水玉のようにカラフルな 4
人生がどん底から始まったエリストリアの過去。だから今日この時、毎日が常にハッピー。
幸福を象徴する大好きなチーズを3食かかさず食卓に上げ始めてしまった。付き合わされる子供たちにとっては地獄の始まりである。
その証拠に、ホットドッグに詰める具材が全部チーズ。
ソーセージをわざわざ縦半分に切ってチーズの入るスペースを確保するほどのチーズ狂。
肉料理がチーズ料理になってんじゃん。お肉大好きな私からすると、非常に、ものすごく、拳が震えるほどに、知人なら殴ってるほど、もやもやイライラする光景。
肉を食えオラァーッ!
こう叫んで体を揺するくらいしそう。
よく見たらお酒のアテにとレーレィさんが用意したチーズとチーズのお菓子が全部なくなっていた。きっと彼女の胃袋の中なのだろう。
子供たちの冷たい視線の理由も納得である。
どんだけ好きやねん……。
まぁとにかくフュイユソシスが好評なようでなによりです。
これで受けが悪かったら死んでたかもしれない。そんなはずはないけど。
きっとこの世にソーセージが嫌いな人なんているはずがない。あれ、この感覚はチーズ大好きなエリストリアと同じなのかな。
でも私は人に押し付けたりしない。客観的に自分が見えてるので大丈夫 (自称)。
メイン料理第2弾はアルマとガレットがアイザンロックのお土産として持ち帰ったクロマグロ。
大トロ、中トロ、赤身の3種を生とタタキでいただきます。
繊細かつデリケートな脂身は太陽光にさらされただけで溶解してしまう代物。
クリスタルパレスの魔法を応用した冷蔵庫を作り、好きな量を好きなだけ切り分けて食べる。
生で頬張ってよし。
こんがりと炙ってジューシーに仕上げてもよし。
――――話しが逸れるけど、クリスタルパレスの魔法を応用した屋外冷蔵庫ってめっちゃ便利じゃん。バーベキューをする時とか、テラス席で冷蔵したい時とかに使える。
冷やして保存しなくてはならない物は基本的に屋内の冷蔵庫で保管される。だからいちいち取りに行かなきゃいけない。
かなり面倒くさいと思っていた。冷蔵庫が手の届く場所にあれば楽ちんなのに。とはいえ、それだけのために買いそろえるのはちょっとキツイ。
彼女の魔法を覚えれば、そんな不満が解消される。これはぜひとも覚えなくては。
さて、話しを戻して料理の皿へ。薄くスライスされた玉ねぎとローストされたマグロの赤身。うっすらと浸るようにポン酢の湖面が輝く。
午前中にあったマグロの解体ショーで紹介された料理のひとつ。あっさりとしたマグロの赤身を香味野菜の玉ねぎと、酸味の効いたポン酢でいただくマリネは絶賛の嵐を呼んだ。
見た目も赤と白で美しい。サーモンやヒラメの切り身と一緒に食べてもいいかもしれない。
反して、アルマが悪い顔をして喜びいさみ、絶品と評するトロの炙りは賛否両論を巻き起こす。
想像以上に恐ろしく脂っこいトロは好き嫌いがはっきり分かれた。
独特な脂身だ。私は全力でアリ。こうばしい脂と、噛むごとに旨味が口いっぱいに広がる様は牛肉にも劣らない。下手をしたら牛肉なんかよりもずっと脂っこい。
妹は慣れてないのもあって胃もたれするみたいで苦手だそう。
姉妹でも向き不向きはあるものよね。私は断然アリ派なので、アルマに倣って炙りツナとしゃれこみます。
3×3×10cmのピンク色の直方体。だるんだるんにならないように3本ものピックを使って固定し、彼女は悪いことをしているような時の不適な笑みを漏らしてそれを火にかけた。
表面はふつふつと音を立て、ピンク色の表面は色を変えていく。
滴る脂は新鮮な証拠。
浮き出ては消えていく濃厚な香り。
焦げ目すらも愛おしく見えてきた。
「ふっ……うふふふふふふふふ…………なんて、なんて贅沢なことをしてるのでしょう。きっとこんなこと、暁さんだって体験したことがないですよ……ッ!」
これを見て、隣でトロを炙るマーリンさんがちょっと引いてる。
「アルマちゃん、ちょっと、顔が怖いわよ?」
「マグロのトロの炙りなんて初体験だけど、そんなに贅沢なことなの?」
熱中してるアルマの耳に届かない。代わりにヤヤちゃんが説明してくれた。
「特にトロの部分は繊細なので、漁港近くの料理屋さんでしかお目にかかれません。それにそもそも、海域的にメリアローザではクロマグロは獲れません。というかマグロなんて殆ど釣れません。石鯛か真鯛のほうが多いです。私は太刀魚の塩焼きが好きです」
「それだけでも十分よくない? 鯛って高級魚でしょ?」
「たいっ!」
ラクシュミーちゃんは鯛が好きみたい。よし、まずは鯛が捌けるように練習しよう。
続けてヤヤちゃんが鯛の説明までしてくれる。なんという博識。
「鯛は高級魚の分類ですが、旬の時期はたくさん釣れるので流通量が多いです。ただ、可食部分が全体の40%程度しかないんです。意外に食べるところが少ない魚なんですよ。それから骨が多いです。あら汁はちょーおいしいんですけどね」
「以前にいただいたあら汁と炒飯の味は忘れられません。ラクシュミーちゃんも鯛が好きなのですか?」
ティレットの質問に笑顔で答えるラクシュミーちゃん。
大好きなものを語る姿はマジフェアリー。
「あのね、すみれおねえちゃんにおしえてもらってね、スープのあくをいっしょうけんめいとってね、すっごくきれいだった。それでそれで、すーーーっごくおいしかったっ! だからおさかなさんがだいすきになっちゃったっ!」
それでマグロのあら汁の灰汁を一生懸命とったってどや顔してたのか。たしかにスープ料理における灰汁取りは、いかに不純物を取り除くかでおいしさが変わってくる重要な作業である。
灰汁を取り除き続けるとスープが澄んで美しく輝いてくれる。彼女はカラフルなフルーツティーにひと目惚れした様子だし、キラキラなものが大好きなのだろう。
ちなみに、マグロは鯛ほど灰汁が出ないのでそこまで頑張らなくてもいい。なんてことは口が裂けても言えない。
お魚大好きなラクシュミーちゃんの好感度を上げるために炙ったトロを差し上げましょう。
子供ながらにこってり濃厚な炙りトロが好物になってしまった少女。試食の時に初めて食べ、その魅力に取りつかれてしまった。
美しいピンク色の見た目。表面に輝く脂が光を受けてキラキラと輝く姿も少女の心を鷲掴みにした理由かもしれない。
好物が増えることは素晴らしいことだ。それだけ世界が広がるということ。
だけど、値段的にお高いものを好きになっていくと、あとあと家計に響きそう。心配しても仕方がないのは分かっている。ただ、見た目の美しさも相まって、将来はブルジョアな性格になってしまうのだろうかと危惧してしまった。
できれば今のまま、天真爛漫で純粋無垢な女性に成長して欲しい。
将来がめちゃくちゃ楽しみです。
将来が楽しみと言えば双子もそう。キキちゃんもヤヤちゃんも快活な性格をしていて人懐っこい。
きっと誰にでも優しく、気さくで明るい笑顔がチャーミングな女性になっていくのだろう。
孕子ちゃんと孕伽ちゃんは双子だけどはっきりと性格が違う。強気な性格の孕子ちゃんは姉御肌で頼りがいのあるリーダー的な存在。
妹の孕伽ちゃんはおっとりとしていて柔和な笑顔が印象的。芸事が得意という彼女は弦楽器の似合う素敵なレディになるのだろうか。
1つ、いや、2つ3つ気になる点があった。
差別的な発言を避けるために言及してこなかった側面。孕子ちゃんと孕伽ちゃん、それからエリストリア。彼女たちは魔族だ。
こんなにも身近に魔族がいるだなんて思ってもみなかった。
国際色豊かなグレンツェンにおいても魔族の影は少ない。
最近ではここにいる獣人のウォルフを見かけるくらい。
それがなんと3人も現れた。しかも人間のハティさんとラクシュミーちゃんの家族という。
私の知らないところでそんなにも文明が歩み寄っていたとは思わなかった。
おかげでかわいい妹が増えた (希望的思い込み) のだから感謝してもしたりない。
孕子ちゃんと孕伽ちゃんはこめかみに小さな角が生えている。両目はそれぞれオッドアイ。美しく煌めく深紅と吸い込まれそうなほど深みのある漆黒の瞳。
姉は正義感と責任感の強そうな釣り目。短いポニーテールもキュート。
妹は優しそうなたれ目。おかっぱ頭も落ち着いた雰囲気を醸し出している。
エリストリアはかなりの美人。母性的な笑みに黒髪ストレート。悔しいことにスタイルも抜群。
見るからに面倒見のいいお姉さん。実際、シャングリラで子供たちのまとめ役をこなしている彼女は本当にいいお嫁さんになれるだろう。
気になるのは彼女の角。黒曜石のような美しい両の巻き角の隙間にお札のようなものがいくつか刺さっていた。
角自体にも魔術回路が刻まれ、何かしらの魔法が付与されてるらしい。
これは聞いてもいいやつなのだろうか。非常にプライベートな問題なのではないだろうか。
でもめっちゃ気になる。お札の正体が気になる。もしかして、これがシャングリラ流のおしゃれというやつなのだろうか。聞くか、聞くまいか。2つに1つ…………。
「あの、わたしの角に何かついてますか?」
やべっ。視線でバレた。まぁいいや。
「あ、えっと、ごめんなさい。聞いていいかどうかわからなくて。もし答えたくなかったらはっきり言ってね。その、角に刺さってる札は…………?」
「えっ、あぁっ、これですか? 実はこれは乾燥剤の役割があるんです。わたしの巻き角なんですけど、湿気を帯びるとみょーんって伸びちゃうんです。みょーんって伸びるとバランスがとれなくて倒れたり、伸びた角が天井や壁に刺さったりしてたいへんなことになってしまうんです」
みょーん、てっ!
「想像の斜め上をいく事情だった。それじゃあ、角に刻まれてる魔法は……」
「あ、これも乾燥剤と似たような作用があります。お風呂に入る時はこっちを起動させるんです。じゃないとお風呂で立ち往生してしまって、もうたいへんなんですよ~」
「体質ってことになるんだろうけど、ガチで大変なやつだった」
「あぁ~、ずっとおしゃれなのかと思ってました」
「それでお屋敷の天井とか壁に変な傷がついてたんですか?」
アルマもレレッチも気になってたところみたい。
「え、え~! そんなところまで見てらっしゃったんですか? は、恥ずかしいです……」
赤面するエリストリアもかわいいな。みょ~んって表現もかわいいな。
ガチなのか。あざといのか。多分狙ってやってないんだろうな。天然物のカワイイとかなんかずるい。
ってか、思ってた以上に深刻な現実だった。角の重さは全部で20kg。ずっと頭の上に20kgもの物体が乗っかっている状態である。
すんごい綺麗な姿勢だと思ってた。これは頭を支えるために背筋をピンと伸ばしてないと簡単に転倒してしまうから。
湿気を帯びていきなり角が伸びたらバランスがとれなくて倒れる。壁や天井に刺さって抜けなくて身動きがとれなくなることもあるらしい。
寝てる時も、子供たちが両側にいたのに、朝起きたらいない。角が伸びて壁に刺さり、体が布団から飛び出てしまうのだ。
だからシャングリラではベッドではなく布団が採用されていた。段差のあるベッドで寝ると、体がベッドから落ち、ベッドとベッドの間に挟まりながら角に押され体が曲がってしまうから。
実際、それで死ぬほど辛い目に遭ったそうだ。
梅雨時期は廊下で寝るらしい。廊下は伸びた角よりは長いから壁に刺さる心配はない。
ただ寒い。なにより子供たちと一緒に寝られないという精神的苦痛が伴う。
そんな彼女を憂いて廊下も寝室と同じ環境になるように大改修が予定されていた。
いやぁ本当に愛されてますな。羨ましい。




