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ヴィルヘルミナ・イン・ワンダーランド 10

 彼女が言うには、もうそろそろドードーに追いつけるとのこと。

 本当かなぁ……。

 どこに行っても、あっちへ行った。こっちへ行った。そればっかりでとりとめがない。

 疲れた……さすがにどこかで休憩させてほしい。甘いスイーツとおいしい紅茶が飲みたいです。

 このまま眠りに落ちてしまえば元の世界に戻れるのだろうか。

 そうなるとドードーを見つけることができなくなるかもしれない。それは困る。

 でも糖分が欲しい。

 まだ寝るわけにはいかない。

 ガッツだヴィルヘルミナ。

 ここは歯を食いしばって頑張るんだ。


 次に手を引かれた先は喫茶店。入口にはカウンター席が並び、対面にはキラキラと輝くアンティークが並んでいた。

 真鍮製のモビール。

 組紐を巻いた万華鏡。

 優しい表情のマトリョーシカ。

 シャンデリアの光に照らされて、柔らかく瞬くそれらは人の心をしっとりと魅了する。ただそこにいるだけで目を引いてしまう。

 誰かに見られてることを意識しながらも、誰彼構わずに笑顔を振りまくようなことはしない。あざとさとは真逆。自然体なのだ。

 ここにある芸術品たちは、そこにあるだけで輝きを放つ。なんという美しさか。自然の雄大さすら感じる。


 同時に自分の存在を否定された気持ちにもなった。

 美容整形張りのエステテクニックと化粧であざと妹キャラを演出するヴィルヘルミナ。

 常連さんはそれで満足しているし、かわいいは作る物だと思ってる。それを、なんの手心も加えず、天然で、自然体で、かわいいを発揮できる者たち。

 それはあたしの嫉妬の対象。

 姉も、ハティさんも、悔しいけど不思議のアリスも。

 着飾らないかわいさとはこれいかに。ずるいにもほどがある。


「なにを深いため息をついているのだ。ここのコーヒーとハニートーストは最高なのだ。ね、有栖」

「人がくつろいでる時に突然現れないでもらえるかな。相変わらずの神出鬼没。心臓に悪いったらないわ」


 カフェにはまたアリスと同じ顔のアリス。

 今まで見たなかで最もまともそう。


「貴女もアリスに……不思議のアリスに迷惑かけられてるの?」

「迷惑ってわけじゃないけど、テンションについていけない」

「おねぇさぁ~ん。コーヒー3つとハニートースト1つなのだ!」

「はぁ~い。ブレンドコーヒーとハニートーストです。ごゆっくりどうぞ」

「ところでお姉さん。ドードーを見なかったなのだ? 茶色い毛色でもっこもこの羽毛とアホ面が特徴的なのだ」

「アホ面……そういった鳥さんは見たことがありません」


 とんがり耳の店主さんは首を傾げて思い出すも記憶にない。

 ところが、有栖と呼ばれた彼女には心当たりがあるみたい。


「それなら前に見たかな。店を出て路地の行き止まりを猛進してた。でも行き止まりなのにどっかに消えて……それからは分からない」

「それだけ教えてもらえれば大丈夫なのだ。ありがとうなのだ、怪力アリス」

「怪力って言うなッ!」


 瞬間、机は真っ二つに割れて粉塵が舞う。バラバラになった木くずの中、とっさに逃げたあたしたちの手の中にはハニートーストとコーヒーカップ。

 ギリギリのところで死守できた。感情に任せて拳を振るう彼女のなんという怪力。


 彼女は生まれ持って力が強い。マイコップは5トンもの圧力に耐えられる特注品。

 飲み物を飲むときは、たとえホットのコーヒーだろうとゴム製のストローを使っていた。女子として、握力が強いことは生活するうえで重宝する。

 しかし彼女の怪力は不便の権化。まるでいいところが見つからない。

 これが怪力アリスという名の由縁か。彼女を怒らせないようにしなくては。

 少なくとも、人の感情を茶化して遊ぶような不思議のアリスのようになってはならない。


 逃げるようにドードーの跡を追って次の世界へレッツゴー。

 そこは厨房。だけど料理を作って客へ提供するための施設ではない。調理実習用の厨房といったほうがしっくりくる。

 ここは料理を勉強するために作られた教室。同じ設備。同じ機材。同じ規格の調理道具が用意されていた。

 各テーブルには仲の良い友人同士が集まって談笑をしている。講義が始まる前の軽やかな喧騒。見知っただけの人の集まりに異物が2つ、飛び込んだ。

 当然、それはあたしと不思議のアリス。見慣れない恰好をした見慣れない2人に奇異なものを見る視線が集まった。

 ここはどこだ。すぐさま危険がふりかかるような場所でないのは確かだ。よかった。とりあえず命の危険がないのは助かる。


 辺りを見渡して見たことのある顔を探す。ここでも彼女と同じ顔の人間がキーマンに違いない。

 別の世界でもそうだった。異世界からやってきたあたしたちは場違い感が半端ではない。

 だからドードーの跡を追うために、なるはやで情報を集めて立ち去りたい。

 一刻も早く立ち去りたい。周囲の視線がめっちゃ痛い。


 近場の女子に聞いてみよう。あたしと背丈が似た子がいい。精神的ハードルが下がるから。


「アリスと同じ顔のアリス…………話しには聞いていたけど、まさか本当にいるとは。あぁ、ごめんなさい。私の名前はシャーロット・バートリー。よろしくね。こっちは(おそれ)粉雪(こなゆき)。その隣が

「うわぁっ! トランプ兵KとF!」


 まんま不思議の国の兵隊と同じ顔の2人じゃん。間抜けっぽい雰囲気はない。アリスもそうだけど、やっぱりそれぞれ性格が違うのか。あたしのパラレルキャラはどんなだろう。

 っとと、いけないいけない。話し腰を折ってしまった。

 アリスに向き直るなり、不思議のアリスが友人に接するように挨拶をする。

 相手方はそうは思ってないみたいだけど。


「よっ、特異点アリス。じゃなかった、イフリータ。突然で悪いんだけど、茶色くて丸っこくてアホ面で不味そうな肉質の鳥を見てないのだ?」


 挨拶を受けて硬直。先に何か言うことがあるだろう、と小さく呟いて会話の矢印をあたしのため息にむけた。


「そっちのその顔を見たところ、お前もワンダーランドでトランプ兵に出くわした口か。とりあえず、アリス。あたしの服を返せ」


 こいつ、ほんとにいろんなところでやらかしてんなぁ。


「お前、人の服を借りパクしてんの?」


 アリスに反省の色はない。逆にプチ逆ギレする始末。


「返せとは何事なのだ。服は交換したのだ。友好の証なのだ。サイズもぴったりだったはずなのだ」

「はぁ? 胸のサイズがぶかぶかだったんだけど?」

「ぷぷぷ~♪ それはお前の胸がちっさいからなのだ」


 制裁ッ!


「せいやーッ! よっしゃ、やっと当たった。ごめんね。こいつ無神経でバカで脳みそが砂糖でできてるから。ほんとごめん。実はちょっと急いでて。ドードー鳥の行方を知ってたら教えて欲しいの。お礼と言ってはなんなんだけど、ショコラ自慢のチョコレートケーキをあげるから。ね?」

「うおおおぉぉぉぉぉぉ~~~~ッ! ちょーうまそーっ!」


 トランプ兵Fが食いついた。

 しかし食いついてほしいのは貴女ではない。こちらの世界線のアリスに食いついてほしいの。


「って言われても……ドードー鳥だなんて、そんなへんちくりんな鳥なんて知らないぜ? 粉雪は知ってる?」

「特徴も具体的によくわからない。探そうにも、それだけの情報では……」


 ここまできて情報なし。困った。また別の世界を渡るのか。

 これ、いつまで続くんだ?

 肩を落としてため息をつくと、思いっきり扉を開けて叫ぶ男子が現れた。

 こいつの顔には見覚えがある。

 こいつは…………ッ!


「うおおおぉぉぉぉぉぉ――――ッ!? さっきここに大量の茶色くてまるっこくてもふもふしてそうで、それでいてアホ面で不味そうなドードー鳥が大群で押し寄せてたと思うんだけど! どこ行ったッ!? まさかアレが今日の調理実習のメインじゃないだろうな。アレってなんかクソ不味いらしいぞ! 航海日誌によるとだけど!」

「うおおおぉぉぉぉぉぉッ! お前はチェシャ猫オオォォォォッ! 教えてくれてありがとう! そしてそいつらはあたしが全員雇って羽毛布団のために飼育するから絶対に譲らん!」

「なあああぁぁぁぁにいいいぃぃぃぃぃぃッ!? 完成したら俺にも1枚売ってくれ!」


 どうやらこの世界のチェシャ猫はノリがいい。

 こういうやつはわりと好き。


「分かったの! でも完成までかなり時間がかかるだろうから、それまで待っていてほしいの。それじゃ、さっそく出かけるの。オラッ! 寝てる場合じゃねーだろ。さっさと起きて追跡するぞ!」

「いや、気絶させたのは貴女……」


 粉雪と呼ばれた大和撫子は肩を落とした。

 だがそんなことに構う余裕はないのだっ!

 すれ違った黒髪の夜の魔女が誰かも気にせずダダダダッシュ!


「ちょっとー? なんか騒がしいけど、何かあった? あれ……今の後ろ姿は?」

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