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恋色の波動 3

 マーガレットちゃんはようやくできたグラスを台に置いて風を待つ。アイザンロックグラスは冷却される時間で色が変わる。冷却時間が長ければ青く、短ければ白く。だから風が吹かずにこのままなら青いグラスになってしまう。

 それはそれで味わい深い青色になる。だが、彼女はそれを望んでない。その先の景色に想いを馳せていた。

 時間はない。待ちきれなくて帽子で仰いで風を起こす。息を吹きかけて風を作る。

 必死な姿が健気でかわいらしい。ちょっときゅんきゅんしちゃいます。


 結果、オーロラグラスにはならなかったものの、これはこれで味のあるグラスになった。自然風とも雪に沈めたグラデーションとも違う景色。

 うん、これはこれでとても綺麗だと思います。本人は納得してないけど。


 最後はハティさん。我々と同様、プロの手ほどきを受けながら吹きガラスに挑戦。

 ハティさんは料理上手。アルマさんが尊敬するほど、魔法の扱いも凄まじい。

 世界中に友達もたくさんいる。特に楽器の演奏は超プロ級。どんな楽器だって使いこなしてしまう。私のお気に入りは二胡と呼ばれる弦楽器。

 たおやかなる調べは幸せな夢への入り口。目をつむれば幻想の世界に横たわっているかのような錯覚すら覚える。


 なんでも出来て不可能なことはないといったようなスーパーレディ。

 スタイルも抜群で羨ましい。

 そんな彼女はどんなグラスを作るのだろうか。やっぱり人より大きめのコップになるのかな。

 後夜祭で持ってきたマイコップもビールジョッキみたいなサイズだった。

 ミニサイズのパンも一般人の通常サイズ。規格外を地で行く女性。


 規格外を、地で行くのだ。良くも悪くも。


「おい、ハティ、お前、ちょっと、息を、強く、吹きすぎだッ!」


 規格外。肺活量も規格外。腕力も規格外。アッチェさんが二人羽織してもまるでびくともしない。膨らんだガラスが一瞬で弾けた。これでは成型ができない。

 ゆっくり息を吐いてみるもうっかり破裂。

 そう、ハティさんは力加減が分からない女。その光景はいつも見ていた。

 みんなが喜ぶためにと言って恐竜王国へワープ。

 お肉があったら嬉しいとなれば、巨大な金色の牛さんを連れてきた。

 ルーィヒさんの話しによると、指圧で粉砕した鉛筆を、時間を巻き戻して再生したという。

 大は小を兼ねると言います。ハティさんの場合は大が巨大すぎて小を押し潰してしまってます。

 このへんは彼女のこれからの成長に期待ですね。

 でもそこが彼女の魅力であることは、アルマさんのテンションの上がりっぷりから分かります。

 彼女は無条件でハティさんを信仰してるのです。


 これはかなり時間がかかる。そう判断したアッチェさん。龍涎香を彫刻する工房へ向かって欲しいと促した。

 後夜祭でハティさんが持参した龍涎香の置物。キノコの傘を持ったリスちゃん。すっごくかわいかった。

 工房の前を通るだけで漂う独特の抹香の香り。

 棚には完成した作品がずらりと並ぶ。

 水面に飛び出た一角白鯨。

 ひっくり返って背伸びをする山猫。

 リンゴを頬張る雪うさぎ。

 じゃれあう熊の兄弟。

 表情豊かな動物たちは今にも動き出しそう。

 まるで陽の目を見る日を待ちわびているようだ。最初はリスちゃんが欲しかったけど、うさちゃんもかわいい。

 猫ちゃんも愛らしい。

 鯨さんもかっこいい。

 どうしたものか。これは迷うやつです。迷って決められないやつです。


 おや、奥で作業している人が親方さんでしょうか。ずいぶんと大きな彫刻を創作してらっしゃるようです。

 近づいて見ると、見覚えのある姿が天を指していた。

 荒々しい高波。うねるように身を翻し、波と共に雄々しい角で天を穿とうとしている。

 一角白鯨。

 猟師は命を懸けて戦い、アイザンロックを支える神にも等しい存在。


 アイザンロックを象徴する動物としてふさわしい彼を彫刻という形で表現した。

 魂を込められた鯨の彫刻は今にも動きそう。私の背丈よりも巨大な一角白鯨の彫像。自分の身長よりも大きなものを見上げるのだから当然、迫力満点。

 大きく仰け反って感嘆のため息をついてしまう。


 簡単な挨拶とともに感動の意を表す。

 本当に凄い。生き生きとした表情がまた心を揺さぶる。

 彼は恥ずかしそうにしながらも微笑み、ハティさんの友人だと分かると、棚に置いてある彫刻を持って行ってくれとだけ言った。

 人見知りなのか。褒め慣れてないのか。照れる職人さんってちょっとかわいいかもです。


 ひとつお礼を伝えて振り返り、キッチン・グレンツェッタのメンバーに頼まれた動物を探す。

 リスに猫、一番多かったリクエストはやっぱり鯨。

 アイザンロックで作られる彫刻なのだ。彼の地を象徴し、我々が最もお世話になった鯨さんの彫像が欲しいと思うのは当然である。


 どれひとつとして同じ表情、同じ形のない彫刻。

 職人さんのこだわりなのだろうか。こうなるといよいよ迷う。

 正直に言うと全部かわいい。どれを選んでも後悔してしまいそうです。


 こういう時は深呼吸。

 さらに目をつむって深呼吸。

 そして目を見開いて最初に目のついたものをゲットするのです。ひと目惚れ理論 (自称) です。

 迷った時はこうして最初に目に留まった物にすると決めています。

 リスさんっ!

 やっぱりリスさんに目が泳ぎました。きょろきょろとあたりを見渡しながら、大好物のどんぐりを頬張る姿がキュート。

 木の葉の下には蓄えた木の実がたくさん。あとで食べる貯蓄として隠してるところなんてかわいらしい。

 豊かな表情とストーリー性を併せ持つ君に決めたっ!


 うふふふふと笑顔でいると、シェリーさんが楽しそうに声を掛けてくれた。


「ガレットはリスにしたのか。本当によくできてる。今にも動き出しそうだ。冬ごもりに備えるリスか。これだけ素敵な動物たちばかりだと迷ってしまうな」

「ですです。シェリーさんは……小さいのを選ばれたのですね。手のひらサイズのクジラさん。とってもかわいらしいです」

「ああ、私はガレットたちのように直接的に鯨漁に関わったわけじゃないからな。お礼の品としてアールグレイの茶葉を渡したくらいだ。それにプリマのためでもある。いろんなところに出かけるのは問題ないんだが、やっぱり匂いの強いものは近くに置いてほしくないらしい。匂いを楽しむ龍涎香ではあるが、これはガラスケースに入れて楽しむとするよ」

「ですね。やっぱりプリマちゃん優先の生活になってますか?」

「基本的にはそうだ。だからバストには本当に助けられてるよ。プリマの感情や考えてることを具体的に教えてくれるからな。彼女がいなければ雰囲気で悟るしかない。しかも猫はおろか、ペットを飼うなんて経験がないから右往左往してただろう」

「バストさんには感謝感謝なのですね。暖炉の前で暖をとってると思いますが、大丈夫でしょうか。一度様子を見に行きますか?」

「そうだな。その前にハティの様子も見ていこう。随分と苦難してるようだったからな」


 ですね。あの様子だと、完成するまでに日が暮れてしまうかもしれない。

 踵を返す前に、アルマさんたちの歩幅を確認しよう。誰だってテンポというものがある。チームで動くなら、全員で合唱がマストです。

 特にテンション爆上がりのマーガレットちゃん。かわいい動物の彫刻を前に目を輝かせた。


「見て下さい、シェリーお姉さまっ! こんなにかわゆい猫ちゃんの彫り物をいただいてしまいました。母親猫のお乳を飲んでる子猫ちゃんたちです。かわゆいですっ!」


 ぬぬっ。それは私も狙っていたやつではありませんか。

 寝そべる親猫のお乳を一生懸命に吸う子猫たち。

 安らかに抱かれる子。

 他の子を押しのけて自分だけ飲もうとする子。

 お乳そっちのけで母親猫にかまってもらおうとする子。

 一匹一匹に個性があって生き生きとして見ていてほんわかしちゃいます。

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