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戴冠、あなたはひとりじゃない 1

今回はライラ視点で進む魔法回です。でも戦闘系ではありません。謎解き要素がちょっぴり入った魔法回です。

オリーブの木を手に入れるため、エメラルドパークに立ち入ったハティたち一行。移動のために使った魔法とマルタを看病した時の魔法の解析をしようと試みます。そこで彼女たちは新鮮な驚きと感動の涙を流すことに。一体何が分かったのでしょうか!


そして魔法とは別の驚きでライラが紅茶を吹き出します。

ハティ節に振り回されるライラ騎士団長様。彼女の不必要な心労は甘いお菓子で溶けるのでしょうか。




以下、主観【ライラ・ペルンノート】

 ベルンが誇る国際的な魔導研究機関【レナトゥス】。

 ベルン王宮を中心に西北西へ伸びる焼き菓子のような建造物は、別名を【ティラミス】として慕われる。宮廷魔導士、寄宿生、ベルン騎士団が日々研鑽を行う場所。

 室内では講義や薬学の研究。屋外では騎士団の鍛錬、魔法実習、フィールドワークなどなど、様々な形で利用されていた。


 今日はその一角。食堂のテラスで人を待つ。紫地で桃色がかった輝くような髪。凛々しくも気品を感じさせる目元。青空のような澄んだ瞳。戦う姿は戦神の如く荒れ狂い、穏やかなる時は女神のようなたたずまいを見せる。

 ベルンが誇る最強の鉾。それが私、ライラ・ペルンノート。


 今回のお題はハティが使って見せた魔法の情報共有と実証実験。

 さらに一歩踏み込んで、利用価値の考察をしようと思います。なので知識人を招待しました。

 メンバーは――――最近仕事場にも猫のプリマを連れ回し、ニコニコ笑顔が止まらないシェリー騎士団長様。

 彼女も私と同じ魔法剣士。攻撃職の第二騎士団長と違って防衛専心の彼女は国防の要。

 魔法と剣技の知識と経験はお墨付き。

 なによりも、第一騎士団長は国家の防衛と同時に、全軍の指揮を執る指揮官の役目も課せられている。

 どれだけ知識と経験があっても困らない。


 2人目は第三騎士団副団長レオ・ダンケッテ。

 戦闘職の魔法兵団の中でも特に前線を好み、特注の魔銃を使った近・中距離攻撃には定評がある。

 攻撃、支援ともにそつなくこなす彼は魔法兵科でありながら、前線を縦横無尽に飛び回ることのできる稀有な存在。

 さらには、魔法の知識のみならず、スイーツとマジックアイテムにも精通したオールラウンダーでもある。


 続いて医療術者志望のリリィ・ポレダ。

 寄宿生1年生であり、入学して数か月ながらも優秀な成績を収める彼女の知識は、今日の議題において最も役立つことであろう。

 医療術者とは、あらゆる場面において、主に魔法を用いて治癒を行う者たちの総称。

 通常の騎士・魔術師過程とは違い、医療術者はティラミスでの座学・実証実験に加え、医療現場での実地研修が主な受講内容。

 くわえて、能力の高低が才能によるところの大きい医療術者は実力主義的な側面が非常に強い。

 荒れ狂う荒野のような未知を彼女は地道に一歩ずつ一歩ずつ、愚直に進む姿が色よく評価された。


 最後にマルタ・ガレイン。彼女は現地に居合わせ、実際に魔法を体験した人間。

 そしてお詫びにスイーツを奢ると約束をしたので、ティータイムを楽しもうと招待した。


「うふふ~、おいふぃ〜♪ それにしても~、ライラさんのレポートを拝見しましたが、やっぱりハティさんは凄いですね。全くもって未知数の女性です。ワンダフルですね~♪ はぁ~、またフェインちゃんをもふもふしたいです~♪」


 マルタはスイーツに舌鼓を打ちながら、懐かしのもふもふを思い出す。

 私もまたシャングリラに行きたいな。


「それは私も猛烈に同意。子供が望むならペットを飼うこともいとわぬ。さすがにあんな巨大な狼は無理だけど」

「さすがにあの子サイズは……」


 マルタはフェインの巨大さを思い出して苦笑い。人が背に乗れるほどの大きさの動物は魅力的。だけど飼えるかどうかと聞かれればノーである。

 私の思わせぶりな言葉に、リリィは楽しそうに瞳を輝かす。


「え、ライラさんはペットを飼われるんですか?」


 続いて猫好きのニャニャが追随した。


「それなら猫ちゃんがいいですよ。もっふもふの猫ちゃんがいいですよっ!」


 リリィと一緒についてきたニャニャ・ニェレイ。猫が大好きな彼女は当然、猫を推しまくってくる。

 将来はにゃんこに囲まれる生活をおくるつもりらしい。

 それにしても、


「ちょ、顔が近いよ……。共働きだし、子供もまだ小さいから、世話ができる年齢になってからって思ってるよ。その時はニャニャにももふもふしてもらおうかな。さて、全員揃ったみたいだな」

「あ、ニャニャはお呼ばれしてないので、これで」

「いや、時間に余裕があるならニャニャにも参加してもらいたい。できるだけ多くの人の目に触れて欲しい。ハティには許可をとってあるから。本人に聞いても、なんていうか、表現が抽象的で全然分からんかった…………」


 私も知らない未知の魔法がずらり並んだものだから、どういう魔術回路の構成をしてるだとか、どういった条件でこの魔法は発動するのかを詳細に聞こうとした。

 当然のことながら、魔法を使った相手に聞くのが一番手っ取り早い。


 はずなのに……ワープの魔法は『みんなと手を繋いで、しゅっと移動する』とか、『千里眼の魔法はビューッとパッてなっていく』とか――――。もう全然理解が及ばん。

 ある意味凄すぎて。語彙力とかそのへんが。


 魔術回路の構成を聞いても『みんな個性的で綺麗だよねっ!』と言う始末。

 アルマも言ってたな。彼女は本当に心の赴くままに魔法を生み出すのだろう。

 まさに天才。天性の才能。

 凡人の及ばぬ極地に生まれながらにして立っている。そんな雰囲気だった。

 結局、何も収穫することができず。まずはこのメンツで魔法の検証と今後、どう活かせるだろうかという仮説を立てようと思います。


 ここで賢いニャニャから急所を突いた質問が飛び出した。『魔法の知識であれば、研究職の魔術師に相談するのが良いのではないだろうか。未知の魔法であれば、エイリオスおじいちゃ…………エイリオス第四騎士団長に相談すればよいのではないだろうか』と。


 まさに正道。ニャニャの発言は正しい。

 しかし、間違ってもいる。

 研究を主目的とする第四騎士団。その頭目たるエイリオス・フォン・バルクホルンは世界でも5本の指に数えられる魔法の研究者。彼であれば一を見て十を生み出すこともできよう。

 だけど、それは我々のいないところでやってもらうこととする。


 彼は御年90歳を越えながらもバイタリティが少年のそれ。

 大好きな、しかも己の知らぬ魔法を見ようものなら、新しいおもちゃを買ってもらった子供のようにはしゃぎまくる。

 そしてしゃべり倒す。とても議論にならない。口に出しては言えないが、はっきり言って鬱陶しいのだ。

 好きなことになると盲目になる。それは長所であり、短所でもある。

 なので、彼にはレポートという形で提出。魔法の研究は自分のフィールドの中にあるヒトモノだけを巻き込んでいただきましょう。


「エイリオスおじいちゃんにこんな魔法を生で見せたら最後だ。さいあく、子供の世話、あるいは介護をしなくてはならん。それは御免被る!」

「ちょ、ライラさん、言い方…………」

「シェリーだって知ってるだろ。そういう言い方にもなるほど酷いんだよ。良くも悪くも」

「……………………」


 彼の話しをしても仕方ない。ので、レオが続きを促してくれた。


「それでそれで、未知の魔法ってなんすか? 4つあるって聞いてますけど」

「医療術系の魔法もあると聞きました。有用なものであればぜひともご教授いただきたい。できれば本人にっ!」


 リリィよ、君の向上心は尊敬する。

 しかし残念ながら、


「相談すれば乗ってくれるかもしれんが、彼女はあくまで一般人だからな。無理強いはダメだよ?」

「一般人…………」

「マルタよ、そこは私もひっかかってるが気にしてはダメだ」


 多くの子供たちに、魔族に、魔獣に、一般人から王族にまで慕われ、尊敬される月下の金獅子。

 彼女を一般人と呼ぶには齟齬があるも、ベルンやグレンツェンにおいてはあくまで一般ピーポー。

 そうでないと、そうしておかないと、理想郷(シャングリラ)の平穏が脅かされるかもしれない。

 それだけは絶対にあってはならない。

 彼らの幸福が穢されることだけは、絶対にあってはならないのだ。

 なのでハティの話題は隅に置き、彼女の魔法に焦点を当てるといたしましょう。


 まず時系列順に千里眼の魔法から。

 我々が知りえる千里眼と言えば、数キロ先の距離を、あたかも肉眼で見るかのように遠視する魔法である。

 ある程度の魔法の訓練を積んだ者であれば簡単に使えてしまうため、かつてはスパイ活動の常套句から、不埒な覗き行為にも用いられた。

 国際条約により、許可のある場所以外での使用は禁止。対千里眼用の防護結界も普及してるので、街中で使われることはまずない。

 国際魔術協会に登録してある記録書庫(アーカイブ)からも千里眼は閲覧禁止となっていた。


 彼女の場合、使用は私有地であり、私有地の持ち主が限定的に許可を出したので合法。

 問題は合法である千里眼の威力が想像を遥かに絶して超えていたことだ。

 200kmオーバーの使用範囲。これをどう説明するのか。ヒントは魔導複写装置が記録した魔術回路にある。

 通常の千里眼の魔術回路に、見慣れないプロテクターのような回路が付与されていた。

 私の記憶違いでなければ、これは魔法の効果範囲や発動条件を制限する代わりに、魔法の効能を飛躍的に高めるマジック・プロテクターと呼ばれる代物。

 高位の魔術師でも多様することが殆どない骨董品。効能は絶大なれど、使用条件が絞られるために柔軟性に欠けると嫌遠されがちである。

 正しく使えば通常の魔法とは飛躍にならない効果を得られる。が、より柔軟性を求められ、誰でもいつでも使える魔法がもてはやされる昨今、マジック・プロテクターが陽の目を見る場面は少ない。


 なるほど、マジック・プロテクターの制限能力のおかげで200kmオーバーの使用範囲という常軌を逸した能力を発揮したわけか。

 さすがに素の魔法では無理だよな。よかったーなんか安心したー。と、この時の私は知らなかったのだけれど、ハティは素の千里眼で200km先を見ることができる――――どころか、マーキングしていれば異世界にいる知人の様子だってうかがい知ることができるのだ。

 彼女はそれほどまでに規格外。常識の外すぎて、笑い話にならない。


 説明して、実物を見るなりレオが唸る。

 感心と、驚嘆の声が喉から聞こえてきた。


「たしかにマジック・プロテクターの一種みたいですね。なるほどー、制限の厳しい千里眼にあえて制限を加え、国際法を順守したうえで使用範囲を広げたとすると、千里眼の新しい可能性が見えてきますね。どこまで制限をかけるかにもよりますけど」

「制限の内容次第ですね。彼女のことですから、プライベートを侵すようなことはないと思います」


 シェリーの予測通り、マルタが感じた千里眼の魔法は他人のプライベートを侵すものではなかった。


「あれはですね、なんていうかですね、ノックされた感じがしました。マーキングしている相手に直で千里眼の魔法が訪れて、『貴女の周囲を見たいんだけど、見ていいですか?』って聞かれたような印象です。いいよーって合図して初めて開示されたと思います」


 私は人差し指を立てて納得する。


「なるほど! 合意の上で発動する魔法になってるわけか。たしかに千里眼の問題って、誰も彼も好き放題に遠視できるところだもんな。そこをマジック・プロテクターで逆手にとって、制限した上で効果範囲を広げたわけか。だとしたら上手いこと考えたな」


 それに、とくわえてレオも合いの手を入れた。


「マーキングってところも見逃せないな。千里眼って空中を移動するように遠視するタイプが基本だ。マーキングしているなら、よそ見することなく目的の座標に辿りつける」


 なるほど。よそ見せずに一直線に飛んでいけるわけか。

 しかし待て。そうすると、


「あれ? 千里眼の魔法を使うためにマーキングしてもらってたの?」


 マルタに聞くと、答えはノー。


「まさか。そんな時間はありませんでした。となると、マーキングはそれ以前に行っていたはず、なんですが、心当たりがないんですよね。位置座標を教え合うマーキングの魔法は、直接相手に触れた上で合意する必要があります。ハティさんとマーキングしあった記憶はないのですが」


 マルタの疑問符にニャニャの記憶が楔を打つ。


「マーキング…………あれってたしか、マーキング済みの人との合意があれば、第三者が一時的にマーキング先の人の位置情報を照合できたです?」


 そういえばそんな使い方があったな。

 マーキングの魔法なんて剣闘士時代から使ってなかったし、騎士団員になっても、スタンドプレーの私には無用の荷物だった。


 ニャニャの言葉通りなら、仮にAとBがマーキングの合意をしたとする。

 そこに第三者のCがBに対して、Aの居場所を知りたいからBを経由してAの居場所を教えて欲しい、とする。

 AとBの合意を得た場合、Bを中継地点としてAの居場所をマーキングを利用して知ることができる、というものだ。


 この方法はハイラックス国際友軍が偵察や難民救助などの際によく利用される手法である。

 一番よく使われるのは、よく迷子になる子供を持つ親。元々、マーキングの魔法は帰宅の遅い子供を心配して作られた魔法だと言われていた。

 もしも彼女がこれと同じ手段をとったとしたら、どこかで誰かとマーキングを行っていたことになる。

 なのに、マルタには心当たりがない。酒に酔った勢いで誰かにマーキングをしてもらった可能性もあった。いったい誰か。

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