ヴィルヘルミナ・イン・ワンダーランド 5
お茶会の席には装飾が過剰に施された白い椅子と机。
天蓋は綾織りの白布が列をなしてたなびいた。
風を柔らかく受け止め、強い日差しを木漏れ日に変える。
日常と非日常の境界には色とりどりの花々。
咲き誇ったカラフルな花壇。悔しいけどさすが王宮の庭園。ショコラに用意しているテラスよりもずっと立派。
花に顔さえなければなおよし。
お菓子が運び出されるバルコニーと扉もワンダーランドのそれ。
地面より高い位置にある扉。
子ネズミ専用の窓。
オレンジジュースの出る蛇口。
ウミガメがバカンスをしている絵画――――しかも動いている。
なんというカオス。人の夢はその人が寝る直前まで考えていた内容を反映するという。
まさかこれがあたしの頭の中?
マジか……さすがにこれは要カウンセリング。
いつになったら覚めるんだ?
促されるままに紅茶で乾杯。メンバーはヴィルヘルミナ、アリス、マッドハッター、バニーガールの白うさぎ……正装ってこれかい。クノイチ衣装とたいして変わらんやんけ。なんでバニーガールは嫌がって半裸状態のクノイチ衣装はアリなの?
キャラ設定も崩壊してんなぁ。まぁ夢の中なんてこんなもんか。深く考えたら負けな気がする。
問題は……目の前の紅茶やお菓子が食べられるのか、ということ。
これだけ期待して、煽っておいて味がしないとかだったら絶望で死ねる。
失望で憤死する自信がある。
意を決して、いざ実食!
ごくり。
もぐもぐ。
――――うっま!
いつまでも鼻をくすぐるようなジャスミンティー。
刺激のあるジンジャークッキー。
あまあまふわふわなイチゴのショートケーキ。
こってり濃厚なガトーショコラ。
透明感のあるゼリーの中に美しいフルーツが泳ぐゼリーケーキ。
これでもかと、めいいっぱいのラズベリーを楽しめるトゥルビヨン。
ジャム、ナッツ、チョコ、ドライフルーツとエトセトラ。かわいい見た目とカラフルな味が楽しいロシアンクッキー。
シナモンと粉砂糖がたっぷりふりかけられたリンゴケーキ。
カリカリ食感の生地と、まったりとしたクリームがたまらない水玉ラスクのマリトッツォ。
こいつぁたまりませんなぁっ!
――――――ん?
水玉ラスクのマリトッツォ?
これってたしか、ハティさんとすみれで作ったっていう合作スイーツ。
これがここにあるということは、目が覚めたらすみれの家に直行ということではないだろうか。
なるほど、これは天啓ですな。よし、ショコラのチョコケーキを持って行ってティーパーティーを開こう。
「ティーパーティーを今してるというのに、もう次のティーパーティーとは気が早いやつなのだ。それより、お前も早くすいぃ~つを出すのだ。よこすのだっ!」
「えっ……って言われても、お菓子なんて持ってないの」
「持ってないのは分かってるのだ。お菓子を出せばいいだけなのだ。まったく仕方のないやつなのだ。我が出してやるからじっとしているのだ」
そういって無理やりポケットを肩まで突っ込んだ。肩まで。服が破れる!
と思いきや、無理やり引っ張られる感覚はない。
すごい変な感触がする。両手を2つのポッケに突っ込み、なにやらがっつりと掴んで引っ張った。
飛び出したそれはとてもポケットに収まりきらないようなサイズ。10号サイズのホールケーキ。1つは見覚えがある。よく見るケーキだ。
3種類のチョコレートを使い、ワンホールもぺろりと食べきれてしまう魅惑のスイーツ。アトリエ・ド・ショコラが自慢する看板商品。チョコレートケーキ。
もう片方は半分くらい見覚えがあった。チョコスポンジの上にココアムース。最上部にはベリー系を使ったゼリーケーキ。大人かわいいを体現したような姿。
なんていうか、シルヴァお姉ちゃんが好きそうなケーキ。っていうか多分、お姉ちゃんが作ったケーキと思われる。
直感だけど。そんな気がする。
直感は大当たり。アリスが言うに、これらはシルヴァお姉ちゃんが作ったケーキ。チョコレートケーキは今から店に出すためのもの。
ゼリーケーキが乗ってる方は新作スイーツ。すみれの作った水玉ラスクのマリトッツォをリスペクトした作品。
どうあってもチョコレートをくわえたいお姉ちゃんらしい。
お菓子コンペでもチョコとナッツを使い、グレンツェン大図書館を象徴する時計盤を模したクロックナッツチョコレートなるものを提出したと言ってたなぁ。
フラワーフェスティバルの中で修道院の子供たちが提供しているのはハチミツクッキー。
それに倣い、手軽にテイクアウトできるものにしたほうがいいと助言するも、『ホールケーキを出してくれるなら、大聖堂のテラスを飲食スペースにしてくれるかもしない。だって大聖堂のテラスでティータイムを楽しんでみたいから!』という欲望丸出しな理由でチョコのホールケーキを提案した。
結果は惨敗。
すみれのラスクに決まったのである。
今度、ショコラでお菓子の品評会をやるので楽しみです。
楽しみすぎて夢に出てきたということか。なるほど、完全に理解した。
「何を言ってるのだヴィルヘルミナ。これは夢ではないのだ。たしかにお前は夢を渡ってワンダーランドへやってきたのだ。でもここは夢ではないのだ。お前は生身でここにいるのだ。いっぺん、殴って分からせてやるのだ」
暴力反対っ!
「おーけーっ! ここは夢を渡ったワンダーランド。全て理解した。だから殴らなくてよし」
「お前、結構調子のいいやつなのだ。まぁいいのだ。それより、お前はここに何を求めてきたのだ? それはずばり、ドードー鳥を探しにきたのだっ!」
「それは初耳だけどいるの!? ドードー鳥!」
驚愕の事実!
机を叩いて乗り出すあたしを制して緑色の世界を指差した。
「もちろんいるのだ。ロストワールドにいるのだ。あいつらは身の危険を感じ、お前と同じようにして、夢の中を通ってロストワールドにやってきたのだ。ドードーだけではないのだ。マンモスやらモアやらフクロオオカミやらと色々といるのだ。メガロドンもいるのだ」
「ドードー以外はどうでもいいっ!」
「どうでもいいのか!?」
どうでもいいわっ!
くっそ~~!
アタリはロストワールドだったとは!
こうはしていられねぇぜ。さっそくロストワールドへ出発だ!




