ぽんこつ慕情恋物語 5
白の長袖。リーフグリーンのパーカー。紺色のジーンズの3点セット。
どうでしょう。フォーマルでありながらカジュアル。シンプルなかっこよさと清楚感のある無地の服は、隣で歩く彼氏としてふさわしい服装ではないでしょうか。
時々見かける、彼女とのデートで気合いを入れすぎて、変に目立つ色やデザインの服を着て失敗するパターンがある。
本人は彼女の気を引きたいのかもしれないけれど、隣で歩く女性としては、普通の服で臨んで欲しいと思うもの。
と、シスターに聞きました。
なので、私の考える『普通におしゃれな服』要素を盛り込んだ組み合わせです。
無難におしゃれ。
なんだかんだでこれが一番大事なのではないでしょうか。
「おぉ~っ! スタイリッシュでカッコいいですね」
「ええ、とってもお似合いですわ。細身ですが肉付きはしっかりしているので、こういったスタイリッシュでカジュアルな服装がよく似合いますね」
「「Oh! Very cool!」」
すみれとアラクネートさん、キキちゃんヤヤちゃんには高評価。アルマちゃんはどうかな?
「非常に無難。かつ、フォーマルでカジュアルですね。でも、なんだかんだで、こういう普通とも思える組み合わせが一番難しいのかもしれませんりのみちもいっぽから」
少し言葉が濁るアルマちゃん。それもそのはず。自分自身が今まで、おしゃれに関するアンテナを低くしていたツケが回ってきたと感じている。
しかも、故郷のメリアローザでは、男性は甚兵衛か着物、戦闘服が一般的。男性が洋服でおしゃれをするなど考えてもいなかった。
おしゃれは金持ちや貴族の特権。その程度の認識なのである。
ハティさんに至っては、男性のおしゃれがなんなのかすら分かっていない。
今日日、関心事は女の子のかわいい服とはどんなものなのか。自分のことで頭がいっぱい。
義兄の洋服になど興味なし。
きょろきょろとあたりを見渡しては、かわゆい服を観察していた。
キキちゃんとヤヤちゃんは、義兄の服をカッコいいと褒めながら、将来のお婿さんもこんな服が似合う人がいいなと思っている。
義兄を通り越して、まだ見ぬ彼氏に想いを馳せた。
目下、興味を抱いてくれるのはアラクネートさんとおしゃれ勉強中のすみれだけ。
異性のおしゃれに興味津々な2人。着せ替え人形のように、あれやこれやと押し付ける。
問題は、ですよ。
ペーシェがどんな顔をしているか。
無表情だった。
え、どういうこと?
全然タイプじゃなかった?
刺さってない?
刺さってないんでしょうか?
固まるペーシェを横目にルーィヒが一歩前へ出た。
「やっぱスタイルいいとカジュアルファッションが似合いますね。リーフグリーンのパーカーはベレッタさん推しですか?」
「うん、お義兄ちゃんは黒とかの暗色が多いんだけど、明るめのリーフグリーンを入れて少しイメチェンしてみるのも面白いかなって。どうかな?」
ルーィヒと、それからペーシェにも視線を送って回答を乞う。も、ルーィヒはともかくとして、ペーシェが未だに夢の中。小さく口を開けて呆然と立ち尽くしていた。
これは、どういうことなんだろう…………?
ルーィヒが肘で彼女の横っ腹をどついてようやく意識が戻ってきました。
「うっが! あ、あぁえぇと、やっぱスタイルいいとカジュアルファッションが似合いますね。リーフグリーンのパーカーはベレッタさん推しですか?」
「おい、それはボクがさっき言ったセリフなんだな」
「えっ、うそ、マジで? えっと………………………………………………とてもよく似合ってると思いますっ! ぐはっ!」
ルーィヒがペーシェの足を踏んでしまい、ペーシェが悲痛の叫びを上げてしばしの沈黙。
のち、搾り出すような声で感謝を伝えた義兄。
このやりとりは数分前にした記憶がある。
これはアレなんでしょうか。
脈なしなんでしょうか。
逆に脈ありなんでしょうか。
ほとんどおんなじ反応をしている。
実は義兄とペーシェの行動パターンって同じだったりする?
だけど、同じすぎて反発しあってるとか?
まさかね……。
なんかわからないけど、このままではダメな気がする。
何がダメって、心の距離が近づかないとか以前に、2人が全く交わらないってことですよ。
手を繋ぐまでいかないにしても、言葉の交流すらままならない。これでは何も始まらない。始まるはずがない。
ここは正面から一点突破。強行突破で突き破るしかないのではないでしょうか。
「お義兄ちゃんもペーシェも服の似合い方が同じだよね。それじゃあ、2人で着合わせてみたらどうかな? 最初は公正なくじ引きだったけど、2人とも自分たちを良く知ってる間柄での組み合わせだったから、色々と試してみるのもいいと思う。わたしはルーィヒと一緒に組むから、ね?」
なんとか2人の手を取らせようとした結果、前半部分はそれっぽいことを言いながら、後半部分がかなり適当な言葉になってしまいました。
だってなんかこっちが緊張しちゃって頭が回らないよ。
しのごの言わずに首を縦に振ってください。
「う、うん。まぁそういうことなら」
「え、まぁ、知り合った仲間内ばっかりってのも、新鮮味がないしね」
よし、義兄とペーシェが同意した。
「よぉ~し、ベレッタさんをピンク色に染めてみるんだな」
「それはちょっと!」
ピンクは派手すぎ!
「え、なんですかなんですか。ベレッタさんに春色ワンピですか? アルマもお手伝いいたしますっ!」
「なんと。ワンピだけじゃなくて髪飾りとかも選びましょう」
「お帽子も選びましょう」
アルマちゃんはともかく、なぜか双子もノリノリ。
「ベレッタもいっぱいかわいくなろうっ!」
「え、あっ、はい。頑張りますっ!」
ハティさんまでテンションが高い。芋づる式にカワイイモンスターが現れる。逆に言えば、彼女たちを義兄たちから引き離すことができるのならば、2人っきりになれるということ。
誰に邪魔されることなく、語らうことができるということ。
なればこそ、わたしはみんなを巻き取って引き離さねばならないということ。
本当のことを言うと、ルーィヒが好むような明るい色の服は怖い。
自分が明るみに出るようで怖い。
開けた場所に出るようで怖い。
じっとしていたほうが安全だ。
誰かの影に潜んでいるほうが安心だ。
でも、それではダメだ。
籠の鳥のままではいられない。
飛び立つ時は今この時っ!
義兄とその想い人の影を見送って、自分は自分で試練に相対した。
白とピンク色のグラデーションが輝くワンピース。
薄い水色のカットソーに赤と橙色のチェックのスカート。
フリルたっぷりのゴシックロリータ。これはどう考えても普段着ではない。これを日常的に着られるのはアルマちゃんだけだろう。
お揃いだ、と言って飛び跳ねる彼女には悪いけど、ここまで目立つ服は着られない。
例えるなら、白の中に1点だけ黒があるような、それほどまでに目立ってしょうがない。
「慣れれば大丈夫ですよ♪」
「慣れるまでに100万年はかかると思うよ……」
「似合ってる。けど、これはさすがに現代では目立つ。こういう服で接客する店とかじゃないと着る機会なんてないよね。むしろどこからこの服を?」
手を挙げたのはアラクネートさん。まさかの私物。
「私の力作でございます。アルマさんがフリルたっぷりの服が大好きということで、私の好きな色と組み合わせて作ってみました。いかがでしょう?」
素敵です、以外の選択肢がないやつです。
実際、素敵なんですが、わたしのキャラではないというか。
「ちょ~~~~ぷりてぃーですっ! 最高にかわいいです。いつもは明るい色の服ですけど、黒いアルマも素敵だと思いませんかっ!」
金髪ツインテールを揺らしながら、黒いフリルのついたスカートをふわんわふんさせて飛び跳ねていた。なんというかわいさ。それ以上に、自分自身で『黒いアルマも素敵だと思いませんかっ!』と、自画自賛する神経の図太さを尊敬したい。
自己肯定感の塊。
その超絶神経をわたしにも埋め込んで欲しい。
「これは、これはさすがにチェンジでお願いしますっ!」
顔を真っ赤にして俯いた。恥ずかしすぎて顔を上げられない。
「そうですか~。残念です~。まぁきっといつかフリルのついた服を着たくなりますよ」
それはきっと一生ないだろう。
アルマちゃんには悪いけど。
「キキとしてはもっとスカートの丈が短くてもいいと思う。おっぱいのところも強調したい。胸元を出してセクシーにしたい。ベレッタさんはスタイルがいいので、もっと大人っぽくいて欲しいです」
願望っ!
それはキキちゃんが思う理想の自分では?
あと絶対に露出の高い服なんか着ない。着れない。着たくない。
「次はこっち。板チョコ柄のTシャツを着ましょう。絶対似合いますよ!」
それ、ウォルフも着てたやつ。
シリーズものなのだろうか。
もしかして流行ってるの?
ホワイチョコレート柄のTシャツに合わせて茶色のタイトスカート。これはまぁアリかもしれない。
「ボクはこれなんだな。アルマが好きって言ってたカーネーションピンク。の、ティアードチュニック。からの~、ジーパン」
「スタイリッシュかわいい!」
「これくらいなら、露出もないし、色は……ちょっと明るすぎると思う。でも、これなら他の人と同じような服だよね。大丈夫かも」
ルーィヒの好きそうな明るい色調の服を渡されて戸惑うわたし。あんまり気乗りはしないものの、和を乱すのもよくないと、渋々試着室に踏み込む。と、後ろ髪を引く声が聞こえた。
「あら、たしかに流行に乗ることは大事だと思います。しかし、大事なのは自分らしくあることだと思います。それが貴女らしい姿ですか?」
「わたしらしい、姿……」
「ゴスロリふりふりフリルスカート♪」
「ご、ごめん。それはない」
アルマちゃんは鳩がグレネードランチャーをくらったような顔をした。
いたたまれなくなって目を逸らしてしまう。
ごめんなさい。本当にごめんなさい。それを着るのだけは勘弁して下さい。




