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うさぎと酒 1

イカ墨料理ってありますね。イカ墨のパスタって食べたことがあるのですが、なんというか卵ベースのクリームと合わさってコクが強いというのかなんというか、とにかく美味しかった記憶があります。

でもタコ墨ってないですね。

タコの墨は取り出すのに苦労するわりにさらさらしているかなんかで使いづらいしあんまり美味しくないらしいです。タコは煙幕みたいな感じで、イカは粘度が高いんだった気がします。

北海道に行った時、イカ墨アイスクリームがあって、食べたかったんですが凄い並んでいて食べられませんでした。機会があったら食べてみたいです。




以下、主観【小鳥遊すみれ】

 連絡管から伝わる野太い声で目が覚めるのは鈍く響く不快な振動のせいか。

 それもあるかもしれないけれど、殆どの人が背負う倦怠感は魔力の喪失によるもの。

 いくらふかふかのベッドで体を休めたとはいえ、魔力だけを搾り取られたのだから無理もない。

 体力はあり余ってるのに気分だけがすぐれない。不思議な感覚にめまいを覚えながら、我々はのそのそとベッドから起き上がり、背伸びをしながら大きな口を開けた。


「うぅ……予想はしてたけど、やっぱり変な気分。でも宮廷魔導士とか騎士団の仕事の中で、こういう状況に陥る可能性もあるとしたら貴重な経験かも」

「ローザは野戦看護師見習いで遠征について行ったりしてるんだよね。でもお医者さんを目指してるって言ってなかったっけ。あぁ~腰痛い。寝違えたかも」


 ローザさんは魔力の喪失で、ペーシェさんは寝違えて体が痛い。


「はぁ~。久々に魔力を使い切った感じ。近年は平和だったからあんまり魔法を使うこともなかったしなぁ」

「マーリンさんは随分と元気なんだな。ボクは魔力量が多いほうじゃないけど、結構キツイかも」


 やっぱりマーリンさんは元気そう。ルーィヒさんのほうがまいってる。


「…………すまんけど、こっちなんとかして」


 なんだかんだで鍛えてる男の子たちがゾンビさながらのやつれ具合で必死に起き上がろうと努力する。

 ルージィさんは貴族の跡取りとして、アダムさんは次代の宮廷魔導士として、クスタヴィさんは騎士団員希望ということもあり鍛えてるからともかく、大衆食堂でアルバイトをしている3人もかなりキツそうだ。


 女の子のほうも、生まれつき魔力量の多い人々を中心にぐったり。

 特にウォルフさんとミーナさんは微動だにしない。

 こんなこともあろうかと、マーリンさんは魔力回復薬(エーテル)を持ってきてくれていて、1人1本、元気ハツラツとまではいかないものの、頭がすっきりするくらいには復活した。


「それ貴重なやつでしょ。俺は底に余ったやつでいいですよ。マーリンさんの関節キスで」


 相変わらずのタコ野郎。


「うん、スパルタコ君は元気みたいだからいらないみたいね。1本余ったからティリアンにあげるわ」

「わぁ~、ありがとうございます」

「あっ……ちょっ…………」

「お前もう本当に黙ってろ」


 本気に怒髪天のペーシェさんに足を蹴られてノックダウンのタコ野郎。


「すみれちゃんは大丈夫そう?」

「なんだか全然平気です。私は大丈夫なのでスパルタコさんにあげて下さい」

「フェアリー降臨っ!」

「すみれ、こいつに優しくしたってなんにもなんないよ」

「ペーシェ、お前いらんことを言うな。そしてなんにもなんないことなんかないし!」

「じゃあなんになるのさ?」

「あぁ~う~ん。そうだなぁ~…………今度、ヘイター・ハーゼの料理をワンプレートだけ奢ってあげる」

「本当? ありがとうございますっ!」


 なんという太っ腹。

 ありがとうございますっ!


「ワンプレートだけかよ。ケチだな」


 ペーシェさんが煽り倒す。

 かちんときたスパルタコさんが迎え撃つ。


「そんなことねーし。何でもワンプレートだけだけど奢ってあげるし。すげぇ高いやつでもどんとこいだし」

「言ったなお前。男に二言はないぞ! 聞いたからな。みんな聞いたからな!」


 言い争ってはいるけど、それだけ仲がいい証拠なのかな。

 それにしてもワンプレートかぁ。楽しみだなぁ♪


 心躍らせながら空想に胸躍らせたのも束の間。様子を見に来たアッチェさんに連れられて甲板へ列をなす。

 そろそろ寄港ということで、港には街の人々が英雄の凱旋を迎える準備をしてるのだそう。


 船に乗ってただけでなんにもしてないのに、英雄扱いだなんて大それた功績を覚えていない我々は、便乗したようで後ろめたい気持ちに襲われた。


 そんな表情を察してアッチェさんは、『船に乗るだけで命懸けなんだ。現にさっき死にかけただろう。たまたま鯨の角が船の上に叩き落とされなかったからよかったものの、あんなもんが落ちて来たら船が真っ二つに割れて、あたしたちは今頃、海の藻屑だったんだ。津波にしたってそうだ。ハティとマーリンさんがいたからよかったが、横幅の広いキャラックといえど、あれだけで転覆したに違いない。そんな危険と隣合わせの漁なんだ。危険を冒してまで国の人々のために行動する。それが英雄の所以でなくしてなんというか。それに、いつもなら1泊2日の漁を日帰りで終わらせられたんだ。単純に船の上にいる時間が少ないってだけじゃない。例年なら鯨を捕まえて、船に縛って船員の魔力が戻るまで1日待つ。その間にも死んだ鯨の肉を求めて肉食の海獣なんかがよってくると、我々の食い扶持が減る。鮮度も落ちる。今年はどうだ。ティリアンの氷が解ける前だから海獣にも襲われてない。鮮度も抜群。君たちには本当に助けられたよ』と、頭まで下げて感謝するその姿は、本当に心から顕れた尊敬の態度。


 アッチェさんは就航時に国と鯨の関係を語ってくれた。

 この国になくてはならない存在だと。

 敬意と感謝をもって漁に出るのだと。

 それは本当にこの国を愛してるからできること。

 命を賭してでもやり遂げねばならぬことだと。


 私たちはまだどこかで、他人事のように思ってたのかもしれない。

 故郷ではないからだと、今日にはこの地を発つのだからだと思って、彼女の気持ちとアイザンロック王国の未来を軽んじていたのかもしれない。

 大事なことに携わったのだとようやく気付かされる。

 だから胸を張って手を振ろう。

 待ち受ける人々の歓声を浴びて共に杯を交わそう。

 今日のお酒はいっそうおいしく感じるだろう。


 港には割れんばかりの喝采と、おかえりなさいの合唱。

 船を降りれば英雄たちの顔をひと目見ようと群集の波。

 洞窟港に入りきらないほどの巨大な鯨に目を輝かせて、将来は漁師になるんだと憧れる子供たちの頼もしさよ。


 静まることのない拍手の嵐を抜けて、地上の太陽の輝きに身を晒す。

 静謐な噴水の前には雪の女王様。

 頬を紅潮させて、まるで幾年待った恋人を待ち続け、ようやく再会の時を迎えたような乙女の姿がある。

 満面の笑みで『おかえりなさい』を受け取って、アッチェさんは『ただいま』と彼女の心に捧げるのだった。


 凱旋の興奮はしばらく続き、感謝の言葉を述べる人。手を合わせて拝む人。互いの体を抱き寄せて喜びを分かち合う人。

 もみくちゃにされて、もうなにがなんだかわからないほど。


 アイザンロックの春は少し肌寒い。だけど、心は誰かのために何かができたんだと実感して、心がぽかぽかしていくのを感じました。


 ♪ ♪ ♪


 女王様の号令で解放された我々は、祝杯の時間まで自由時間を過ごす。

 地理に詳しいハティさんに案内をしてもらいたかった。アイザンロックは心の故郷。だからこそ、久々の再会に華を咲かせたいというエクレール女王の希望があり、真っ白なお城の中に消えていった。

 そういうわけで、ペーシェさん、ルーィヒさん、ハイジさんと一緒に街巡り。


 まずはハイジさんの希望で洋服屋さんへレッツゴー。

 アイザンロックの春用の服は厚手の生地。さらさらした肌ざわり。普段使いでは絹の機織り物と毛皮で作ったコートや靴が主流。色は暖かい赤を基調としたデザイン。動物や歴史、幾何学的な模様を織り込んだものもある。

 中でも一番人気は、やはり鯨関係の意匠。

 南の国のアーカムから来る観光客なんかには毛皮のコートが好まれるそう。


「毛皮のコートはもふもふすべすべで暖かそう。ピエロが履いてそうなつま先のカールした靴も面白い。見てて飽きないわ!」


 ハイジさんもご満悦。普段触ることのない毛皮のコートをさわさわしてる。


「動物の刺繍の入ったランチョンマットなんてかわいくないですか。白いうさぎがぴょんぴょん跳んでる!」


 私はうさぎのようにぴょんぴょん飛び跳ねた。見てるだけで楽しい!


「いやぁ~、やっぱりこういう伝統工芸品って温かみがあっていいよねぇ。でもさぁ、よく考えたらあたしたち、お金持ってなくない?」

「「「あっ!」」」


 ペーシェさんのひと言で目が開いた。

 そう言われれば持ってない。漁に出るって聞いてただけだからお財布は家に置いてきた。

 こんなに素敵なものに囲まれてるのに、何も手に入らないなんてもったいない。

 ハティさんはアイザンロックに知り合いが多い。建て替えてもらえればなんとかなるか。

 でも女王様とティータイムって言ってた。邪魔したくない。どうしよう。


 落胆の中にいると、店の奥から店主さんが声を掛けてくれた。


「お、あんたら今日の鯨漁に出た子たちだろう。わざわざ遠いところからありがとうねぇ。アッチェちゃんから話しは聞いてるよ。あの子に全部ツケとくから、好きな物を選びな」


 お店のおばさんが顔を出したと思ったら、まさかのアッチェさんにツケ払い。

 こんなこともあろうかと、先に話しをつけてるアッチェさんの先読み力に脱帽です。


「いいんですか? でもアッチェさんに悪いし」


 そう言うと、おばさんはひとつ笑って気にするなと空を仰いだ。


「アッチェちゃんにツケるってのは建前さ。あたしたちはもう返せないくらい、あの子たちに恩を貰ってるからねぇ。鯨肉はこの国にとって冬を越すのに大切なものなんだ。感謝してもしきれないくらいだよ。それに今年のはこぉーんなに大きなやつだ。あたしゃここに70年住んでるけど、あんな大きな鯨は見たことがないよ。これもあんたたちのおかげだよ。本当にありがとう」


 そこまで厚意を示されては断るのも失礼と、気に入ったものを1人1つずつ貰って、ありがとうを言って店を出た。

 そのあとに入った家具屋さんも、お土産やさんにも、ガラス食器店でも同様の対応。途中で落ち合った一団も同様の対応をされていて、どこの店に入っても、感謝されてはタダで商品を手に入れた。


 実際、命がけだったのはアッチェさんの言葉通り間違いない。

 本当に死を実感した。冷静に考えれば2度は死んでた。

 鯨からとれる肉や、加工して売り出す工芸品を金銭に換算しても、貰ったものよりはるかに高額になるだろう。そういう現実的な側面と、単純に感謝を表したいという彼らの真心と、英雄という御伽噺にでてくるような存在への憧れと敬意を込めての行動に違いない。

 甘えすぎるのもよくない。けれど、感謝されるのはやっぱり嬉しいな


 今日は人生で一番、たくさんのありがとうを貰ったな。

 だから私も誰かにたくさんのありがとうを言えるようにしたい。

 たくさんの人を笑顔にしたいと思いました。

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