ぽんこつ慕情恋物語 4
その頃、ペーシェとルーィヒは――――――。
「はあああぁぁぁぁぁぁ~~~~~~~~~~~~」
大きなため息をついていた。理由は明白。思っていた展開と全然違う流れになってしまったから。
ペーシェの思惑はこうだ。まず、わたしことベレッタと仲良くなる。
そこから義兄の魔導工学以外の趣味や好きなものをやんわりと聞き出し、少しずつ距離を縮めようということだった。
が。
仲良くなるどころか、気持ちのままに義妹に怒号を浴びせる始末。
義兄には、黒色が好きなのは知っていたから、おしゃれなハイビスカス柄の黒いパンツを提案。
敬愛する義妹のチョイスを選ぶのは分かる。問題はそのあと。自分の選んだものと知り、しかし彼は購入を拒否。
彼の言葉の通り、単に必要ないという理由かもしれない。
でもペーシェの受け取り方は違う。明確な拒否。そう捉えても仕方がない。
「どんまい」
「まだ終わってねーし! まだこれからだし!」
目をかっぴらいて首を90°曲げて叫ぶ。彼女も彼女で必死だった。
「いや、どん詰まりじゃん。アーディさんには拒否られ、ベレッタさんに嫌われるようなことをし、この先に待つは破滅のみ」
「くっ…………ッ! 魔導工学さえ身につけられれば」
歯ぎしりをして眉間にしわを寄せるペーシェ。彼女だって努力をした。彼の好きなものを理解しようと勉強したのだ。
だというのに、ペーシェは魔導工学書をぶん投げた。
まだまだ研究の始まったばかりの分野。初心者に易しい教本はまだない。
本を読みながら、手を動かしながら、さらに知恵者に教わりながら、ようやく基礎を理解できるような難易度。
一般ピーポーが付け焼刃で理解できるはずがない。
「そもそもさー、わざわざ相手の趣味に合わせる必要なんてなくない? むしろ、お互いの趣味が同じだと反発しあう場合も多いって聞くんだな。大事なのは相手を思いやる心じゃない?」
「それは分かってる。頭では分かってるけど。やっぱり趣味の合う相手が1番だと思うわけ。そもそも、あたしの趣味、知ってるでしょ? あたしの趣味に合わせるのは絶対に無理。あたしが無理!」
頭を垂れてため息ひとつ。
「めんどくせぇ~~…………」
「めんどくさくねぇし。もっと頑張れし!」
「お前が頑張るんだな!」
♪ ♪ ♪
30分もすると、これと決めた面々が集まってきた。みないい笑顔をしている。楽しい時間を過ごせたようだ。わたしと義兄以外は。
わたしは真剣に、ペーシェが気に入ってくれそうな服を選びました。目が血走るほどに走り回り、かっこいい黒色の服を合わせまくる。型もサイズも関係ない。片っ端から引っ張りだした。
フォーマル。
カジュアル。
パンクスタイル。
ペーシェとお揃いで着て似合う黒。
そういえば、すみれがペーシェの魂の色を【夜色】だと表現していた。
そっち方面で考えたほうがいいのだろうか。
選んだものの悩みが尽きない。いやしかし、まだまだ時間はある。今度は見慣れないタッグで手を合わせてみようと提案しよう。
はふーっ。ため息をついていると、ガーリーなキキちゃんが選んだガーリーな服を着たハティさんが現れた。
「見て見て~! ハティさんのスカートだよ。ちょ~かわいいくない!?」
「まぁ~~~~っ! とっても素敵でございますわ! スカートのハティ様も眼福です! キキちゃんのセンスは抜群ですわね」
「ちょ~かわいい。けど、なんでへそ出しルック?」
スカートの上はゆるふわなTシャツ。だが、どういうわけかおへそがチラ見え。
どうしても収まらなかったわけとは、
「お~~~~~~っっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっぱいが大きいので、どうしても服が浮いてしまうのですね。Tシャツもいいですが、清楚感のあるブラウスなんてどうでしょう。あるいはワンピース……では足元の丈が変になりますか。スカートはかわいいのでこれでいいとして、トップスは肌に吸い付くような生地がいいかもしれません。ハティさんのナイスバデーを強調できます」
「ジーパン姿しか見たことなかったから新鮮。でも、ちょ~かわいいんだな!」
「かわいい? ありがとう!」
キキちゃんを思いっきりハグして感謝を伝えるハティさん。
彼女は高身長のせいでかわいい服は自分に似合わないと思っていた。かつ、選ぶ服がない。
シャングリラではアラクネートさんがオーダーメイドしてくれるものの、それまではずっと男物のズボンに大きめの女性用トップス。
それが基本だった。
それが日常だった。
今日、その日常は非日常となる。
キャミソールにカーディガン。ボトムスはショートパンツで健康的な大人かわいいを演出。
お次は、おしゃれな白のビスチェ。フリルのついたティアードスカートでセクシーかわいいを体現。
最後に、巨大チュニックをだぼだぼ感覚で着こなし、チェック柄のミニスカートの淵が見えるか見えないかくらいのところでサイズを調整している。
まさかのあざとかわいい系に挑戦。
驚いた。キキちゃんのおしゃれセンスのレベルの高さに驚愕した。
曰く、いい女になるにはまず見た目から。ということで、ハイジに弟子入りをし、おしゃれコーデを学んでいたらしい。知らなかった。そんな努力をしていたとは。
驚いたことはもう1つ。服を変えるだけでここまで印象が変わること。
これならわたしだって、もっともっとかわいくなれるかもしれない。自分に自信が持てる自分になれるかも。
それは義兄にとっても同じ。ペーシェに刺さる服にすれば、彼女の心を揺るがすことができるかもしれない。
黒か。
逆に白か。
考えても分からない。考えれば考えるほど分からない。
ルーィヒのチョイスはまさかの白!
白が正解だったのか!?
「うっげぇ~。白のワイシャツにチェックのジャケットを腰に巻いて、パンツは青のスラックス。さすがルーィヒ。あたしが選ばないチョイスをよく分かってらっしゃる」
「うっげぇ~、とは心外極まる」
「ルーィヒさん、グッジョブです! かっこかわいいですっ! 赤のチェックが素敵です!」
「かわいい!」
「「Oh! Very cool!」」
「とってもお似合いいらっしゃいますよ。清楚感のあるフォーマルさとジャケットのカジュアル感の融合が素敵ですね」
「普段はTシャツが多いよね。ちょっと新鮮かも。ね、お義兄ちゃん。お義兄ちゃん?」
からの、から続きの言葉が出てこない。順番的に義兄の番。だというのに、見とれているのか、言葉がないのか、興味がないのか、何を考えているのか分からない顔をしていた。
肘で横っ腹を突いて会話のバトンを無理やり渡そう。
「うごっ! あ、えっと、清潔感があっていいな。新鮮というか、真新しいな」
「ッ!(怒)」
不意に足を踏んでしまった。
怒りを悟られまいと、笑顔で。
「いづっ! あ~、えっと………………………………………………似合ってるな!」
「間ッ!」
「いや、無理して褒めなくていいんで」
言葉に詰まるペーシェ。露骨にがっかりしてる。
仮に好意のない男性からの言葉にしても、あまりにも淡白で無関心すぎる感想。好意の相手であれば意気消沈もの。
もう一度、義兄の足を踏んでおこう。
「ご、ごめんね。お義兄ちゃんは女性と服なんて選びに来たことがなくって、どう言葉にすればいいか分からないだけなの。ペーシェの服、すっごくかわいくて似合ってるよ。カジュアル&フォーマルで、芯の強いペーシェによく合ってる」
「カジュアルかっこかわいいです! パンツはスラックスじゃなくてスカートでもよさそうですね。黄色と赤色のグラデーションで、全体的に秋色コーデに仕上げたいです」
「ナイス、すみれ! 白のトップスと赤のスカートもバッチリ合いそう!」
私も似合うと思う。当の本人は苦虫を噛み潰したような顔をしてるけど。
おしゃれ道を勉強中のキキちゃんもペーシェのかわいさにがっつく。
「ハイジさんも言ってた。上を軽めの色、下を重めの色合いにすると全体のバランスがとれるって」
「なるほど。シンプルながらバランスの取れた万人向けのコーデですね。スラックスならスマートでカッコよく、スカートは広がりを持たせることで可憐に見えるかもしれません。勉強になりますっ!」
「さすがペーシェさんとルーィヒさん。シンプルながらペーシェさんをかわいく見せる、ペーシェさんを知り尽くしたペーシェさんのためのファッションですね。さぁ、お次はアルマさんの番です。ヤヤ・プレゼンツです。どうぞっ!」
アルマちゃんのファッション!
普段は色違いのふりふりフリルの和服スカートばかりの金髪ツインテール。
好きな服とはいえ、着たきり雀すぎる彼女の変身はひじょ~~に気になる。
しかも相方はヤヤちゃん。昆虫食好き。爬虫類食好き。すみれが驚くほど、料理の感性もぶっ飛んでいる。チョコレート好きの偏食家。
大人っぽい印象を持ちながら、中身は全力で子供なヤヤちゃん。
全身全霊全力全開で我が道を行く彼女のファッションセンスとは!
いざ、試着室が開かれるっ!
「う、うぐぐ……まさかこんな服を着る日がアルマに来ようとはっ!」
苦虫を嚙み潰したような少女の顔があった。
その姿は、まさかの、長袖ショート丈のへそ出しルック。
ボーイッシュなパンツにロングソックスといういで立ち。
なんということでしょう。金髪ツインテールのボーイッシュとは恐れいった。
当然かわいい!
フェミニーなアルマちゃんもくっかわ!
「かわいいっ! やっぱりアルマちゃんは何を着ても似合うねっ!」
「あ、ありがとうございます。あっ、ペーシェさんもボーイッシュスタイルですか。すっごい似合ってますね。素体がかっこいい系入ってるので違和感ないですね」
「ん~~まぁ〜〜ズボンとTシャツは好きな部類だから板についてる感はある。ただ、明るい色の服は殆どないかな。アルマも似合ってるよ。個人的にはツインテールを三つ編みにして、ハンチング帽を被せたい」
「ツインテール以外はNGなので」
「赤と茶色のチェック柄が似合うと思う」
とにかく赤色要素を入れたいすみれ。
間髪入れずに思いの丈をねじ込む姿勢は見習わなければならないのかもしれない。
「ツインテール固定なので、自動的に帽子はチョイスの外です」
「おさげツインテールじゃダメなの?」
「ダメです。常にここです。ここじゃないとダメなんです」
謎のこだわり。だかそこがいい。
「こだわりがあるのですね。帽子が嫌い、というわけではないのですよね?」
「そういうわけじゃないです。ツインテールにしてると、どうしても被れないだけなんです」
「であれば、私がアルマさん専用の帽子を作らせていただいてもよろしいでしょうか。帽子があれば、おしゃれの幅が広がると思います」
「いいんですかっ! ぜひともよろしくお願いいたしますっ!」
「でもどうするの? ツインテールの付け根が頭の高い位置にあるから、いっつも帽子が浮いちゃうよ?」
キキちゃんの指摘はもっとも。しかしできる女に障害などあってないようなもの。
アラクネートさんはひとつ微笑んでウィンクを飛ばす。
「大丈夫です。ツインテールの位置が固定されているならば、その部分がすっぽりと入るような穴を作っておけばいいんです。オーダーメイドの帽子になるので、柄も形も好きなものをおっしゃって下さい♪」
「ひゃ~~~~♪ ありがとうございまーすっ!」
「ふっふっふっ! アルマさんにボーイッシュは、やはり間違いなかったっ!」
「いや、でもお腹が冷えるから、へそ出しルックはやっぱり無しで。あと、すっごい恥ずかしい」
長袖の丈を魔力で操っておへそを隠そうとするアルマちゃん。
見慣れ過ぎていて忘れていた。彼女には両腕がないのだ。
カートゥーンの世界で擬人化された服のように、ぺっちゃんこになった服の袖をぷわんぷわんと振り回す。
いつもはふりふりフリル付きの大きな袖が腕と手の代替品。膝ほどまである長袖は、そのボリュームから袖萌え風に仕立てられ、同時に、ちゃんと腕があるかのような見せ方をされていた。
固定化されたツインテールに両腕の無い体。
なるほど、これはオーダーメイドのオンパレード。
職人魂に火が点くのは当然のこと。
「でしたらぜひぜひ、私にデザインさせて下さいっ!」
「アルマとしては願ったり叶ったりなのですが、よろしいのですか? アラクネートさんはシャングリラでは優秀で多忙な服飾デザイナーと聞いていますが」
「問題ございません。むしろ、私もまだまだ修行中の身。老若男女を始め、世界中には様々な人種や種族の方々がおり、その人たちに合った服を作るのが私たちの使命なのです。服とはただ寒さや暑さをしのぐだけのものではありません。心の在り方を表す言葉でもあるのです。私は多くの人々に、自分らしくあっていいのだと、背中を押してあげられるようなデザイナーになりたいのです。ですからぜひとも、アルマさんのお洋服を作らせて下さい」
「ぜひっ! ぜひともお願いしますっ!」
「めっちゃええ人やんっ!」
「とっても、とっても素敵なことだと思いますっ! 尊敬します!」
「それでは、やはりふりふりフリルのついたかわゆいデザインをお願いします」
残念ながら素体が筋金入りの着たきり雀。
イメチェン姿が見られると思ったのに。いや、ここは全力で押し切ろう。
「ちょーーーーっ! それじゃあいつもと同じじゃないですか。たまには違った服も着ましょうよっ!」
「そうだよっ! ふりふりフリル以外のアルマちゃんも見てみたいっ!」
「そうですね。たまには普段と違う自分を探してみるのもいいですね♪」
「うぐぁあっ!」
思惑が外れて仰け反るアルマちゃん。
それを見て思わず吹き出してしまった一同。
和やかで楽し気な時間はあっという間に過ぎてしまって、最後に残るは義兄のみ。
さぁ、本日大詰めの大一番。ペーシェとの心の距離を近づけたいという義兄の願いを叶えるべく、不肖義妹のベレッタ・シルヴィア。渾身の作品を用意いたしました。




