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恋色の波動 2

 アッチェさんの手引きで工房へ戻る。暖炉とは違う表情で燃え盛る窯の炎。

 長年に渡って使い込まれたであろう道具の数々。

 目を見張るべくは棚に並んだアイザンロックグラス。平皿からグラス、花瓶、鯨の姿をした置物。美しい青と白のグラデーションの映えるそれらは、私の心をときめかせてくれるのです。

 窓灯りの光でキラキラ輝くそれらは、幻想的でいつまでも見ていられる。


 はやる気持ちを抑え、まずはアッチェさんの職人業を見てみましょう。

 ドロドロに溶かしたガラスを吹き竿の先に乗せ、加熱しながら息を吹き込む。

 形を整えながら特殊なハサミでカットして飲み口を作る。

 テンポ竿に移して飲み口を広げ、形を整えていく。これでグラスの完成。


 アイザンロックグラスはここからが正念場。

 アイザンロックグラスの美しいグラデーションが生まれる理由は、ガラスの中に内包された不純物の温度の変化によって決まる。

 あつあつのグラスを冷やすことでじんわりと白い部分が浮かびあがった。

 グラデーションを生むのにもコツがある。はっきりとした青と白を作るためには氷を使う。一気に冷却することで強い白色を出せる。

 グラデーションを生むためにはゆっくりと冷やす必要があった。そこで利用されるのがアイザンロックに降りしきる雪。

 雪の中へゆっくりとグラスを沈めていくことで冷却する温度に変化をつけ、幻想的な青と白のアイザンロックグラスになるのですっ!


 見てると簡単だけど、やってみると難しいんだろうなぁ。

 でも雪を使って絵付けをする技法はなんだかドキドキしますね。まさに伝統工芸って感じがします。

 チャンスは一度きり。

 一期一会のワンチャンス。

 世界に1つだけのオリジナル。

 素人ながらに気合い入りますっ。


 しかし最初にやるのはなんていうか、ちょっと緊張するので、誰か先にやってくれないかなぁ。

 こんな時に頼りになるのがシェリーさんではないでしょうか。私が振り返るよりも先にマーガレットちゃんが期待の視線を送っていた。強すぎてビームが出るんじゃないかと見間違えるほどです。

 そんな彼女と私の内心を知ってか知らずか、いの一番に飛び出したのはアルマさん。

 好奇心旺盛な彼女が一番乗り。近くでよく見て参考にしよう。

 もちろん、間違えたってかまわない。ガラスの成型に失敗しても、もう一度ドロドロにしてしまえばやり直しはきく。

 失敗するのが怖いわけではない。

 もうちょっとこの時間を楽しんでいたいのです。


 きらきらに輝くガラスの種。アッチェさんの指導の元、少しずつ少しずつ実が成っていく。息を吹きながらくーるくる。

 形を丸く整えて飲み口をぱりん。

 グラスっぽい円柱状にするためにくーるくる。

 ゆっくりと雪の中に沈めて色を付ける。じゅわりと溶ける雪の儚さがグラスの色に染み渡っていくよう。

 まだ熱が残ってるので、熱されたガラス特有の色が浮かんでいた。

 ここからゆっくりと時間をかけて冷えることで、青空と雪のキャンパスが描かれる。


 わぁ~、どんなふうに色が浮かんでくるんだろう。

 熱の赤色が静かな青色に変化する様子を見てみたい。

 アルマさんが作ったグラスを2人でじっくり眺めます。

 ゆっくり、ゆっくりと色が変わっていく。

 日が暮れて太陽が沈み、夜がやってくるように色が変わる。

 この瞬間は作り手にしか味わえない。なんて素敵な経験なのでしょう。アイザンロックに来てよかったです。


 アルマさんが作業を終え、マルコさん、シェリーさん、マーガレットちゃんと続く。


「それじゃあ次はガレットだな。しかしみんな本当に初心者なのか。めっちゃ上手なんだけど」


 リップサービスではないようだ。しきりに上手だと褒めてくれる。


「グレンツェンで育った子らは、小さい頃からワークショップの体験を多くしてるからかもしれませんね。正直、私が一番へたっぴだったように思います」

「いや、シェリーは普通だと思うよ。普通より上手なくらい。グレンツェンって言えばハティが留学してるって街か。あたしもまた行きたいな。少ししか滞在しなかったからな」

「アッチェさんにはシャングリラにも来て欲しい。グレンツェンも紹介したい。今度遊びに来てね」

「その時はぜひ、私たちにもお声がけ下さい。めいいっぱい歓迎いたしますっ!」


 いつもゲストと呼ばれるばかりの私です。でもでも、外国からの客人となれば否が応でも私はホスト。頑張っておもてなしいたしますっ!


「それは楽しみだな。必ず行くとしよう。さて、次はガレットの番だ。準備はいいかな?」


 次はガレットの番。告げられて吹き竿を渡された。

 アッチェさんに二人羽織してもらって挑戦です。

 轟々と燃え盛る炎の中できらきらとろとろのガラスが輝く。

 くるくると回して息を吹いて、くるくると回して息を吹いて、ちょっとずつ吹いていく。すこ~しずつすこ~しずつ大きくなっていく。

 息を吹きすぎてガラスの壁が割れないように、ゆっくり息を吹き込んでいく。

 肺活量が弱いのかなかなか成長しない。アッチェさんからは急がなくてもいいと念を押されるも、緊張してそれどころではない。

 必死すぎて変な体勢で構えていることにすら気付かない。

 全力で綱引きをする時のような構えをとって全身に力を入れていた。

 肩もいかり肩になって無駄に腰を入れて滝のような汗を流す。

 炎の熱気だけではない。

 気合いの入れすぎである。


 出来上がった頃には息絶え絶え。全力疾走をしたあとのような疲労と満足感に満たされた。

 火照った体に春のアイザンロックの風が心地よい。

 作ったばかりのグラスを一旦台座に置いてひと息入れる。

 凄い疲労感です。もともと体力に自信があるほうではないけれど、なんかすっごい疲れました……。

 さ、さて……ここからが本番です。どんなふうに模様をつけようかな。

 緩やかなグラデーションを実現したいから、押し込むように静かに雪に沈めよう。


 気合いを入れ直してグラスを掴もうとした途端、一陣の春風が工房を駆け巡った。春風は入口を開けっ放しにしている家屋の中を縦横無尽に駆け巡り、そして最後には元の出口を求めて去っていく。

 はっ!

 グラスは!?

 まさか倒れて……はいなかった。少し底の部分が分厚くなってしまったことが功を奏した。

 普通のグラスよりちょっぴり重かったからか倒れないで済んだ。

 本当によかった。それでは気を取り直してダイブ・イン・ザ・スノウ。


 と、意気込む私の肩を掴んで止められた。

 アッチェさんだ。どうしたのだろう。


「おっとちょっと待った。ガレット、君は運がいいな。これはきっとアレになるぞ」

「アレ……ですか?」

「ああ、オーロラグラスだ」


 オーロラグラス。成型したてのグラスを自然風にさらすことで、オーロラのようなグラデーションを実現させる。

 人為的にオーロラの模様を作ることは難しい。なぜなら、自然が起こす絶妙な力加減の風量が必要だからだ。

 当然、自然風を人為的に起こすことは不可能。なにより工房は北西よりの風を避けるように建てられた建築群の中、この時期に吹く南風が届きにくいという特徴がある。

 自然風が工房の中を駆け巡るように吹きすさぶこと。

 グラスを生成したタイミングであること。

 条件が揃わないと作ることができない。オーロラグラスは偶然の産物。狙ってできるようなものではない。


 そんなレア現象を自分が体験した?

 半信半疑になりながら、アッチェさんの言葉を信じ、ゆっくりと色付いていくグラスは感嘆のため息を誘う。

 深く鮮やかな青色に浮かぶ幻想の天幕。

 柔らかな風が不規則に当たることで局所的に冷やされる。その模様がオーロラのように浮かびあがることからオーロラグラスと呼ばれていた。

 現存する数は非常に少なく、アイザンロックのお姫様が持っているものがひとつ。

 同盟国に贈られたものがひとつずつ。

 確認されているだけでただの3つ。

 この世に3つしかない。


 なんという激レアアイテム。

 まさかこんな貴重な体験ができるとはっ!


「おぉ~っ! あたしもオーロラグラスが出来上がるところを見るのは初めてだ。いい経験をさせてもらったよ。本当にありがとう!」

「いえ、そんな、アッチェさんが手助けしてくれたおかげです。それにこんな貴重な体験をさせていただいてありがとうございますっ! それにしても」


 それにしても、絵も言われぬ景色とはこのこと。

 夜のオーロラの景色をそのまま落とし込んだような、幻想的で魅力的なグラスが出来上がった。


「なんという美しさ。幻想的で神秘的です。よかったね、ガレットちゃん!」

「本当に綺麗です。キラキラしてます。すっごく素敵!」


 あんまり綺麗なものなので、マーガレットちゃんがワンモアチャレンジ。

 私と同じようにすれば同じようにできるんじゃないかと思ってるのか、数分前の私の姿を完コピした。

 いかり肩で腰を入れ、少しずつ息を入れる。

 めっちゃ恥ずかしいからそのへんはスルーしてっ!

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