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シャングリラ、真実の幸福が在るところ 14

 エリストリアさんは情熱の籠った覇気を全身全霊ですみれさんにぶつける。

 相手の顔色をうかがうのも忘れ、ひたすらにチーズのガトリングトークに花を咲かせた。

 なんて生き生きとしてるのでしょう。おしとやかな印象だったエリストリアさんのイメージが音を立てて崩れていきます。悪い意味ではないのですけれどね。


 悪い意味、というのであれば、子供たちが少々鬱屈とした表情を浮かべ、食後のお片付けに励んでることでしょうか。原因は止まらないエリストリアエクスプレス。

 終着駅の見えない無限列車は、誰かが強烈にブレーキをかけないと止まらないのでしょうね。

 それこそ気絶させるほどに強烈なやつ。


 片付けをしながら、ヤヤちゃんがぽつり。


「珍しくすみれさんがたじたじです。すみれさんは料理好きですが、そこまでチーズ好きなわけではないし、そこまでチーズ文化に触れていたわけではないようです。このままでは夢の中まで追いかけてチーズの話しをしてしまいそうですね」


 怖いよ、ヤヤちゃん。

 そういうのは口に出しちゃダメなやつだよ、ヤヤちゃん。


「それよかむしろ、エリストリアさんの質問にきちんと答えられてるところが凄いわ。倭国人のすみれより私のほうがチーズに触れてきた時間は長いはずなのに。無駄に敗北感を感じる」


 まぁ私もそこまでチーズが大好きってわけでもないですが。

 ここでライラさんが子供たちに構ってもらうため、チーズの話題を振ってしまう。


「すみれの言う通り、ひと口にチーズって言っても本当に色々とあるからな。シャングリラではどんな食べ方をするんだ?」


 思い出したくないなー、という顔をされた。

 ライラさん、今はチーズの話題を振っちゃダメですよ。

 でも子供たちは気がいいので答えてくれる。


「えっとねー。昨日の朝はあつあつのチーズをパンにかけたでしょー。お昼はチーズ入りシャンピニョンとチーズの入ったクリームシチューでー。晩御飯は茹でたお野菜にどろ~んってラクレットされたー」

「なるほど。いろんな料理に使われてるんだな。しかしそんなにされたらチーズに嫌悪の感情が生まれてもしょうがないな。っていうか、マジに狂気すら感じるな」

「以前に来た時は【チーズの日】って言って、何かいいことがあった時にチーズを使ってたと思ったけど」


 すみれの思い出に、クレアちゃんが目を細める。


「それがねー、エリストリアお姉ちゃんをよく知ってるおじさんがお友達に頼んで、たっくさんチーズを作って送ってくれたの。おかげでエリストリアお姉ちゃんは上機嫌。はぁ…………」


 クレアちゃんのため息に続き、他の子たちに負の連鎖が始まった。


「フレッシュサラダにチーズ……」

「デザートの果物にもチーズ…………」

「焼きキノコに焼きチーズ………………」

「たのしみだったハンバーグにもチーズがはいってた……………………」


 上機嫌なお姉ちゃんを見てため息が出るなんて末期ですね。

 子供たちを指導・監督する立場のメアリさんも、自重するように促すようだが、あつあつとろとろチーズに釘。まるで聞く耳を持たないという。

 さっきも自重するみたいなことを言ってたけど、それもいつまでもつのやら。


 子供たちの目が死んでるではありませんか。

 チーズに汚染された毎日。

 あまりにも過酷。

 あまりにも無情。

 これを打開する策がないことはない。

 チーズを断固拒否。あるいはエリストリアさんを厨房に立たせないことだろう。

 だからだろうか。子供たちはすみれさんをひたすら褒め、必死に引き留めようとした。

 そこまでさせるエリストリアさん。自覚して猛省してください。


 すみれさんは子供たちの心情を汲み取って、エリストリアさんに提案した。


「まぁなんといいますか、おいしいものはたくさん食べたくなるかもしれませんが、そういうのはたまに食べるからおいしいんだと思います。大切な時、特別な出会い、そんな時のとっておきに利用されてはいかがでしょう」

「すみれさん……」


 すみれさんの説得に感動の涙か。胸に響いたといわんばかりの表情と、キラキラとしたオーラを放っている。

 彼女にも過去はあり、そして今がある。

 辛いことも悲しいことも、楽しいことだってたくさんあった。

 だけど今なら思う。全ては今日に至る道標。幸福へ至るための試練だったと。

 その全てがかけがえのないもの。

 些細なことなどひとつだってない。

 それはこれからも続いていく。

 今日のこの日、この時も、未来の自分へと繋がっている。

 だからっ!

 私にとってっ!

 全ての出来事が輝いていて、ひとつとして無駄なものはない。

 だからだから、毎日チーズを食べるっ!


「「「「「ダメだこの人ッ!」」」」」


 ごめん、もう無理っ!

 目に涙を浮かべた表情を子供たちに向け、彼らも無理をさせてしまって申し訳ないというサインを送った。

 残る手段はチーズを全て灰にするか、子供たちの精神攻撃でエリストリアさんを追い詰めるかの2択しかなくなった。

 前者はハティさんの手前、食べ物を粗末にすることはできない。

 チーズに罪はない。罰を受けるべきはエリストリアさん。

 チーズに酔って目的と手段を間違え、自分の感情のまま、神聖なる食卓を穢した罪は重い。


 小さな反逆者たちは視線で会話を行った。

 どういう刑罰が最も効果的か。

 どうすれば親愛なる姉が悔い改めるか。

 彼らの決断は早かった。

 最も辛く、最も恐るべき手段をとる。

 共同体としての生活を強いられるシャングリラにとって、命取りにもなりかねない罰。


【無視の刑】である。


 生活に必要な最低限の会話以外、全く姉の言葉を聞かないこと。

 これは辛い。

 エリストリアさんにとっても、子供たちにとっても。

 子供たちはエリストリアさんのことが好きなのだ。だけど彼女のため、あえて辛く当たる姿勢に尊敬すら覚える。

 子供たちなりに必死に行動し、考え、実行した。

 彼らの主体性こそ尊重されるべきではないでしょうか。方法はともかくとして。


 大きな大きなため息ののち、大切な思い出を思い出した子がすみれさんの袖を引く。


「ねぇねぇ、すみれお姉ちゃん。前に言ってたやつ。お菓子作ってくれるってやつ」

「大丈夫。ちゃーんと覚えてますよ。そのために今日は、秘密道具を持ってきたのです。えっへん♪」

「えぇ~どんなのどんなの?」

「リーナにも教えて教えてっ! もしかして、卵を使ったお菓子?」

「卵はね~、ちょっぴり使っちゃうよ♪」

「やったー!」


 おっ、食後にデザートですか。いいですね~♪

 会話から察するに、以前に約束をしたみたい。

 お菓子が食べられると聞いて子供たちはおおはしゃぎ。急いで机の上を片付けて準備にとりかかった。のだが、ここから既に反逆の狼煙が見え始める。

 すみれさんとエリストリアさんの会話に割って入ってチーズ談義を打ち壊した。

 明らかに意図的な割り込み。

 単に食後のデザートに早くありつきたかったという側面もあるかもしれない。

 だけど、もうそんなふうには見られない。

 もう見えない。


 だってエリストリアさんが会話に乗ろうとすると悉く、強引に大きな声を出して割り込む。

 いったいどこでそんなパワープレイを覚えたのか。

 純真無垢な子供たちの裏に潜む力強い処世術を見ました。

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