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狩猟! 一角白鯨 2

 超巨大キャラック船【デイレットホエール号】。

 全長150m。幅60m。水面から甲板までの高さが4mもある鯨漁専用の捕鯨船。楕円状に伸びた前後は左右対称になっていて、帆も180度回転できる仕様になってるのは、漁を終えて帰る時に船を反転させないようにするための工夫。

 キャラックには鯨を収納して運ぶ機能はなく、射出したアンカーと極太のロープで鯨を縛り、海上を引っ張って帰るため、反転させて鯨の重みに負けた時、船が転覆しないようにと知恵を絞られた結果だった。

 さらに、地上は春といえど北に行くほど海上には分厚い氷が張っていて、船はそれら障害物を粉砕しながら進んでいく。可能な限りの負荷を抑える利点もあった。

 ちなみに名前の由来は初めて鯨漁を行い、アイザンロック初代国王となった人物の名前から来ている。


「とまぁ船の説明は以上だ。何か質問はあるか?」


 初乗船の我々を安心させるため、細かい説明をしてくれたアッチェさんの問いにスパルタコさんの手が挙がった。


「アッチェさんは彼氏がいますか?」


 不遜である。


「彼氏というか旦那がいるよ。仕事中は結婚指輪は外してるんだ。特に鯨漁は失敗できないからね」

「くっ……そっ…………!」

「こんな時にする質問じゃないでしょうが……」

「船員さんたちが見えないようですが、どこに行ったんですか?」


 見渡して、船上にいるものと思い込んでいた正規の船乗りの姿がない。


「彼らは漁が終わった後に鯨と船を繋ぐ仕事があるのと、今はボイラー室で仕事中だから船内にいるんだ。仕事中って言っても部屋にいるだけなんだけどね。魔力を吸われ続けてるから起こさないように気を付けてくれ」

「すみません…………酔い止めの薬はありますか?」

「忘れたの? しょうがないなぁ」


 ケビンさんから酔い止めの薬を支給されているはずだから、私たちは対策ばっちりのはずなのに誰だろう。

 船内から出て来たのはミディアムヘアーをローポニーで結んだ茶髪の女性。ゆるふわ系お姉さんが顔を真っ青にして手を口にあてていた。今にも吐きそうだ。

 背中をさすられて母なる海に、抱いたものを還す姿はシュールのひと言。

 そのまま薬を喉の奥に放り込んで落ち着いた。


「お見苦しいところを。わたくしはティリアン・ディートリッヒヘルマンと申します。鯨漁では一角白鯨の捕縛を担当しています」

「彼女は船酔いが酷くてね。揺られるのに慣れるため、前日から乗船していたんだ。今日はまだ体調がいいみたいだな」

「「「「「これで?」」」」」


 大丈夫だろうか。まだちょっとえずいてるけど大丈夫だろうか。

 自己紹介を終えると早々に退場。出番が来るまで医務室でダウン。


 それから私たちは自由気ままに自由行動。

 甲板を走り回ったり海風にあたったり。

 飽きたら船内を探検したり。

 ペーシェさんはハイジさんと一緒に各所をハンディカメラで撮影中。

 ティレットさんとルージィさんはなんだかとってもいい雰囲気。

 アッチェさんはティリアンさんの看病と精神統一のために医務室へ。

 他のみんなは海の眺めを楽しんだあと、船内食堂でおしゃべりを楽しむ。


「マーリンさんって彼氏いるんですか?」


 またスパルタコさんが無差別に口説き始めた。


「彼氏っていうか旦那がいるわよ。今年で18になる娘もいるわ」

「スパルタコさ、だれかれ構わずナンパするのはやめない?」

「彼氏がいるかどうか聞いただけじゃんよ。てかマーリンさんっていくつなの? 18の子供がいるようには見えないんですけど」


 女性に年齢を聞くクソ野郎。


「今年で1311歳になるわ」

「またまた~。逆にサバ読みすぎでしょ」

「それより、みんなは鯨肉とコカトリスのお肉でお店を出すのよね。何の料理を出すのか決まってるの?」


 マーリンさんは面倒なので容赦なく話題をぶった切る。

 同じく、エマさんもスパルタコさんを無視した。


「実はまだこれと決まったものはないんです。コカトリスも鯨も扱ったことがあるどころか、見たことも聞いたこともないので。逆算してもフラワーフェスティバルには間に合うので、まずは食材を集めてから決めようということになりました。でもテイクアウトでサンドイッチを作ろうというのはほぼほぼ確定です。メインプレートは鉄板焼きが候補に挙がってます」

「なるほど、いいんじゃない。サンドイッチならフレッシュな野菜にわさびマヨネーズのソースを挟んだら、癖の強い鯨肉もマイルドな味わいになっていけそうね。鉄板焼きにするなら、あとは焼くだけってくらいに下処理をしておかないと、オープンキッチンスタイルだと時間的に厳しいわね。作り置きもできるけど、味が落ちちゃうし」

「なるほど参考になります。折り入ってマーリンさんにお願いしたいことがあるんです。実はメンバーの殆どが料理初心者で、焼いたり切ったりはできるのですが、下処理や専門的な知識が殆どないんです。だからマーリンさんに手伝ってほしいんです。無理でしょうか?」

「ええもちろん。私も仕事と、それからアルマちゃんの手伝いも約束したけど、積極的に参加させてもらうわ。このチーム、本当に楽しそうなんだもん。誘ってくれてありがとう」

「いえ、いえそんな! こちらこそありがとうございます。本当に助かります!」


 新たな仲間が加わって、いっそう賑やかになるキッチン・グレンツェッタ。

 鯨肉を扱うということで事前に下調べをしたところ、下処理がとても重要。その方法も書いてはあるのだけれど、できれば直に経験者の話しを聞きたいとエマさんは話していた。


 昨夜、我が家の台所でその話しをしたところ、鯨肉は得意料理という。奇跡的な出会いに運命を感じたエマさんは、もうこの人しかいないと心に決めた。

 でも今日まで切り出せなかったのは、彼女にも私生活があるし、既にアルマちゃんの企画に参加してたので断られると思って勇気が出せなかったから。


 臭み抜きにはショウガや長ネギ。香草を入れてステーキに。

 お湯で湯煎したあと、表面をこんがり炙って鯨のロースト肉もいい。

『おばいけ』という、ぷりぷりの部分は辛子味噌とお酒で一杯。

 お鍋にお刺身、しゃぶしゃぶ、唐揚げ、しぐれ煮、パスタの具にと、知らなかっただけで料理の幅はとても広い。


 食べるだけにとどまらず、鯨のひげと呼ばれる器官は工芸品の材料になる。

 アイザンロックでは巨大で頑丈な鯨の骨を加工してタンスやテーブル、食器や絵画の額縁などにも加工され、輸出品としても喜ばれている。

 外国のさる有名な貴族からは、巨大な長テーブルとたくさんの椅子の注文が入るほど人気が高く、宝石と同じくらいの高値で取引された。

 また、鯨の骨は乾燥させて水分を抜くと可燃性が高くなって薪代わりに使われるため、アイザンロックの冬には欠かせない生活の一部になっている。


 船内の食堂にあるテーブルも椅子も鯨の骨から切り出され、街の職人の手によって磨き上げられた一級品。

 縁の装飾もさることながら、頑強であり、生物由来のしっとりと暖かい肌触りを持つ表面は、いつまでも触っていたいと思うほどに心地よい。

 それにこの雪のような白色の光沢。

 アイザンロックでしか育たない雪林檎という木からとれる樹液を水で割って艶出しをしているというのだ。思わずキスをしてしまいそうになるほどに美しい。海と山と人の出会い。なんてロマンチックなのだろう。


 グロッキーだったティリアンさんと精神統一の終わったアッチェさんも加わって、おしゃべりが始まると、あっという間に楽しい時間が過ぎていく。

 アイザンロックの歴史のこと。

 鯨と国との関係。

 山と海は循環してること。

 海に生きるもの。

 山に生きるもの。

 街の様子など事細か。

 語りつくせば明日の陽が昇るほどの熱量を帯びていた。それは彼女がこの国のことを本当に愛していて、踏みしめる大地に、母なる海に感謝をしているなによりの証拠である。


『そろそろ漁場に着くぞ! 野郎ども、準備しろッ!』


 突如、パイプに繋がれた連絡管からデアヴォルブさんの野太い声が木霊した。

 ついに鯨さんとご対面。わくわくとどきどきが交差して、みな足早に走り出す。

 外へ出て驚いたのは地平線まで続く白い海。海一面が氷に覆われて極北への入口を閉ざしていた。

 船はキャラックではあるが砕氷ができるようになっていて、氷の海を割って進む。快晴の空、凪の海といえども海上はマイナス8℃。海水温はもっと低い。


 漁場が近いといってもまだ鯨の姿はない。どこからか現れるのだろうか。鯨の姿は図鑑で見た。実物はどんな迫力なのだろう。

 胸躍らせる我々をよそに、アッチェさんは眉をひそめ、怪訝な様子で海を見渡した。本来ならもう少し、あと1kmは北に進まなければならないはずなのに、船長は漁場に着いたという。

 間違いがないなら――――それは警戒すべき未来を示していたのだ。


「ん? 何かおかしい。ずいぶんと……遠いような。ッ! お前ら、何かに掴まれッ!」


 アッチェさんの怒声から10秒後。巨体を揺らして現れたそれは、その場にいた誰の想像をも超えて、巨大で、偉大で、そして美しい姿をしていた。

 氷よりも雪よりも白く。長く太く伸びた角はまっすぐに天を突き、そして倒れると同時に海を割る。


【一角白鯨】


 それが極北の氷の主。

 人の及ばぬ海の王。


 寝返りを受けた水面は盛り上がり、超巨大と言われるキャラックなど小物と思えるほどに大きな津波が押し寄せる。

 私は津波の恐怖を知っている。

 全てを飲み込む魔の剛腕。

 船が転覆して氷獄の世界に消える自分が脳裏によぎる。


 私の人生はここで終わり?


 まだまだやりたいことがたくさんあるのに。

 伝えたい人に贈りたい言葉が山ほどあるのに。

 死を目前に涙が溢れる。だけど…………ハティさんはひと言、『大丈夫』とだけ囁いた。どういうわけか、その言葉ひとつで心から不安が消えていく。

 彼女の大きな背中がいつにも増して頼もしく見えたのだ。


 《氷結(アイス)


 人差し指を突き出して、小さくそれだけ呟くと、荒ぶる津波が、襲いかかる死が凍りついた。水面も時間も全てが止まっているのかと錯覚させられる。

 もう大丈夫と抱きしめられて、凍り付いた時間が溶けていった。死ぬかと思った。けど……自然と出た言葉は、『ありがとう』だった。


「さっすが。私の出番はなかったわね」


 マーリンさんの両手の先に2つの魔法陣が浮かんでる。どうやら彼女も魔法を使って身を守ろうとしたようだ。


「そんなことない。そのまま氷を左右に割って欲しい」

「へぇ~。これが何か分かるんだ。滅多に使われないから知ってる人なんていないと思ってたのに。それじゃあまぁやりますか。《次元(オープネッド・)開闢(ディメンジョン)》!」


 世界を閉ざしていた氷山が綺麗に2つに分かれて海に沈んでいく。

 マーリンさんはこの魔法を使って、襲い来る津波を分断して躱そうとしてたようだ。

 方々から安堵の声が漏れるも束の間、命を預かる船長の指示が飛ぶ。


「推定全長1200m。ティリアンッ! 顔を出した瞬間を狙って撃てッ! 2度目のチャンスはないぞッ!」

「任せて下さいっ! さっそくきました! 《氷獄(コキュートス)世界(・ワールド)》!」


 ティリアンさんの目の前に幾重にも重なる紫色の魔法陣が展開。

 船ごと水面が凍りつき、超絶巨大な海の主を氷の牢獄に閉じ込めた。

 身動きのできない白鯨といえど、その迫力たるや圧巻のひと言。


 ダイナグラフ・キングダムで出会った恐竜王も大きかった。しかし、白鯨はそんなものではない。神の使いと言われても信用してしまうほどの神聖さを帯びている。

 みんなはティリアンさんやハティさん、マーリンさんの魔法に釘付けで、感謝と称賛の言葉を贈っていた。

 だけど、私はどういうわけか、彼の瞳から目が離せないでいる。つぶらな眼が私たちをずっと見ていた。


 彼は今、何を思うのだろう。

 これから自分が死ぬのことを理解してるのだろうか。

 だったらなぜ。なんでそんな優しい目をしてるのだろう。どうしてそんなに穏やかなのだろう。

 今の私には分からない。だけど、ただ心に思ったことを叫んだんだ。


「おいしく食べますからっ! だから……だから、その…………ありがとうっ!」


 命を奪おうとして、そんな言葉は都合がよすぎないだろうか。偽善ではないだろうか。

 そう思うところもあったけれど、今の私にはこの気持ちがうまく言葉にできない。だけど彼は私の言葉を聞いて、笑って、静かに目を閉じたような、そんな気がした。


 氷に閉じ込めただけでは漁師の仕事は終わらない。

 船首に備え付けられた巨大なアンカーを角の付け根に打ち込まなければならないのだ。

 それは命を奪うものとして、せめて苦しまないように即死させるための配慮。外すことは絶対にできない。

 アッチェさんが破城槌でアンカーの尻を叩いて空へ飛ばす。

 氷上ではデアヴォルブさんが全速力で走ってくるハティさんをトスして飛ばすために四股を踏んで準備をした。

 両手にガントレットをはめたハティさんが、アンカーと破城槌の奏でる金属音を合図に全力ダッシュ。

 息の合った連携でトスが決まり、空中で受け取ったアンカーの推進力を利用して脳天一撃の神業が炸裂。


 同時に私の胸がチクリとした。

 分かっているつもりだったのに。

 我々の命はたくさんの命の上に立ってるって分かってるのに。

 コカトリスを狩猟した時もそうだった。

 島で鶏を絞める時もこんな感覚に襲われる。

 おばちゃんたちには、『報いるためには彼らの命をきちんと受け取ることだ』と教わった。

 だから、『ありがとう』と言葉に出たのかな。


 彼はそれを、受け入れてくれたのかな。

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