恋色の波動 4
マルコさんは鯨漁とは関わりがないということで見物にとどまった。のだが、ここで職人さん特有の謎の地雷を踏みました。
曰く、『子供が遠慮なんかしてんじゃねぇ!』『俺の作った芸術が気に入らねぇってか!?』。
理不尽な逆ギレを受けて平謝り。それではということで、6個組の鯨の置物と、昼寝をしているアザラシの置物に目をつけた。
フィアナさん、とりわけフィアナさんのお母様が芸術に関心があり、骨董品や絵画などの美術関連の蒐集に熱心なのだそう。
後夜祭で見た龍涎香の彫刻を見せた途端、温和なお母様が頬を紅潮させて食らいついたそうです。
その為、アイザンロックに旅行に出るマルコさんは、龍涎香の彫刻を購入するように頼まれた。
なだれ込むようにリリィさんやエディネイさんもお土産に何か欲しいとねだったということ。
なので仲良く6個でひとつの置物をチョイス。フィアナさんのお母様にはアザラシをチョイス。
アルマさんは双子の子猫。寄り添うように並んでいて、中心にできた輪郭はハート型になるように彫られている。
幸せそうな表情を浮かべ、顎を撫でてあげるとゴロゴロと鳴いてくれそうなほどのクオリティ。
これも私が狙ってたやつです。
そう言うと、マルコさんが楽しそうに微笑む。
「なんか全部狙ってた感じだね」
「だってだって、全部かわいいんですもんっ!」
私のだってだってにマーガレットちゃんが共感。
「わかります。選ぶのがとってもたいへんでした。どの猫ちゃんも素敵かわゆいです!」
アルマさんもお気に入りを手に入れてご満悦。
「わかる~♪ 魂が宿ってる感じがするよね。今にも動き出しそう」
この躍動感こそ職人さんの矜持。生き生きとした表情と動き出しそうな存在感。
創り出すとは生み出すこと。
本物の動物と生活してるかのような錯覚さえ覚える。
ここまでくると執念に似たものすら感じた。何を隠そう職人さんの娘さんは体が弱く、あまり外には出られない。
唯一の慰みは愛猫と過ごす日々。それも長く続くことはなく、小さい頃に凍え死んでしまった。
寂しそうに空を眺める彼女のことを見ていられなかった父親は、愛猫に似せた彫刻を生み出す。
そんな辛い経験があって今があるのです。
ちなみに娘さんは、二児の母になって家族みんなで幸せに暮らしてるのだそう。
満面の笑みでお礼を述べると、嬉しそうな恥ずかしいような声を背中で見せてくれた。
気難しいところもあるけど、素直な性格が態度に出てる。
ずっと年上の人にこんなことを思うのも失礼かもしれません。だけどやっぱり、ちょっぴりかわいいかもです。
それではハティさんのところへ戻ってみましょう。感無量といった表情で自分が作ったらしいガラスたちを眺めている。
反面、アッチェさんはものすごく疲れた顔をして俯いていた。
なにがあったらこんなコントラストになるのでしょう。まるでアイザンロックグラスのようです。
「あぁ……みんなお帰り。置物はいいものがあったかな?」
「はい、とっても素敵なものばかりで悩んでしまいました。ところで、アッチェさんのほうはいかがされたのでしょうか?」
いわずもがな、原因はハティさんにある。
冷却中のアイザンロックグラスを見てみよう。下半分がサラダボウルのような半円球。そこから口元まですぼむように弧を描きながら、上り坂には大小さまざまなお花が咲いている。
青と白のグラデーションが花びらに広がり、幻想的な薔薇の庭園を思わせた。
2つ目はシンプルに天に向かって伸びた姿。上へ向かっていくにつれ、口元は花開いて百合の花のように背筋をピンと伸ばしている。
隣の作品はお皿。長方形の平皿は一品料理を乗せるとおしゃれ感を上げられそうな気品漂う素敵アイテム。
最後にグラス。ハティさんサイズなのでとても大きい。私から見るとビールの大ジョッキのようです。
グラス以外にもたくさんの作品を作っていただなんて素敵です。
アッチェさんの補助があるとはいえ、これほどの芸術を完成させてしまうとは。脱帽とはまさにこのことです。
「グラスがいっぱいできた」
聞き間違いでしょうか。
「グラスが……いっぱい……?」
聞き間違いじゃなかったみたい。
アッチェさんのため息が続く。
「ハティ、それは花瓶とお皿って言うんだよ。どうやってそれで飲み物を飲むんだ?」
「う~ん…………こうっ!」
お皿を持って流し込むようなジェスチャーをしています。
まさか、ハティさんにはこれらがグラスに見えてるのでしょうか。そのお皿では傾けただけで飲み物が顔にかかってしまいます。
アッチェさんは落胆と疲労と呆れ顔を浮かべて肩を落としていらっしゃる。
どうやら本当にグラスを作ったと思ってるようです。これは困りました。このままではハティさんのお顔に飲み物がバシャーです。どうしましょう?
悩んでもしょうがないので一度、バストさんが丸くなっている食堂に向かうことにします。
暖炉のおかげでお部屋はぬくぬく。寒いところから温かい場所へ足を踏み入れたので余計に幸福感を感じます。
温度が温かいだけではない。木製の家屋はそれだけでぬくもりを与えてくれる。
床、壁、柱、天井、梁にいたるまで全て木でできている。
天窓や暖炉の光に照らされた天然の木目の影が心を原初へ戻してくれた。
きっと私の祖先もこんな素敵な世界で生きていたのだろうなぁ。
そう思うと祖霊に触れることができたみたいでほんわかしちゃいます。
バストさんは今にも眠ってしまいそうな柔らかな心持ちで暖炉の前に座っていた。
プリマちゃんは猫ちゃん大好き双子のリリアさんとルルアさんに抱かれてなでなでしてもらっている。
しかしシェリーさんの登場で、大好きなご主人様の腕に抱かれたいと地団駄を踏み始めた。
本当に愛されていて羨ましい。
私ももふもふしたいですっ!
プリマちゃんを受け取り、腕の中へ収まると、彼は幸せそうな鳴き声をしてくつろぐ。
「世話を焼いてくれてありがとう。思っていたよりずっと寒くて困ってしまったよ」
「仕方がありません。今日は春にしては少し寒い日でしたから」
「それに外世界からいらっしゃったのならなおさらです。ここは他より寒いでしょうから」
シェリーさんと双子の間に猫背の神様、もとい、猫の神様が目を細めて立ち上がった。
「す、すまぬ……異国の地を見てみたいと言っておきながらこのていたらく。情けない……」
「いや、無理はしないでくれ。寒いのは分かっていたのに、準備を怠ったのは私のほうだ。本当にすまん」
寒そう。防寒具をばっちり着ておきながらまだ寒いとは。寒がり、いや、冷え性なのかな。
そんな彼女の前でこれからの予定を確認するのは少し気が引ける。
「ところでバストさん。これから【氷獄】というものを見学しに行くのですが、一緒についてこられそうですか?」
そう、マーリンさんが教えてくれたアイザンロックの【氷獄】。恐ろしい名前とは裏腹に、アイザンロックの厳しさと優しさを知ることのできるものだと言っていた。
それも見られるのは温かくなる春の季節だけ。なんでも、アイザンロックへ入国するために利用される関所をまるごと凍らせてしまうのだとか。
それでは人が入ってこられなくなる。そう意見すると彼女は、『そう、人が入ってこられないように関を氷で塞ぐの。万が一にも誰も入ってこられないように』と言った。
彼女の表情には寂しさと、しかしそれを乗り越えるための覚悟を感じさせるものがある。そんな決意めいた口元だった。
同時に、氷獄の溶け始めは得も言われぬ美しさだと評価する。
太陽に照らされた氷の表面は少しずつ溶け、水気を帯びた氷の、冷たくもあたたかな表情は唯一無二。
複雑に屈折した光は七色に見える。生涯に一度は見ておきたい景色だと太鼓判。
そんなことを聞いてしまったら見てみたいと思うに決まっているじゃないですか。




