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~小話・タコと双子~

以下、主観【スパルタコ・セヴェリーニ】

 飲み始めてしばらくが経ち、さっそく酔いの回った男連中は肩を組んで卓を囲った。

 酒がうまけりゃ飯もうまい。おまけに料理を運んでくる女の子たちがみんな美人揃いとくれば、ナンパのひとつもかけなきゃ男がすたるってもんでしょう。

 特に気になるのはふわふわショートヘアの双子の金髪美少女。

 優しそうな物腰に明るい笑顔。服越しではあるがスタイルもなかなか良いと見た。


「あんちゃん、もしかしてリリアちゃんとルルアちゃんを狙ってるのかい?」


 仲良くなった酔っぱらいの船乗りが肩に手を回してにやけ顔。


「あの双子の子、リリアとルルアって名前なんすか?」

「あぁ、この店の看板娘で、女将さんと船長の子供だよ」

「へぇー……えッ!? 微塵も似てねぇっ!」

「だろ? 全部女将さん寄りなんだよ。でも性格は2人を足して2で割った感じ」

「「もしかして、わたしたちの噂をしてます?」」


 声がダブルで聞こえるのは双子のシンクロという神業。分身したかのような姿やしぐさは鏡合わせではないかと錯覚させられるほど、一部の隙もなく同時に動いた。

 揺れる髪もたなびくスカートも同じように動く。

 奇妙なものを見てるように思えた。実際、不思議な少女だと思う。

 ともあれここは酒の席。酔いに任せて声をかけると、嫌がるそぶりもなく両隣に座ってお酒を飲んだ。


 いつものパターンなら当たり障りのない言い訳をされて相手にされない。

 無視されることもあれば、連れの男がいて、なんくせつけられたうえ、胸ぐらを掴まれて尻もちをつくなんてざらにある。

 なんでそこまでされておいて、こりもせず女の子に声をかけるのかって?

 彼女が欲しいからだよ。

 彼女が欲しいからだよっ!


 そんな不愛想な態度をとられ続けてきたものだから、こういうふうに自然体で受け入れてくれる女の子というのは実は初めてだ。

 少しドキドキしながらも、彼女たちの質問に答えてはこっちからも質問をした。

 彼女たちの処世術は大したもので、興味深そうに大きく頷いては前のめりに顔を近づけてくる。

 脈アリ?

 脈アリですか?


 そうでなくても錯覚したい、信じたいというのは男の性よ。

 良い気分になってついつい自慢話やら苦労話やらが漏れてしまう。

 それから彼女たちの手料理の話しになって、双子は目の前に並んだ皿の1つをとってみせたのだ。でもそれは、できれば手前に持ってきて欲しくなかった皿だった。


「「これは今朝獲れたばかりの春子タコです。塩茹でして柔らかくなるまで煮詰めたんです。わたしたちの大好物でもあるんです。よかったら食べてみてください!」」


 差し出された料理はタコのうま煮。甘辛く味付けされて匂いはとてもおいしそう。

 な、の、だ、が。何を隠そうスパルタコ・セヴェリーニ。デビルフィッシュが大の苦手。

 見た目がグロテスクなのがもう無理。生まれてこのかた食べたことがない。

 ペーシェのやつは俺の名前を重ねてタコ野郎だなんて呼ぶ始末。お前だってタコ食べないじゃん。

 自分がそこそこポンコツなのは分かってる。ペーシェも本気でタコ野郎と侮蔑してるわけじゃないのも分かってた。いや、この部分に関しては、信じたい、というのが本音だな。


 うぅむ、しかし、好意を持ってくれてるであろう美少女の誘いを断るなんて俺の性格が許さない。

 とはいえなんでよりによってタコが好物なんだよ。もっとおしゃれな海産物だってあるだろうに。鯨肉だったら喜んで口に運んだのに。


 困惑する俺の姿をサーチしたのか、にやにや顔の腐れ縁が現れる。


「わぁ~なにその料理、すごくいい匂いしてる。おいしそう。お、タコ料理?」


 超がつくほど下卑た笑顔を浮かべて踊りくるペーシェ。

 こういう時はたいてい、俺を小馬鹿にしようと考えてる。


「「そうなんです。すっごくおいしくできたので食べてみて下さい」」


 ペーシェと対極にいる純真無垢な双子には、悪鬼羅刹の腹の中など見えやしない。


「タコって食べたことないけど、いただきまーす。うんうん。んっ、おいしい! 筋肉質って聞いてたから硬いのかと思ったけど、柔らかいし甘辛の味付けが癖になる。もっと食べていい?」


 なにうまそうに食ってんだこんちくしょう!


「「どうぞどうぞ。おかわりも別のタコ料理もご用意してるので、是非食べていって下さい。こっちのタコの唐揚げもオススメです」」


 ほいほいと口に運んでいくペーシェ。お前って意外と怖いもの知らずだよな。人見知りもしないし、なんにでも挑戦していく姿勢は尊敬する。羨ましいと思ったことも何度もあった。


 そうだよなぁ。こいつには舞台作家になるっていう明確な夢がある。

 対して俺は何かを目標にするわけでもなく、とりあえず小遣い稼ぎにアルバイトをして、そのうちやりたいことが見つかるだろうと思ってた。そして時間だけが経過する。

 料理や接客は好きだし、SNSで情報を発信するのも好きだ。とはいえそれらを収入の柱にしようかと言えば違う気がした。

 このままだと死ぬまで変われない気すらしてくる。


「あ、そうそう。スパルタコはタコ料理が大好きなんだよ。いっぱい食べさせてあげてね♪」


 何言ってんだこの野郎ッ!

 俺がタコを嫌いなことを知ってるくせになんてことを言いやがる。

 純粋に信じる双子。

 歯ぎしりをして悪魔を睨みつける俺。

 飄々と姿を消すペーシェ。

 くっそが。もうこうなったらやぶれかぶれだ。いったれいったれ。

 夢にまで見た、お口にあーんをしてもらって、一生食べないだろうと思ってたそれが胃に収まる。


 …………あれ、これうまいかも。


 刺身をあーん。

 アヒージョをあーん。

 唐揚げをあーん。


 もぐもぐごっくん。うん、これうまいわ!


 見た目はアレだけど食ってみるとすごくうまい。

 なんで今まで食べなかったんだろうと疑問符が湧き出てくるほどの後悔と、天国にたどり着いたような幸せを感じる。

 しかもこんなかわいい女の子にあーんしてもらえるのだからうまさ100倍。

 ありがとうペーシェ。背中を押してくれてありがとう。

 俺、お前のことを誤解してたかもしれない。


 そんな都合のいい解釈をし、楽園を満喫したものだから、自分の思った未来予想図と違って悔しくて遠くでのけぞって頭を抱えて吠えるペーシェの後悔の叫び声は聞こえなかったのだった。

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