恋色の波動 7
客人が来たならお話しがしたい。らんらん気分でスキップしてやってきたエクレール様。【稲妻】の名とは裏腹に、柔和でとっても優しそうな印象。
彼女も外国に興味深々ということで、私たちが暮らす街のお話しをすることになりました。
アルマさんは故郷のメリアローザと留学中のグレンツェンのお話し。
魔法が大好きなアルマさんは魔法視点で物語が綴られる。
受けている魔法の講義の内容やその手法。街に点在する数々のマジックアイテムとその素晴らしさを語った。
マルコさんはベルンでの勉学の日々とベルンの様子。
世界中の人々が集まって魔法と剣の修行に明け暮れる日々。青春と汗と涙の物語――――う~ん、個人的にはあんまり興味がそそられないな~。
適当に相槌を打っておこう。
シェリーさんからは騎士団長ならではの苦労話とかが飛び出してくるのかと思った。が、よい意味で期待は裏切られ、始終、ずっとプリマちゃんのかわいらしさについて語る。
マルタさんから引き取って、ペットシッターとしてバストさんを召喚。
毎日プリマちゃんのかわいらしさに癒される。
いいな~。フェルト人形のモデルになって欲しいな~。ゆきぽんとツーショットでたくさん写真を撮りたいな~。
マーガレットちゃんは自分の住むカントリーロードと大好きなお花の話題。お母様が花屋の主人ということもあり、春夏秋冬に咲くグレンツェンの景色を描いてくれる。
アルマさんとはまた違った視点で描かれるグレンツェン。だけどお花も魔法もカラフルな世界は共通していてとっても素敵です。
お花が大好きなマーガレットちゃんがライブラから取り出したのは手作りのモスポット。
「これね、今日のお礼のために作ったんです。ひとつはこの食堂に。もうひとつはアッチェさんに」
「これは……とても綺麗な花束だね。本当に貰っていいの?」
「これは花束じゃなくてモスポットって言うの。こっちのはタンポポとミニマーガレットのモスポット。こっちの大きいのが白いマーガレットとベロニカ。ミニマーガレットは寒いと茎が伸びにくいから、アイザンロックならあんまり茎を刈り取らなくても大丈夫だと思います。ベロニカは苔を這うように、わぁーって成長するから、伸びすぎたら切ってあげて下さい」
アッチェさんの横から、乗り出すようにお姫様が前へ出る。
「わぁ~っ! どっちもとっても綺麗! マーガレットちゃんと同じ名前の花なのですね。とってもかわいらしくて素敵です♪」
シェリーさんもマーガレットちゃんの努力を褒める。
「白と黄色。白と青のコントラストが綺麗! 食堂で飾るなら小さいほう、自宅で楽しむなら大きいほうかな?」
アッチェさんはアイザンロックでは珍しい鉢植えを見て悩む。
「どっちも素敵すぎて迷ってしまうな。リリアとルルアにも聞いてみようか」
厨房で頬を紅潮させる双子が鮮やかなポットの前で笑顔の花を咲かせた。
アイザンロックは寒く観賞用の花が咲きにくい。
草花はあれど、雪りんごの花などの樹木タイプや茎の細いものが多い。ゆえに花瓶に花を挿すというような文化がない。
だからマーガレットちゃんが作ったモスポットは、アイザンロックの人々にとって、お花畑を目の前にしているかのような気持ちにさせてくれるのだ。
色鮮やかでかわいらしく、力強く小さく咲く花々に感動する。
驚きすぎてモスポットの周囲をぐるりぐるり。
すごい、を10回ほど叫んだところで、ようやく2人は抱き合って感謝の言葉を小さな少女に告げるのだった。
マーガレットちゃんも自分が作ったものでありがとうを言ってもらえたので、嬉しくなってつい饒舌に拍車がかかる。
グレンツェンのフラワーフェスティバルのために整備される庭園もさることながら、カントリーロードのあぜ道に咲く秋の草花も時期を迎えると、一面に咲き誇って踊りだしたくなるような景色になること。
家族と旅行に出かけ、野原一面に咲いたアネモネの絨毯に寝転がって日向ぼっこをしたこと。
いつも穏やかな少女が、堰を切ったように幸せの花を咲かせていく。
時間も忘れてしまいそうになるほどに、幸せの語り部はいつまでも御伽噺を聞かせてくれました。
とはいえさすがに疲れてきたのか、知らない土地で気疲れを思い出したのでしょうか、椅子に深く腰を落ち着かせて甘い雪りんごのジュースを飲む。
そのおいしさに驚き、またも笑顔の花を咲かせる。
無限のバイタリティを感じます。
感無量なのはマーガレットちゃんだけではない。
アッチェさんも、エクレールさんも、楽し時間だと満足してくれた。
「いやぁ~楽しませてもらったよ。あたしが出向いたのは、フラワーフェスティバルというお祭りよりも前だったが、グレンツェンの公園の花壇はいつもあんなに咲き誇ってるのかい?」
アッチェさんの疑問にシェリーさんが答える。
「えぇ、季節ごとに花壇の鉢植えを入れ替えるんです。グレンツェン大図書館の地下で栽培されているものと交換することで、毎季節、常に色鮮やかな花々を楽しむことができるんです」
「えっ!? あれって毎回入れ替えるんですか? 花壇に生ってるんじゃなくて?」
シェリーさんの言葉に驚きが隠せないアルマさん。
彼女は続けて豆知識を披露した。
「そうだよ。実は全部、それと分からないようになっているがポット栽培なんだ。花壇の塀を取り外すと分かるんだが、重機ですくって運べるようになってる。力仕事はないから女性に人気の仕事なんだ」
シェリーさんの言葉に、エクレール様もアッチェさんも驚きが隠せない。
「まぁっ! 常にお花が咲いた状態でいるだなんてすごいっ!」
「それほどまでに花にこだわってるんだな。しかし街をあげてとは凄まじい」
市が管理しているグレンツェン記念公園の花壇が、全てポット栽培というのは結構有名な話し。
だけど実際に考えてみると、相当な重労働と人件費の投入である。
たしかに季節によらず、どんな時でも美しい花々を愛でることができる世界は素晴らしいのひと言です。
ですがどうしてそこまでするのでしょう。
ひとつは観光業という意味合いもあるけれど、グレンツェンに住んでいた伯爵と伯爵夫人が季節の花々をこよなく愛していたからに他ならない。
彼らが住んだグレンツェン大図書館の前に捧げる広大な花束は、先人たちへの敬意であり、感謝を表すことに繋がるのです。
我々がグレンツェンで幸せな生活を送れるのは、踏むべき轍を遺してくれた名も知れぬ人々の意志。
その道はいずれ途切れ、しかし次に進む者が繋ぎ切り開いていく。
過去から未来へと連綿と繋がっていく希望であり、幸福の象徴なのだ。
そう思うとなんだか胸が熱くなるのと同時に、街のために何か頑張らなきゃって気がしてきました。
まだまだ幼い私だけど、いつかきっとお姉様のような素敵なレディになるのです。
決意を新たにガッツのポーズをすると、アルマさんは私のことを、既に素敵なレディだと褒めてくれた。
自分ではそんなことは思えない。けれど、嬉しいのでありがとうの笑顔を贈ります。
いやぁ~でもなんだろう。私のどのへんが素敵なレディなんでしょうか。ちょっと気になるなぁ。
こういうのは主観では分からないやつなのかもしれません。
それに聞いてがっかりするとテンションが下がってしまうので、ここは運ばれてきた料理に食いつくことにします。
あぁ~こういう消極的なところは直していかないといけませんかね?
どうなんでしょうね?
最初に現れたのは、なんとメインディッシュにしか見えない鯨肉料理。
【シュトラフグリル】と呼ばれるアイザンロックの伝統料理。『重ね焼き』の意を持つシュトラフグリル。薄切りの鯨肉と玉ねぎを重ね、周囲に野菜や魚介類などをふんだんにちりばめた海と山の幸がたっぷりのカラフルレシピ。丸ごとオーブンで焼かれ、野菜と魚介の旨味を吸い込んだ肉汁でグレイビーソースを作るというのがシュトラフグリルの基本。
人によっては軽く塩を振って食べる薄味派の人もいるらしい。
さて、たくさんの具材ということですが、中には何が入っているのでしょう。
優しく火の通った鯨肉と飴色の玉ねぎ。
白のカリフラワーに緑のブロッコリー。
朱色のにんじん。
ぶつ切りのタコさん。
香ばしく鼻をくすぐる、これはいったい……?
「これはマグロのトロの部分だな。トロだけだと少し脂っこいんだが、野菜と一緒に食べると抜群に旨いんだ。グレイビーソースも絶品だぞ。バゲットに塗って食べてもいける!」
「脂っこい――――そこがいいんじゃないですかっ!」
濃い味大好きアルマさん。
病気にならないか心配です。
マルコさんも心配みたいです。
「アルマって本当に変わった食材が好きだよね。モツも好きだし。生の魚も食べるし。生のモツも食べるんだよね?」
「生で食べられるってことは新鮮ってことじゃん。そういえば、マルコって好きな食べ物って何かあるの?」
「好きな食べ物? クラムチャウダーかな」
計ったかのようにスパルタコさんが顔を出してきた。
「それならちょうど作ってるところだぞ。漁師のみんなが温かいスープをオーダーしたところなんだ」
「ほんとですかっ!」
「よかったじゃん。マーガレットちゃんは好きな食べ物とかあるの?」
「フルーツティーが好きです。イチゴが入ってると嬉しいな」
マーガレットちゃんの渡る先に船がいた。
船頭はエクレール王女様。
「それならちょうどいいわ。今ね、イチゴの収穫が始まった頃なの。すぐ近くの畑だから一緒に行きましょう?」
「えっ!? でもイチゴの季節って冬から春にかけて……はっ! アイザンロックは寒いからズレ込むんだ! やったぁ~っ!」
なるほど、品種にもよるけど、四季のあるグレンツェンやベルンではイチゴの最盛期は春の始まりあたり。
ハウス栽培なら1年中である。アイザンロックは1年の半分が冬。暖かくなり始める5月下旬が収穫時期になるのか。
イチゴ狩り。ものすごいパワーワードに背中を押されて腰を浮かすも、一瞬開いた扉から這いよる冷気に体が縮んでしまう。
だめだぁ~さむいよぉ~。




