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ヴィルヘルミナ・イン・ワンダーランド 4

 やっとこさ森を抜けると、白い轍と低い背の緑の絨毯が広がった。

 あぁ~、恐怖とは全く違う意味で、もうあの森には近づきたくない。

 なんならジャバウォックに出会ってぶん殴ってやるほうがまだよかった。

 あたしにだって良心ってもんがあるんですからねっ!


 しばらく歩くと丁寧に剪定された庭園に出る。グレンツェンの庭園は整然と並びながらも、一般人向けの公園を目指すゆえ、できるだけたくさんの花々を一斉に楽しめるようにできていた。

 それと比べるとここは、そう、ヴェルサイユ宮殿の眼前に広がるような格式張った古式ゆかしい景色。

 規則的な道順。花は種類によって区画ごとに統一されている。

 背の低い生垣。

 点々と現れる1~2mほどの背丈の木々。

 それらの中心に据えられるのは噴水と造池。装飾の施された噴水から流れ出る水は計画的に作られた池に流れ、湖面は鏡のように――――――。


 次の言葉が脳裏によぎるより早く、あたしは周囲を見渡した。

 おかしい。なぜだ。湖面を覗いたなら、周囲の景色を映した姿が風に揺れて輝くはずではないのか。

 だというのに、湖面の中では優雅なパーティーが催されているではないか。

 これは記憶。かつてこの場であった喧騒のひとつ。湖面は楽しい思い出を懐かしんでは思い出した。


 物珍しく眺めていると、湖面の中の少女が何かに気付いて湖面を覗く。

 何に気付いたのか。

 何をしてるのだろう。

 疑問に思い、顔を近づけると興味の先のモノが分かった。

 あたしだ。

 湖面からぬっと腕が伸びてあたしの頬を撫でる。反射的に身を翻さなかったら引きずりこまれていた!

 危ないところだった。もう少しで《思い出》にされるところだった。湖面の中の少女は残念といった様子で肩を落としてどこかへ消える。

 興味が失せてくれてよかった。執拗に追われ、それこそ抜け出てきたなら、少女といえど全力で殴っている。それは間違いない。

 マジで心臓に悪い……。


「そんなところで何をしている。再会したい人物でもいるのか?」


 誰だ。白うさぎとは違う声。自信に満ちた女性の声だ。もしや衛兵?


「あ、いいえ、そういうわけで、わっ!?」

「だとしたら落とし物か? 誰かが拾ってくれたなら、池の淵に投げ上げてくれたかもしれん」


 巨大なトランプに体ごとサンドイッチにされて張り付いたまま歩いてるような、奇妙を通り越して愕然としてしまう謎の美女、いや、兵士らしき女性があたしを睨みつける。

 シュールすぎて笑えん。


「い、いいえ……落とし物というわけでもないです…………」

「あーっ! やっと見つけたでござるぴょんぴょん。いったいどこに行ってたでござるぴょんぴょん?」


 どこに行ってたかじゃないっての。

 数キロメートルを跳躍できるわけねーだろーがっ!

 と、終わったことをほじくりかえしても仕方がない。

 仕方がないので先を急ぐといたしましょう。

 ここでトランプ兵に見つかったら死刑宣告をされたり、捕まって牢獄に入れられたりするもんだと思っていた。

 その時のために黄金の右ストレートを準備していたが、あたしの夢の中のトランプ兵は実に思いやり深くていい人のようだ。

 ビジュアル以外は普通の人。どう考えても動きづらそうなトランプのコスプレ……トランプのコスプレってなんだよ…………。


 とにかく、巨大なトランプの着ぐるみを着た女性の兵隊を殴り飛ばさなくてもよさそうです。

 白うさぎとも合流できた。それでは、おそらくワンダーランドの定番。お茶会へと馳せ参じようではありませんかっ!


 それは終わることのないお茶会。死刑宣告受け、時間の止まった世界で狂ったお茶会をするという奇々怪々なティーパーティー。

 今年のハロウィンのテーマはアリス・イン・ワンダーランドにしてみようかな。それも面白いかもしれない。


 楽しい妄想に花を咲かせて、スキップのひとつでもしてやろうかと足を伸ばした途端、端正な声色が耳をつんざいた。何事か。振り返ってみると、トランプ兵Kが眉間にしわを寄せて怒ったような表情を見せるではないか。なにか粗相があっただろうか。

 心配してくれたことに対する礼はした。

 敵対行動はおろか、殺意だって向けてない。


 ではなぜ呼び止められたのか。硬直して立ちすくむあたしを睨む視線。ずんずんと歩いて……前のめりにぶっ倒れた。

 そりゃそうだ。トランプのコスプレなんてしてたらまともに歩けるわけがない。

 実際、短足の着ぐるみを着ているが如きよちよち歩き。それでよく兵隊なんて務まるな。ってか、誰がこの衣装を考えたんだ。バカじゃないの?


 同僚のトランプ兵Fが肩を貸そうとしゃがむも同じように前のめりにぶっ倒れる。

 立ち直ろうにもトランプの突き出した角が重なって起き上がれない。これ、本当にどうしようもねぇ……。

 仕方ないので肩を貸すと、生涯この恩は忘れぬという始末。いやいいよ。一瞬で忘れてくれていいから。

 いややっぱりよくない。恩を感じてるならここで返してもらおう。

 呼び止められた原因を帳消しにして、プラスマイナスゼロにしてもらうがベスト。でも何が彼女をそうさせるのか分からないので、理由は先に聞いておきましょう。


「これは失礼した。貴女に問題があるのではありません。問題は隣のそいつです。白うさぎ。貴女はまたそんな恰好をして。公然わいせつ物陳列罪です」

「いやほんとそれ」


 脊髄反射的につっこんでしまった。

 対する白うさぎは狼狽する。


「どこがでござるぴょんぴょん!? これは白うさぎ族に代々伝わる由緒正しき正装でござるぴょんぴょん。アリス殿下に言いつけられた服なんて絶対に着ないでござるぴょんぴょん!」


 由緒正しき半裸衣装の伝統ってどんなだよ!


「ええいっ! 往生際の悪い。客人にも失礼であろう。お茶会に参加するなら、それなりの礼装というものがある。アリス殿下の言葉は絶対なるぞ!」

「ぎゃあ~! 助けて欲しいでござるぴょんぴょん!」

「ごめん、むり~♪」


 泣きじゃくる露出狂に満面の笑みを向けて踵を返す。

 彼女はあくまでゆきぽんが擬人化したっぽい存在。彼女がゆきぽんであるならば、少しは慰めてあげてもよかった。

 しかし違うというのなら別人である。

 同情の余地もない。同情するなら、今も地に斃れ枯れ死んだ人面花のほうだ。

 命があるのかは分からないけど、ちょっぴりとはいえおしゃべりをした仲。情がどちらに傾くかなど言葉にする必要もなかった。


 城を前にして立ちすくむ。

 巨人でも通るのかと言わんばかりの巨大な門。一枚板の木は、樹齢百年を超えたであろう堂々たる佇まい。の、右下に人間サイズの小さな扉が備えつけられていた。

 小さい、と形容したそれは、あたしにとっての通常サイズ。

 轍の跡を見るに、普段からこちらが使われてるのだろう。巨大な門の前は庭園が広がっていた。つまりお飾りの門である。対比すると小さく見えるだけ。

 これはアレだろうか。

 見た目重視なやつなのか。

 デカい門は利便性も有用性も皆無なんだけど。

 夢の中だからなんでもアリか。

 細かいことは気にしないでおこう。


 ドアノブに手をかけ、ひねり、押し開ける。と、急に視界が開けた。扉を開けてそこは異世界……というのならまだ理解できる。

 巨大な門によって遮られていた空がいきなり姿を現した。天を見上げ、仰け反るように背後を見る。

 そこには巨大な門だったものが傾いていた。今にも地に落ちようと崩れかけている。

 眠れる本能が覚醒した。血の気が引くのと同時に前方へ緊急回避。耳を塞いで口を開ける。

 数秒ののち、数十mはあるだろう巨門が庭園めがけてぶっ倒れた。

 地は揺れ、轟音が鳴り響き、庭を剪定していたトランプ兵の悲鳴が怒号となって押し寄せる。


 なんだ……いったい何が来たんだ?

 まさか、あたしが扉を開いたから、デカい方の門がぶっ倒れたのか?

 だとしたらマズい…………いや、これは明らかに設計ミス。あるいは老朽化によるもの。あたしの責任ではないのでは?


 ともあれまずは人命救助。ビーチフラッグにダッシュするが如き滑らかな動きで走りだ――――――そうとして、くの字に体を曲げてこっちを凝視する女性の姿を見つける。

 くせっけのあるストレートの金髪。

 子供のような笑顔。

 特徴的なのは不思議の国のアリスに出てくるアリスと似た洋服を着ていること。

 水色のワンピースの上に白を基調としたデザインのセーラー服。赤いラインがキュートなデザイン。まさかコイツがアリスなのか。


 疑問に思うことはもうひとつ。体がくの字に曲がっていること。

 しかも手を伸ばした先にあったであろうものは、今は倒れてただの板になってしまった門。

 まさかとは思うが、いやそうに違いない。そうであってくれ。そうであるなら、あたしの責任はゼロになるから。


「ようこそ、ワンダーランドへっ! なのだっ!」

「えっと、どうも……1つ質問なんだけど、門を倒したのは貴女?」

「アリスでいいのだ。それから、門は倒すものではなく開けるものなのだ。見ての通り、お前を出迎えてやるために門を開けてやったのだ。感謝するのだ♪」


 これは『門を開ける』っていう行為じゃねぇよ。『板を倒す』って言うんだよ。ってか、どんな怪力してんだ。

 下敷きになってたら間違いなく死んでたわ。

 怖っ!

 屈託も悪気も無い笑顔が逆に怖いっ!

 うん、来るところを間違えた。


 人命救助と偽って全力ダッシュで帰ろう。いや帰る場所なんてわからないけど。

 赤の女王のところは地雷臭がするのでやめておこう。

 となるとロストワールドに行くしかないか。

 でもあそこは恐竜とかいるらしいじゃん。

 食われるじゃん。

 やべぇじゃん。

 選択肢がなかった。


 脚に力を入れるも理性が冷静になれと指示。

 まぁアリスはあたしを歓迎してくれるらしいから、ひとまずは口車に乗っておこう。これからお茶会ということだから、ご相伴にあずからせていただきましょう。

 そもそも夢の中なら何が起きても大丈夫じゃん。

 現実の本体がどうこうなるわけじゃないし。

 夢無双。そうこれは最強モードに入ってるやつ。

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