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水玉のようにカラフルな 5

 デザートを除いた本日最後の料理は私がリクエストしたアジアン料理。

 味がしっかりしていてあっさりしたスープ料理という、自分で言っていてなんだかよくわからない矛盾したオーダー。

 味が濃いのにあっさりってなんだよ、って自分でノリツッコミを入れてしまう始末。


 グリレではスープ料理を作ってない。オニオンスープすら提供してない。

 元々は1人飲みのバル。厨房もそれ用に作ったから、料理するスペースがないのだ。

 ファミリー向けにした時も厨房は改修しなかった。まずは現時点でのメニューで試してみようという建前のもと、初期投資に回す資金がなかったから。


 しかしついに、やっとついに店舗規模拡大の水準にまで到達した。それに伴い新しい調理場と飲食スペースを確保したのです。

 隣の空き家を壁ごとぶち抜いて連結させ、新たにスタッフを増員しての新装開店。


 できればマーリンさんが太鼓判を押すすみれを引き抜きたい。料理の知識と経験が半端ないっていう話しは事実だった。

 マグロの解体から始まり、子供たちへ料理を指南するコミュニケーション能力と指導力。

 グリムたちから聞く話しも彼女の有能さを物語るものばかり。なにより愛嬌がある。接客業においてこれは頼りになる武器である。

 それからもう1人。将来は自分の店を持ちたいという夢を語るエマもゲットしたい。

 彼女はフラワーフェスティバルでキッチン・グレンツェッタのリーダーをこなし、売上勝負にて優勝へ導いた立役者。

 さらにベルン王からエクセレント・ベルン賞を受賞した行動力と幸運の持ち主。


 強運。

 おそらく世界でも最も実態の掴めない現象のひとつ。しかし間違いなく存在する。

 そして強運とは、後天的に上げることができるというけれど、私は生まれ持った先天的なものが持つウェイトの方が大きいと思ってる。

 そうなると必然、運がないとか生まれ持って運が悪いとか、そういう考えを持つ人もいるだろう。

 けど、そういうのは考え方次第で反転させられる。それが【運】というものの性質だと思ってる。


 先天的な運の上に後天的な運を重ねていく。これが強運の大きさになる。

 そう思ってないと納得がいかない場面に遭遇した時に心が折れそうになるから、私は無理やりそう思いこんでプラス思考に努めてます。あくまで私個人の意見だけどね。


 能力や人格がある程度同じ、かつ、どちらか一方を採用する時、私は運が強い人を選ぶことにしてる。

 理不尽に聞こえるかもしれないけれど、店を運営していく上で【強運】というのはどこかで何かしら、見えないところでひっそりと作用してると信じていた。

 迷信と揶揄されようとも、私はこれを譲るつもりはない。きっと一生、この考え方を変えることはないだろう。


 まずはすみれの料理を頂くとしましょう。

 登場したのは【ヘジャンクッ】。

 牛骨スープをベースにしたスープ料理。内容は千切りした白菜、長ネギ。ひと口サイズのレバー、ホルモン、絹豆腐と牛の血の塊。


 ――――血の塊。

 赤くてぷにぷにしたこれは血を固めたものだったのか。

 たしかにグレンツェンでも血と脂を混ぜて腸詰めにしたブラッディソーセージは一般的に食されていた。

 しかし、これは、血をそのまま、まんま固めて食べるんですか。

 まじですか。

 倭国人はなんでも食べるって聞いてたけど、まさかこんなものまで食べるのか。

 食べるんですか、すみれさん。


「ヘジャンクッは倭国の隣にあるトルチャンチ国の伝統料理です。牛骨スープをベースに白菜やネギなどの野菜と共に、レバーなどのモツを食べやすいサイズにして一緒に煮込んだ煮込み料理です。トルチャンチでは二日酔いになってしまった人が食べる料理として扱われてきた歴史があるそうです。二日酔いでもあっさりとしていて食べやすく、味もしっかりしていて、胃と腸を元気にしてくれる栄養たっぷりのスープなんですよ♪」


 二日酔いと聞いて酔いの回ったレーレィさんがご登場。


「あ~知ってる! 最近はボーンブロスダイエットって言って、魚や鳥、牛の骨からスープをとって食べるっていうプチ断食法があるのよね。低カロリーで栄養満点。野菜と一緒に食べられて満腹感もある。調理工程も少ないから続けやすいって聞いたことがある~」


 ほろ酔い気分のレーレィさん。貴女、だいぶお酒飲みましたね?

 気にすることなく、すみれはレーレィさんの言葉を肯定して続けた。


「ですです。骨にはミネラル、ビタミン、たんぱく質、コラーゲン。肝臓の機能を整えてくれるグリシンが含まれてるので、お酒を飲む人には嬉しい栄養がたっぷり詰まってるんです。グリレはバルだということなので、ヘジャンクッをチョイスしたのですがいかがでしょうか? ちなみに料理工程は、骨から出汁をとる。野菜とモツを入れて煮込む。終わり、です。それと牛の血はグレンツェンでは手に入りにくいと思ったので、代用の提案として豆腐を作りました。豆腐は私が手作りしましたっ! 手作りしましたっ!」


 3回言った!


「すみれちゃんの手作り豆腐っ!」


 マーリンさんがなんかすごい食いついてる!


 とりあえず食べてみよう。

 すすすぅ。なるほど。文句のつけどころがないとはこのことか。

 あっさりとしていながらしっかりと牛骨スープの味を感じる濃厚な旨味。

 ホルモンから出た独特の甘味のある脂。

 野菜から溶け出した栄養がスープのバランスを整えている。

 極めつけは白と赤の豆腐と血の塊。大豆を原料にした豆腐は健康食品の代名詞。手作りの豆腐は豆の旨味と甘味が感じられ、舌で転がすと滑らかに溶けていく。

 血の塊は想像とは違ってあっさりとした味わい。鉄っぽい風味はあるが抵抗感なく味わえる。むしろ豆腐より味が薄い。

 あぁこれめちゃくちゃおいしいわっ!


 オーダーは味がしっかりしていてあっさり。だけだったのに、彼女はそれにくわえて酒飲みに嬉しい栄養の入った料理を見つけてきてくれた。

 ただ単に料理が好きというだけではない。誰かのことを思って何が必要なのかを考える真心がある。

 素晴らしい才能だ。料理の知識も極めて広い。ぜひともグリレに欲しい。

 こんな逸材がグレンツェンにやってきたとは!


 私が彼女に食いつくより先に虎が現れる。マーリンさんだ。

 手作り豆腐に食らいついてるではないか。曰く、フュトゥール・パーリーで売られてる豆腐は本物ではない。どういうことか。

 あれはあれで豆腐ではないでしょうか。すみれはあえて言葉を濁した。

 スーパーで売ってる豆腐、つまり我々が知ってるTOFUは厳密には揚げ出し豆腐。

 しかもカレー味とかすき焼き味などなど、味付けが施されていた。倭国の豆腐を知らない私たちからすれば、スーパーで売られてる豆腐こそが本物。そういうものだと思ってた。

 実際、マーリンさんが偽物と指摘するTOFUを本物だと認識している。

 今までそういうものだと思ってた。


 実際、健康食のひとつとして挙げられる豆腐だけども、積極的に購入する機会は少ない。

 というか、あまり食べたことがない。記憶に間違いがなければ、そんなにおいしくなかった気がする。

 だがどうだろう。彼女が手作りしたという豆腐は大豆の旨味と甘味が舌と鼻を穿つほどに濃厚。

 マーリンさんが【本物】と呼んでしまうのも無理はない。

 すみれには他にどんな引き出しがあるのだろうか。この目でしかと見てみたい。


 まどろっこしいのは抜き。

 こうと決めたら直線で突っ切るのよ、ラム・ラプラス。

 肩を叩きひと言、『採用!』。

 瞬間、彼女は認められたことに喜び、満面の笑みを浮かべてくれた。さて、それでは契約といきましょうか。

 こんなこともあろうかと、持ってきておいてよかった契約書。これにサインを書いてもらってオープニングスタッフとして雇います。

 バッグから書類を取り出そうとした瞬間、背後からねっとりとした殺気を感じた。

 暗殺者のように横をすり抜け、すみれを連れ去ってしまった影はレーレィさんとグリムの2人。

 曰く、『よかったねすみれちゃん。ヘジャンクッは採用だって。ラストの料理も出し終わったことだし、時間も少し空けたいし、私たちは屋上テラスの準備をしましょう。妖精のベンチですぅいぃ~つを食べましょう!』。


 護衛するかのように両脇をがっちりと固めてキッチンへ連れ去ってしまう。突然の出来事に固まっていると、2人は一瞬振り向いて鋭い視線を飛ばしてきた。

 目が語ってる。『誰にもすみれは渡さない』と。

 パーリーで総菜コーナーを担当する仁王の殺気が凄まじい。彼女たちもすみれのことを随分と気に入ってるということは知っていた。

 しかし、まさか、こんな形で妨害に出てくるとは。

 だけどここでがっついてスイーツの準備を遅らせることはできない。

 そうなるときっと、スイーツ大好き女子たちを敵に回してしまうことになる。つまり全員。

 打開策を講じようにもあまりの手の早さに追いつけなかった。くっ…………さすがパーリーの番人。私は所詮、小娘ということか。


「ラムさん、どうかされましたか?」


 がっくりとうなだれて天を仰いだ私を慮った孕伽ちゃんが声をかけてくれる。なんというかわいらしさかっ!

 元気でてきたーっ!


「え? ううん、なんでもないの。このあとはスイーツタイムだから少し時間ができるね。みんなのことをもっと知りたいんだけど、一緒におしゃべりしない?」

「それならぜひラムさんに聞きたいことがあるんです。ラムさんとプラムさんってお名前が似ているのですが、何か由来があるのですか?」

「うぉおっ! そこに興味を持ってしまったか……」


 言葉が濁るのも無理はない。私と妹の名前は両親の好みと、グランマの優しさで構成されているからだ。『構成』だなんて堅苦しい言葉を使うのは、娘の名前を決める際に起こった些細な出来事が原因である。


 パパはワイナリーの経営者の一族。ママはなんでもない一般的な家庭で生まれ、それなりに裕福で良識を持った両親の間に生まれた次女。

 子供の頃はちょっとやんちゃだったけど、芯がしっかりしていて、いたずらっぽい笑顔がチャーミングだったらしい。

 パパのワイナリーはフラワーフェスティバルにて見学会を催しており、パパとママはそこで出会った。

 パパのひと目惚れである。その後に交際となり、2人の子宝に恵まれた。

 それが姉のラムと妹のプラム。ここで2度の、非常にくだらない冷戦が勃発する。


 パパとママの好きなお酒はお察しの通り『ラム酒』。そこで自分の好きなお酒の銘柄を娘に与えようという、客観的に見ればとてつもなく非常識で、名を与えられ、物心ついた娘からすると悲しみの視線が送られるような発想がぶつかった。

 パパの好きなラム種の種類はゴールドラム。ブドウを原料にしたワイナリー経営のパパが別館で作っている蒸留酒のひとつ。

 伝統的な木樽での製法を固辞し、ラム好きにはたまらない逸品に仕上がっていた。

 私がバーテンダーとしてパパの作るゴールドラムを使う時には、決まってサトウキビから作られた固形の高級黒砂糖を使う。ゆっくりと溶かすことで味のグラデーションを楽しめる一杯に仕上げたデザート酒です。


 ママの好きなラム酒はホワイトラム。ゴールドラムを濾過して作られるホワイトはクセが少なくすっきりとした味わいが特徴。

 果汁で割るカクテル、炭酸割りやお菓子に混ぜて使うなど、使用用途が広く組み合わせは千差万別。優しい甘さが特徴的なホワイトラムをママはいつもロックで楽しんでいる。


 いつも仲の良い2人。なのだが、愛しい我が子の名前をどうするかで揉めに揉めた。

 パパはゴールドラム。

 ママはホワイトラム。

 ゴールドラムの何をどう名前にするか。ホワイトラムからどう名前を抽出するか――――という問答はしていない。娘の名前を『ゴールドラム』or『ホワイトラム』のどちらにするかで喧嘩したのである!


 娘の立場からすれば、どっちも嫌なんですけどッ!?

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