ヴィルヘルミナ・イン・ワンダーランド 8
ロストワールド。かつていた者たちの楽園。
別の世界で絶滅しようとした動植物たちが夢を渡ってやってきた。数多ある世界の中、唯一にして最後の楽園。彼らが暮らせる安寧の地。
ここにドードー鳥が――――いないっ!
いるっていったじゃねぇか。
どういうことだ、おい。
これはどういうことだ、おい!
「おかしいのだ。昨日まではここにいたのだ。昨日だってサークルゲームをして遊んでいたのだ。おい、そこのプテロダクティルス。このへんにドードーがいたはずだが、どこに行ったか知ってるのだ?」
「ドードーなら新天地を求めて旅に出たのでロストワールドにはいませんよ。サークルゲームにゴールがないことを知ってがっかりしていた様子でした」
彼の話しを聞いて、あたしは脊髄反射的に正拳突きの構えに入る。
「お前のせいかーッ!」
「ぎゃ~~っ! 暴力に訴えるのは最後の手段なのだ!」
「最後が最初にきただけじゃい!」
こいつ本当にどうしようもない。
あれだけ息巻いて自慢していたドードーに逃げられるとは何事か!
ドードーがいない。
期待に胸膨らませ、わくわくしながらここまできたというのに。
高まった希望と絶望の落差だけ殺意が湧いてくるじゃないか。
どうしてくれよう、この気持ち。
硬気功の構えをとると、危険を感じたアリスが慌てて打開策を出すという。
あたしの気はそんなに長くはないぞ。さぁどうするんだ。いやもう選択肢などない。新天地へ行ったなら、追いかけるしかないじゃない。
幸いなことにあたしは夢を渡って追いかけることができる。気合いでなんとか追うしかない。
追うにしても夢の中。素晴らしいベッドと素晴らしい枕が必要になる。
そしてなにより冷暖房完備の部屋。あたしは羽毛布団のぬくぬく空間が大好き。なので夏場は冷房を入れ、羽毛布団にくるまってぐっすりと体を休めるのだ。
姉からは電気代がバカにならないんだから、羽毛布団にくるまって冷房をつけるのはやめろと怒鳴られる。
だがこれが一番快適に眠ることのできる方法なのだから仕方がない。良質な睡眠は素晴らしい人生にとって必要不可欠なのです。
そうと決まれば善は急げ。アリスのベッドにお邪魔しよう。
まがりなりにも彼女は王女様。それはそれは素敵な寝室をお持ちでいらっしゃるに違いない。
天蓋付きのベッド。
煌びやかなシャンデリア。
高貴なアロマキャンドル。
低反発枕。
木漏れ日の差すステンドグラス。
巨大な熊の抱き枕。
ベッドからはみ出るほどの、もっふもふの羽毛布団。
想像しただけでわくわくするの♪
気球に乗り込んで、さぁ帰ろう。
アリスの寝室へレッツ・ゴー!
意気込むあたしの顔を見てドン引きする絶滅したはずの翼竜と金髪美少女。
人の布団に潜りこもうとする図太さたるや、ワンダーランド広しといえど、どこにもいないらしい。
女子会とかだと普通にベッドにダイブとかするけどな。全然おかしなことじゃないでしょ。
なによりドードーを追いかけるという大義名分があるのだ。四の五の言ってる場合ではない。
興奮冷めやらぬヴィルヘルミナは人の迷惑などお構いなし。目的のためなら手段は選ばんもんねぇ~。
「選べなのだっ!」
「え~……殿下がそれを言っちゃいますか?」
「うるさいのだ。あんまり余計なことをしゃべると、我のユニークスキルでお前をクッキーマンにしてやるのだっ!」
王女様は傍若無人であらせられる。嗜めるのも友人の仕事であろう。
「おいこら。ぷてろ、ぷて、だ、だく…………プテロが可哀そうだろ。無茶苦茶言っちゃダメなの」
「お前にだけは言われたくないのだっ!」
「なんだとぉうっ!?」
言い合う2人の間で翼竜がため息をついた。人間臭がすさまじい。
「傍から見てたら、2人とも同じような性格をしてますよ。2人はパラレルワールドの関係で? でもたしか、アリス殿下はイフリータ殿とパラレルワールドの関係でしたよね?」
「そうなのだ。ヴィルヘルミナとは全く別人なのだ」
「そいつぁよかった」
「なんだとぉうっ!?」
アリスのストレートパンチを華麗に回避。
カウンターの
「黄金の右ストレートッ!」
「都合の良い解釈ッ! ってか、顔面パンチとか容赦なさすぎなのだッ!」
顔面に渾身の一撃を食らわせた……はずなのに…………なぜあたしはアリスのほっぺたを拳でぷにぷにしているのか。
何度振りかぶってみても同じ結果に終わってしまう。
都合の良い解釈。
これがアリスの固有魔法。モノゴトを自分の都合の良いように解釈し、事実を捻じ曲げるというスーパーチートスキル。
これにより、『アリスを殴る』という感情を、『ヴィルヘルミナは殴ってるわけではなく、スキンシップの一環としてほっぺたをぷにぷにしようとしている』と都合よく解釈。あたしの拳をそのようにしてしまったのだ。
なんでもアリかッ!
アリス曰く、『理論上はなんでもアリ。だからといって、現実問題、なんでもできるというわけではない。あくまで解釈の余地の及ぶ範囲まで』とのこと。
どうだすごいだろう。豊満な胸を逸らして自慢げに鼻を鳴らすので、もう1回、彼女の顔を殴ってみた。だがやはり、強制的に解釈を変えられてほっぺをぷにぷにさせられた。
くそが。とりあえず乳もげろ。
呪いの念を発するあたしの手を引いて、さっそくドードーを追いかけようと走りだす。
一緒に探してくれるのは嬉しい。とはいえどうやって?
ドードーは既にロストワールドにはいない。夢を渡って異世界に渡ったのだとしたら、ワンダーランドにだって居はしない。
一体どうやって探すというのか。異世界に渡る手段はあたしのユニークスキルしかないというのに。
心配と焦る気持ちが暴力になってあふれ出る。にやけ顔のアリスの肩を揺すろうとがっつこうにも、こいつはこいつで必死に抵抗しやがった。
女子レスリング会場と見紛うが如きマウントの取り合い。眉間にしわを寄せながら、張り付いた笑顔で彼女は言う。
我のユニークスキルは解釈を与える。千里の道も一歩から。ドードーへの道も一歩から、なのだ。と……つまり、彼女のユニークスキルがあれば一歩進むだけでドードーへと繋がるわけか。めちゃくちゃ便利な能力だな。
だったらロストワールドに来るのにもそれを使えばよかったんじゃない?
結論から言うと、アリスの魔法は燃費が悪い。彼女のユニークスキルはかなりの量の魔力と体力を消耗する。
おいそれとは使えないとっておき。基本的には自分の能力は使わず、臣下を手足のように使い、いざという時のために魔力と体力を温存していた。
いや、普通に自分の手足で動けや。
つっこむも無視を決め込み明後日のほうを見て口笛を吹かす。
甘やかされて育ったのか。
生まれついての王女様だからなのか。
理由はどうであれ、きっちり一発殴らせてほしい。
じゃなかった、早くドードーを見つけて連れ帰らせてほしい。




