水玉のようにカラフルな 3
アルマは気にせずシュッカのおいしさを賛美。
「それは初めて聞きました。でもそのおかげでシュッカが食べられます。本当においしいですよね。トロを入れたシュッカはジューシーになってよりうまうまです♪」
聞くまいか。でもやっぱり気になるので聞こう。
「…………マーリンさんの『昔』っていつの時代のことなんですか?」
「ん? そうねぇ、1000年くらい前かな」
「わぁ~お…………」
貴女まだ生まれてないでしょ?
そんなことよりちびっこ軍団。彼女たちの反応はどうなんだろう。
「おさかなさんってすっごいおいしいね。わたちもだいすきになっちゃった」
ラクシュミーちゃんは大好きが増えてご満悦。
エリストリアも新しい料理を知って満面の笑み。
「シャングリラでは、すみれさんの作ってくれた生魚とスープはが好評なんです。肉味噌もとっても人気なんですよ。すぐに大豆の栽培を始めようって、みなさん意気込んでます。またシャングリラにいらして下さい」
「わぁっ、喜んでくれたみたいで本当によかった♪」
マーリンさんって時折、謎の歳サバ読みトークをするのよね。まぁ確かに、落ち着いた雰囲気といい、知識と経験の深さといい、とても20代後半とは思えないほどに豊富。
彼女が焦ったり困惑したところなんて見たことがない。とても頼りになるお姉さんです。
ラクシュミーちゃんも孕子ちゃんも魚料理にご満悦。
これは私も勉強して、彼女たちにおいしい魚料理を作ってあげなくてはなりませんな。
まだ見ぬシャングリラの子供たちも素敵な心を持っているに違いない。
素敵といえば料理にとどまらず、色とりどりの食器も無視できない。
倭国独特の雰囲気を持つどっしりとした重厚感のある陶器。
白と青のグラデーションが美しい幻想的なガラスのコップまで並んでる。
ここは万国博覧会かと思うような様相は、見ていてまるで飽きがこない。
特に気になるのは暗紫色のサラダボウル。一見すると黒っぽい器なのだが、中身が無くなって素の姿が見えると、まるで夜の景色をそのまま映しこんだかのように輝いた。
晴れた日の月明かり。湖の深淵をのぞき込むかのような、そんな錯覚さえ覚える。
これ、めっちゃ欲しいなぁ。アイザンロックで作られたものらしい。通販とかしてないのだろうか。
聞くと、おそらくそういうのはしてないだろうとのこと。気性の荒い絶海と峻厳な山脈に閉ざされた土地ゆえ、交通インフラが全く整備できないらしい。
飛行機が離着陸できるような場所もなく、船においても強い海流と航路を阻む強風が外界との交流を阻む。
最も一般的な移動手段が転移魔法というのだからおそれいる。そんなの一般人が立ち入れる場所ではない。
しかし、だからこそ、独自の文化が根付き、アイザンロックグラスなる素晴らしい芸術が完成された。
そうなると俄然、欲しくなる。コレクターってわけじゃないけれど、こんなにも幻想的な芸術品は手元に置きたい。
アイザンロックグラスで飲むカクテルとかめっちゃおいしくなりそうだもん!
前のめりになる私の横で悠然と構えていたマーリンさんから興味深い情報が飛び込んできた。
ガレットが幻の『オーロラグラス』なるものの完成に成功したという。
オーロラグラスとはこれいかに。ネーミングからして相当に凄いもののように聞こえる。
私の直感は正しく、マーリンさんが言うに、アイザンロックグラスの歴史が始まって、現在まで3つ、ガレットの物を合わせて4つしか現存しない超希少な工芸品。
気まぐれに吹く春の南風によって織りなすオーロラの輝きは、最高の幸運と、自然に愛された者にしか訪れない春の女神の祝福。
彼女ですら未だ春の女神に出会ったことがない。それを、たった一度、生まれて初めて体験するガラス吹きで成してしまった。
ガレットには天をも動かす幸運と、春の女神の祝福があるのかもしれない。
「本当に凄いわっ! 私だって一度だってオーロラグラスができたことがないのに。ところでそのオーロラグラスって今日持ってきてるの? よかったら見せて欲しい。お願い。この通りっ!」
「えぇっと……現物は、その、大事な人に、私のお義父様に贈ったのでここにはないんです。一応写真と動画はあるのですが、それでよければ」
「ぜひっ!」
「アッチェさんも同じことを言ってました。いいなぁ~、オーロラグラス。アルマも欲しいなぁ~」
写真にはオーロラを写し込んだようなグラスの画像がある。
なんという幻想的な美しさ。気まぐれな春の女神の祝福は過言ではない。
思い出して、ガレットは素敵な思い出にうっとりとする。
「その気持ち、すごくよくわかります。とっても綺麗でした。本物のオーロラが輝いているようで、お星さまがキラキラってしていて。私もずっと眺めていました」
写真を見て、私も猛烈に欲しくなる。
「本当に素敵。オーロラグラスじゃなくてもいいから、私もひとつ欲しい」
ラクシュミーちゃんもキラキラグラスに興味津々。
「わたちもきらきらほしいですっ!」
みんなが欲しいならと、ハティさんが素敵な提案をしてくれた。
「それじゃあ、アッチェさんに頼んでみんなでグラスを作りに行こう。ガラス吹きはすっごく楽しい」
「ほんとうに? やったーっ!」
その時は是非とも私も一緒に連れて行って欲しい!
勢いで頼んでみると即快諾。頼んだ側からいうのもなんだが、大丈夫なのだろうか。
お次は我々の出番。我がグリレで定番の料理【フュイユソシス】。
ようするに、燻製にした高菜をソーセージに巻き、紐で吊るして360°全方位から熱を加え焼き上げた肉料理。
燻製にした高菜の風味が肉に移り、また、焼きあがる際に出たおいしい脂を葉野菜が吸い、余すことなく両者の旨味を堪能できる自慢のひと品。
付け合わせはブルーチーズ、カマンベール、それからクセの強いウォッシュチーズと特製マスタードソース。キノコ入りマヨネーズ。フレッシュサラダ。ピクルスなどなど、好きな具材をロングロールに挟んでオープンサンドイッチ風のホットドッグにして食べる。
サイズが大人向けなので、子供は出来上がったものを半分にして食べよう♪
フュイユソシスの特徴はその大きさにある。直径5cm。長さ30cmにもなる肉厚なソーセージを使用したボリューム満点のひと品。
1本でお腹いっぱいになってしまうこれはテイクアウトもしており、片手でがっつり食べたい人にもおすすめできる。
今日はパーティーなので作ったものを3等分くらいにして食べましょう。
焼き直したバンズを籠に入れ、じゅうじゅうと心地よい音の鳴るソーセージをフライパンごと供した。
チーズは自分好みにカットできる四角く長細いタイプ。
足りないことのないようにたっぷりと用意したサラダやカラフルなパプリカを並べる。
メインを張れるホットドッグ。大人も子供も大好きなはず。さぁ、反応やいかに。
「わ、わぁ~っ! こんなに大きなホットドッグなんて贅沢だー」
「本当ですね。1人でひとつは食べきれないので、1本を半分くらいにして食べましょう」
「そ、そうだね。チーズにピクルスもたくさんあるよ。ラクシュミーちゃんはチーズは好き?」
「え…………う~ん…………………………………………そーせーじはすき。ちーずはいまはいらない」
「あれ……なんか微妙な反応……?」
ば、ばかな。子供たちにだって人気のひと皿なのに。
困惑する私の隣で、すみれが申し訳なさそうな顔をする。
「すみません。実は――――」
実は、と続けて聞かされた内容は、なんというか、申し訳ない気持ちになるというか、と言ってもどうしようもないというか、子供たちの期待を裏切ってしまってごめんなさい。というような出来事が起こっていた。
プラムと一緒に厨房へ消えたあと、キキちゃんとヤヤちゃんたちは何が出てくるのだろうとわくわくしながら妄想を膨らませる。
きっとチキンステーキだろう。そう願いを込めて、そうに違いないと思い、グリレのチキンステーキがすっごくおいしいと、孕子ちゃんたちに教えていたのだ。
だが現実は無情なり。思っていたものと違うものが出てきてしまった。
散々、チキンステーキ談義に花を咲かせていたのに、まさかまさかのホットドッグ。
うわぁ、どうしよう。困惑しながら嬉しそうな演技をしたというわけ。
期待を裏切ってしまって本当にごめんなさい……。
実はチキンステーキにするかフュイユソシスにするかで迷った。
子供向けなら圧倒的にチキンステーキ。
だけどお酒の席ならフュイユソシス。
どちらも持ち込むというのは負担が大きすぎる。チキンか、ソーセージか。5秒ほど迷ってソーセージを決断。だってホットドッグは外さないでしょ。
大人も子供も大好きだし。そりゃあチキンステーキだって老若男女問わず好きだろうけど――――今日は私がソーセージにかぶりつきたい気分だったんですよ。
なんか文句ありますか?
「お姉様、なんでキレてるんですか?」
「フュイユソシスだったら絶対外さないと思ったのに…………っ!」
「いや、全然外してないから安心して。みんなめっちゃ嬉しそうに食べてるよ」
なんとっ!
それを早く言ってくださいよっ!
見ると、手が震えるほどに感動する孕子ちゃんの姿が!
「冬場の保存食の中でも一番贅沢なソーセージ。それをこんなところで食べられるなんて夢のようです。それもすっごく大きい。本当に、これ全部食べていいんですか?」
「えぇもちろん。おかわりも用意してあるから遠慮なく言ってね」
隣に並ぶ妹の孕伽ちゃんも大興奮!
「おかわりもあるんですか!? なんだか私たちばかり申し訳ないね。シャングリラのみんなにも分けてあげたいな」
プラムがお姉さん風に乗ってやってくる。
「ソーセージでしたら冷凍したものを販売してるので、時間があったらグリレに来て下さい。お店を利用して下されば、うーんとサービスしちゃいますよ♪」
「チーズっ! チーズは沢山ありますか!?」
なんかエリストリアだけ、やたらとチーズに食いつくな。
「エリストリアおねえちゃん…………」
最後に凄い温度差のある視線が飛び込んできた。大好きなものに前のめりして転倒も辞さないようなエリストリアのキラキラ光線。
冷めた目で苦虫から距離を置き、悲しい生き物を見るような、どんよりと曇った眼をするラクシュミーちゃん。
そういえば、パーティーが始まった時からやたらチーズの話しをしてたなぁ。
プラムには燻製にしたチーズの話しをふっていた。
エマとはチーズに合うワインの種類の話題で盛り上がった。
普通なら情熱的な姿を見てわくわくしたりするもの。だけど子供たちの視線は総じて冷たい。
これは何かやらかしてるな。ハティさん曰く、『エリストリアはチーズを食べすぎ。みんな飽きてる。辟易しているッ!』とのこと。
彼女から【辟易】だなんてパワーワードが出てくるとは思わなかった。それほどまでにチーズを料理に出しすぎか。




