静寂に依りて、心躍る 3
以下、主観【アルマ・クローディアン】
クッキーもなくなって次の話題へ移る時間。金髪ツインテールを揺らし、ふりふりフリルをパタパタさせる。
注文したのは水玉ラスクのマリトッツォ。すみれさんが作ったスイーツをアラヴァミンマイが採用。
アラヴァミンマイの特徴は最高の紅茶。通常、生地にオレンジを練り込むのに対し、ここでは紅茶を使用。
ふんわりと香る紅茶。水玉模様はレンガの色のような白と茶色と緑色。ドライフルーツではなく、ローストナッツを採用した。
紅茶。ナッツ。さくさくラスクに滑らかクリーム。地味っぽい見た目のマリトッツォも、アラヴァミンマイであれば落ち着いた大人色に大変身。
静寂を愛する非日常だからこそ、しっくりくると言える。
この地味な色合いをカラフルなアトリエ・ド・ショコラで提供したなら場違いに感じるかもしれない。アラヴァミンマイだからこそできる味わいです。
ウェイターさんの物静かで優しい笑みとともに出された籠には郷愁誘う色合いのラスク。
瓶の中にはたっぷりの白い生クリーム。
華やかさではない。自信に満ちた余裕のある美しさを感じさせるスイーツです。
同じ水玉ラスクのマリトッツォでも、作り手が変わるとここまで違うものなのか。
さくさくラスクにカリカリナッツ。ふんわり滑らか魅惑のクリーム。お口の中が幸せいっぱいになって頬が緩む。
あぁ~なんて幸せなのだろう。すみれさんにはこの調子でどんどんスイーツを開発して欲しいですな。
ラスクをうまいと言って、エリザベスさんは思い出したように人差し指を立てた。
「すみれって、キッチン・グレンツェッタにいた三色髪の子? すごいな。マリトッツォをラスクにしてしまうとは。バタークッキーともまた違っていいな。お菓子の家で渡すお菓子にする?」
クリスタルパレスのアトラクションでお菓子の家を作るのは確定らしい。まだなにも決まってないのだが。まぁいいか。
お菓子の家を作りたいのはエリザベスさんだけじゃない。ユカさんもやる気満々。
「呼び水なので赤字覚悟とはいえ、これ1個で終わってしまいそうです。これはカフェで売るとして、ご褒美のお菓子はカラフルで小さいものを子袋にたくさん入れてあげるのがいいと思います。ほら、アルマちゃんの故郷のお菓子でお星さまみたいなキャンディーがあったよね?」
「故郷のお菓子…………金平糖のことでしょうか。たしかにキラキラしてますしカラフルですね。それだけだと少し寂しいので、クッキーやマカロンも入れたいです。小さくていいので、いろんな種類のお菓子があるとテンション上がると思います」
ルーィヒさんも両の手を叩いて賛成。
「大賛成なんだな。クッキーとキャンディーを入れておけば鉄板なんだな」
「10個に1個だけスカとかどう?」
「「却下」」
ペーシェさん、なんでそんな考えに至るのだろう。
それにしてもこの3人、本当に仲いいなぁ。羨ましい限りです。
メリアローザではアルマについてこれる同年代の少年少女は少なかった。
九死に一緒の桜。
ちゃちゃを入れるも旗色が悪くなると霧のように消える紫。
だいたいこの辺りか。あとは冒険者や魔術師組合の大人たち。グレンツェンではライラック。
やっぱり距離感とか違うよなぁ。
1つ年上の同性の人たちとお話しするのも。
尊敬する大人たちの前に出るのも。
同年代の人にため口を使うこと。
年下の子たちに慕われること。
どれも素晴らしいことだ。実に楽しいです。
一番楽しい時間は魔法の話しで盛り上がること。
できることならマーリンさんも同席して欲しかった。だけど彼女は忙しく、どうしても捕まえることができない。
なにかと理由をつけて召喚しようと努力するも、なかなか現れない。さすが出来る女は忙しい。
出来る女と言えば眼前のレディーズたちもそう。あれやこれやと策謀を巡らせることで、ペーシェさんを呼ぶことに成功した。
さらにさらに、ストーリーの構築に長けた小説家グループ。建築や家具に詳しいエリザベスさんにも来てもらえた。
アルマが企画しようとしているクリスタルパレスを使った謎解きゲーム【パレス&ミステリー(仮)】。
閃いたのはいいものの、その先が全く思い浮かばないでいた。
魔法を使ったギミックはなんとでもなる。だけどギミックに説得力を与えるハードウェアの構築に造詣が皆無。ここで知見を得られたのは僥倖。
想像していた以上に食いつきがいい。特にペーシェさんの意欲が半端ではない。
なんでいやらしい笑顔を浮かべるのかは分からないが。
ただ、えげつない内容を考えてることは分かった。ペーシェさんはめっちゃ頭がいいと聞いてる。きっともんんんんんのすごいアイデアを醸成してるに違いない。
何より魔法。あれは間違いなく闇属性の魔法であろう。桜と同じ気配がしたから間違いない。
魔法の属性には大きく分けて6つの属性がある。
土。火。風。水。光。闇。右に進むにつれて希少価値が高い。理由は分かっていない。特に光と闇は少ない。
光は補助系魔法と人体に影響を及ぼす医療系魔法が得意な傾向にあり、専門性が強い。
反対に闇魔法は万能型。内燃系・放出系魔法共に得意な傾向があり、特筆すべきは、精神や肉体に影響を与える状態異常系魔法を得意とする点だ。【闇】というパワーワード然り。精神に影響を与える魔法が得意なこと然り。闇魔法を使う者はしばしば、嫌悪や憎悪の対象とされてきた。
これらの知識と傾向はメリアローザ側の世界では常識とされている。
しかし、そもそもグレンツェン側の世界では闇魔法、光魔法という概念が存在していない。土、火、風、水の四大元素を信仰している。
他の地域でも五行やエレメントなど、様々な言い方はあれど、はっきりと闇とか光というアイコンは使われない。
なぜなら、闇=悪。光=正義。という固定観念が定着してるから。
アルマからすれば、『火でも水でも悪いやつは悪いだろ』である。
悪だとか正義だとか、カルマに関する言葉を魔法に当てはめるのはお門違いも甚だしい。
結局は使い手の性格次第。魔法は何も悪くない。
魔法の基礎を説明すると、ルーィヒさんが開口一番、ペーシェさんの属性を言い当てた。
「ペーシェのマナが闇属性ね。納得」
言い当てるというよりは、ディスるに近いかもしれない。
「納得すんなし。魔法に関してあんまり詳しくないんだけど、闇魔法の概念なんて聞いたことないよ。それって本当なの? (ペーシェ)」
「少なくともメリアローザではそういうことになっています。ナコトさんも言ってました。誰しもこれら6つの属性を持ち合わせ、最も大きな割合を示すマナが得意な魔法ということで間違いありません。大事なのは、【誰しもが6つの属性全てを持ち合わせている】ということです (アルマ)」
「つまり、私たちの中にも闇魔法の根源たるマナがあるってことか (エリザベス)」
「ですです。ただ、マナの総量が少ない属性は多い属性に比べて魔法が扱いにくいというだけなんです。良い例は暁さんです。暁さんは超火属性優位。他の属性はほぼほぼ無いに等しいくらい乏しいです。でも暁さんは後天的な努力で回復の魔法を会得しました。これが、誰しもが、わずかとはいえ6属性を持ち合わせている証拠です。光属性の魔力を持ってるからできることです (アルマ)」
「それってことは、わたしって土魔法優位なんだけど、努力すれば回復の魔法が使えるってこと? (ユカ)」
「もちろんです。ただ、医療系魔法は適正魔力の光属性のマナの持ち主でも、ひじょ~~~~~~に努力が必要です。そもそも、人体に影響を与える類の魔法は非常に繊細で、扱いがとても難しい魔法ですから。暁さんの場合、寝ても覚めても魔法の訓練をしていたそうです。本当に、夢の中でも訓練してたそうですよ。さらに言えば、ハティさんという、この上ない教師がいてなお、ようやく、です。放出系魔法が絶無と言っていいほどに使えないハンデを持ってるのに (アルマ)」
「本当に努力の人なんだ。アルマが尊敬するわけだ (ペーシェ)」
そうです。暁さんはすごいのですっ!
「マジですごいんだな。ところで、マナの色とその人の性格って関係するのかな。占いとかってさ、そういうのに関連付けたりするじゃん。血液型とか、星座だとか。マナの色で性格が引っ張られるってこととかあるのかな?」
「どうなんだろう。科学や心理学的には、性格は遺伝と環境の2つの要素で決定されるっていうけど」
血液型で性格が決まるというのは科学的にはっきりと否定されてます。しかし、マナは魂から発露したもの。なので、
「【マナの色に呼応して性格が決まる】というのは2パターンの考え方があります。マナが先か。性格が先か、です。前者の場合、マナの色によって性格が決定されるというものですね。根拠としては、魔力の根源である魂です。魂は精神に密接に関係していると言われてます。だから生まれ持ったマナの色によって概ねの性格が決まる。後者は性格の方向性によって魂の色。ひいてはマナの色が決定されるというものです。一般的に、魔力の扱いに慣れる歳は8歳前後と言われています。アドラー心理学でも、性格の基本が決まる年齢は8~10歳と言われてるので、ドンピシャです。それまでに形成された性格によってマナの色が決定される。情熱的であれば火。おしとやかであれば水。とか」
「前者はなんとなく分かるけど、後者はイマイチしっくりこないな。というか、そうでないで欲しい。だって後天的にマナの色を決めることができる、って解釈できるじゃん。それってなんかヤバい気がする。大人の都合で子供のマナを加工するとか。倫理的にアウトだ。それに、情熱的なら火、とかさ、誰かが決めた固定観念でしょ」
エリザベスさんの意見にペーシェさんが激しく食いついた。
理由は当然、
「エリザベスさんに激しく同意。後者の理屈だと、闇魔法の使い手って、全員性格悪いやつみたいに聞こえるじゃん!」
「アルマもエリザベスさんの意見に同意です。性格が悪いやつだって闇属性じゃない人はいっぱいいます。それと、ペーシェさんは性格悪くないです。ちょーかっこいいと思います。優しいし、頼りがいがあるし、とっても素敵な女性です」
「ちょ、まっ、ナチュラルに褒められると死ぬほど照れるっ!」
「いやいや~。それは外面だって~」
「そうそう~。アルマちゃんはペーシェの腹の中を知らないから~」
「ねぇ、こいつらこそ闇のマナ持ちなんじゃないの?」
ルーィヒさんとユカさんは、なにかにつけてペーシェさんの揚げ足を取ろうとする。過去に何かあったのかな?
「えっと、先ほども申し上げた通り、人間には6つの色のマナがありますので、ルーィヒさんにもユカさんにも闇属性のマナはあることになります。あっ、ちなみに、アルマが見てきた限り、闇属性のマナの人は超希少ですよ。アルマの知ってる人の中では、ペーシェさん、スカサハさん、桜、黝さん、それからヤヤちゃんだけです」
「えっ!? ヤヤちゃんと桜もなの!?」
「マジかッ! なるほど、闇属性のマナを持ってるからって性格が悪いわけじゃないことが証明されたんだな」
「納得のいかない納得の仕方をすんなし」
喧嘩しないかひやひやです。
「それからですね~、闇属性のマナの人たちの傾向として、内燃系・放出系魔法のどちらも得意な万能型なんですよ~。さらには、人の精神や肉体に干渉するような状態異常系の魔法が得意です。これは覚えるだけ心証が悪くなるので、やめておいたほうがいいですね。まぁ、このへんは医療系魔法と同レベルらしく、習得難易度がめっちゃ高いらしいです。あの桜やスカサハさんでさえ、状態異常系魔法の習得を断念したくらいですからね。あとですね、闇とか影を操るだけじゃなく、事象に干渉するような魔法も得意なんですよ~、ね♪」
「……………………」
ガン無視された。ということはペーシェさん、心当たりがあるということですね。
「それだけ聞くと、本当にダークサイドな魔法って印象しかしないな」
エリザベスさんの言葉はもっともである。
しかし、結局はその人がどういう人かということが大事なのです。ペーシェさんのように。
「で、どうなん? アルマちゃんが凄い輝いてる瞳で見てるけど?」
「の、のーこめんと…………」
むむっ、目をそらされてしまった。
人に知られると嫌なことだったのだろうか。
たしかに【闇】という単語だけだとネガティブな印象があるかもしれない。
でも魔法的見地からすると、闇属性のマナを持つ人は超希少生物。アルマとしては是非とも魔法の検証に付き合っていただきたい。




