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シャングリラ、真実の幸福が在るところ 13

 テーブルに料理が並び、かぐわしい香りにわくわくする子供たち。

 見たこともない異国の料理に興味津々といった様子です。チーズはしばらく食べたくないと言った子も、すみれさんのひと工夫で踵を返した。

 グラタンに乗せたモッツァレラチーズを花びらの形にして整えている。火が通ってふつふつと踊るチーズはお花のように広がって、子供たちの目と心を楽しませた。ナイスアイデアですっ!

 ちなみに、チーズ大好きエリストリアさんは具材が見えないほどにチーズをかける。

 なるほど、こんなのを毎日のようにやられたら地獄絵図。そりゃあ叫びたくもなりますね。


 いただきます、と手を合わせて一斉に飛びついた。すぐさまおいしいの大合唱。私も思わず声に出た。

 野菜とキノコの旨味が強い。肉みそとチーズが発酵食品だからかすごくよく合う。

 オリーブオイルをかけた刺身(生魚)も噛めば噛むほど旨味と甘味が口いっぱいに広がっていく。

 鯛のアラからとった出汁もすごくおいしい。全く臭みはなく、優しい味わいをしていた。とても澄んだ色をして、初めてだけど飲みやすくて上品な口当たり。新鮮な魚介類のおいしさたるや恐るべし。


 頑張ってくれたラクシュミーちゃんのおかげです。

 料理にも、子供たちの幸せな言霊にも満足するすみれさんが嬉しそうに話してくれる。


「あら汁はラクシュミーちゃんが一生懸命にお世話してくれたから、こんなにも綺麗でおいしくなりました。お刺身もみんなで協力して並べてくれたんです。グラタンに使った肉みそとモッツァレラチーズは私の自作ですが、なによりシャングリラの子供たちが丹精込めて作ったお野菜があってこそです。本当においしいお野菜なんです。それから、エメラルドパークのオリーブオイルがとても品質がいいんです。とってもとってもデリシャスです!」


 すみれさんと一緒に料理をしたレレッチさんも楽しそうに思い出を語る。


「本当にお野菜はどれもおいしいよね。トマトもそうだけど、にんじんだって生で食べても甘味を強く感じられるくらいおいしかったよ」

「にんじんを生で食べたのか?」


 レレッチさん、貴女意外とワイルドですね。

 つっこみを入れたライラさんの隣でエリストリアさんがキラキラしてらっしゃる。


「ライラさんライラさん。このモッツァレラチーズ。すっごい伸びます。全然切れませんっ!」

「なんだっけ。熟成するとたんぱく質が……えぇと?」


 言葉に困ったライラさんにすみれさんの助け舟が到着した。


「チーズが伸びる理由は特殊なたんぱく質のおかげです。しかし熟成するとたんぱく質がアミノ酸に分解される、つまりたんぱく質が無くなるので伸びなくなります。このモッツァレラチーズは熟成されてないので、たんぱく質が分解されておらず、ものすーーーーーーーーごく伸びるのです」

「こんなチーズが外世界にあったとはっ! もしかして、もっといろんな種類のチーズがあるのですか?」

「あぁ……えぇと…………」


 珍しくすみれさんの歯切れが悪い。原因は子供たちの視線にある。もしもエリストリアさんが世界にはいろんなチーズがあると知ったなら、その全てを求め、食卓に上げてしまうだろう。

 そしてそれをほぼ毎日のように食べなくてはならなくなるだろう。

 それを懸念しているのだ。

 嘆願するような、じっとりとしたような、怒りと哀願の入り混じった視線が彼女の背中を突き刺しているっ!


 ここはどうにかして助け船を出さなくては。

 よし、話しを逸らそう。

 我々のいない間にすみれさんとレレッチさんたちはエリストリアさんたちと一緒に過ごしていたはず。

 その時に何があったのかを聞いてみよう。レレッチさんがシャングリラにプレゼントしたレシピ本を引け合いに出す。

 オリーブオイルを中心にした料理の数々が記された宝石箱。これにはエリストリアさんとオリヴィアさんが関わったはず。

 オリヴィアさんには少し悪いかもしれないけれど、話しに乗ってもらってエリストリアさんの意識をチーズから引き離しましょう。


 すみれさんが言葉に出し、オリヴィアさんが文字に書き出す。

 絵が上手なレレッチさんが模写をして、エリストリアさんは…………逐一、この料理はチーズと合わせたらおいしいのか。粗く削って振りかけるべきか、溶かしてラクレットのようにするべきか。

 真剣にチーズのことだけを考えていたらしい。

 どこまでいってもチーズなのですか。


 今度はオリーブの木の話しを振りましょう。

 シャングリラにはない新種の樹木。

 緑と銀色の葉が美しい神話の木。

 実を食べるだけではない。葉は乾燥させて加工することでおいしいお茶ができあがる。

 ポリフェノールたっぷりの健康的な飲み物です。


 他にもオリーブの木は工芸品としても加工される。爪を立てても傷がつかないほどに硬い樹木は櫛や簪のみならず、建材の一部に使われることもあった。

 硬く、磨けば美しくなる高級木材。なにせ杉の木のように大きくはならない。加工されるオリーブの木は古くなって実をつけなくなったもの。ゆえに数が少ない。

 希少価値が高く、なかなか手に入るようなものではない。


 今後、シャングリラにはオリーブの木がたくさん生るだろう。

 もっともっとたくさんの実を収穫することができるだろう。

 海岸と煌めく空を背景に揺らぐ枝は、シャングリラを彩る景色のひとつになるに違いない。

 そう思うとわくわくです。次はかわいらしい実をたくさんつけた頃に訪れたいです。

 みんなと一緒にオリーブオイルを絞りたいですね。


 子供たちもまだ見ぬ景色に胸躍らせた。本当にシャングリラが大好きで、真実の幸せを謳歌している。

 機械文明の発達したベルンと比べて、やっぱり少しばかり不便かもしれない。

 シャングリラには電気もない。部屋の灯りはマジックアイテムの光で照らされていた。街灯を思わせる灯りは、ふわりと柔らかく頬を撫でる。


 水道だって原始的なもの。飲み水は瓶からすくってコップに注いでいた。湧き水から汲み上げられた水は軟水で柔らかい。ミネラルも豊富なのか、ペットボトルに詰められた飲料水とはどこか違う。

 冷蔵庫もない。冷暗室で保存された野菜や干物。燻製の数々は素朴な姿ながら、どこか哀愁を誘うものがあった。見たことのない棚いっぱいのチーズの壁は圧巻そのもの。

 洗濯機もないから全て手洗い。桶に水を溜めて魔法でぐるんぐるんとかき回す。

 いやこれ、慣れると洗濯機よりも優秀なのではないでしょうか。服と服をこすり合わせず、水の力だけで汚れを取り除く。生地を傷めないように洗えるのかも。

 自動車もない。いや、イケメンのお馬さんが引く馬車にフェインちゃんもいるから、移動手段としてはこちらのほうがある意味、優れていると言えなくもない。


 …………あれ、魔法が使えるならそこまで不便ではないのでは?


 むしろなんだか、ストレスの少ない、伸び伸びとした生活が営めるのではないだろうか。

 衣食住が確立されてるから、かなりいいところかも。

 畑もある。

 果物やキノコの採れる森がある。

 家畜もいる。

 魚のとれる川と海もある。

 少し歩けば、開発途中だけど外港の街がある。

 もしも早期退職したなら、シャングリラに住むのもいいかも。

 いや、フェインちゃんがいるならむしろ万々歳。

 ハティさんが留学から戻ったならゆきぽんもいる。

 めっちゃいいじゃん、シャングリラ!

 まさにここは理想郷っ!


 そんな青写真を描いていると、褒められて嬉しくなったオリヴィアさんが自慢話をしてくれます。


「シャングリラは本当にいいところですよ。普通に生活する分には不自由はありません。海も森も、水も風も土も、本当に優しいものばかりです。ここにはたくさんの幸せがあります」


 心の底から満足してることが笑顔に表れてる。

 私も同じ気持ちでいます。


「短い時間だけですが、シャングリラは本当に素敵な場所だということが分かりました。まるで人の求める幸福の全てがここにあるかのようです。また来てもいいですか?」

「えぇ、もちろんですっ!」


 握手とビズを交わし、今度来る時はどんなものを持参しようかと提案すると、横から綺羅星が如き勢いでエリストリアさんに割り込まれた。

 彼女の要望はもちろん、


「その時はぜひ、いろんなチーズをお持ち下さい。シャングリラに来られたなら、めいいっぱい歓迎いたしますっ!」


 ありがとう、とひとつ笑顔を向けて思う。

 嗚呼、この人、チーズから意識を離すことは不可能だ。

 どうあってもチーズにかじりつこうとする。どうしようもないやつです。


 すみれさんは観念したような、呆れたような表情を向けて真実を暴露した。

 チーズの種類は大きく分けてナチュラルチーズとプロセスチーズの2種類。

 ナチュラルチーズの中では大きく分けて7種類に大別できる。

 そしてそれらの総数は千を超える。原料になるお乳の種類もヤギ、牛、羊などなど。熟成させるために必要な菌も千差万別。国や地域によって同じ製法で作ったチーズでも違った味わいになる。

 時期や季節、調理の仕方によっても味は様々。まさに一期一会と言っても過言ではないのかもしれない。


 ちなみに、後夜祭で暁さんが持ってきたチーズは、白カビを表面に付着させて熟成させた白カビタイプ。熟成度合で味や香りが変化するのが楽しい逸品。

 ケーキ向けの優しい味わいだったことから、熟成期間はそんなに長くはないと思われる。

 とても優しい風味で食べやすい。作り手の真心を感じるひと品でした。

 リリスさんが持参したというチーズはハードタイプと呼ばれるもの。1年以上熟成させたものが大半。

 特徴としては水分量が少ないため硬く、味も香りも非常に濃厚な傾向にある。あれはまるで頑固一徹を地で行く職人の仕事でした。

 おいしゅうございました。


 暁さんのギルドに所属するチーズ職人、チックタック・クロックライム氏。彼女を招聘してシャングリラでもチーズを作る予定なのだとか。

 シャングリラにだけ生息する希少種、金牛(タウラス)と呼ばれる牛さんのお乳からチーズを作り、特産品にする予定でいた。

 シャングリラは今はまだ発展途上ゆえ、外国からの支援に頼ってばかり。けれどこれからは、シャングリラからみなさんに恩返しをする。

 最初はダイヤモンドソルト。

 次はタウラスチーズ。

 もちろん、チーズはエリストリアさんの趣味丸出しである。

 趣味は丸出しであるが、恩返しをしたいという気持ちは本物です。

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