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ぽんこつ慕情恋物語 3

 店内に響き渡る大号泣。

 土下座で泣く少女。

 あわてふためくわたしたち。

 駆けつけたスタッフに事の顛末を説明。

 やんわりと諭してなんとか泣き止んでもらえた。

 驚いた。感情豊かな少女だということは知っている。しかし、まさか人前で大声を出すとは思ってもみなかった。

 大声と言えば先日、マーリンさんがアルマちゃんに研究ノートを渡した時、魔法が大好きな彼女は未知の知識が記された手記を取り上げられて絶叫した。

 好きなことに全力投球。その点は見習わなければならない。


 それはさておき、そんなにわたしの水着姿が見たかったのか。

 そんなに感心を寄せられるようなものではないと思うのだけれど。

 でも、アルマちゃんに好かれているということが再確認できてちょっと嬉しいです。


「もう大丈夫。気にしてないから、ね? それと、わたしもちょっと言い過ぎた。みんな、わたしのことを気遣ってくれたのに、それを無碍にしようとしたわたしにも責任がある。本当にごめんね」

「そ、そんな、ベレッタさんは悪くないです。アルマが、アルマがベレッタさんの気持ちも考えずに無茶をしたから。本当にごめんなさい。でも、でもでも、ベレッタさんは本当にかわいくて、かっこよくて、アルマの憧れなんですっ!」


 ふわぁ~~~~~~~~~~~ッ!

 感激の銃弾が心臓をばきゅんっ!

 上目遣いのアルマちゃん、ちょ~かわいいっ!

 なにより彼女に憧れてもらえるのがちょ~うれしいっ!

 ぎゅっとハグして嬉し涙を隠してしまいました。


 ひと呼吸ついてお互いの気持ちも落ち着いたので、さぁ、ペーシェたちが言うところの『かわいい』とやらを拝見つかまつりましょう。

 さんざん人のことをかわいいかわいいと言ったのだ。

 ペーシェのこともいっぱいかわいいって言ってやるぞ。

 そこから義兄にもペーシェをかわいいと褒めさせて、2人の関係を発展させてみせるっ!


 試着室へ戻ると、そこには相反する表情をした少女が2人いた。

 頬を紅潮させ、新しい自分にわくわくする少女。

 胸を押さえ、水着がずれ落ちないように必死に抑える少女。

 すみれとペーシェだ。


「どうですか。胸元のにゃんこシルエットがかわいいでしょ♪」


『にゃんこシルエット』と称したそこには寄せて集めた胸の谷間がある。

 谷間の見えるオフショルダータイプの水着を選んだすみれ。セクシー&キュートに決めた理由はもちろん、意中の彼を落とすため。

 彼女だってお年頃。文通相手の彼を彼氏にすべく、夏に勝負を仕掛けるそうです。


 反面、ペーシェはそれどころではない。


「ちょ、まっ、これっ、ずれそう!」


 こちらも同様に頬を紅潮させる。

 もっとも、彼女の場合は極端にかわいい水着を着て恥ずかしいことにくわえ、絶壁の胸のせいで水着がすとんと落ちそうなのを我慢していることだった。


「かわいいけど、デザインがあってないんじゃ、しょうがないんだな」

「今、サイズじゃなくてデザインっつったか?」

「え~~、でもにゃんこシルエットはかわいいですよ。普段見ないペーシェさんのかわいさが垣間見えた気がします」


 褒められて赤くなり、恥ずかしさで赤くなり、ズレて見えそうで赤くなり。

 赤色がどんどん濃くなっている。わたしの立場が分かりましたか、ペーシェさん?


「ごめっ、これっ、無理っ! せめてフリンジで勘弁して下さい」

「だったら私が改造します。紐を取り付けてずれ落ちないようにすればいいんですよっ!」

「なにがあってもお揃いの水着を着たいという執念!」


 その執念、義兄にも分けてあげていただきたい。

 あっちはてんやわんやで話しにならない。アルマちゃんにオーダーメイドの水着の話しを聞こう。


「—―――アルマちゃんの水着ってオーダーメイドって言ってたけど、頼めば同じものを作ってもらえたりするかな。わたしの、その、えっと、サイズで」

「えっ! マジですか! ハティさん。アラクネートさんを呼べたりしますか?」

「分かった。聞いてみる――――――大丈夫」

「ハティ様のお呼びとあらば即座にッ!」


 即座に見知らぬ美女が現れたっ!

 白い肌に黒い水着を着こなした黒髪ショートヘアのナイスバディ。

 突然呼ばれて来たから着替える暇がなかったのか、そもそも普段着なのか、彼女は水着姿だった。

 きらきらと輝く蜘蛛の巣柄。細い蜘蛛の糸に水玉が滴るような、ミステリアスと妖艶さを兼ね備えた衣装はありそうでなかった新鮮なデザイン。


「うっわ! なんですかそのデザイン。めっちゃかっこいいじゃないですかっ!」


 食いついたのはペーシェ。黒色が好きなうえにカッコいいデザインに目がない彼女なら当然の反応だ。

 傍らではすみれが少しショックを受ける。

 ペーシェの気を引きたい彼女としては、ぽっと出の他人に彼女の意識を奪われたくないのだろう。見ていてちょっと寂しくなってしまう。


 そ・れ・よ・り・もっ!

 なにをぼーっと見てるんですか!

 数少ない協調ポイントだよ。

 黒色の水着が好きなら、『これなんかどうかな』くらいの提案をしてもいいんじゃないでしょうか。

 話しを広げる気がないのでしょうか。

 もしかして、わたしのことをおちょくって遊んでるんでしょうか。

 なんでもいいから会話してよっ!

 わたしの表情と気迫を感じた義兄が、閃いたという顔を見せてひと言。


「――――っ! ところでなんで水着で?」


 ちがぁーーーーーーーーーーーーーーうッ!

 そっちじゃなーーーーーーーーーーーいッ!


「ええ、ハティ様をはじめ、シェアハウスをしている子供たちの水着を作ったんです。我々も自分の水着を作ったので、ちょうど海へ出て海水浴というものに興じてみようと準備していたところなのです」

「えっ? もしかして、タイミングが悪かった?」

「とんでもございませんっ! ハティ様のご要望は全てにおいて優先されるのですっ! わたくしはハティ様に身命を賭した身。貴女様のお役に立てるとあらば、このアラクネート、望外の喜びでございますっ!」


 恍惚とした表情でハティさんの手を握り、目を見つめ、うっとりとする。

 たしかにハティさんは魅力的な女性だ。だが、しかし、こうまで心酔するとは。一体、過去に何があったのだろう。


「それならよかった。ベレッタがアルマと同じ水着を着たいって言ってる。だから彼女にも作って欲しい」

「お安い御用でございますっ! 貴女がベレッタ様でございますね。なるほど、サイズは上から

「数値は言わないで下さいっ! えっと、見ただけで分かるものなのですか?」

「えぇ、プロですから」


 危ない。もう少しでデリケートな個人情報が流出するところだった。


「まじか、普通にすげぇ」

「もしかして、お願いしたらオーダーメイドで水着とか服を作ってくれたりするの?」

「ハティ様のご友人とあらば喜んで♪ それから……」


 呟いて、ハート型の虹彩を持つ彼女の視線が義兄に移った。

 それからハティさんと義兄の間をきょろきょろと右へ左へいったり来たり。

 いったい何をしているのだろう。いや、これは値踏みだろうか。だとしたら何を評価しているのか。

 彼女はハティさんを尊敬している。もはや信者と言っても過言ではない。そんな彼女は常にハティさんの幸福を願っていた。

 ともすれば、彼女の関心はひとつしかない。


「貴方様とハティ様はどういったご関係で?」

「俺とハティの関係? 友人だが」

「まぁ、そうなのですか。少し残念ですね。ハティ様の御子のご尊顔をついに拝めるかと思いましたが」

「……え、それって?」

「ハティ様も、もう良いお年頃なのですから、そろそろ身を固められてもよろしいかと」

「身を固める……?」


 意味を正しく理解していないハティさん。言葉通り、全身に力を入れて身を固めた。


「もぉ~~~~うっ! ハティ様ったら、天衣無縫であらせられるっ!」

「この人、あたしたちには凄い丁寧で紳士的なのに、ハティさんに対してだけ、なんかこう、甘いというか、感性がズレてない?」


 ペーシェの疑問に、事情を知るアルマちゃんが補足を入れる。


「アラクネートさんはハティさんを敬愛してらっしゃるのです。ハティさんが空を大地だと言えば大地だと言い。ハティさんが熊を食べたいと言えば熊を狩る人です。素面ではすっごくいい人なんですよ。崇拝はしていても贔屓はしない人なんです」

「そういう人って信頼できるよね。目端で人を見ないっていうか。ちゃんと真っすぐに向き合ってくれるの。めっちゃ好感が持てる」

「ですです。服飾関係の仕事をしてらっしゃって、デザインセンスも抜群なので、ペーシェさんやハイジさんとウマが合うと思います」

「敬愛ならともかく、崇拝してるの?」

「ハティ様は神よりも上位の存在ですもの♪」

「この人、マジで言ってるよ……」


 目が本気だった。


 彼女の登場で空気が変わった。

 衣服が大好きなアラクネートさん。初めて見る柄や色、姿形の服を眺めては、1枚1枚のハンガーを取り出して記憶する。その全てをハティさんに着合わせた。

 本当にハティさんのことが好きなんだな。わたしの場合は――――アルマちゃんになるのかも。


 一緒に買い物に出かけたり、おしゃれして、スイーツを食べて、遊びにでかけて。

 まるで普通の女の子みたい。

 普通の女の子になりたい。

 もっとお金を自由に使えたら。ユノさんの元で働いて、自分で使える資金ができたら、その時はまず、お世話になったシスターたちに贈物をしよう。

 尊敬する義兄にも、それから子供たちにも。

 おいしい料理を作ってくれる料理人さんたち。

 市長のヘラさん。

 中庭の剪定を手伝ってくれるガーデナーの人々。

 あぁ、数えだしたらきりがない。

 わたしはこんなにも多くの人たちに生かされているのだ。

 なんて幸せなことだろう。


「どうしたんですか、ベレッタさん。なんか楽しそうですけど?」

「えぇっ!? うん、こうやって気のしれない人たちと一緒にお買い物をするのは、やっぱり楽しいなって思って」

「楽しいのでもっといっぱいお出かけしましょう。ユノさんの助手になるためにベルンへ行くなら、今度遊びに行くので案内してください。メリアローザに来た時はアルマが紹介します!」

「本当にありがとう。その時を楽しみにしてるね」

「わたくしもぜひ、ハティ様のご友人の故郷に赴いてみとうございます。ひとまずのところ、よろしければ皆様がお洋服を選ぶところを見せていただいてもよろしいでしょうか?」


 恍惚の表情を浮かべ、ぜひにぜひにとせがまれる。

 せがまれながら、両手に抱えた大量の洋服を体に合わせてきた。

 わたしたちに似合う服がどれなのか。彼女たちの感性はどれを選ぶのか。自分と違う他人のセンスを知りたくて仕方がない。

 それはぜひともわたしも知りたい。

 特に、義兄とペーシェの心を近づけてくれるような、そんな素敵アイテムを!


 服とは自分を体現する表現のひとつ。

 目に見える言語のようなもの。

 感性が合えば心の距離が近づく可能性大!


 さぁ考えろ、ベレッタ・シルヴィア。

 今日までのことを振り返ってみよう。

 義兄(アーディ)=ポンコツ。

 義妹(ベレッタ)=ポンコツ。

 ペーシェ=鈍感。


 このままではダメな気がする

 もうここは強行突破。


「それじゃあ、2人1組でお互いの服を選び合うというのはどうでしょう。お互いにお互いの服を選び合う。面白いと思いませんかっ?」

「わぁ~~っ! なんだか面白そう! やろうやろう!」


 全員賛同。よしっ!

 ここからなんとか理由をこじつけて義兄とペーシェを2組にしよう。

 恥ずかしくなるほどに短絡的な無計画。

 ノリと勢いだけの無謀な作戦。

 それでも、なんとかして、力押しで、2人をくっつけなくてはならない。

 それがわたしの使命ですっ!

 切り出そうと前へ出るより早く、黒髪のダンサーが躍り出た。

 踊り、出てしまった。


「それでは、こちらにクジを用意いたしましたので、これを引いて同じ色同士でタッグを組みましょう。誰に当たるのか楽しみです♪」

「私は最後にします。見るだけでどの糸がなんの色かが分かってしまうので」

「まぁ、見ただけで分かるのですか? とても目がよろしいのですね」

「クジ、ですか」


 なんでそんなの持ってるの?

 という顔をすると、少し誤解されたみたいで、


「あら、もしかして、2人組になりたい特定の相手がいましたか?」

「あ、いえ、そういうわけでは……」

「それじゃあ俺から引こうか」


 貴方がもっとごねてえええぇぇぇぇぇぇッ!

 確定でマッチングできるようにしないとダメじゃん!

 10人いるから、義兄がひとつ引くと確率が9分の1になってしまう。概ね11%。


 11%!?


 無理、いや、愛さえあれば関係ないのか?

 確率を超越できるのだろうか。

 超越してもらわなくては困る。

 きっともうここが最後のチャンス。

 義兄の思いよ、報われて!

 わたしの努力よ、報われてっ!


「クジ引きとはいえ、相方はルーィヒか。変わり映えしないなぁ」

「クジ引きでは仕方ない。いつもペーシェが着ない服を選ぼう」

「そうきたか」


 ペーシェ&ルーィヒ。驚くほど驚きのない組み合わせ。


「いつもペーシェさんが着ない服。ルーィヒさん、頑張って!」

「任せるんだな。ピンク一色にしてやるんだな」

「ソレハヤメロッ!」

「せめてどこかに赤色をっ!」

「まぁ、すみれさんは赤色がお好きなのですね。私は黒が好きです。よろしくお願いします」


 すみれ&アラクネートさん。洋服大好き組み。


「キキはハティさんとだ。めいいっぱいおしゃれしようっ!」

「おしゃれ。わかった。頑張るっ!」


 キキちゃん&ハティさんペア。ハティさんのガーリーは見てみたい。


「私はアルマさんとですね。よろしくお願いします」

「チョコまみれにされそうだ。だがそこが良きかな」


 ヤヤちゃん&アルマちゃん。あまあまなコーデになりそうな予感一択。


「わたしは…………」


 緑色の糸。消去法でも分かる。残った相手は義兄。

 違うんだよなぁ。

 全然違う。

 わたしじゃなくて、ペーシェに掴んで欲しかった。

 最後の最後で、3分の1という確率で、ペーシェはルーィヒを引いてしまう。

 これはなんでしょう。運命の女神の悪戯なのでしょうか。神の試練というやつなのでしょうか。

 しかし、悪いことばかりではない。ここで1度、みな好き好きに散り散りになる。

 となれば、最上ではないにしろ、2人きりの時間ができた。この時間を利用して作戦会議です。

 あと、やんわりとお説教をしたいと思います。


「終わったことはもういいので、これからの作戦を考えましょう」

「ぐっ……ほんとにすまん。なんというか、タイミングというか、どこで何をどう言えばいいのか分からないんだ」

「ぐうううぅぅぅぅぅぅ~~~~~~~~~~~~ッ! わたしでも分かるところがいっぱいあったよ! そんなことよりも!」

「どうやってペーシェと話しをするか。できれば2人きりになれればいんだが」


 分かってるんなら努力してよおおおぉぉぉぉぉぉッ!

 言葉にならない言葉が込み上げて顔から火が吹き出してしまいそう。

 いっそこのまま燃やしてしまいたいと思うほどに!


「わかった。わかったからぽこすか殴らないでくれ!」

「むぅ~~~~っ! はい。それではまず、ペーシェが着る服を褒めてあげてください」

「ぐぬぅ。恥ずかしいな」

「そんな調子だと、一生、彼女なんてできないと思うんだけど」

「ぐぬぅっ」

「ぐぬぅっ。じゃないよ。それと、ひとつ聞いておきたいんだけど、お義兄ちゃんの恋愛観ってどんな形なの?」

「恋愛観。恋愛観と言われても」


 憤怒の覇気がみなぎり、足元から風が吹いたかのように髪の毛が逆立ったのを覚えた。

 自分に向き合いもしないで、他人と向き合うだなんてできるはずがない。

 なりゆきでなんとかなると思っていたのでしょうか。

 計画的な義兄にしては珍しく行き当たりばったりですね。

 困りものですねっ!


「そうだな。やっぱりお互いの趣味が合うべきなんじゃないだろうか。俺の場合は魔導工学だ」

「ペーシェって魔導工学に興味あったっけ?」

「そういう話しは聞いてないな」

「根本的に問題外じゃん。別に共通の趣味とかなくても、お互いを好きになるなんて普通のことだと思うけど。でなきゃ世の中、お互いの趣味が同じ者同士でしかカップルが成立しない理屈になっちゃうよ」

「それは、まぁ、分かってはいる。頭では分かってはいるんだが、どうもそれ以外の話しができる気がしない」


 な、なんて贅沢な悩みなのでしょう。

 呆れてものが言えません。

 もっと彼女に寄せましょうよ。

 彼女の趣味とか好きなものとか、もっと興味を持ちましょうよ!


「すまん。聞き出してもらってもいいだろうか?」

「自分で頑張って!」

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