表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
294/1087

戴冠、あなたはひとりじゃない 5

 背を押し、手を添えるだけというのは非常に大きな意義がある。

 魔法に振り回されないという意味でも、あくまで自分自身の努力が必要だという点も見逃せない。

 ただ優しいだけじゃない。本当の優しさが込められていると感じた。


 感じて知って、ウェイターの子は感動を露わに頬を染める。


「まるで優しくも厳しい母親のような真心です。こんな素敵な魔法に出会ったのはいつぶりでしょうっ!」


 当然、リリィも大興奮。優しさを具現化したような魔法に夢中になる。


「こんなにも美しくて温かな魔法を作ってしまうハティさん、本当に素敵です。アルマさんが師と仰ぐのも納得ですっ! これも1枚貰っていいですか? リビングに飾りますっ!」


 飾っちゃうのか。たしかに装飾としての機能すらある造形だが。


「俺もリビングに掲げたいわ。しかしこれ、効果効能の高さもさることながら、学術的にも貴重な魔法じゃん。マジで一般人なの? そのハティって子。とても信じられん。直接会ってみたい」


 レオの気持ちも分かる。どう考えても一般人の技量で作れる魔法じゃない。


「マジで一般人だ。それと魔法の解説を依頼しても無駄だ。残念なことに彼女の語彙力は乏しい。アルマ曰く、ハティは天才肌。理論的に魔術回路や魔方陣を組み立てる、なんてことはしたことがないらしい。いつも状況に合わせて即興で作ってしまう。これが必要だからパッと作ってパパッと解決。本当に驚かされるよ」

「なんか全ての努力を否定された感じですやん…………」

「いますよね、そういう超天才肌の人…………」


 落胆のため息をついて肩を落とすレオとニャニャ。

 2人を見て、私も一緒に肩を落とした。

 私から言わせれば、レオもニャニャも天才肌なんですけど?

 レオは元々持ち合わせた魔法適正の高さもさることながら、魔導工学を戦闘に取り入れ、魔術師でありながら前・中・後衛のどのポジションをも担えるスーパーエージェント。

 銃と魔法の性格を取り入れた魔銃を操る彼は、柔軟な動きでどんな状況にも即した対応ができる。

 闊達な性格も相まって、普段から団員たちからお兄さん的な存在として頼られていた。

 彼の信頼は戦場において発揮される。誰にどんな言葉を使えば必要な情報を最低限の会話で引き出せるかが分かっていた。

 1分1秒を争う中、一で穿ち、十を知り、百の仲間を援ける。意識していてもなかなかできるものではない。


 ニャニャは普段はおっとりしていて天真爛漫な性格が散見された。

 暇さえあれば本を読むか魔法の実験。あるいは野良猫をもふもふするかベンチで昼寝か。

 多くの者にとって、どうやら後者の印象が強いらしい。

 猫のように自由奔放。それが彼女の評価のひとつ。

 だが、我々教員職を兼ねる騎士団員や宮廷魔導士からすれば真逆の評価。特に実地演習中の彼女の集中力は狂気的と言っても過言ではない。

 生い立ちがそうさせるのか。

 周囲の環境がそうさせるのか。

 あるいはどちらともか。

 教員が評価するスキルシートには決まってこう書かれていた。『特優である。しかし魔獣と相対した際に決まって精神に歪みが見られる』と。

 彼女の寄宿生入寮動機が脳裏に蘇る。魔獣で悲しむ人を1人でも減らしたい。立派な心掛けだ。最上ですらある。

 どうか、強すぎる情熱が身を焼かぬことを祈るばかりです。


 あっ、レポートを作り直さなきゃ。さっき上げた情報を上書きして送るだけだから、そんなに時間はかからないな。

 時間といえば、ウェイターの子を随分と拘束してしまった。そうだ、彼女の知識のおかげでオートファジーの魔法の謎が解けたのだ。チップを多めに弾まなくては。


 いやぁ本当に助かった。本来であれば研究機関に預けて解き明かす謎を彼女の閃きで解決したのだ。

 よく考えたらチップだけでは足りないじゃないか。今度お礼をするにしても私は騎士団長の1人。

 ウェイターの子を贔屓したとあってはよからぬ噂が立つかもしれん。

 どうしようかな。


「それって今更では? 未知の魔法の検証クラスの話しを、騎士団長クラスの俺たちならともかく、寄宿生の2人に手伝ってもらってるんですよ? 宮廷魔導士見習いのマルタちゃんはともかくとして、贔屓してると見られるのでは?」

「マルタは先日、迷惑をかけたお詫びとしてスイーツを奢るって約束したからな。マルタはそっちが本命」

「そうです。スイーツが本命です。魔法はついでですっ!」


 さすがにそこまではっきり言われると困るんだが。


 次にニャニャか。彼女も忖度してるわけではない。

 というか、


「ニャニャはリリィにくっついてきただけだ。いてくれて助かってるがな。リリィを呼ぶ件についてはメレノア女史に報告済み。報告しただけで返信は返ってきてないがな」

「返ってきてないんですかい」

「だってメレノア女史は出張中で忙しいもん。医療術者は現場研修が殆どだから、直接会って話しを聞くとかむずいんだもん。寄宿生一年生のリリィなら捕まえやすいじゃん。優秀だしな」


 本心から褒めると、リリィは嬉し恥ずかし頬染めて、喜びを照れ照れ隠ししてくれた。


「いやぁ、その、照れちゃいます。たしかに一年生は基礎も学ぶので時間に余裕があります。二年生からは殆ど実習で医療現場でのお勤めですからね。三年生になればいよいよ野戦での実践演習。ないしは正式に医療術者として活動する場合が殆どですから」

「たしか二年生から一般兵科の学生と履修過程が変わるんですよね。めちゃくちゃ偏差値が高いって聞いたです」


 リリィと仲良しのニャニャは少し寂しそう。

 会える機会が減ると思うと表情が暗くなる。

 シェリーはニャニャの心の内を察して頭をぽむんと撫でた。


「偏差値高めに設定されてるというか、自然と偏差値の高い子が集まるって言ったほうが妥当かも。医療術者系の学舎はどこもそうなんだけど、生まれ持った才能と、基礎的な知識よりはガッツを重視するかな。専門的な知識は後から積み重ねていく方針。1番は根性。2番に才能。努力はあって当たり前。医療術者の現場って、下手をしたら前線よりも激戦区だから」

「リリィにもニャニャにも期待してる。2人とも頑張り屋さんだからな。そういうわけで、私が呼んだぶんには贔屓にあたらん。話しが逸れたな。君には本当に助けられたよ。何か礼がしたいんだが、何かしてほしいことでもあるかな。限度はあるけど」


 そういうと、ウェイターの女の子は目をキラキラさせてシェリーに向き合う。


「いいんですか!? それじゃあですね、プリマちゃんをもふもふさせて下さいっ!」


 花より団子。いや、花より子猫か。

 彼女も1人の乙女なのだ。目の前にもふもふのにゃんこがいればもふもふしたい欲求にかられるのも当然というもの。

 他人がもふもふしてるのを見ると私も手を伸ばしたくなる。

 愛らしく小さな体にもっふもふの毛並み。さすが溺愛してるだけあって良い色艶だ。

 猫かー。ペットにするなら猫…………いや犬…………いや兎…………いやハムスター…………いやいやいや、子供たちの意見が優先だな。

 落ち着けライラ・ペルンノート。まだ飼うと決まったわけじゃないんだ。紅茶を飲んで落ち着くんだ。


 深呼吸をしてひと含み。精神を落ち着かせてプリマのお腹をもふらせてもらおう。

 あぁ~なんて心地よいもふもふ加減なのだ。しっとりふわふわの感触がたまらん。動物の毛特有の滑らかな肌触り。

 いやぁ~いいですなぁ~~♪


 アニマルリラックスも束の間、もふもふの感触ととも時折触れる硬い感触に目を疑った。

 プリマがお気に入りにしてるといって取り出した緑色の板。波打つような造形をしており、窪みには体を、盛り上がった丘は顎を乗せるのに丁度いいと、プリマが気に入ってベッド代わりにしてる石板。

 とろりとした蜂蜜のような光沢を持つ淡い緑色の石。一度見たら忘れない。自然が創り出した奇跡の産物。


 これをいったいどこで手に入れた?


「おい、シェリー…………この板は、いったいどうしたんだ?」

「これですか。ハティからもらったんです。プリマが寝転ぶのに気に入ってしまって。プリマが気に入ったならプレゼントしてくれるということで頂きました。彼女のおかげでアイザンロックグラス作りの体験をさせてもらって、おいしい料理も食べさせてもらって。今日の素敵な魔法にも出会わせてもらいました。次に会ったらきちんとお礼をしようと思ってるんです。アルマたちとシェアハウスしてるということなので、お菓子などが良いと思うのですが、どこか贈答用のお茶菓子などで良い物を扱ってる店を紹介していただけないでしょうか。恥ずかしながら、高価な物を贈る相手がいないので詳しくないんですよ」

「これのお返しにスイーツ? シェリーも冗談を言うようになったもんだ」

「えっ、冗談?」


 ああ…………この様子だと、プリマが寝っ転がってるベッドがろうかん翡翠だということを知らないな。

 シェリーは孤児院の出身。宝石類に関して興味も薄ければ鑑定の知識もないのだろう。

 そもそも、売れば一生遊んで暮らせるような翡翠の皇帝(インペリアルジェード)を、ぱっと渡してしまうハティの無知たるや……頭が痛くなる思いとはこのことですわ。


 エメラルドパークに来た時もそう。未知の魔法を連発するわ、億越えの宝石をバラバラと机の上に放り出すわ。挙句の果てには動物とおしゃべりができるとか、どういう人生を送ってきたんだよ。

 最後のは凄く助かったけどさ!


 シャングリラも楽しかった。また行きてぇ~~~。子供たちにもまた会いたいなぁ~~~。

 よし、そのためにはハティたちともっと仲良くならなくては。

 そして仕事を休めるように、今、頑張らなくてはな。

 レポートの内容が世間に知れ渡ったら、それだけで忙殺されそうな予感がするけど。

 よっし、午後の講義も頑張るぞっ!




〜おまけ小話『知らぬが勝ち』〜


シェリー「あ、そうそう。アイザンロックに旅行に行った時にかわいい彫刻をいただいたんですよ。マーガレットとアルマの持ち帰った物がすっごくかわいくって、ちょっと見て下さいよっ!」


ニャニャ「おぉ~っ! 恋仲のにゃんこ。それにお乳をあげてる母親にゃんこと子猫たちの彫刻です。ちょ~かわゆいですっ!」


リリィ「私たちもいただきました。かわいらしい鯨さんです」


ライラ「かわいいのは分かった。で、マーガレットの持ってる、この、緑色の石は……」


シェリー「あぁこれですか。これはハティが持っていたもので、オリーブの実の形をした石だそうです。マーガレットが気に入って、ハティに頼んだらくれたそうですよ。今度、お手製のモスポットをプレゼントするそうです」


レオ「モスポットって食堂にも置いてあるやつか。あれいいよね。季節になったら、わぁって花が咲いて、すっごい華やかになる。手入れが簡単だから小型のモスポットを持ってるっていう家庭は多いらしいね」


シェリー「うちも小さいのを1つ買いました。苔の部分がひんやりしていて気持ちいいのか、珍しいのか、よくプリマがぷにぷにしてますよ。もぉ~かわいくてかわいくて♪」


ライラ「溺愛してるところ悪いが、これが何の石かは聞いてるのか?」


シェリー「いいえ、ただの緑色の石だと。石に詳しい知り合いに頼んで、一番綺麗なものを選んでもらったと言ってましたね。元々はオリーブの木と交換するために加工してもらったとか」


マルタ「石とオリーブの木を交換ですか。だとすると結構お高いのでは? ライラさんは商談の席にいましたよね。これが何の石なのかご存知なのですか?」


ライラ「――――世の中にはな、知らないほうがいいこともある」


シェリー「気になるので最後まで――――って、なんで逃げるんですかっ!」


ライラ「(言えるわけがないだろう。オリーブの実の形をしたエメラルドなんて時価数億だっての。命がいくつあっても足りんわっ! ハティには今度、そのへんの常識を与えてやらねば。下手をすると被害者が出るぞ…………ッ!)」

欠点を抑え長所を活かすマジック・プロテクター。

概念的な性格を魔法に反映させる太古の魔法〈オールドマジック〉。

意味を逆転させることでポジティブな性格を与えたオートファジーの魔法。

実にハティらしい優しい魔法ですね。孤独を最も嫌がるハティらしい魔法とも言えます。あなたはひとりじゃない。ということは逆説的に、わたしはひとりじゃない。ともとれるわけです。オートファジーの魔法は誰かに一緒にいて欲しい、というハティの願いの籠った魔法でもあります。ただ、依存ではなく、純粋に相手のためを思っているからこそ、彼女の周囲には人が集まり、笑顔の輪が広がるのでしょう。


次回は、【ヴィルヘルミナの野望】の伏線回収回です。ネームレスである〈???〉の正体が明らかにッ!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ