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狩猟! 一角白鯨 3

 船内。ボイラー室は寒さで凍り付かないよう緩やかに熱を帯びて稼働中。

 壁を挟んで隣の部屋は、我々が仕事をするための専用ルーム。

 人間燃料だと聞かされて想像していた世界は、SF映画に出てくるような、カプセルに閉じ込められてスリープ状態になり、体中に奇妙な管を繋がれているものだった。

 そんな恐怖とは裏腹に、用意されたものは二段ベッドとふかふかのお布団。5×3マスに敷き詰められた異様な光景を作り出すベッドの世界は、奇妙ではあるが特に嫌悪をもよおすようなものではない。

 寝るのが好きなヴィルヘルミナさんは布団のふかふか感を確かめて、いち早く白い掛布団の中へ潜っていった。

 秒もたたずに夢の中へ行ってしまわれた。


「ベッドで休んでればいいってことでいいんですか?」


 どうすればいいのか分からない我々を代表して、アポロンさんがアッチェさんに切り出す。


「ああ、そのとおりだ。この部屋にいるだけで魔力は吸い取られて船の燃料になる。しかし外に出られると困るし、長時間することもないからベッドを用意してるんだ。体力を回復しながら魔力を抜き取られるわけだけど、暇を持て余すよりはいいだろう。ちなみに、ここまでは3時間で着いた。帰りは搬送の準備に時間もかかるし、蒸気機関と人間燃料の組み合わせといえど大きな鯨を繋いでるから、あと7時間は陸に上がれないと思ってくれ」


 そう言ってアッチェさんは搬送の準備へ駆けあがっていった。ハティさんも甲板でお手伝いをしてるのでここにはいない。

 普段なら船酔いしやすいティリアンさんも医務室で待機なのだが、例年の1.5倍の大きさの鯨を船で引っ張るためにボイラー室に放り込まれる。グロッキーなのか、速攻でベッドへ飛び込んだ。

 ペーシェさんとハイジさんは撮影係ということで、甲板からカメラを回した。仕事が終わればボイラー室へ合流するとのこと。


 寝ててくれと言われたけども、昨夜の夜は普通に寝たし、全然眠くない一行はトランプやボードゲームをして時間を潰した。

 2時間くらいして出航の汽笛を響かせて船が動く。壁越しに蒸気機関のピストンから噴き出る蒸気の音と振動が伝わってきた。と同時に魔力保有量の多いマーリンさんとウォルフさんが突然、脇腹をつつかれたような短い声を上げて飛び上がる。


「うぉっ! これ凄いわ~。魔力をガンガンもっていかれる」


 マーリンさん、そのわりには元気。しかもちょっと楽しそう。


「起動するまでは気づかなかったけど、この部屋全体に魔術回路がびっしり張り巡らされてる。てかなんであたしからなの。コカトリスの時といい、なんか損な役回りばっかりな気がしてならないんだけど」


 ウォルフさんは魔力を吸われるとか以前に納得がいかない様子。

 最近は理不尽に襲われてご立腹。


「魔力量の多い人から吸われていく仕様なんです。さいあくの場合、魔力保有量の少ない人は魔力を消費しないこともありますが。まぁそこはご容赦願いますということで」


 超一級の魔術師であるティリアンさんも魔力をガンガン持っていかれてるみたい。

 眠そうでもなく、疲れたわけでもなく、むやみやたらな疲労感に顔が真っ青だ。いや、船酔いのせいもあるかな。


「そうよねぇ。魔力欠乏症になったら危ないから当然の処置だと思うわ。それにしても面白い魔術回路。是非参考にさせてもらわなきゃ」


 ガンガン吸われてるわりには元気なマーリンさん。伊達に長生きをしてないということだろうか。

 しばらく余裕を見せていたウォルフさんもじわじわと倦怠感が襲ってきたようで、今やってるボードゲームが終わったら寝に入るそう。


「それじゃあそろそろ寝るとするか。男子は壁側のベッドで寝ろよ。結界を張っておくから、女子領域に入ろうとしたら丸焼きだからな」

「ここから張られたらトイレに行けないんだけど」

「先に済ませておいて」


 本来、船員は男性のみの構成。ゆえにトイレが1つしか備わってないというピンチ。


「あ、その前に。ウォルフ。この前は本当にすまなかった。お詫びと言っちゃあなんなんだが、これを受け取ってくれ」


 スパルタコさんがバッグからなにかを取り出した。


「この前ってコカトリスのことか? 別に気にしなくていいよ、結果オーライだし。恐竜王(外野)が控えてるのは分かってたからそんなに心配してなかったし (あの時は殺したいくらい憎んだけど)。まぁくれるってんだったら貰っとく、け……ど…………何コレ?」

「ウォルフの好きそうなのって何かな~って思った時に、これがいいかと思って」


 バッグから取り出したるはお徳用ビーフジャーキー。

 狼の獣人から連想してのチョイスらしい。見方やお互いの関係を考えると、世間的には獣人差別ととられても文句の言えない贈物。

 おちょくってるとかバカにしてると思われても言い訳のしようがない。


 数が少なく魔族に似た出で立ちをしている獣人は、差別の対象となってきた歴史がある。

 時には辱められ、搾取される者もいた。近年では少数派(マイノリティ)を受け入れ認めていく風潮にあるが、それでもなお獣人や異形種に対する蔑視は根強いものがあるのが実情だ。


 人間用とはいえビーフジャーキーを手渡す彼の態度は、暗に彼女を犬扱いしようとしているとも捉えられる。

 本人の了解を得て、それをチョイスしたというのなら問題はない。そうでないなら裁判にかけられて敗北する可能性大なる案件であった。


 一瞬青ざめて深呼吸。ウォルフさんはティレットさんの言葉を思い出す。

 ティレットさんに拾われて、召使いになったあとに同僚から獣人だとさげすまされて生活していた時期があった。

 それを知ったティレットさんは、『あなたが獣人だろうと悪魔だろうと関係ない。あなたはあなた。私が誇りに思うウォルフ・カーネリアンよ!』と言葉を贈る。

 そう励まされてからは周囲の目が気にならなくなったという。仕えるべき主が胸を張れと言ってくれた。

 それが何より嬉しくて、心の底からティレットさんのことを尊敬した。


 だから無神経クソ野郎にビーフジャーキーなんてものを突き付けられても、怒りなど湧き上がってこようはずもない。湧き上がったとしても死ぬ気で押し殺す。

 それどころか、何ごともなく好意を受け取ろうと努める。ウォルフさんだけは。


 主人のティレットさんと友人のエマさんは違う。


「ちょっとスパルタコさん。これはいったいどういう料簡ですの!? 侮辱罪で訴えますわよッ!」

「しかもお徳用って何ッ!? バカにしてるとしか思えない。せめて生ハム原木を用意しなさいッ! それからウォルフの好物はミルクチョコレートだから。嫌いな食べ物はないけど好きなものはミルクチョコレートだからッ!」

「2人とも落ち着けって。もういいから。あたしは気にしてないから (我慢だ。ここは我慢だッ!)」

「「なんだかんだでウォルフは甘いのよッ!」」


 鬼気迫る勢いで激昂するティレットさんとエマさんをなんとかなだめようとするウォルフさん。

 そこに撮影を終えたペーシェさんとハイジさんが合流するとますますヒートアップ。

 男の子たちからも他人のふりをされ、みんなから散々な怒りの言葉を一身に受けた彼は、しばらくタコ野郎の誹りを甘んじて受け続けることとなりました。




~おまけ小話『マーリンの友人』~


エマ「船内にしつらえてある家具ですが、これらは全部、白鯨の骨から作られたものなのですか?」


アッチェ「そうだ。まるで豪邸のような装飾だろう。この船は捕鯨だけでなく、エクレール、つまり女王様が他国へ外遊する際にも使用されるからな」


すみれ「どうりで見事な装飾なのですね。船内に飾られてる、この大きな絵画はみなさんが捕鯨に出られた時に記念に描かれたのですか?」


アッチェ「いや、これは初代国王が一角白鯨の捕鯨を成し遂げた時に記念として描かれたものだ。元々は木炭画だったんだが、マーリンさんの友人に凄腕の画家がいてな。木炭画を彩色してカラーに描きなおしてもらったんだ。原画の木炭画は国庫に入ってるよ」


すみれ「えっ!? でもこの真ん中の男性の隣にいる人ってマーリンさんですよね?」


アッチェ「原画は約950年前のもののはずなんですけど、ねぇ?」


マーリン「だって捕鯨の指南をしたの私だもん。懐かしいわ~。惚れた女のために裸一貫で鯨を獲ってくるなんてバカを言い出すもんだから、見てられなくってね。この絵画はその時に描かれたものよ。原画のほうはさすがにボロがきてたから、バートリー卿に頼んで描きなおしてもらったの」


エマ「もしやすると、家具を購入した外国の貴族というのは」


アッチェ「察しの通り、バートリー卿だ。彼女は本当に見事な腕前だったよ。それだけじゃない。芸術から工芸、学術、医術にも造詣が深く、学ばせてもらうことばかりだった。若い子の中には外国で勉学を収めてみたいと思うやつも現れるほどだ」


すみれ「その人は本当に勤勉で、きっと愛嬌のある方なのですね。私も会ってみたいです」


マーリン「うん、まぁ、勤勉なのは認める。愛嬌と呼んでいいのかどうかはちょっと怪しい。ちょっとお転婆すぎるところが珠に瑕かも。領民はバートリー卿のことを尊敬してるし、彼女も領民のことを愛してるから、幸福度はめちゃ高いよ。毎月1日にその月に生まれた領民を屋敷に招いては、誕生日パーティーをするくらいのバイタリティーとガッツの持ち主」


エマ「と、とっても精力的な方なのですね。でもお互いがお互いのことを尊敬してるなんて、本当に素晴らしいと思います。私も会ってみたいです」


アッチェ「ちょうど先月に帰っちゃったんだよな。仕事が終わったし、娘が学校に入るってことで大慌てで」


マーリン「親バカだからねー。いい子なんだけど。そそっかしいというかなんというか」


アルマ「手間がかかる子のほうがかわいいやつですね」


マーリン「そうそう、そういうことよ。アルマちゃん」


アルマ「ほへ?」

作者の父や祖父の時代は鯨肉が主流だったそうですが、いまやめっきりみませんね。

時々スーパーなんかで見ますが調理の仕方が分からなくて手を出し辛いなんて方もいらっしゃるのではないでしょうか。作者も見様見真似でステーキにしてみましたが美味かったです。

美味しいし祖父が捕鯨船に乗っていたというのもあって鯨は好きです。

今度は鯨肉でロースト肉を作ってみたいと思ってます。


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