ぽんこつ慕情恋物語 1
今回はベレッタ主観のストーリーです。
数日ののちに生まれ故郷を離れ、魔法の勉強をするために旅立とうとするベレッタ・シルヴィア。唯一の心残りが敬愛する義兄の恋路。これまでお世話になった恩を返すため、義兄のために粉骨砕身して砕け散ります。
残念ながら砕け散ります。
以下、主観【ベレッタ・シルヴィア】
昼下がりの午後。
晴天突き抜ける空。
こんな日は大聖堂の中庭ベンチで日向ぼっこをしながら、優しい微睡の中に身を浸したくなる。
花の香りに包まれて、春風とともに夢の中。
が!
そんなことを言っている暇はないのです。
我々は夏にバカンスへ出かける予定。
青い海。快晴の空。燦々と輝く太陽。
夏のバカンスを堪能すべく、わたしたちは水着を選びにやってきました。
と、いうのは建前です。
本音は敬愛するアーディと、片思いのペーシェをくっつけるために行動しています。
これが、わたしが、義兄をよいしょしてあげられる最後の機会。
なぜなら、わたしは数日ののち、レナトゥス擁するユノさんの助手として旅立つからです。
今までお世話をしてくれたお義兄ちゃんに恩返しがしたい。
義兄のために何かをしたい。
胸に秘めたる願いを叶える一世一代のチャンス。
なんとかものにしてみせます。
「なんかすっごい気合入ってますね。やっぱりベレッタさんも彼氏が欲しい年頃ですよね~。あたしも彼氏欲しいな~」
「えっ、彼氏だなんて、考えたこともないよ。それよりも今は……今は…………」
ペーシェの顔から目を逸らして言い淀む。
今は魔法のことと、ユノさんの助手になることで頭がいっぱい、と言おうとしてさらに、兄の恋路が成就することを考えている、とは言えなかった。
だって貴女は義兄の恋路の終着点。面と向かって言えるなら苦労はしません。
「今はユノさんの助手に、新天地のことで頭がいっぱいなんですよね。分かります、その気持ち。アルマも故郷からグレンツェンに来る前はドキドキのハラハラでした」
「ボクもよく分かるんだな。故郷はハイラックスだからね」
「そうだったのか。2人とも、ずっとグレンツェン住まいだと思ってた」
お義兄ちゃん…………拾う会話を間違えてるよ?
アルマちゃんとルーィヒの会話じゃなくて、想い人の話しを拾ってよ。
奥手なのか。バカなのか。やるせなさが募るばかり。
シャングリラへ赴いた時もそう。ペーシェのことはそっちのけ。大好きな魔導工学の話しばかり。
趣味に没頭するのはいい。しかし目的は見失わないで欲しいです。
こっちは必死で応援しようとしてるのに、これでは頑張り損ですよ。
自分でもびっくりするほどの大きなため息が漏れました。
大丈夫。今日のこの日のために用意してきた作戦があるんだから。
名付けて、【水着選手権】。男性、女性で水着を選んで評価してもらおうという企画です。男性は1人しかいないけど。
チープなネーミングにはご容赦下さい。なにせベレッタ・シルヴィア。修道院育ちのわたしには過去に類を見ない経験なのです。
友達と集まってお茶会だとか、他人の家でホームパーティーだとか。あまつさえ、みんなでお洋服を選んで楽しむなんてことはしたことがない。
衣類といえば、寄付で貰った中古の衣類を改良して着まわすだけ。
新品なんて着ることはおろか、手に取ったことさえないのです。
カラフルな洋服の海に繰り出して、なんの気なしにペーシェが踏み込む。
「へぇ~、面白そう。じゃあまずはアーディさんね」
「なにげに1番難しいよね。女の子の水着ってバリエーションがあるけど、男性の水着ってほとんど同じのばっかりってイメージがある」
「これなんかどうですか。真っ赤っかでかっこいいと思います」
さすがすみれ。赤色大好きっ子が選んだのは赤いパンツ。赤いラインが入っているとかではない。前面、赤色。
ラグビー選手のユニフォームでもこんなものはない。
「せっかく選んでくれたけど、ビーチで赤って目立ちすぎというか、なんか目が痛くなりそう」
「むしろ全赤って大胆なデザインですね。ワンポイントとか、黒や白のラインが入っているとかならともかく。全部、赤ですよ、これ。紐まで赤ですよ、これ。デザイナーの顔が見てみたい」
「これは……すごく目がチカチカしそうだね」
露骨にがっかりするすみれ。ごめんね。これはちょっと派手すぎる。
次に持ってきたのは意外にもヤヤちゃん。板チョコ柄のパンツ。もう片方はホワイトチョコレートの板チョコ柄。
フェードアウトしてヤヤちゃんが着てる服を見ると、それも板チョコ柄。
板チョコ柄のデザインって流行ってるのだろうか。
ルーィヒは白とピンクのグラデーション。教育職だからでしょうか。無意識に子供に気に入られる色合いを選んでしまう。職業病とでもいうべきでしょうか。
義兄が好むカラーは黒。ジャケットもズボンも黒。下着まで黒かグレーという徹底ぶり。
だからこそ、夏は爽やかにイメチェンしてみるのはどうか、という提案である。
これはなかなか良いアイデアではないでしょうか。黒一辺倒の義兄のイメージを払拭する機会かも。
わたしも黒は好きです。でもわたしは黒と緑を合わせたりと変化をつけたりします。
しかし義兄は黒一色。男性だってもっと明るい色を使っていいと思います。
「白とピンクのグラデーションか……ちょっと恥ずいな」
「そんなことないですよ。いっぺん着てみましょう。意外といけると思うんだな」
ひとつ唸って渋々着替え室へ。
ついでにペーシェとわたしが選んだ水着も投げ込んだ。
さぁ、義兄よ。ペーシェの選んだ服を選ぶのだ。ペーシェの選んだ服を本能で気付いてちょうだい。
そうでなくても確率は2分の1。どうか引き当ててくれますようにっ!
着替えの最中、横道にそれた話題をすみれがふった。
「そういえば、みんなの好きな色は何色ですか? ちなみに私は赤色ですっ! (すみれ)」
「マットブラック (ペーシェ)」
「パッションピンク (ルーィヒ)」
「水色 (キキ)」
「チョコ (ヤヤ)」
「明るい色 (ハティ)」
「カーネーションピンク (アルマ)」
「リーフグリーン (ベレッタ)」
「色じゃないのと、めっちゃ幅の広い色を選んだ人がいるけど (ペーシェ)」
「板チョコ色が好きです。ビターもミルクチョコレートもホワイトチョコも大好きです (ヤヤ)」
「大好物の間違いでしょ? (キキ)」
かわいいどや顔と鋭いツッコミの合いの手が入ると、笑顔が咲いてしまうのはなぜでしょう。
2人が本当に仲良しで、心の底から純粋な気持ちで語り合っているからかな。微笑ましくなっちゃいます。
さぁ、どうやら着替えも終わったようなので、義兄の着こなしを見てみましょう。
ルーィヒが選んだものは縦に白とピンクの3本の太いラインが入ったデザイン。明るい色合いと爽やかなデザインはおしゃれな男性を演出した。
ペーシェのチョイスは黒地にうっすらと見えるハイビスカス柄。淵に水色のラインが走るオシャレスタイル。
義兄の好きな色とペーシェの好きな色がバッチリ。義兄ならこれを選ぶ可能性大。
わたしが選んだものは黒地のパンツ。斜めにグリーンのラインが3本入った無難なもの。
あっ、ペーシェが選んだものに誘導するなら、わたしは黒を選んじゃダメなんだった。
しまった。ついつい、義兄が着るならこれがいいな、と思って選んでしまった。
いやいや、夏のバカンスは2泊3日。着替えを考慮して、最低でも着替えが3つあったっておかしくない。
と思ってたら、
「そうだな、個人的には3本線の入ってるやつだな」
ちがーーーーーーうっ!
貴方が選ぶのはハイビスカス。
ペーシェが選んだおしゃれアイテム!
「ハイビスカスがおしゃれだと思ったんだけどなー。ベルンの海水浴場は夏場は暑いけど、南国って感じじゃないか」
諦めないでっ!
もっと押しに押していいんだよ!
「さすがベレッタさんです。お義兄さんの好みをばっちり把握してらっしゃいます」
それはそうだけどっ!
今はそっちを選んじゃダメなの!
新しい自分にチャレンジしようよ!
ここはわたしが寄せていくしかない。
「で、でも、ペーシェが選んだハイビスカス柄も素敵だね。予備も含めて2、3本買っておいたほうがいいんじゃないかな?」
買え、というサイン。普通はこれで思い直すはず。
だけど、
「ん? いや、俺はこれ1本でいいや。海には入らない予定だし」
「えっ! 海に行くのに泳がないんですか?」
「義腕のこともあってな、錆びるし沈むしで、海で溺れたら助からない自信がある」
「「「「「あ~……」」」」」
そうだった。慣れすぎいて忘れていた。義兄の左腕は魔導工学の粋を集めて作った義手なんだった。
とても精密な動きのできる義兄自慢の義腕。日常生活では生身の腕と同じくらい滑らかに動作可能。
職人モードに設定すれば、歯車を0.001mm単位で動かし、ひじょうに精緻できめ細かい動きができる。精密機械と人間の腕が融合したかのような代物。
この技術は応用され、臨床試験や宇宙開発関連事業。特に医療現場での遠隔手術の現場で活躍していた。
これからはさらに踏み込んで、人間の感覚――脳波や電気信号――で直感的に動作する作業用ロボットを開発していくという。
本当に自慢の義兄です。
自慢の義兄なんですけど~~~~~~~~~~今はちょっと自慢できないですっ!
結局、わたしが選んだ水着だけをお買い上げ。
この人、本当に恋する気があるんでしょうか?
もしかして、恋愛感覚がわたしとズレてるの?
わたしの思惑では――――義兄がペーシェの選んだ水着をチョイス。
お互い趣味が合うんだね、という流れで話しが膨らむ。
また一緒に買い物に行こう。とか、今度一緒にランチでもどうだろう、となる。
徐々に親密な関係になって、ゆくゆくはゴールイン。
恋愛の王道とは、こういうものではないでしょうか。
わたし自身に恋愛経験はない。だけど、この流れを教えてもらったのは誰でもない、大聖堂のシスターたち。
義兄に恋の相談を持ち掛けられて、最初に頼ったのが教育の鬼神たち。
彼女たちなら間違いない。数多の修羅場を経験し、見聞きしてきたヴァルキリー。彼女たちの言葉が間違ってるはずがない。
でもなんでだろう。全然うまくいきません。
そうだ。シスターが言っていた。男女では恋愛感覚が違うから、すれ違うこともしばしばあるって。
となれば、まずは2人の恋愛観を見定めなくては。
それからすり合わせをして、ガッチリはまるように、わたしが潤滑油になりましょう。
「そうとなれば、まずはクールタイム……」
「ベレッタさん。見て下さいよ、これ。ベレッタさんにぴったりの水着がありましたよ。よかったら着てみて下さい」
「えっ、なんでわたし?」




