大好きなチーズと野菜たっぷりの卵のココット。特にほうれん草とアスパラガス、茹でたニンジンを使ったものが大好物。
メインは薄切りのハムを2cmも重ねて焼いたクロック・ムッシュ。お義兄ちゃんは子供の頃、『大人になってお金を稼いだら、めいいっぱいのハムを使ったクロック・ムッシュを食べるんだ』と神父様に語ったらしい。
言葉通り、チャンレンジャーズ・ベイにあるサンドイッチ店にはほぼ毎日通い、昼食にはハムたっぷりのクロック・ムッシュを頬張っているそうだ。
付け合わせにはシンプルなオニオンスープ。かぐわしいバターと玉ねぎの甘さを楽しめる家庭料理のひとつです。
「さすが、料理も上手になったな。これならユノさんも満足するだろう」
「ありがとうございますっ。でもその言葉、できればペーシェにも同じように言って欲しかったですっ」
不機嫌が滲み出る。言葉尻が飛び上がってしまう。
義兄は力なくスプーンをテーブルに置いて肩をすくめた。
「そういじめないでくれ。悪かったと思ってるよ。しかし、なんというか、いざ対面すると言葉に詰まって。考え事をしてる間に時間が過ぎてたんだよ」
真面目がすぎるのも困りものです。
今しばらくは悩みごとを頭の片隅に追いやって手を合わせるといたしましょう。
手を組んで神に祈り、手を合わせて食材と、ここまでに至った全てに感謝を捧げた。
前半はグレンツェンでよく見られる文化のひとつ。生きていることを神に感謝する儀式。
後者はすみれの考え方をリスペクトしたもの。自然の恵みと生産者、料理をしてくれた人々、生かしてくださっている神々、数多ある命に感謝を表す倭国独特の習慣。
今までは神様に感謝するばかりで目の前にいる命に、足元がおろそかになっていた気がする。それをキッチン・グレンツェッタで思い知った。ハティさんの『命を大事に』。たったそのひと言で目が覚めた思いになる。
だからこうして、神に祈り、人々に感謝をするように意識した。ともあれ、あんまり長いと冷めちゃうから短めにしています。
とろとろの半熟卵を崩してほうれん草と共にぱくり。なかなかいい具合にできたのではないでしょうか。
クロック・ムッシュにも少し工夫をしてみました。ハムのサイズをバラバラにして食感を変えています。
さらに数枚はカリカリベーコンが仕込んであります。すみれに教えてもらった技術です。本当にさすがです。想像していた以上においしいです。
食事もそこそこに片付けに入りながら、自然な流れで話題を戻しましょう。
叱咤するつもりはありません。ただ、どうしても聞いておきたいことがあるんです。
それは――――
「ルーィヒがペーシェの服をお披露目した時、呆然としてたけど、どうしたの? 趣味に合わなかった? とっても素敵だと思ったけど」
「いや、それなんだが、めっちゃ似合ってた。かわいすぎて心臓が止まるかと思ったよ。息ができなくて窒息死するかと思った」
「そこまで?」
そんな調子だと、彼女をデートに誘うたびに死ぬことになるけど?
「いやもう、どんぴしゃ。飾らない感じというか、隣にいて窮屈じゃないというか、いつまで見ていても飽きないというか、晴天が霹靂して意識が飛んだ」
そのままの言葉を彼女に伝えればよかったじゃないですかっ!
力が入ってうっかりお皿を割るところでしたよ。
こんな調子で大丈夫なんでしょうか。
他人のことながら、義兄の行く末が心配になってしまいます。
♪ ♪ ♪
後日、今日のことを人生の先輩に話すと、わたしの脳天に落雷連発。後悔と懺悔タイムが始まったのです。
ベルンの小さなカフェの一角。
マサーラー・チャイの専門店。
甘く柔らかな飲み心地とスパイスの香りが楽しめる穴場スポット。
日陰のテラスに3人と1匹の影。
使い込まれた三角帽子の内側で星々の輝きが明滅している。黒髪ストレートが美しい星の魔女【マーリン・ララルット・ラルラ】。
ベルンが誇る騎士団長。立てば芍薬、座れば牡丹、戦う姿は戦乙女【シェリー・グランデ・フルール】。最後に彼女の家族の子猫のプリマ。
何か困ったことがあったら頼って欲しい。
そんな頼りになるお言葉に甘えることにした次第です。
さて、星の魔女の見解は、
「それは、困ったものねぇ。でもまぁ少なくとも、貴女が登場するまではいい雰囲気を自分たちで作れていたんでしょう。ならあとは自然の成り行きに任せるしかないわ。彼は自分の工房を持ってるわけだし、ペーシェのことを知らないわけじゃないんだから、経理や事務員ってことで雇う形で会話を重ねる機会だって設けられるでしょう。結局は自分次第。恩返しをしたいベレッタちゃんの気持ちは分かるけど、過干渉は返ってややこしいことになるかもよ?」
「お義兄ちゃんに謝りたい……」
ついでに死にたい気持ちになりました。
星の魔女に祈ると願いを叶えてくれるでしょうか?
シェリーさんはどうでしょう?
「私は恋愛に疎くて力になれない。彼らには幸せになって欲しいとは思うが。困ったことがあったら相談してくれと息巻いてたのに、すまないな」
「いえ、こちらこそ、貴重なお時間をいただいてありがとうございます。でもどうしましょう。償う方法はないでしょうか?」
シェリーさんに懇願するも首を横に振られてしまう。
では星の魔女マーリンさんは?
「償うって言ってもねぇ……」
難色を示し、紅茶をひと含みして断言。
「無理じゃないだろうか」
一刀両断。
がっくりとうなだれるわたしに救済の提案をしてくれるシェリーさん。
「うぅむ。ベレッタの言うところ、挽回できるタイミングとしてはサマーバケーションくらいか。みんなで海に繰り出すんだろう?」
「そうなんですが。スケジュール的に寄宿生の夏季合宿のお手伝いをすることになっていて、残念ですがわたしは不参加の予定です」
「よもやと思うが、バーベキューのホストはすみれか?」
「どうしてそれを?」
なるほど。ひとつ頷いてどこかへ電話をかけ始めた。左手にべったりとくっついたプリマを愛しそうに撫で、楽しそうな会話を弾ませる。電話口の相手はライラさんのようだ。
今年の夏季合宿の教官はシェリーさんとライラさん。何か策を張り巡らそうとしているのか。
マーリンさんは直前になるまで参加できるかどうかが分からない。
プライベートでも仕事でも多忙。直前までスケジュールがあやふやしていた。個人的には非常に楽しみにしてくれているものの、周囲の環境が思い通りにことを運ばせてくれないという。
ある一定の地位にいる人は往々にしてそうなのだろう。
神父様の顔を最後に見た日はいつだったか。随分と前のことだったように思える。
きっと彼なら、天啓にも似た閃きが閃光のように走り抜けるに違いない。
あぁ、経験値の足りなさたるや。若さゆえの過ちたるや。主よ、この懺悔の気持ちを一掃できる機会をお与え下さい。
ミルクと緑茶、ひと振りのシナモンの香り漂うお気に入りのチャイを傾けて、わたしはため息を空に打ち上げた。
〜おまけ小話『アルマの髪をいじろう』〜
アルマ「こんなに大挙していらっしゃらなくても」
ペーシェ「いやいや、ツインテ以外のアルマを拝めるなんて眼福眼福♪」
アルマ「そんなに違うもんですかねぇ」
ベレッタ「全然違うっ! やっぱりポニテもストレートも似合う!」
ウォルフ「いえ~い♪ ローポニーも三つ編みもポンパドールもかぁ~わいぃ~♪」
エマ「完全に遊ばれていますね。嫌だったらはっきりおっしゃって下さいね」
アルマ「いえ、まぁ、外行きじゃないなら。部屋の中でならツインテじゃなくてもいいです」
ペーシェ「謎のこだわりがあるよね。なんか理由があるの?」
アルマ「ぐぬ……これといって具体的には。アルマはツインテール。信条なだけです」
ウォルフ「アルマは髪が長いんだから。もっともっとおしゃれしないと。あ、そうだ。ベレッタさんもツインテールにしてみましょう。いつもストレートですから、たまにはくくってみませんか?」
アルマ「激しく同意!」
ベレッタ「えぇっ! まぁ、仲間内でなら……」
ウォルフ「いえ~い♪」
キキ「生き生きしてらっしゃる」
ウォルフ「ヤヤちゃんもツインテールにしてみる?」
ヤヤ「そうですね。たまにはいいかもしれません」
ウォルフ「それじゃ、みんなもツインテールにしてみる?」
エマ「まさかの飛び火!」
すみれ「私もお願いしますっ!」
ウォルフ「ぐっ……頑張ってみよう」
ベレッタ「歯切れが悪い?」
ペーシェ「すみれの髪って剛毛なんですよ。形状記憶してるみたいに元に戻ろうとするんです」
キキ「もっと長く伸ばしたらおとなしくなりますよ」
ウォルフ「どうだろう。ヘアピンもあいたっ! ヘアゴムもいっ痛! はじき返してくるんだが」
ベレッタ「こ、こんなことが……」
アルマ「いっそアルマもすみれさんとお同じ髪質だったら、いじられなくて済むのに」
ベレッタ「それはダメっ!」
結局、アーディとペーシェの仲を取り持つこと叶わず、ベレッタは心残りを残したままベルンに行ってしまいました。頼りになるお姉さんたちに悩みを打ち明けて後悔するベレッタ。夏のサマーバケーションに向けてがんばれっ!
次回はペーシェ主観で進むストーリーです。
何も知らされることなく異世界を渡って旅行に行く面々。
そこで知る未知なる世界にどきどきわくわくの連続。
彼女たちは無事に旅行1日目を終えることができるのでしょうか。




